日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

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56.運命とご都合主義

 そのイベントは『予定通りに』始まった。

「アレン様……」
「ふん、セリーナか」

 ふたりがかち合ったのはたまたまに見えるが、実際は定められた運命。
 6日目の放課後、ふたりはこの廊下で出会うべくして出会ったのだ。
 彩奈ちゃんにイツナがいつでも動けるように腰を落とし、アレ王子の後方ではシアンヌが目を光らせている。

「……失礼します」
「待て!」

 アレ王子が横を通り過ぎようとしたセリーナ嬢の腕を強引に掴んだ。

「い、痛っ……!」
「セリーナ!」

 アレ王子の蛮行に彩奈ちゃんが叫ぶ。
 イツナがパリッとおさげに火花を走らせたが、セリーナを巻き込むことに躊躇して動けない。
 シアンヌの方は命の危機なしと見做してか、厳しい顔のままやはり動かない。

「セリーナ、謝ってもらおうか」
「そんな。わたくしは、もう蓮実さんに……」
「蓮実にではない。俺にだ」

 アレ王子独自の俺様理論により導き出された理不尽な物言いに、一同が唖然とする。

「俺もお前が蓮実を虐めたせいで心を痛めていたのだ。蓮実に謝ったのなら、俺にも謝るのが必然だろう」
「お断りします!」

 よし、セリーナ嬢よく言った!
 ……コホン。
 アレ王子の目が細まり、剣呑に光った。

「……断るだと? 俺の聞き間違いか?」
「いいえ、今申し上げたとおりです。わたくし、アレン様には絶対に謝りません!」
「なんだと!」

 アレ王子の手に力が籠められるとセリーナ嬢が痛みに顔を歪めた。
 それでも強い意志を込めて、アレ王子に向けて言い放つ。

「蓮実さんはわたくしのしたことで傷ついたと言っていました。だから、そのことについてだけは謝ったのです。ですが貴方はそんな風に自分勝手な物言いをしていれば誰もが従ってくれると思い込んでいるだけ。そんな殿方に下げる頭など持ち合わせてはいません!」
「おのれ、言わせておけば!」

 アレ王子が激昂する。

「セリーナから手を離しなさい、馬鹿王子! これ以上は許さないわよ!」

 姫さんを脅迫した光線を飛ばすつもりなのか、ビシッとアレ王子に人差し指を突き付けた。
 それでも、実際に撃つまではいかない。

「王子の俺に向かって指を向けるとは無礼な!」
「王子が何? あたしはこれでも魔王なのよ!」

 彩奈ちゃんとアレ王子の一触即発の空気に、イツナとシアンヌにも緊張が走る。

「放して! 放してください!」

 度を越えた痛みに堪えきれなくなったセリーナ嬢がアレ王子の手を引きはがそうとする。
 それが王子の怒りに油を注ぐとも知らず。

「ふん、言われずともお前など!」

 アレ王子がセリーナ嬢の手を投げるように離した。
 そしてその勢いのまま。

「……え」

 セリーナ嬢が下り階段の方へ。

 落ちる。
 落ちていく。

 目にもとまらぬスピードで動けるはずの彩奈ちゃんも。
 雷足を使えばセリーナの手を掴めるはずのイツナも。
 縮地を使うまでもなく高速移動で助けられるはずのシアンヌも。
 何故かセリーナが落ちていくのを、止めに行かない。
 まるで自分たちにその力があることを忘れてしまっているかのように。
 階段を転げ落ちるセリーナを誰一人として止められない。

 最終的に踊り場のあたりでゴッと鈍い音がするのと同時に、セリーナの落下は完全に止まった。

「セリーナァッ!」

 悲痛な叫びをあげたのは彩奈ちゃんだった。
 さっきまでの金縛りが嘘のように、ぐったりしているセリーナの下へ駆け降りる。
 逡巡しながらもイツナとシアンヌも後に続く。

「俺は……知らん。俺は知らんぞ!」

 アレ王子だけはなかったことにして、そそくさと場を辞した。

「セリーナ! セリーナァァッ!!」

 彩奈ちゃんの叫びが、階段の踊り場にいつまでも木霊する……。



 というイベントが、ノートパソコンに映っていた。
 今まさに現実に起きた事態なのだが、どうにも先を見る気にはならず、パタンとディスプレイを閉じる。

「そうか、こうなったか」

 結論から言うと、俺が総ざらいしたイベントの中に『セリーナ嬢が事故死するシーン』は存在しなかった。
 俺が調べた時点では確定した未来が存在せず、『星の意思』によるイベント自動生成待ちだったのである。
 つまり、蓋を開けるまではわからない状態だったのだ。

 そして、今のが実際に発生したセリーナ=ブロンシュネージュ公爵令嬢の事故死イベント。
 なるほど、少々強引ではあるけどアレ王子がふさぎ込み、ヒロインと関係を解消する展開としては理解できる。
 原作だとたった一文で済まされた事件が、ようやくこうして実現したというわけだ。

 用務員室を出て、保健室へと向かう。
 案の定イツナとシアンヌが悲痛な表情を浮かべながら扉の前で右往左往していた。

「サカハギさん!」
「サカハギ……すまない」
「ああ」

 ふたりをねぎらうように肩を叩き、保健室へ入った。
 ベッドには頭に包帯を巻いたセリーナ嬢が寝かされている。
 その華奢な手を彩奈ちゃんが祈るように握っていた。

 俺の気配に気づいたのか、彩奈ちゃんがぽつりぽつりと言葉を漏らす。

「セリーナが、階段から、落ちて――」
「知ってる」

 それを遮ると、彩奈ちゃんに鬼のような形相で睨まれた。

「なっ……なんでそんなに落ち着いてるのよ!」
「お前もまず落ち着け」

 彩奈ちゃんと反対側に回って、セリーナ嬢の首や手首の脈を取る。
 俺の冷静な対処を見て余計に苛立ったのか、彩奈ちゃんがガンと壁を叩いた。

「くぅ……あのときあたしが撃つのを躊躇わなければ!」

 ここで慰めを言ったところで仕方がない。
 嘆息しつつ現実を告げる。

「もし彩奈ちゃんが王子を撃ち殺したとしても、セリーナは階段から転げ落ちただろうよ。そいつは決まってたことなんだ」
「決まってたことって……アンタ、何を言って――」
「そもそもからして、階段から落ちるセリーナを……なんで誰一人として助けなかった?」
「そ、それは……」

 そう、あのイベントにおいてそれだけは不自然。
 本来であれば絶対に有り得ないこと。

「あそこにいた3人。全員が全員、それができるスペックを持っていたのにセリーナが落ちていくのを止めようとしなかった。いいや、止められなかったんだ」

 セリーナ嬢の容態を確認し終えた俺は、首を横に振った。

「運命だったんだよ、彩奈ちゃん。セリーナが階段から落ちるのは運命だった。そこだけは変えられないのさ」

 彩奈ちゃんの俺を見る目は、どこまでも冷めていった。

「……何よそれ。運命だから諦めろって、そう言いたいの?」
「誰がいつ、そんなことを言った」
「そういうことでしょ! 何よ、あんな大口叩いておいて……これじゃ、これじゃ……」

 とうとう泣き始めた彩奈ちゃんに、俺は努めて冷静に言った。

「そうさ。言っただろう? 死神だろうとあの子は殺せないと」
「……え?」

 目尻に涙を溜めたままきょとんとする彩奈ちゃんに、俺はニヤリと笑いかけた。

「心配するな。セリーナは回復するさ……そうなるように、俺がした」



 その後、セリーナ嬢はすぐ意識を取り戻した。
 イツナとシアンヌにも結果を伝えて安心させた後、俺は用務員室に戻ろうと廊下を歩いている。

「何をしたの」

 そこを背後から声をかけられた。
 肩越しに振り向いた先に立っていたのは、彩奈ちゃんだ。

「まさかアンタ、死人を生き返らせられる魔法が使えるっていうの?」
「いや、俺は信仰系の魔法はてんで駄目なんだ。死者蘇生どころか、かすり傷だって治せやしない」

 俺の場合、他人の治療はチート能力を頼ることになる。
 例えばここはゲーム模倣型異世界だから、コンソールで死亡したセリーナ嬢を《蘇生》させられる。
 あるいは不死設定を有効にして、最初からセリーナ嬢を死なないようにすることもできただろう。
 でも、今回俺の打った手は少し違う。

 『セリーナ=ブロンシュネージュは卒業式を待つことなく、事故死した』

 『星の意思』はこの一文に従い、『アレ王子によってセリーナが階段から落ちて後頭部を強打し、脳内出血で死亡する』という辻褄合わせのイベントを起こした。
 いや、起こすはずだった。

「じゃあ、いったいどうやって……」
「俺は世界の運命を……いや、シナリオテキストを書き換えただけさ」

 アイテムボックスからノートパソコンを取り出し、スリープモードを解除。ディスプレイを彩奈ちゃんの方に向け、該当箇所を指差す。

「ここを見てみろ。なんて書いてある?」
「えっと……『セリーナ=ブロンシュネージュは卒業式前に事故に遭ったが大事には至らなかった』……?」
「そういうこと。この異世界がゲームの通りに動くっていうなら、ゲームデータの方を丸ごと書き換えればいいんだ」

 俺のしたことは単純明快。
 パソコンに一度落としたゲームデータを書き直して、もう一度世界側に再インストール。これだけだ。
 あとのことは今まで通り『星の意思』がテキストに従ってイベントを再生成してくれる。
 この異世界特有の構造を利用した裏技ってわけだ。

「ご都合展開ってあるだろ?」
「何か急に話が飛んだわね。都合良く主人公が力に目覚めたりするアレ?」
「そうそう、それそれ」

 やはりというかなんというか、彩奈ちゃんはコレ系の話に強いな。

「ありゃな、『星の意思』が世界の空白を埋めるから起きるんだよ」
「『星の意思』? 空白?」
「『星の意思』っていうのは、まあ世界の意思みたいなもんだと思え。そういうのがいるんだよ。空白っていうのは、ドラマでいうシーンとシーンの間にある間隙……描写されない部分ってやつだ」

 彩奈ちゃんが「ふんふん」と頷いている。
 おそらくこの話、イツナやシアンヌが聞いても理解できないだろうな。

「例えば勇者たちが魔王を倒しに行くゲームを元にした世界があったとする。さらに魔王の討伐成功という結末だけ決められているとしよう。だけど、それだと世界のシステム側に何も記載がないから『星の意思』が現在と結末の間にある展開をある程度作ってくれるってわけ。魔王を倒すために必要な武器、防具、仲間との出会い、魔王城に行くためのアイテムや倒すべきボス……そういったものが『都合よく』勇者の前に現れるんだ」

 彩奈ちゃんがなんとも言えない顔でたらりと汗を流した。

「えっと……まさか、それが異世界におけるご都合展開の正体だとでも?」
「チート勇者なら、むしろ標準装備だろ。『主人公補正』っていうのはさ」

 アレって一見無敵のチート能力なんだけど、でかい代償があるんだよなー。
 まあ、今は関係ないから話さないけど。

「お前を倒した勇者だってそうさ。めちゃめちゃ弱かった癖に、格上のお前を倒せただろう? そいつはな、『召喚された勇者が魔王を倒す』って結末……運命が先に決定してたからだ。本当によくあることなんだよ。勇者の謎のパワーアップってのは」

 これを聞いた彩奈ちゃんが悲しそうに俯く。

「そんな。あれが運命だったなんて……そんなのどうしようもないじゃない」
「なんで?」
「だって世界に決められてるんでしょ! だったらあたし……って、あ!」
「そう、だから運命を書き換えたっていうのはそういう意味。気に入らなければ自分で変えればいいんだよ。結末なんざ」

 宙にペンで文字を書くような仕草をしながら、ニヤリと笑いかける。
 すると、彩奈ちゃんが何かに気づいたように叫んだ。

「だったら、事故そのものを起きないようにすればよかったじゃない!」
「それじゃ本末転倒だろ。俺はどういう辻褄合わせが起きるのかを確認したかったんだから」

 でなきゃ誓約達成を延長してまで居残った甲斐がないし。

「うう……アンタ、やっぱり最低よ!」

 この言い方だとさすがに彩奈ちゃんを怒らせてしまったようだ。
 でも、俺にだって言い分がある。

「じゃあイベントをなかったことにして、何事もなく卒業式を迎えた後……セリーナは本心から安心できると思うか? 『自分の事故死イベントがいつか起きるかもしれない』って恐怖を抱えながらずっと暮らしていくことになるぞ」
「う。そ、それは……ちゃんと後で説明すれば」
「そいつはどうかねぇ……」

 運命だとか、世界が定めた結末だとか、星の意思がどうとかなんてのは……あくまで俺たちの間だから通じる話なのだ。
 起きるはずのイベントを消したからもう安心だ、なんて普通の人間が言われても絶対に不安が残る。それが世界の真実だとしても、理解して受け入れられなきゃ意味がない。
 人間に限らず知的生命体っていうのは、自分が信じたいことしか信じられない生き物なんだから。

「それに事故がなかったことになった、って説明するより。事故が起きたけどみんなのおかげで死の運命を乗り越えられたって言われた方が納得できるだろ?」
「それはそうだけど……でも、真実は違うじゃない」

 弱々しく食い下がる彩奈ちゃんに、俺はいつも自分に言い聞かせている言葉を伝えた。

「あくまで俺の意見だが、大事なのは納得だよ。大切なのは他人がどうこう言う話でも、人智を超えた世界の真実でもない。そいつを自分の中で受け入れ、納得できるかどうかだ」

 しばしの沈黙の後、俯いた彩奈ちゃんがぽそりと呟く。

「あたしは今でも、勇者のあの子が迎えた結末については……納得してないよ」
「当然だ。だからこそ今のお前があるんだろうが」

 何か思うところでもあったのか、彩奈ちゃんがハッと顔を上げた。

「俺だって自分の運命に納得なんざしちゃいない」

 あらゆる異世界を巡り続ける運命。
 気に食わないが、こればっかりは世界のデータを書き換えて何とかなるレベルを超えている。

 それでも納得できない。
 だから、俺は戦う。

 彩奈ちゃんが何か言いたげにしているけど、俺もあんまり説教じみた真似はしたくない。
 だから最後に気休めのアドバイスをした。

「ああ、そうだ、念のため言っておくけど……これほどの強制力が働いたのは、この異世界が狭くてエネルギーが余っているからと、ここがゲーム模倣型異世界だからだ。彩奈ちゃんの転生していた異世界は違う。だから今後勇者どもの『主人公補正』を退けられるかどうかは、彩奈ちゃん次第だ」

 それだけ言って踵を返す。
 卒業式は明日。俺の書き加えたシナリオ通りに事が運べば、この異世界からの卒業も明日となる。
 だから、彩奈ちゃんとゆっくり話す機会はこれが最後になるだろう。

「……まったく。亮二くんはずるいな」

 最後の呟きは聞こえなかったことにする。
 今誘えば嫁に来てくれる気がするけど、それこそ本当にずるいからな。

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