日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

70.世にも奇妙な転生

 次の異世界も魔王退治だったので、だいたい同じ流れで城に逗留することになった。
 俺も今度は無理に魔王退治に向かうことはせず、のんびり過ごしている。

「ふわぁー」

 そんなわけで昼まで特に何をするでもなく、天蓋付きベッドでゴロゴロしながらあくびしていると。

「ほらぁ、サカハギさん! いつまで寝てるの!」

 イツナがぱたぱたと部屋に入ってきて、俺の布団をひっぺ返した。

「んー……なんか用かイツナ」
「用とかじゃなくて! いつまでも寝てちゃ駄目。体に悪いよ」

 むう、睡眠不要チートを切ったら俺だって普通に惰眠を貪りたくなるんだぞ。
 睡眠自体の回復効果だって馬鹿にできないし……。
 でも、まあ。

「わかった、起きる」

 睡眠不要チートを再起動。
 一瞬で目が覚めた。

「ん、イツナ。お前のその恰好……」

 ベッドから起き上がると、イツナの全身が視界に入る。
 濃紺のワンピースに白いフリル付きエプロンドレスとカチューシャ。
 いわゆるメイド服姿だった。

 ……最初に言っておく。
 俺自身にメイド服に対する拘りは一切ない。
 とはいえファンタジー異世界を渡り歩くとなればメイド服の使用人を見かける機会は自然と多くなる。
 だから、メイド服の違いなどにも目が行ってしまうようになった。

 一番多く見かけるのがヴィクトリアンメイド。もちろん世界毎によって多少違うが、本格英国式に近いデザインでロングスカート。
 現在イツナが着ているのはフレンチメイドと蔑称されるやや煽情的なデザインのメイド服だ。身軽でノースリーブ、スカートの丈も短い。日本のヲタク街に輸入されたメイド服のデザインはだいたいコレである。
 あとゴシック&ロリータは……いや、いいやこれは。脱線するし。

 ちなみに王城で採用されているメイド服がコスプレ風フレンチメイドだからといって、この異世界が特殊というわけではない。
 蓮実や松田のように日本人が創世神になることも珍しくないし、そうでなくとも日本のサブカルチャーに精通する創世神は星の数ほどいる。
 どこにでもありそうな異世界王国のメイド服に創世神の趣味が出るのは「異世界あるある」の一つなのだ。

「えへへ、似合う?」

 イツナがくるっと一回転すると不自然に丈の短いスカートが弧を描く。
 ギリギリでパンチラしない。まさしく絶対領域だ。

「おお、良く似合ってるぞー」

 お世辞じゃなく、本当によく似合っている。
 デザインもかわいらしいから、イツナみたいな女の子にはぴったりだ。

「ほんと? やったぁ!」

 俺に褒められたことが嬉しいのか、イツナが三つ編みを揺らしながらピョンと跳ねると、今度こそパンチラした。
 まあ、イツナだしエロくないけど。

「その様子だと花嫁修業は順調みたいだな」
「え? うん、家事はお手伝いしてたし得意かなー。体力も自信あるよ!」

 城勤めって結構ハードのはずだけど、イツナは今日も元気いっぱいだ。
 元から心配ないと思ってたけど、この分ならエヴァのシゴキにも耐えられるだろう。

「サカハギさんも起こしたし! お仕事に戻るね!」
「おう、頑張ってなー」

 軽快な歩調で去りゆくイツナを見送った後、大きく伸びをする。

「さて、俺も魔王を倒してくるかね」



 何事もなく魔王をナマス斬りにし、次の異世界へ召喚された。

 事前に打ち合わせたとおり、エヴァ達は全員あの城に居残り。
 修行が終わるのは、しばらく先になるだろう。

 つまり……。

「よっしゃ自由だぁー!」

 ようやくエヴァの目のないところで羽根を伸ばせる!
 流石に修業期間中にエヴァへのルール7を実行すると、後が怖いからな……。

「というか、ここはどこだ」

 周囲を見まわしても誓約者と思しき人間は見当たらない。
 そこそこ広い直方体の部屋は見た感じ石なのか鉄なのかよくわからん白い材質で構成されてて、光源と思しきものがないのに明るい。
 俺から見て向かいの壁には木製の扉がぽつんとあって、部屋の真ん中にはいくつもスリットが走っているように見える装飾の施された四角い台座。
 俺がいるのは、その少し手前の床に描かれた魔法陣の上だ。

「まーた誓約者がいないパターンかよ……」

 思わずため息が出る。
 げんなりした気分で頭を掻きむしりながら、この部屋では一番怪しい台座に近づいた。
 すると。

(ひっ)
「……ん?」

 息を呑むような気配を確かに感じた。
 同時に頭の中に流れ込んでくる、ある感情。
 これは……?

「おい、そこに誰かいるのか?」

 台座の裏に誰か隠れているのかと思って声をかけてみる。

(え、私がわかるんですか!?)

 驚きの声とともに、何故か喜びの感情が伝わってくる。
 これは……念話か?

「そこにいるのか?」

 声の主を確かめるために台座に近づくと、あるモノに気づいた。

「短剣?」

 台座の上に意匠の凝った短剣が安置されている。
 てっきり台座の装飾の一部か何かと思ったら、こんなもんがあったのか。

(あ、あのー)

 まただ。
 間違いない。
 頭の中に声が直接聞こえてくる。

「誰だ。出てこないと、この部屋ごと吹っ飛ばすぞ」
(い、います~。貴方の目の前です!)

 俺の脅しに慌てたか、今までで一番強い思念が飛んでくる。
 嘘を吐いている気配はない。
 まさかと思いつつ短剣を手に取った。

「お前か?」

 意思を持つアイテムってのは俺の行く異世界でもそこそこ珍しいが、有り得なくもない。
 もともとそういう風に創られた武器だったりすることもあるし、転生者の魂が器物に宿ることもある。
 実際、剣とか盾とか檜の棒に転生するヤツをこの目で見てきたし。

(違います!)

 しかし、俺の予想は外れたようだ。展開的にコレだと思ったんだが。
 一応台座の裏も覗き込んだが、誰もいなかった。
 この部屋には他に隠れられそうな場所はない。

「ったく、どこにいるんだよ」

 悪態を吐きつつ台座に腰かけた……そのとき。

(ひゃんっ)

 かわいらしい声が頭の中に響いた。

「……まさか」

 尻を通してひんやりした感触が伝わってくる台座をこんこん、と叩いてみると。

(はうう~。こんな形で男の人にのしかかられるなんて~)

 恥じらいに満ちた思念が非難混じりに送りつけられてきたのだった。



「つまり、気が付いたら台座になってたと」
(そうなんですよ~)

 お互いの素性を語り合った後、話をまとめて感想を述べる。

「いや、俺もこれまでいろんな転生者に会ってきたけど、台座に転生した間抜けはアンタが初めてだよ」
(はうう~、いきなりセクハラされた上にすごくディスられました……)

 セクハラ? いやいや、さすがの俺も台座に興奮するような性癖は持ち合わせちゃいないぞ……。

「しかし、なるほどね。人外転生か」

 今回の誓約者の事情には複雑さなんて何一つなく、以下の説明で事足りた。

 『トラックに轢かれたと思ったら、台座になっていた』

 まったくもって意味がわからないかもしれないが、俺にもわからない。

「ていうか、何が悲しくて台座になんかなったんだよ」
(わ、わたしだってせめて短剣さんになりたかったですよ!)

 まあ、確かに台座よりはマシだな。
 誰かが来てくれれば持って行ってもらえる可能性があるし、それなら間接的に世界を見て回ったりできるし、持ち主ともいっしょにいられる。
 でも台座じゃな……所有してもらうどころか移動するっていう目標すら持てない。

「まあいい、だいたいわかった。そういうことなら願いを言え。さっき説明したとおり、俺は通りすがりの異世界トリッパーだ。お前の願いを叶えれば次の異世界に行ける」

 俺がやや事務的に伝えると、台座ちゃんは少し戸惑いというか、言いずらそうな気配を漂わせつつ小さな思念を送ってきた。

(そ、その……話し相手になっていただければ、それで結構です)
「話し相手?」
(正直台座になってから普通の人間の時間感覚っていうんですか? そういうのなくなっちゃったみたいで、ひとりでいるのは慣れたんですけど……やっぱりたまにお話しする相手が欲しいなって思ったりもするんですよ)

 台座ちゃんがクスッと笑う。
 その思念からは自嘲の感情が読み取れた。

(そもそも私、台座ですから。口がないから喋れないし。こうして逆萩さんと出会うまで、テレパシーが使えるなんて思いませんでした)
「テレパシーね。まあ、鑑定眼でアンタを見た限りだと確かに念話チートがあるよ。指定した相手と距離の制限なしに盗聴されることなく会話できる能力……俺を認識した瞬間、無意識に対象指定しちまったんだろうよ」

 誰かと会話したいっていうのが願いなら、転生後に初めて見た人間を念話相手に指定したとしても別に不思議じゃない。
 感情が無防備に流れてくるところからしても、使い慣れていないのだろう。

「要するにお前さんが満足するまで話し相手になってやればいいんだな」
(は、はい!)
「ふーん……」

 この台座ちゃんがどれぐらい会話すれば満足するのかわからないし、いつ終わるかわからん誓約だな。
 まあ、飽きたら代理で「一切会話しない」って誓約を立てれば、それで終わりになるし。

「わかった。話し相手になってやる」
(ほんとですか! うれしいです!)

 台座ちゃんの本気の喜びが伝わってきて、なんだか申し訳ない気分になる。
 でも、俺も仕事みたいなもんなんでな。
 悪く思わないでくれ。



 その後は台座ちゃんの身の上話を聞いてやったり、俺のこれまでの冒険譚などを聞かせたり。
 本当になんでもない話が続いた。

「それで俺はようやくオリジナルのフェアチキを目一杯食べられるようになったってわけ」
(へえー。いいなー)

 俺がこれ見よがしにフェアチキにかぶりついてみせると、台座ちゃんが目を輝かせ……てはいないが、そんな感じの感情が伝わってきた。

(私もフェアチキ食べてみたい)
「おう、いいぜ。いくらでもやるよ」
(じゃ、あーん)

 気安く請け負い、フェアチキを台座にお供えした。 

(うう、食べられない。私にも口があれば!)

 一応、ダメ元でやってみたけど。
 やっぱりそうだよな。

(……温かさも、臭いもわからないです)
「う」

 いかん、やっちまったかな。
 こうして話し込んでると相手が無機物なんだということをついつい失念しちまう。

 うまいフォローが思いつかず、天使が通ったような沈黙が訪れる。
 なんだか強い視線のようなものを感じたので、おそるおそる聞いてみた。

「どうした?」
(私は一体なんなんでしょうか?)

 あ、まずい。
 この子ネクラだわ。

「まあ、台座だろ」
(そうですね。ただの台座ですね……ここで何の意味もなく朽ち果てるだけの、ただの台座……)

 どよーんとした空気とともに陰鬱でジトッとした感情が流れ込んでくる。

「ああ、待て待て! 暗くなるな! 何の意味もないかどうかなんて、わからねーだろうが!」
(そうでしょうか? だいたい私がこうなってから、逆萩さん以外誰も来ないっておかしくないですか? 利用者のいない部屋に自分が何者かもわからずただいるだけって……そんな私の気持ち、自由気ままに冒険できる逆萩さんにはわからないでしょう?)

 うぐぐぐぐぐ……。

(いいんです、どうせ……私なんか)

 駄目だこの子、俺の一番苦手なタイプや……。

「わかった、わかったよ! 俺が悪かった!」

 鬱が伝染しそうになるのを振り払って、俺は扉に向かう。

(え、ど、どこ行くんですか?)
「ちょっと外の空気吸ってくる。まだ、この部屋の外がどうなってるか調べてないしな」
(行かないでください! 見捨てないで!)

 俺が逃げようとしている気配を敏感に察知したのか、台座ちゃんが必死に引き止めてきた。

「すぐ戻る。それにアンタが何なのか……この部屋の外に手がかりがあるかもしれないし。そういうの気にならないか?」
(そ、それは確かに……そうかもしれませんけど~)

 台座ちゃんはこの部屋の外がどうなっているかを、当然知らないはず。
 それでも台座ちゃんの中で俺と一緒にいたい、心細いという感情がどんどん強くなっていくのがわかる。

「……安心しろ。念話自体は俺が拒否しなきゃ繋がったままだよ」
(ぜ、絶対切らないでくださいね! ぜーったい!)

 文字通り強く念を押されながら、俺は扉をくぐって部屋を出た。

(うう~、聞こえますか~? もうこちらからは貴方の姿が見えなくなりました~)

 見えなく、ね。
 目がないのにどうしてわかるのかとは聞かない。
 器物に転生した者には一定の範囲に有効な疑似視覚が備わることが多いし。

(聞こえてるよ)

 俺も念話で応える。

(よ、よかった~。それで、外はどんなふうになってました?)
(まっすぐ通路が伸びてる。扉や窓の類は一切ないな。部屋の中と同じで光源がないのに明るい。壁の材質も同じみたいだから、そういう素材でできてるのかもな。突き当りは上に続く階段になってる……ん?)

 通路の床板が不自然に盛り上がってる部分がいくつかある。
 なんとなく嫌な予感がして通路や壁を鑑定眼で調べると。

(この通路、罠がある)
(ええっ!?)
(間違った床板を迂闊に踏むと壁から槍が出てきて侵入者を串刺しって感じのだな)

 難なく罠を回避して階段に到着。

(どうしてそんなものが!?)
(そりゃもちろん、台座ちゃんのところに辿り着かせないためでしょ)

 罠にかかった死体がないということは回収されているからか。
 あるいは……。

(階段に罠はない。このまま進んでみる)

 視覚転移チートなりなんなりで安全に調べることもできるが、それではつまらん。
 こういう未知の要素は、俺の退屈を紛らわす貴重なエッセンスなんだ。
 取りこぼしてたまるかよ。

(き、気を付けてください! 絶対死なないでくださいね!)
(おいおい、俺を誰だと思ってるんだよ)

 台座ちゃんの心配を軽口で受け流しつつ、俺は階段を登り始めた。
 そう長くない距離を歩くと、だんだん周囲が暗くなってくる。
 どうやらさっきの通路と階段とでは、壁の素材が違うらしい。
 さっきまでの白い謎素材ではなく石だとはっきりわかる壁には不気味な文様が描かれていた。

 それを見てだんだん面白くなって来たなと口端を吊り上げた途端、思わぬ障害にぶち当たった。

(……行き止まりだ)
(え、階段だったんじゃ?)
(土砂が行く手を塞いでる。たぶん、地震が何かで)

 手触りを確かめる。
 堅い。ここ最近の出来事じゃないな。

(それってつまり、私のところに来られる人は……)
(いない、ってことだろうな)

 元来た道を引き返しつつ、俺は肩を竦めるのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品