日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

115.スワンプ勇者

「お願いです、魔神様。勇者を……アルを蘇らせてください!」

 その日、俺を召喚したのは女神官だった。
 部屋は荘厳な雰囲気の……おそらくは神殿の一室。
 祈るようなポーズで懇願してくる彼女の背後には、神妙な顔をしている女戦士と老魔術師。
 願いは勇者の復活……確かに勇者パーティから勇者がいなくなれば、こんな編成になるだろうか。

「勇者の遺体はどこにある?」
「それがその……魔王との決戦のときに、相討ちで消滅してしまいまして……」
「ふむ……」

 誓約もはっきりしているが、俺は考え込んだ。
 意外に思われるかもしれないが、俺が死者蘇生の願いで召喚されることは稀だ。
 おそらく不老不死よりも願いの潜在総数がはるかに多いであろうにも関わらず、である。

 もちろん、俺が死者を蘇らせる信仰系魔法を使用できないことと無関係とは言えないだろう。
 だがしかし、最大の理由はクソ神の管理する多次元宇宙特有の事情にある。

 ガフの部屋。
 命の終わりと同時に死者の魂を自動回収して新たな創世のエネルギーに変換するという効率的且つ、超非人道的なシステム。
 何者であろうと、死ねば霊魂を漂白されて綺麗さっぱり洗い流される運命から逃れられない。
 例外はチート転生者と、俺やアルトのような規格外の例外則オーバーフロー・ワンだけだ。

「サカハギさん?」

 隣のイツナが俺を見上げてくる。
 やってあげないの? という顔だ。
 俺に死人を生き返らせられることが可能だと、信じて疑っていないらしい。

 ともあれイツナには黙って見ているように手で制しつつ、勇者パーティにいくつか確認を取ることにした。

「勇者の復活……それが、お前たちの望みなのか?」
「はい! 相違ございません、魔神様!」

 女神官が必死に何度も首を振る。
 他のふたりも口こそ開かないが、鷹揚に頷いた。

「そうか……」

 実際にこうして俺が召喚されている時点で「今回の誓約達成は逆萩亮二に可能な範囲の願いである」と『召喚と誓約』が判定しているのは間違いない。
 もっとも代理誓約を含めての判定なので、まったく油断はできないのだが。

「なら、まずは理由を聞かせてもらおう」

 いつもみたいに茶化すことなく真剣に誓約者に向き合うことを決意しつつ、女神官を問い質す。

「理由……ですか?」
「ああ、そうだ。場合によっては、勇者の復活が不要の可能性もあるからな。どうして、勇者の復活を願う?」

 仮に勇者を復活させたい動機が「別の魔王を倒すため」とかだったら、それこそ俺が魔王を倒すことで代用が可能かもしれない。
 女戦士と老魔術師が「復活が不要」のあたりで顔をしかめたが、女神官は即答した。
 
「アルは……私の家族、弟なんです。それ以上の理由はありません」

 なるほど、遺族だったか。
 これは……かなり厄介な誓約かもしれない。

「良いかな、魔神殿よ」

 老魔術師が口を出してきた。

「サカハギでいい」
「ではサカハギ殿。そなたの力を疑うわけではないが……勇者を復活させることは、可能なのかのう?」
「結論だけ言えば、おそらく可能だ。しかし、それがお前達の望む形での復活になるとは言い切れない」
「どういうことだい?」

 女戦士が首を傾げた。

「そうだな……じゃあ、試してみるとしよう。勇者よ、復活しろ」

 俺が即席復活チートを使用すると、三人の前にひとりの青年が現れた。

「ア、アル!」
「なんとっ!?」
「マジかい……こいつは驚いたね」

 三人が一様に驚いて目を見開いた。
 青い鎧を着た如何にも勇者って雰囲気の青年……これがアルと呼ばれた勇者の姿らしい。

「アル!」

 女神官が勇者に抱きついた。
 涙を流しながら、いろいろ話しかけるが……。

「アル、アル? 喋れないの?」

 あまりに無反応だったからか、女神官が怪訝そうに勇者の瞳を覗き込んだ。

「喜ぶのはまだ早いぞ。復活したのは肉体と能力だけだ。魂はまだだからな」

 この勇者は即席復活チートで三人の記憶をもとに再構成した偽物コピーで、本人じゃない。
 そしてコピーに自我はないのだ。

 案の定、俺の足元には召喚陣が現れない。
 当然だ。勇者パーティが望んでいるのは勇者の「機能」ではなく「家族」や「仲間」である以上、これで誓約達成になるわけがない。

 それでも勇者パーティは再会を喜ぶように、勇者に話しかけていた。

「サカハギ殿、悪かった。よもやこのような奇跡を起こせるとは思わなんだ……」
「正直、シュリナが魔神を喚んでアルを復活させるって言い出したときは、どうなることかと思ったけどねえ」

 老魔術師と女戦士の俺を見る目つきが明らかに変わっている。
 まあ、だからこそわかりやすいデモンストレーションとして即席復活チートを使ってみせたのだが。

「本当に生き返らせられちゃうんだね、サカハギさん!」

 イツナもいつものように称賛してくれるが、素直に喜べない。
 よりによってイツナを出してるときに、こんなシリアスで重苦しい誓約をやる羽目になるとはな……。
 案の定、女神官が先程よりもさらに真剣な眼差しで俺の瞳を射抜いてくる。

「サカハギ様。アルの魂を取り戻すには、どうすればいいのですか?」

 ……そう、問題はここからだ。
 ガフの部屋で洗浄された魂を取り戻す手段は、俺にだってない。
 同じ世界に転生でもしてくれていればいいのだが、彩奈ちゃんのような同時間軸転生は激レアだ。望み薄だろう。

 女神官はどんな代償でも支払うと覚悟を決めているようにも見えた。
 ならば、俺はそれに応えるしかない。
 
「それなんだが……この世界に死者が行く国の伝説、あるいは死者の魂の向かう先についての伝承はないか?」

 祈るような気持ちで確かめる。
 それによって、俺の行動がある程度変わってくるのだが。

「死者の国……あっ、ひょっとしてヨミの伝説のことでしょうか?」
「死んだ戦士の行く場所っていったら、ヴァルハラじゃないのかい?」

 女同士がああでもないこうでもないと意見を交わしている。
 言い伝えレベルの曖昧なものであれば、実在しない可能性もある。
 しかし……。

「サカハギ殿。それはもしかして、ヘルヘイムのことかの?」

 老魔術師が、長いヒゲをしごきながら問いかけてくる。
 女達が老魔術師の方を見た。

「ヘルヘイムですか?」
「なんだそりゃ」
「うむ。ヘルヘイムと呼ばれる死者が棲む地下世界があると、今は亡き大賢者イトウの文献で目にしたことがある。無論、誰も生きて確かめた者はおらんがの」
「あのイトウ様の!」
「それだったら、本当にあるんじゃないのかい?」

 あるのか。
 、イトウよ。
 そうなると、後はそれが『本物じゃない』ことを祈るしかないか……。

 とはいえ、俺は俺で誓約を果たすまで。
 心を無にして問いかける。

「詳しく聞かせてくれ」
「真実かどうかはわからぬぞ」

 険しい顔をする老魔術師の語りを、俺は一切茶化すことなく聞き終えた。
 


「ねえねえ、サカハギさん。元気ないよ! どうしたの?」

 ヘルヘイムを目指す旅に一緒についてきたいという三人にやや強引な別れを告げて、俺達は街の中を歩いていた。
 召喚された神殿からだいぶ離れたところで立ち止まる。

「なあ、イツナ」
「なぁに?」

 いつもみたいに明るい調子で振る舞ってくれるイツナには申し訳無さすら感じる。
 だからこそ、ここでルール3を使うわけにはいかないだろう。
 意を決して振り返り、口を開いた。

「俺はひょっとすると……この異世界を滅ぼすことになるかもしれない」
「えっ、なんで!?」

 驚くイツナを宥めつつ、俺は自分でも驚くくらい落ち着いた声で真実を伝える。

「霊魂をガフの部屋に送らず世界の中に留まらせるのは、クソ神の宇宙だと違法行為になるんだ」

 おそらく、クソ神の多次元宇宙において最も多い違反行為が「異世界内に死者の世界を創ること」だ。
 ここでの死者とは、生前の霊魂を記憶そのままに留めている者のことをいう。
 死者の魂は転生させる場合を除いてくガフの部屋へ送らねばならないという源理ルールがあるらしい。
 それを歪めた神と世界は酌量の余地なくクソ神に消されるというのだ。
 それでも様々な理由から死者の世界を創る神が後を絶たないというのがエヴァの言である。
 
 一応、例外もなくはない。
 例えば、死者の復活が仕込みである異世界。
 生と死の狭間で生命が苦しみ足掻く姿を神々が娯楽として楽しむための舞台には、特別許可が降りることがある。というか、クソ神が率先して創るようふれ回っている。

 特に人気が高いのが異世界トリッパー同士に殺し合いをさせる箱庭世界だ。
 トリッパーたちはガフ送りになることなく何度でも蘇り、永遠のバトルロワイヤルを強要されるのである。
 特例の条件としては並行世界が派生しないように調整することと、もうひとつ。舞台そのものに自壊手段を用意し、いつでも滅ぼして魂エネルギーを全回収できる仕組みの取り付けが義務付けられる。そうでなければ、クソ神の許可が降りないからな。
 逆に言うと、こういう普通の異世界で合法の幽世かくりよは望むべくもないってことになる。

「もし仮に違反行為が確認されても、俺がクソ神にチクることはないけどな……だけど、もしも俺が霊界やら冥界だとかを見つけたら、あいつが俺の動向を全能視で現在過去未来に至るまでを確認した時点でアウトだ。この異世界は『削除』される」
「で、でもさっきの話が本当とは限らないよねっ!?」
「まあな」

 そう。だから希望はある。
 いや、あるいは……あの勇者パーティにとっては一切の救いがない話になってしまうわけだが……。

「だから俺としては、神々がアングラに用意した死者の国なんてものがないのを祈るばかりさ」

 欺瞞に満ちたクソみたいな世界の在り方を呪いながら……俺は一番信憑性の高そうだったヘルヘイムの伝説を確かめるく、行動を開始した。



 そして、次の日。
 俺とイツナは勇者パーティのところに帰ってきていた。
 
「サカハギ様! 弟は! アルの魂は!」

 俺の帰還とともに女神官が俺にしがみついてくる。

「落ち着きなって、シュリナ」

 女戦士が気を遣って、俺から女神官を引き剥がす。

「サカハギ殿……その様子だと、ヘルヘイムは……?」

 老魔術師が神妙な顔つきで問いかけてくる。
 それに対する俺の回答は。

「ああ。『在った』よ。アンタたちが言うような死者の国と呼べるかどうかはわからないが、アンデッドの溜まり場みたいになっている場所なら確かに在った」
「おお……なんと!」

 世紀の大発見に心躍らせているのか、老魔術師が大きく目を見開いた。

「で、では弟もそこに!」
「ああ、遭えたよ。歓迎はされなかったけど」

 それにアレを勇者と呼んでいいものか。
 ともあれ、俺はアイテムボックスから封印珠を取り出す。

「勇者の霊魂はこいつに封印してある。俺が蘇らせた勇者のところに案内してくれ」
「は、はい!」
 
 案内された神殿の一室で勇者が豚の丸焼きを犬食いしていた。
 相変わらず魂がない状態なので、動物的な行動しかできないようだ。

「驚いたよ。アルの奴、この状態でもアタシと模擬戦できちんと戦えるんだ。体は覚えてるってやつなのかねえ」

 勇者パーティの記憶をもとに再構成されているんだから、戦いに関してはできて当たり前だけどな。
 本来、そういう使い方をするためのチート能力なんだし。

 さて、と。
 ここから先は俺の仕事だ。
 この方法でいけるはずだが、さて……。

「封印解除」

 勇者の額に封印珠を押し当てて、いつものワードを唱える。
 すると。

「うがああうう、うあああああっ!!」

 勇者がいきなり目をぐるんと白目にして、暴れ始めた。
 すかさず睡眠魔法で眠らせる。

「アル!」

 俺の足元に召喚陣が浮かび上がる。

「誓約完了。どうやら、うまくいったようだ」
「ありがとうございます! ありがとうございます、サカハギ様!」
「俺は礼を言われるようなことはしてない」

 今回に限って、本当に感謝なんてものは必要ない。
 勇者の復活については完全に俺の都合を貫き通した結果だ。

「一週間は眠ったままのはずだ。目が覚めた後も、記憶はひょっとしたら完全には戻らないかもしれない」
「大丈夫です! これから絶対に、取り戻していきますから……!」

 女神官がそう涙声で言った後、勇者パーティたちは眠っている勇者のところに集まって喜び始めた。
 俺達のことを一顧だにしなくなったことを薄情とは思わない。
 俺が叶える願いは、そういうものであるべきだ。

「サカハギさん……」

 隣で黙って見守ってくれていたイツナが俺の袖を掴む。
 たっぷりと礼を込めて、頭を撫でてあげた。

「すまなかったな。こんなことに付き合わせて」
「ううん、いいよ」

 イツナが笑い返すと同時に、俺達を光が包み込む。
 この異世界から消える瞬間、老魔術師だけが俺達に向かって頭を下げているのが見えた。
 


「聞きたいことあるか?」

 不老不死を望むクズ召喚者を一旦眠らせた後、イツナに問いかける。

「えっと……召喚されたってことは、ちゃんと勇者さんは生き返ったんだよね?」
「ああ。少なくとも、あの女神官の望んでいた『家族』はきちんと用意した。だけど、勇者本人が生き返ったって言えるかには疑問が残るな」

 歯に物が詰まったような俺の言い回しに、イツナが目を回す。

「えっとえっと。でも、死んだ人たちの国はあったよね?」

 老魔術師の話した手順を踏んで、俺達はあの世界の地下へと向かい、無数の霊が彷徨う広大な空間に出た。
 いつだったか、ゾンビのうろついていた異世界の召喚直後に見たのと似たような光景。
 おぞましい霊の顔が寄り集まったような魑魅魍魎が所狭しと彷徨っていて、イツナが「怖いし、不気味……クソ神さんに消されちゃう……」と、絶望の表情を浮かべていた。
 だからこそ、俺はヘルヘイムの正体にすぐ気付いたのだが。

「あそこは死者の国なんかじゃない。霊塵堆積層れいじんたいせきそうだよ」
「霊塵堆積層?」
「ガフの部屋で魂から洗い流された霊体がシェイクされて残った塵が霊塵れいじん……つまりは霊だったものの残骸だよ。要するにあそこはゴミ捨て場だな。あの異世界は地下に霊塵の埋め立て場所を提供することで、多めのエネルギーを受け取っていたんだろうよ」

 洗い流された霊体は、ガフの部屋からすればエネルギーの不純物だ。
 だからバラバラに細かく刻まれて廃棄しやすいよう霊塵に加工され、さまざまな異世界に引き取られる。
 それがアンデッドの温床となったりもするわけだが、神々からしてみればどうでもいい話だ。
 その方がファンタジー観が出て好都合だと考える神すらいる。

「だったら、あの世界はクソ神さんに消されないで済むの?」
「まあ、そういうことになる」

 俺が肩を竦めてみせると、イツナが心からホッとする様子を見せた。
 やっぱり気にしてたんだな。
 もっと早く言ってやればよかったけど、俺もそれどころじゃなかった。

「あれっ? でもサカハギさん、あそこにいた幽霊さんをやっつけて勇者の記憶を見つけたって言ってたよね? あれは?」
「あそこにあったのは勇者の記憶の欠片だけだった。しかも形の合わないパズルピースみたいになってて組み合わせられなかったんだよ。だから俺は欠片の情報だけを読み取って、まっさらな霊体に転写したんだ」

 イツナにはサラッと説明したが、なかなかに骨の折れる作業だった。
 言ってみれば、シュレッダーで裁断された後に風に飛ばされた書類を世界全土から拾い集めて復元するようなものだ。

「……それってつまり、どういうことになるの?」
「封印珠に入ってたのは、勇者本人の霊魂なんかじゃないってことさ」

 はぁ、とため息をついてから。
 ふと、アルトに昔された話が頭をよぎった。

「イツナ。スワンプマンって話、聞いたことがあるか?」
「スワンプマン? んー、たぶん、聞いたことないと思う」
「そうか」

 なんだっけか。
 なんとかっていう心理学者が提唱した話だとか、アルトは言ってたっけ。

「出かけた先である男が雷に打たれて死んだんだが――」
「わわっ。わたし違うよっ」

 イツナがおさげを手で隠して首をブンブンと振る。

「わかってるって。自然の雷、つまりは事故だ。とにかく男はくたばったんだけど、たまたま奇跡みたいな化学反応が起きて近くの沼から男とまったく同じ記憶と肉体を持つ生命体が生まれた。こいつが沼男……スワンプマンさ」
「へえー」
「スワンプマンは死んだ男とまったく同じ記憶、習慣、癖、好みを持ってる。体の構造も完全に同じだ。家族や友人、恋人とも生前の男と同じように話すし、スワンプマンも自分が本人だと思ってるし、疑問にも思わない。さてイツナ……コイツは果たして、死んだ男と同一人物だと言えると思うか?」
「え? えっと……」
「別に答えを出さなくていいさ。もしそんなことがあったらっていう、ただの思考実験だからな。要するに俺が復活させた勇者ってのは、スワンプマンなんだよ。勇者と同じ記憶を持つ完全なコピー人間を作ったんだ」

 つまり、こういうことだ。
 たまたま偶然、この異世界の神が霊の廃棄場をガフに提供していて。
 やっぱりたまたま偶然、この異世界で死んだ勇者の霊体が断片化されて同じ異世界の廃棄場に捨てられ。
 本当に奇跡的な偶然を経て召喚された俺が廃棄場でバラバラにされた勇者の欠片を発見するに至ったわけだ。

 しかし、断片化された勇者の霊体はまったく使い物にならなかった。霊塵堆積層は個人ではなく集合無意識のような何かだから、当然の話である。
 だから、霊塵堆積層に残されていた本当に塵のように細かい記憶をひとつひとつ鑑定眼で読み取ってコピーし、そこら辺にいくらでもいた魑魅魍魎をすり潰して新しい霊体の材料を作り、再構成した勇者の記憶を貼りつけた。
 最後に俺の魂エネルギーを分け与えて、疑似霊魂は完成。
 記憶はおろか、霊体や魂すら勇者本人のものではないのである。

「おそらく目覚めた勇者は姉や仲間との再会を喜び、生前の勇者と同じように過ごすだろう。生前の勇者が好んだ本を読み、生前の勇者が好んだ食べ物を食べ、生前の勇者が好きだった女と結婚して子供を作り、また魔王が現れたら生前の勇者と同じように戦いを挑むだろう。でも、本物の勇者は死んでいるままなんだ。果たしてこいつは、生前の勇者と同一人物と言えるのかね……」

 死者の霊魂を保全する死者の国があったら、世界ごとクソ神に消され。
 それが霊塵堆積層だった場合には、勇者が完全な形で蘇ることはない。
 つまり、どっちにしろ勇者パーティに救いなんてものはなかったのだ。
 しかしそれでも、女神官自身が望む『家族』の帰還が叶えられたと『召喚と誓約』は読み取った。
 だから俺はこうして、次の異世界に召喚されている。

「肉体が残っていれば、まだ良かったんだけどな。それなら、肉体に残った霊魂の鋳型から勇者の記憶を完全に再現することもできたんだが……いや、それも同じことか」

 もし肉体が残っていれば、ニコポドールを元に戻すときの手術と似たような手順で生き返らせることになっただろうが、それすら果たして勇者本人と呼べるかには疑問が残る。本人の霊魂を呼び戻せるわけではないしな。
 上位の死者復活魔法ですら、俺と似たような手順を踏んだコピーを創り出すに過ぎないと聞く。コンソールコマンドの《蘇生》だって怪しいもんだ。
 クソ神宇宙において死人が生き返るというのはアンデッドか、同一の記憶や性格を持つ誰にも見分けのつかないスワンプマンを出現させることを言うのだろうな。
 まあ、そんな真実をわざわざ暴こうとする物好きは、どこにもいないだろう。

「そういうこった。俺でも死者を生き返らせることはできないんだよ、イツナ」
「サカハギさん……」

 グダついている俺の頭に、イツナが手を伸ばした。

「よしよし」
「ん、なんだぁ?」
「サカハギさんは頑張ったよ。わたしが褒めてあげるね」

 なんだか照れくさいけど抵抗する気にもなれず、俺はおとなしく撫でられ続ける。
 いつもと逆の立場なのに、何故だか心地よかった。

「たとえ本物の勇者さんじゃなくても、あの人達はきっと勇者さんが生き返ったって信じて生きていけると思うよ。それはひどい嘘なのかもしれないけど、サカハギさんは精一杯頑張ったから。こんなの誰にでもできることじゃない。そのことは、わたしが知ってるから……」

 イツナが精一杯に、言葉を尽くしてくれる。
 つたないけれど、頭を撫でられるたびにまるで魂が洗われていくようで――

「だから、ね? 元気出して!」
「あ、ああ。そうだな」

 なでなでが終わった後にコクコクと頷き返した。
 今の顔を見られたくなくて、咄嗟に後ろを向く。
 
「……じ、じゃあとりあえずこのクズを不老不死にしてやってから死に乞い召喚してくるかどうか、見てみよう!」
「し、死に乞い?」

 その後に起きた誓約者との一連のやりとりを見たイツナがドン引きして……しばらく口を利いてくれなくなったことは言うまでもない。



 でも……本当にありがとう、イツナ。
 愛してるぜ。

コメント

  • 炙りサーモン

    恋じゃなくて愛

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