日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)
61.最後の砦! 希望の都ミドガルダ
そう。
この異世界は早晩滅びることが確定している。
蓮実を相手にしながら異世界の調査をした結果。水は枯れ、大地の栄養は枯渇。『星』の魂エネルギーまでからっけつ寸前だと判明した。
仮に俺の魂を分け与えて満タンにしたところで、もう手の施しようがない。
それどころかエネルギーを内包しておけるだけの外殻が既に崩壊寸前なので、下手な補給をすれば破れかけの風船のように破裂してしまう。
なら急いで誓約者を見つけ出さなきゃいけないかというと、事情は全く逆。
何故なら世界が滅びれば誓約が自動破棄されて次の異世界へ召喚されるからだ。
現に今までも何度か「無理ゲー」と判断した異世界を俺はこの手で滅ぼしている。
だけど、それには大きなリスクが伴う。
世界を滅ぼすと異世界にあった魂のエネルギーがガフの部屋に大量供給され、新たな異世界が順番待ちの神々によって創世されることになる。
熟れた異世界のエネルギーは生まれたての異世界を作るコストよりはるかに大きいから、創世される世界は当然ひとつでは済まない。
仮に世界をひとつ滅ぼして、みっつの世界が生まれるとしよう。
世界ひとつにつき誕生から滅亡まで平均して3~4個の誓約が新たに発生するから、単純計算で9~12個の誓約が追加されることになる。考えるまでもなく赤字だ。
とはいえ今となっては俺が世界のエネルギーをすべて喰い尽くせばいいだけなので、防げなくもない。
だけど問題はもうひとつある。
俺が世界を滅ぼすと必ずと言っていいほど発生する『歴史の分岐点』だ。
俺の召喚は異世界にとって未来の行く末を左右する一大イベントである。
それゆえ俺が世界を滅ぼしてしまうと「もし逆萩亮二が召喚されず、世界が滅びなかったら?」という『歴史の分岐点』から、いくつもの並行世界が生まれてしまうのである。
こうなれば利子が増えるどころの話ではない。
利率が増えるも同然。
しかも俺には防ぎようがない。
俺の懲役が増えたのは単純にサボっていたらってのもあるが。
アンス=バアル軍にオメガ級災厄などと呼ばれて破壊神気取りになった若かりし頃の俺が「すべての世界を破壊すれば俺って解放されね?」と血気にはやったことにも大きな原因がある。
大笑いしながら現れたクソ神の代行分体ナウロン・ノイエに並行世界分裂の真相を知らされた頃には両手じゃ数え切れないほどの世界を滅ぼした後だった。
そのときもカッとなってナウロンを殺し、縮退現象で世界を滅ぼしたことは言うまでもない。
まさに自業自得、因果応報。
今では深く反省している。
さて、現在の話に戻ろう。
さっきまでの話は俺自身が世界を滅ぼした場合だ。
ところがこの異世界の場合、『星』自体が既に死んでくれている。
つまり俺が手を下すまでもなく、世界は滅びる。
世界がエネルギー不足で勝手に滅んでくれるならガフの部屋への過度なエネルギー供給による創世はもちろんないし、並行世界の分裂によるリスクを抱えることもない。
というか、これだけ魂のエネルギーが枯渇しているなら最大出力の星断で介錯したって分岐は起きない。
遅いか早いかの違いでしかないからだ。
そうしない理由は、ただの気分としか言いようがないのだが……そういやなんでだろう?
なんとなく、そうしちゃいけないような気がするっていうか、よくわからん。
実のところ世界の惨状やレフトーバー、クリスタルゲインを見る前から誓約者の願いは察しがついている。
もしその誓約を確かめるなら特定の場所と古参嫁の力が必要なのだが、お局様を説得するのは億劫だし、譲歩の条件としてイツナ達に会わせるよう迫ってくるに決まってる。
むしろ、いいきっかけなのかもしれないとも思う。ただ面倒なだけ。
いつもどおりなら世界が滅ぶまで待つか、トドメを刺してハイ終了……っていう感じなんだけど。
そろそろアイツの封印解かないと、このままズルズル先延ばしにしそうだし。
何より、ここで逃げるのも俺らしくないんじゃないかとも思う。
ていうか、なんなんだろうなー、今の俺。
ちょっと変な感じだし、くだらない自己分析は終わりにしよう。
連中の使っていた魔導バイクとやらに相乗りさせてもらい、2時間12分の旅路を終え、ミドガルダとやらに到着した。
見た目は巨大な黒い外壁に囲われたSF都市、といったところか。
恒常的な闇を排除するためか、街灯やネオンが街を照らし、空に伸びる投光器の輝きが偏執的に暗雲を照らしている。
高架なんかも見えるし、壁より高いビルが屹立している様子を見る限り、剣と魔法の世界からは程遠い。
赤井が道中してくれた話によると元々ここも普通のファンタジー世界だったらしい。
だけど召喚されたチートホルダーたちが現代知識を駆使し、さらにチート能力も併用した結果、魔法と機械が融合した魔導技術とやらが発達したのだという。
レフトーバーが現れて文明社会を喰らい尽くすまで、人々は魔導技術の恩恵に預かって豊かに暮らしていたんだそうだ。
でも、街に到着したらそんな背景なんてどうでもよくなった。
バイクを降りて外壁の門をくぐり街を歩き始めた直後、俺の視線がミドガルダの中央に鎮座して青い炎を噴き上げている巨大な塔にくぎ付けとなったからだ。
「……なあ、ありゃなんだ?」
俺が塔を指差すと、赤井が暑苦しいスマイルを浮かべた。
「ああ、初めて見るのか? 魔導炉だよ。あれが街全体に必要な電力や魔力を補っているのさ」
……魔導炉、ねぇ。
「えげつねぇことしやがるな」
「ん、えげつない? まあそうかな、とんでもないよな」
ああ、とんでもないよ。
そんでもって、いろいろ仕方ないわ。
「ようやく文明ね! 早いところシャワー浴びて、マカロンつまみながら紅茶飲みたいわ~」
気楽でいいなぁ、蓮実は。
ついてくることで自分の身を守る気らしく、ちゃっかり俺と腕を組んでいる。
危ない目にあった後だけ嫁っぽく振る舞うとは、さすがは俺の認めたクズビッチだぜ。
「さて、これからキミたちには市長に会ってもらおうと思う」
「市長? そんなVIPにいきなり会っていいのか」
俺の懸念に赤井が頭をぽりぽり掻きながら苦笑する。
「まあ、こういう世界だからな……助け合わなきゃいけないし」
黄色のトパーズを除いて、他の3色が反対っぽい顔をしているけどいいんかね。
まあ、赤井がリーダーらしいから大丈夫なんだろう。
今のところ俺も無意味に暴れる気はないしな。
赤井がアポイントメントを取るまで待たされた後、俺たちも程なくして応接間に迎え入れられた。
「ようこそ、クリスタルゲイン本部へ。赤井君から聞いたとおりなら……オニキスと呼んでいいのかね?」
「ああ、それで構わない」
返答しながら市長と紹介された男をつぶさに観察する。
ミドガルダの市長は中年の男性、しかも日本人だった。
それ自体は先ほど聞いた話から意外でもなかったが、俺たちが市長と面会したのは市長のビルではなく、何かの研究所と思しき施設。市長の言を信じるならクリスタルゲインの本部ということになるのだろう。
市長自身もフォーマルな衣服ではなく、研究者の白衣を身に纏っていた。
「やだ、ナイスミドル……あ、白海蓮実です!」
平常運転の蓮実と俺とを値踏みするように交互に見た後、市長は朗らかに笑う。
「私はミドガルダ市長を務める松田だ。ゆっくりしていってほしい……と言いたいところだが、できれば早速キミたちにも我らとともに戦ってほしいのだ」
「ええっ!?」
驚きと不服を隠そうともせず、蓮実が大袈裟に声をあげた。
「すまんな。見てのとおり、この世界は界喰み……レフトーバーによって食い尽くされ――」
「ぐっ……」
こみ上げてきたモノを我慢するために口元を抑えると、松田が怪訝そうに眉をひそめた。
「どうかしたのかね?」
「いえ、おかまいなく。持病のようなものですから。もう大丈夫」
「ふむ……」
その後の松田とやらの茶飲み話は退屈だった。
世界が滅びに瀕しているのは全部レフトーバーのせいで、あいつらを全部倒さないといけないとかどうとか。
連中に対抗するためにライザークリスタル……カレントライザーに変身できるようになるアイテムを開発し、救世旅団クリスタゲインを結成して戦っている。
要約すると、それだけの話だった。
つまり、この松田が欠陥クリスタルを製作したチートホルダーってわけだ。
俺にとって重要なのは、その一点だけだね。
「いいでしょう、一緒に戦いましょう」
「本当か! ありがたい」
松田と形だけの握手を交わす。
俺が断ったところで、どうせ巻き込んでくる。
だったら、懐に入っておいた方がいい。
そう判断しての返答だ。
……ん、なんか違和感があるけど、なんだろう。
気のせいか?
首を捻っている間に連絡用の通信機を渡されたり、簡単な事務手続きを終え……俺は正式に救世旅団クリスタルゲインの一員となった。
「ここの施設は一通り必要なものがそろっている。所員に案内させよう。好きに使っていい」
「あ、わたしもうちょっとお話し聞かせてもらいたいです!」
あ、蓮実が権力者に取り入ろうとしてる。
まあ、別にいいけど。
俺の方はようやく解放されたのでさっさとお暇しようと席を立つ。
「ところで」
すると去り際の背中に声をかけられた。
「キミはライザークリスタルをどこで手に入れたのかね?」
ああ、まあ製作者ご本人様としては気になるだろうね。
「自家製です。では、失礼」
それだけ言い残してさっさと退室。施設の案内も断って宛がわれた部屋へと直行する。
部屋の中は2LDKの、暮らしていくだけなら不自由しないスペースだった。
備え付けの家具は最低限しかないが、どうせ収納の類は俺には必要ない。
「ふー……」
部屋の中に監視設備がないことを確認してから、ようやく一息ついた。
念のために結界を張ってプライベートを確保する。
「やれやれ、おめでたい連中だ」
松田の主張を一通り聞いた結果、俺が抱いた感想はそれだけだ。
やらかしてる事が事だけに同情すらできない。
せいぜいこのまま何も知らず、自分たちが妄信する正義に殉じればいい。
俺さえ巻き込まなきゃ、別に邪魔しないさ。
こちとら世界の破滅なんかより、よっぽど重大なイベントを控えてるんだから。
アイテムボックスから取り出したるは、みっつの封印珠。
うち、イツナとシアンヌが眠っていた珠をベッドの上に転がして封印を解除する。
「ふわぁ~……おはよう、サカハギさん」
呑気に伸びをするイツナ。
「む、新たな世界か。セリーナ達はどうなったのだ」
すぐに顔を上げて周囲を観察するシアンヌ。
質問に応える気になれない俺は早速本題を切り出した。
「いいか、ふたりとも。これからお前たちに会わせたい嫁がいる」
「サカハギさん……?」
俺が珍しく見せる真剣な顔に、イツナがきょとんとした。
構うことなく続ける。
「ひょっとすると、お前らに会わせるには少し早いかもしれない。けど、お前らは新人嫁としてはよくやっている方だ。ルールもよく遵守してる方だし、きっと大丈夫。大丈夫、だと思う」
「サカハギ、一体何の脅しだ」
シアンヌの警戒するような視線に、俺は首を横に振って応えた。
「いいや、脅しじゃない。ガチの話なんだ」
額を一筋の汗がつたう。
自分で思っている以上に緊張していたらしい。
イツナとシアンヌもゴクリと生唾を飲み込んだ。
意図しない形で事態の重さが伝わったらしい。
「これだけは言っておく。今から出す嫁は最古参……お前らの大先輩にあたる。特定分野においては俺を凌駕する存在だから、気を引き締めてかかれよ」
俺がベッドに残った封印珠を置こうとすると、ふたりとも何かに弾かれるように退いた。
いい勘してるよ、ふたりとも。
ベッドに封印珠を置いてから、俺もゆっくりと半歩下がる。
深呼吸をひとつしてから、いつもの言葉を口にした。
「封印解除!」
この異世界は早晩滅びることが確定している。
蓮実を相手にしながら異世界の調査をした結果。水は枯れ、大地の栄養は枯渇。『星』の魂エネルギーまでからっけつ寸前だと判明した。
仮に俺の魂を分け与えて満タンにしたところで、もう手の施しようがない。
それどころかエネルギーを内包しておけるだけの外殻が既に崩壊寸前なので、下手な補給をすれば破れかけの風船のように破裂してしまう。
なら急いで誓約者を見つけ出さなきゃいけないかというと、事情は全く逆。
何故なら世界が滅びれば誓約が自動破棄されて次の異世界へ召喚されるからだ。
現に今までも何度か「無理ゲー」と判断した異世界を俺はこの手で滅ぼしている。
だけど、それには大きなリスクが伴う。
世界を滅ぼすと異世界にあった魂のエネルギーがガフの部屋に大量供給され、新たな異世界が順番待ちの神々によって創世されることになる。
熟れた異世界のエネルギーは生まれたての異世界を作るコストよりはるかに大きいから、創世される世界は当然ひとつでは済まない。
仮に世界をひとつ滅ぼして、みっつの世界が生まれるとしよう。
世界ひとつにつき誕生から滅亡まで平均して3~4個の誓約が新たに発生するから、単純計算で9~12個の誓約が追加されることになる。考えるまでもなく赤字だ。
とはいえ今となっては俺が世界のエネルギーをすべて喰い尽くせばいいだけなので、防げなくもない。
だけど問題はもうひとつある。
俺が世界を滅ぼすと必ずと言っていいほど発生する『歴史の分岐点』だ。
俺の召喚は異世界にとって未来の行く末を左右する一大イベントである。
それゆえ俺が世界を滅ぼしてしまうと「もし逆萩亮二が召喚されず、世界が滅びなかったら?」という『歴史の分岐点』から、いくつもの並行世界が生まれてしまうのである。
こうなれば利子が増えるどころの話ではない。
利率が増えるも同然。
しかも俺には防ぎようがない。
俺の懲役が増えたのは単純にサボっていたらってのもあるが。
アンス=バアル軍にオメガ級災厄などと呼ばれて破壊神気取りになった若かりし頃の俺が「すべての世界を破壊すれば俺って解放されね?」と血気にはやったことにも大きな原因がある。
大笑いしながら現れたクソ神の代行分体ナウロン・ノイエに並行世界分裂の真相を知らされた頃には両手じゃ数え切れないほどの世界を滅ぼした後だった。
そのときもカッとなってナウロンを殺し、縮退現象で世界を滅ぼしたことは言うまでもない。
まさに自業自得、因果応報。
今では深く反省している。
さて、現在の話に戻ろう。
さっきまでの話は俺自身が世界を滅ぼした場合だ。
ところがこの異世界の場合、『星』自体が既に死んでくれている。
つまり俺が手を下すまでもなく、世界は滅びる。
世界がエネルギー不足で勝手に滅んでくれるならガフの部屋への過度なエネルギー供給による創世はもちろんないし、並行世界の分裂によるリスクを抱えることもない。
というか、これだけ魂のエネルギーが枯渇しているなら最大出力の星断で介錯したって分岐は起きない。
遅いか早いかの違いでしかないからだ。
そうしない理由は、ただの気分としか言いようがないのだが……そういやなんでだろう?
なんとなく、そうしちゃいけないような気がするっていうか、よくわからん。
実のところ世界の惨状やレフトーバー、クリスタルゲインを見る前から誓約者の願いは察しがついている。
もしその誓約を確かめるなら特定の場所と古参嫁の力が必要なのだが、お局様を説得するのは億劫だし、譲歩の条件としてイツナ達に会わせるよう迫ってくるに決まってる。
むしろ、いいきっかけなのかもしれないとも思う。ただ面倒なだけ。
いつもどおりなら世界が滅ぶまで待つか、トドメを刺してハイ終了……っていう感じなんだけど。
そろそろアイツの封印解かないと、このままズルズル先延ばしにしそうだし。
何より、ここで逃げるのも俺らしくないんじゃないかとも思う。
ていうか、なんなんだろうなー、今の俺。
ちょっと変な感じだし、くだらない自己分析は終わりにしよう。
連中の使っていた魔導バイクとやらに相乗りさせてもらい、2時間12分の旅路を終え、ミドガルダとやらに到着した。
見た目は巨大な黒い外壁に囲われたSF都市、といったところか。
恒常的な闇を排除するためか、街灯やネオンが街を照らし、空に伸びる投光器の輝きが偏執的に暗雲を照らしている。
高架なんかも見えるし、壁より高いビルが屹立している様子を見る限り、剣と魔法の世界からは程遠い。
赤井が道中してくれた話によると元々ここも普通のファンタジー世界だったらしい。
だけど召喚されたチートホルダーたちが現代知識を駆使し、さらにチート能力も併用した結果、魔法と機械が融合した魔導技術とやらが発達したのだという。
レフトーバーが現れて文明社会を喰らい尽くすまで、人々は魔導技術の恩恵に預かって豊かに暮らしていたんだそうだ。
でも、街に到着したらそんな背景なんてどうでもよくなった。
バイクを降りて外壁の門をくぐり街を歩き始めた直後、俺の視線がミドガルダの中央に鎮座して青い炎を噴き上げている巨大な塔にくぎ付けとなったからだ。
「……なあ、ありゃなんだ?」
俺が塔を指差すと、赤井が暑苦しいスマイルを浮かべた。
「ああ、初めて見るのか? 魔導炉だよ。あれが街全体に必要な電力や魔力を補っているのさ」
……魔導炉、ねぇ。
「えげつねぇことしやがるな」
「ん、えげつない? まあそうかな、とんでもないよな」
ああ、とんでもないよ。
そんでもって、いろいろ仕方ないわ。
「ようやく文明ね! 早いところシャワー浴びて、マカロンつまみながら紅茶飲みたいわ~」
気楽でいいなぁ、蓮実は。
ついてくることで自分の身を守る気らしく、ちゃっかり俺と腕を組んでいる。
危ない目にあった後だけ嫁っぽく振る舞うとは、さすがは俺の認めたクズビッチだぜ。
「さて、これからキミたちには市長に会ってもらおうと思う」
「市長? そんなVIPにいきなり会っていいのか」
俺の懸念に赤井が頭をぽりぽり掻きながら苦笑する。
「まあ、こういう世界だからな……助け合わなきゃいけないし」
黄色のトパーズを除いて、他の3色が反対っぽい顔をしているけどいいんかね。
まあ、赤井がリーダーらしいから大丈夫なんだろう。
今のところ俺も無意味に暴れる気はないしな。
赤井がアポイントメントを取るまで待たされた後、俺たちも程なくして応接間に迎え入れられた。
「ようこそ、クリスタルゲイン本部へ。赤井君から聞いたとおりなら……オニキスと呼んでいいのかね?」
「ああ、それで構わない」
返答しながら市長と紹介された男をつぶさに観察する。
ミドガルダの市長は中年の男性、しかも日本人だった。
それ自体は先ほど聞いた話から意外でもなかったが、俺たちが市長と面会したのは市長のビルではなく、何かの研究所と思しき施設。市長の言を信じるならクリスタルゲインの本部ということになるのだろう。
市長自身もフォーマルな衣服ではなく、研究者の白衣を身に纏っていた。
「やだ、ナイスミドル……あ、白海蓮実です!」
平常運転の蓮実と俺とを値踏みするように交互に見た後、市長は朗らかに笑う。
「私はミドガルダ市長を務める松田だ。ゆっくりしていってほしい……と言いたいところだが、できれば早速キミたちにも我らとともに戦ってほしいのだ」
「ええっ!?」
驚きと不服を隠そうともせず、蓮実が大袈裟に声をあげた。
「すまんな。見てのとおり、この世界は界喰み……レフトーバーによって食い尽くされ――」
「ぐっ……」
こみ上げてきたモノを我慢するために口元を抑えると、松田が怪訝そうに眉をひそめた。
「どうかしたのかね?」
「いえ、おかまいなく。持病のようなものですから。もう大丈夫」
「ふむ……」
その後の松田とやらの茶飲み話は退屈だった。
世界が滅びに瀕しているのは全部レフトーバーのせいで、あいつらを全部倒さないといけないとかどうとか。
連中に対抗するためにライザークリスタル……カレントライザーに変身できるようになるアイテムを開発し、救世旅団クリスタゲインを結成して戦っている。
要約すると、それだけの話だった。
つまり、この松田が欠陥クリスタルを製作したチートホルダーってわけだ。
俺にとって重要なのは、その一点だけだね。
「いいでしょう、一緒に戦いましょう」
「本当か! ありがたい」
松田と形だけの握手を交わす。
俺が断ったところで、どうせ巻き込んでくる。
だったら、懐に入っておいた方がいい。
そう判断しての返答だ。
……ん、なんか違和感があるけど、なんだろう。
気のせいか?
首を捻っている間に連絡用の通信機を渡されたり、簡単な事務手続きを終え……俺は正式に救世旅団クリスタルゲインの一員となった。
「ここの施設は一通り必要なものがそろっている。所員に案内させよう。好きに使っていい」
「あ、わたしもうちょっとお話し聞かせてもらいたいです!」
あ、蓮実が権力者に取り入ろうとしてる。
まあ、別にいいけど。
俺の方はようやく解放されたのでさっさとお暇しようと席を立つ。
「ところで」
すると去り際の背中に声をかけられた。
「キミはライザークリスタルをどこで手に入れたのかね?」
ああ、まあ製作者ご本人様としては気になるだろうね。
「自家製です。では、失礼」
それだけ言い残してさっさと退室。施設の案内も断って宛がわれた部屋へと直行する。
部屋の中は2LDKの、暮らしていくだけなら不自由しないスペースだった。
備え付けの家具は最低限しかないが、どうせ収納の類は俺には必要ない。
「ふー……」
部屋の中に監視設備がないことを確認してから、ようやく一息ついた。
念のために結界を張ってプライベートを確保する。
「やれやれ、おめでたい連中だ」
松田の主張を一通り聞いた結果、俺が抱いた感想はそれだけだ。
やらかしてる事が事だけに同情すらできない。
せいぜいこのまま何も知らず、自分たちが妄信する正義に殉じればいい。
俺さえ巻き込まなきゃ、別に邪魔しないさ。
こちとら世界の破滅なんかより、よっぽど重大なイベントを控えてるんだから。
アイテムボックスから取り出したるは、みっつの封印珠。
うち、イツナとシアンヌが眠っていた珠をベッドの上に転がして封印を解除する。
「ふわぁ~……おはよう、サカハギさん」
呑気に伸びをするイツナ。
「む、新たな世界か。セリーナ達はどうなったのだ」
すぐに顔を上げて周囲を観察するシアンヌ。
質問に応える気になれない俺は早速本題を切り出した。
「いいか、ふたりとも。これからお前たちに会わせたい嫁がいる」
「サカハギさん……?」
俺が珍しく見せる真剣な顔に、イツナがきょとんとした。
構うことなく続ける。
「ひょっとすると、お前らに会わせるには少し早いかもしれない。けど、お前らは新人嫁としてはよくやっている方だ。ルールもよく遵守してる方だし、きっと大丈夫。大丈夫、だと思う」
「サカハギ、一体何の脅しだ」
シアンヌの警戒するような視線に、俺は首を横に振って応えた。
「いいや、脅しじゃない。ガチの話なんだ」
額を一筋の汗がつたう。
自分で思っている以上に緊張していたらしい。
イツナとシアンヌもゴクリと生唾を飲み込んだ。
意図しない形で事態の重さが伝わったらしい。
「これだけは言っておく。今から出す嫁は最古参……お前らの大先輩にあたる。特定分野においては俺を凌駕する存在だから、気を引き締めてかかれよ」
俺がベッドに残った封印珠を置こうとすると、ふたりとも何かに弾かれるように退いた。
いい勘してるよ、ふたりとも。
ベッドに封印珠を置いてから、俺もゆっくりと半歩下がる。
深呼吸をひとつしてから、いつもの言葉を口にした。
「封印解除!」
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
267
-
-
127
-
-
1
-
-
440
-
-
221
-
-
439
-
-
4405
-
-
4503
-
-
549
コメント