日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)
106.集う候補者たち
「ふーん、それでここが」
「……う、うむ、賢者の森だ!」
ロリババアが息も絶え絶えの様子で、それでも力強く頷く。
賢者の森。だだっぴろく広がる草原のある一線からいきなり鬱蒼と茂る森が始まっている。見るからに不自然かつ魔法的な光景だ。
「それにしてもキミの移動方法は乱暴だな!」
「んー? いいじゃん、転移ポイントを設定してない以上コレが一番早いんだから」
やや抗議するような口調のロリババアに俺はあっけらかんと答える。
現状、俺の手持ちの移動方法だと高速飛行よりも縮地チートで海を走り山を越えて一直線に移動するのが速い。
力場魔法で足場を作れば空も走れるけど、同じ光景がずっと続くので飽きる。山を障害物代わりに飛び越えたりしながらパルクール気分で移動する方が楽しいし、風を感じられて気持ちいい。
ちなみにロリババアは本人たっての希望により、小人化して俺の頭に乗っけてやっていた。
髪の毛にしがみついて必死に落ちないように頑張っていた根性だけは認めてやらんとね。
「それにしても、この案内状ってやつは何度読み返しても死ぬほど胡散臭ぇな」
ロリババアが手紙で受け取ったという案内状を広げる。
そこには、こう書かれていた。
『候補者のすべてに告げる。賢者の遺産ほしくば、我が森へ来たるべし。もっとも相応しき者に賢者の称号とともに遺産を譲る』
ロリババアの話によると賢者とやらは相当に有名な奴らしく、数々の魔法やアイテムを自在に操り、大いなる繁栄をもたらした人物らしい。
名前なんだっけ。聞いたけど忘れた。とにかく賢者だ。
「まあ、それには同意するがな。わたしにはそれが賢者からの挑戦状に思えてならないのだよ」
「ふーん、確かに、そうとも取れるかもね。でも俺には……」
「なんだ?」
「……いや、なんでもない。さあ、行こうぜ」
森に一歩踏み込んだ瞬間、俺に効果を及ぼそうとした魔法やらなんやらが弾けて消える。
それらが何かを認識することもできたが、今はいちいち考えても意味はない。
相当厄介なセキュリティに護られていることだけは即座に確信できた。
「本当にデタラメなのだな、キミは。私は大人しく案内状についていた護符を使わせてもらうよ」
ロリババアが呆れた様子で俺の後についてくる。
あの護符を使えば魔術師と使い魔、あるいは従者ひとりまで入れるということらしいが、もちろん俺には関係ない。真正面から堂々と侵犯させていただこう。
道もない深い森の中をかき分けて進んでいくと、程なくして目的地と思しき場所に着いた。
「へーえ。あれが賢者の住まいってわけか」
目の前にいきなり広がった敷地の中に巨大な屋敷が建っていた。
屋敷の向こう側に見えるのは塔。おそらくは魔法的な作業を行なうための工房だろう。
「おお、噂に違わぬ佇まいというか。まるで貴族の館のようだな!」
ロリババアは魔術師の癖に工房の塔には一切興味を示さず、まるで館を抱きかかえるかのように両手を広げて感動していた。
たぶんだけど、脳内で賢者として此処に住む自分にまで想像が及んでいるのだろう。こういうところが俗物っぽくて、なんか嫌いになれない。
「しかし、なんというか……人が住むにはでかすぎる気もするけどなぁ」
「ふふん。高名な賢者ともなれば、従者も多く従えているのだろうよ」
俺の感想に何故か鼻高々のロリババア。
「もう賢者の遺産を継承できる気でいるのか?」
「無論だとも。他に候補者とやらが来ようとも、問題はない。そうだろう?」
自信満々のロリババアは何故か俺を見ながら胸を張る。
あ、そういうことね。
「……別に俺が賢者の遺産をいただいてもいいんだけど?」
「そ、それは待ってくれ! 困る!」
「あんまり俺のことをアテにしすぎるなよ~」
まあ、誓約を達成するならロリババアに入手させるのが簡単だから、賢者の遺産とやらに手をつける気はないんだけどもね。
俺にとってよっぽど価値があるならともかく、多分そういうシロモノじゃないし。ただの勘だけども。
「ほう、ずいぶんと自信があるのだな」
横合いから声がかかる。
森の闇の中から現れたのは当然というべきか、ひとりの魔術師だった。
ロリババアが目を見開く。
「あ、あなたはまさか……クアーク・ライン!」
「誰?」
「王国の筆頭宮廷魔術師だ! まさか彼も候補者とは……いや、むしろだからというべきなのか」
なんか勝手に納得しているロリババア。
一方、クアーク・ラインと呼ばれた魔術師は目深に被っていたローブのフードをはらい、その全貌をあらわにした。
細面の金髪碧眼のイケメンで、その佇まいは魔術師というよりは、おとぎ話の王子を名乗らせたほうが相応しいのではないかと思わせる男である。
そんなイケメン魔術師が涼しげな微笑を浮かべたまま口を開いた。
「すまないが、こちらは貴卿らを存じ上げない。願わくば自己紹介を頼めるかな?」
「ん? ああ、俺は通りすがりの異――」
「おい!」
名乗りかけたところで、ロリババアに止められる。
「使い魔が他の魔術師にやすやすと真名を名乗るものではない!」
「え? あ、うん。そだね」
俺の真名を知られたところでどんな呪詛も効かんと思うけど、言わんとすることは最もなので一応従っておく。
当のイケメン魔術師は気にした風もなく、顎の先を細長い指で弄ぶ。
「ほう、そちらは卿の使い魔というわけか。では真名ということもなさそうであるし、トーリス・ガリノイ殿でよろしいのかな?」
嘘やん!?
まさかここにきて再びのトーリス・ガリノイ……。
昔のトラウマが抉られるんですがががが。
まあ、相手側が本名じゃないと察してくれてるだけ、あのときよりはマシか……。
「わたしはオブリエ・ディエドだ」
ロリババア、そんな名前だったんか。まあ、いわゆる真名ではない通り名というやつなんだろうが。
「ディエド殿に、ガリノイ殿だな。一応ライバル同士ということにはなるのだろうが、よろしく頼む」
嫌味を感じさせない程度に優雅に一礼すると、イケメン魔術師は工房の塔に一瞥もくれることなく屋敷へ向かった。
「ぐぬう。悔しいが、ライン殿はとてつもなく余裕綽々だったな。我々など眼中にないというわけか」
「そうかな。俺には逆に隙だらけに見えたけど」
なんかこう、信用しちゃいけないヤツを心から信用して背を向けたところを刺されそうな雰囲気というか。
まあ、挫折したことのないエリートなんだろうな。
「こうしてはいられん。我らも屋敷に向かうぞ!」
「お、おう」
イケメン魔術師に続いてロリババアも屋敷に向かって真っ直ぐに歩き出す。
「……なんだ?」
そのとき俺は奇妙な違和感を覚えた。
異世界魔法じゃない。
かといって、チート能力でもない。
当然、俺自身が何かの干渉を受けたりはしてない。
「む、どうした?」
ロリババアが怪訝そうに振り返る。
「いや……なんでもない」
首を横に振り、ロリババアと合流して屋敷へと歩き始める。
この違和感は何なのか。
疑問を払拭することのできない気持ち悪さを胸に懐いたまま、屋敷の入り口へと辿り着いた。
先に到達していたイケメン魔術師がノックしていたのだろう。
俺たちが着くのと同時に屋敷の扉が開いた。
中から顔を覗かせたのは、ひとりの美少女。
15~16歳ぐらいに見える、まるで陶磁のようにきめ細やかな肌のメイドだった。
「お待ちしておりました。ライン様、ディエド様。わたくしは屋敷にて皆様のお世話をさせていただく、ティーネと申します」
表情を一切変えないまま一礼するメイドに向かって、イケメン魔術師が眉一つ動かさずに口を開く。
「君はホムンクルスだね?」
「はい、そのとおりです」
不躾な問いかけに肯定の意を返すメイド。
言葉より何より、非人間的な無表情が彼女を人造生命体であると雄弁に物語っていた。
「素晴らしい造形だ。さすがは賢者の作品というわけか」
「お褒めの言葉、主もきっと喜んでおります。そちらは、ディエド様のお連れの方ですね。ひとりまでは使い魔でも従者でも屋敷に入場を許されています。どうぞ」
「はあ」
名前を聞かれもしなかった。まあ、オマケみたいなものだし、そんなものかね。
異世界の洋館風の建物によくありがちなデザインのロビーは、俺にしてみれば馴染みの光景だ。
「こちらです。他の候補者の方も既に何人か到着しています」
ティーネの案内で談話室へと通された。
候補者と思しき人物が何人か思い思いの場所に陣取っている。
妖艶な魔女としか形容しようのない際どい服装の女。
腕組みしたまま何事かぶつぶつと呟いている巨漢。
大きな椅子の上で足をブラブラさせながら退屈そうにしているゴスロリ幼女。
その向かいの席で優雅に紅茶とスコーンを嗜んでいる英国紳士風のダンディ。
部屋の隅で何をするでもなく佇む陰鬱そうな雰囲気の黒いローブをまとった肌の白い魔術師。
そのいずれもが入室した俺たちに一瞥をくれた後、自己紹介するでもなく、まるで申し合わせていたように自身の作業へ戻る。
何かしらの説明があるかと思いきや、ティーネは一礼して退室してしまった。
どうやら他の候補者が来るまで、ここで待てということらしい。
「諸君も候補者なのだね。せっかくだから自己紹介をさせてもらおう。わたしはクアーク・ライン。候補者同士、よろしく頼む」
場の空気にまるで物怖じすることなく切り出したのはイケメン魔術師。
しばしの静寂の後。
「……答えを返さねば紳士の礼に反するというものだ、な」
そう言って立ち上がったのは英国紳士風のダンディ。
「とはいえ、私は魔術師ではない。念の為ということで、連れと事前に決めておいた名前を名乗らせていただこう。私のことを呼ぶ必要があるときはディテクティブと、そのように」
連れというのは同席していた幼女のことだろうか。
ともかく彼の名乗りが呼び水となったらしい。
「その連れのイリスだよー」
「ララドーナよ」
「カロン」
「スイングだ」
順に幼女、妖艶魔女、色白魔術師、巨漢と名乗り始めた。
「ディエドという」
「……トーリスでいい」
波に乗る形で俺たちも済ませてしまう。
これならあんまり恥ずかしくないしな!
「我らは全員がライバル同士かもしれないが、堂々と腕を競い合い、己が賢者の称号に相応しいと示そう。わたしがそうするように、皆にも候補者として相応しい振る舞いを望む」
イケメン魔術師は威風堂々と告げると、空いているテーブル席に腰掛け、自身の持ち物を広げ始めた。
その振る舞いは堂々としており、俺を含め周りの全員にそうするのが当然と思わせるオーラがあった。
賢者の称号には自分こそが相応しいのだと微塵も疑っていないのが見て取れる。
「アンタも見習わないとな」
「むう、どういう意味だ!」
小物代表の相方をからかいつつ、俺も適当な席に座る。
ロリババアも怒ったところで仕方ないと流石に学習したのか、不満タラタラの様子で着席した。
その後、俺の引き立て役を買って出るようなカマセ犬も現れず、時間だけが流れていく。
「ふわぁ……」
「おい、頼むから……もう少し緊張感を持ってくれ」
「へいへい。あ、追加たのも」
「まだ飲む気か!?」
テーブルの上にはベルが置いてあり、これを鳴らすとティーネがやってきてこちらの注文を聞いてくれる。
ロリババアの抗議を無視し、俺は6度目のオーダーを告げた。
「あ、今度はハイボールと唐揚げ。あとデザートにチョコレートパフェを」
「かしこまりました」
ティーネが嫌な顔ひとつせず……というより口元以外の表情筋を一切動かさず、一礼して去っていく。
「あのな……我々はここにメシを食べに来たわけではないのだぞ!」
「いやいや、これも情報収集の一環なんだってば」
「お前が食べたいだけだろ絶対に!」
そういうロリババアも少しばかり頼んではいるのだが、さすがに酒は控えている。
あるいはもともと飲めないのかもしれないが。
「ほら、あっちの探偵だって自分の好きなものを注文してるだろ。あれだって――」
「トーリス君だった、ね」
俺の言い訳を聞き咎めたのはロリババアではなく、英国ダンディだった。
「何故、私を探偵と呼ぶのだね?」
「ん? だってアンタのコードネームはディテクティブなんだろ? その単語、翻訳チートがなくたって俺には探偵って意味に聞こえるぜ」
「……なるほど。そういうことだったのだ、ね」
俺の解説に合点がいったのかダンディが笑いもせずに頷く。
「いやいや、どういうことだ!」
「ミズ・ディエド。トーリス君が情報収集をしていたという話は、決して嘘ではないということだよ」
「なんだと……?」
「初歩的なことだよ、ミズ・ディエド。何故なら、私も同じことをしていたのだから、ね」
英国ダンディがこれみよがしにティーカップを持ち上げてみせた。
「私と同じく、彼も異なる次元からこの世界へと喚び出されたのだろう。つまり、本来なら我々が故郷で嗜んでいた料理は二度と口にできない。しかし、私はこうしてティータイムを楽しんでいる。そして彼も」
「まあ、俺の真フェイバリットはフェアチキだけどな」
ちなみに最初にフェアチキを注文したら、ティーネには首をちょこんと横に傾げられました。残念。
「つ、つまりこの屋敷ではキミたちの住んでいた異世界の料理なども注文できたということなのか?」
「ざっつらいと」
「な、何故……?」
「これ以上は自分で考えることだ、ミズ・ディエド。もっとも、キミの連れは既に答えに辿り着いているようだがね」
英国ダンディがわざわざ俺に水を向ける。
「そうなのか!?」
ロリババアがくわっと目を見開きながら、すごい勢いでこちらを振り向く。
「んまあ、賢者の遺産っていうのが何なのかにもよるし、まだまだ仮説レベルだけどな。わからないようなもんだ」
だからこそ英国ダンディもこれ以上の推理の披露を避けたのだろう。
「なるほど。賢者の遺産の中には自分が望む料理を出す魔法の装置も含まれているのだろうな!」
このロリババアは頭の中が幸せそうだなぁ。
「あ。ところで探偵さん。他の料理は頼まないのかい?」
「……ふむ。では後でフィッシュ&チップスを注文するとしようか、ね」
俺のジョークに英国ダンディはニコリともせず、しかし満足げに頷いたのだった。
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