日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

25.雷霆のチート

 俺の悲しみを癒してもらうべく、城で借りた部屋で嫁を出した。
 出したのだが……。

「初めまして、イツナです!」
「フン」

 頑張って挨拶するイツナ。
 無視するシアンヌ。

「あ、あのー、いい天気ですね!」
「フン」

 その後もイツナの一人問答が続いたので、さすがに割り込むことにした。 

「シアンヌ。ルール4を守れないならリリースだぞ」

 ハーレムルール4は「俺には既に何人か嫁がいる。そいつらと仲良くやれ」だ。
 ルールを守ることのできない嫁を次の異世界に連れていくことはできない。

「……チッ。シアンヌだ」
「よろしくね、シアンヌさん!」

 渋々名乗ったシアンヌの手を強引に取って握手するイツナ。
 冷たくされてるのに、すごく喜んでいるように見える。
 この子、Mだったのかな。

 というか、癒しならイツナだけでよかったのだが。
 イツナがどうしてもというので、シアンヌも出した。
 それがこのざまである。

「サカハギ……貴様、こんな子供まで奴隷にするのか?」

 果ては俺にお鉢が回ってくる始末だ。
 俺って日ごろの行いそんなに悪かったっけ?

「イツナはお前と違って、俺にどうしてもついてきたいって言ったんだよ」
「うん、そーだよー。それにイツナは大人だよ!」

 えへへへっと笑うイツナは俺の癒しだ。
 この子を見ていると、ときどき忘れそうな人間の心を思い出す。

「フン、物好きな女もいたものだな」
「それは否定しないかなー」

 いやイツナ、そこはしてくれないと俺の立つ瀬がないんだが。

「それで、今回の誓約はなんだ?」

 シアンヌが夕飯のおかずを聞くような口調で確認してくる。

「普通に魔王退治だよ」
「えー! また魔王ー!?」

 ぶーっとイツナが膨れる。
 まあ、イツナからすれば魔王5連戦目だししょうがないけど。
 シアンヌも無言だが、どうせなら人間を殺したいという態度が顔に出ていた。

「嫌ならまた寝るか?」
「えー、やるよ。やる! もう眠くないし!」
「じゃ、行くぞー」

 もちろん、木っ端魔王如きに苦戦するはずもなく。
 2時間11分後、俺たちはこの異世界を去るのだった。



「アンタが願いを叶えるために来てくれたっていうのが本当なら……頼む! オレの代わりに剣星流の看板背負って魔戦大会に出てくれ!」

 顔の右半分に痛々しい包帯を巻き、左腕をギプスっぽいもので吊った青年が頭を下げる。

「……エイゼムとかいったな。詳しい話を聞こう」

 いつもより若干興味をそそられながら、誓約内容を確認していく。

 今回、俺を召喚したのは王様でもなければ魔王の配下でもない。
 異世界に行けばそこらへんを歩いていそうな戦士風の男だった。
 召喚部屋も石造りの城ではなく道場と思しき木造の広間。
 部屋の中で嵐でも起きたのか、ズタボロだ。

 かろうじて壁に残っている大きな紋章が召喚陣として機能したようだが、これがおそらく剣星流の紋章だろう。
 星マークの手前に剣が添えられている。

「つまり、その魔戦大会っていうのに出場して優勝すればいいのか?」

 出された茶っぽい飲み物をすすりつつ、話をまとめにかかる。

「ああ、そうだ。そうすれば門下生も戻ってくると思う」

 苦々しい表情で頷くエイゼム。
 しばらく前に道場破りがあり、師範役のエイゼムがボロ負けしてしまったせいで門下生がみんないなくなってしまったらしい。
 うーん。立ち姿や足の運びを見た感じ、エイゼムは結構な使い手っぽいけど。
 よほど強い相手だったのかな?

「オレは見てのとおりの状態だ。とてもじゃないが、出場できない」
「予選と本選でそれぞれ1日、合計で2日だったか。まあ、悪くないな」

 異世界の大会で優勝するぐらいなら魔王退治よりよっぽど簡単だ。
 拘束時間だけはどうしようもないけど、代理誓約を立てるとしたら大会を台無しにするような内容になる。
 日数も誤差の範囲だし、強行するほどエイゼムは無礼じゃない。
 それに……。

「ねえ、サカハギさん! かわいそうだし、出てあげようよ!」

 うん、イツナなら確実にそう言うよな。

「フン……くだらんな」

 シアンヌだったら台無し誓約に賛成したかもしれんけど。

「要するに人間どもがもよおすくだらん遊戯だろうが。何故我々が……」
「シアンヌさん!」

 イツナが抗議するようにおさげをパチパチさせた。
 うーん、あのままふたりを同時に出しているんだけど喧嘩ばかりしてるなぁ。

「エイゼムさんだって本当は自分で出たいんだよ。でも怪我をしてるからしょうがないし、わたしたちが代わりに頑張らなきゃ!」
「そういうことを言っているのではない」

 うーむ、どうにも会話が噛み合っていない。
 ルール4に抵触するほど激しいものではないし、どっちかというとシアンヌが一方的にイツナに対してぶっきらぼうに見える。
 だったらどっちか封印珠に仕舞おうよという話ではあるのだが。
 今のうちに少しずつ自分以外の嫁に慣れてもらわないと……と会わなきゃいけなくなったときに苦労する羽目になる。

「じゃあ、大会には俺とイツナが出るってことで。シアンヌは欠席な?」
「そうさせてもらう」

 バトルマニアのがあるけど、シアンヌは人間に対して冷血でもある。
 魔王だった父親が人間を下等生物扱いしてたし、シアンヌにも人類蔑視の教育が行き届いているのだろう。
 一応俺も人間なんだけど、シアンヌの基準だと人間のカテゴリに含まれないらしいし。

「ま、待て。そっちの女の子も出場する気か?」
「うん? うん!」

 エイゼムの慌てた様子に首を傾げながらも、元気よく頷くイツナ。

「やめたほうがいい。魔戦大会は子供のあそび場じゃないんだ……大怪我じゃすまないかもしれないぞ!」
「そうなの?」

 そこで俺を見るか、イツナよ。

「大丈夫。イツナは充分に強いから出ていいぞ」
「ほんと? やったぁー!」
「やったねー、すごいねー」

 わかりやすいなぁ、イツナは。
 棒読みで褒めていると、エイゼムが不安そうに眉根を寄せた。

「本気なのか? 魔戦大会は屈強な戦士や熟練の魔法使いが参戦する。その中には王国近衛隊長や宮廷魔術師もいるんだぞ!」
「よくわからないけど強そうだね。大丈夫なのかな?」

 ここでまた俺を仰ぎ見るイツナ。

「大丈夫。イツナならおさげだけで倒せるさ」
「ほんと? やったぁー!」

 あれ、このやりとりさっきやらなかった?

「まあ予選に出るだけなら、少々の怪我で済むかもしれんし……」

 エイゼムが勝手に納得している。
 いや、普通に決勝までいけるんじゃないの。
 この異世界のレベルがどのぐらいか知らんけど、イツナは俺から見ても相当デタラメだぞ。

「まあ、平気だよ。コイツは俺の次に強いから」

 ぽんぽん、とイツナの三つ編み頭を叩く。

「わたし、そんなに強かったんだ」

 自分でも心底意外そうにつぶやくイツナ。
 と、ここで。

「……聞き捨てならんな」

 シアンヌがギロリと俺たちを睨んで来た。
 その怒気にエイゼムが戦慄し、イツナのおさげがピコーンと立つ。
 なにそれ、アンテナか何かなの?

 さらにシアンヌが俺に詰め寄りながら、イツナを嘲るように笑った。

「その小娘が私より強いとでも言うつもりか?」

 あ、そっか。
 イツナが人間だからっていうより、自分より弱いと思っているから、あんな舐めた態度を取り続けてたわけか。
 確かに俺からいろんなチート能力を手に入れているし、シアンヌもだいぶ強くなってるから自信あるんだろうけど。

「試しにイツナと戦ってみるか?」
「ほう……」

 俺の気楽な返しにシアンヌの目が細まる。
 イツナが驚いたように叫んだ。

「えー! でもお嫁さん同士の喧嘩は禁止だよ?」
「俺が認めた試合ならいいんだ」
「ほえー、そーなんだ」

 そーなんだよー。
 ……なんかイツナが前にも増してアホの子っぽくなってるけど、大丈夫かな。
 フェアマの世界からむこう、思考を放棄してる部分があるように見えるんだが。

「当然、相手を殺傷するような手を使ったら俺が止めるし、その時点で負けな」
「フン、面白い」
「うん、それならいいかなー」

 双方、よござんすね?

「エイゼム。道場、ちょっと借りるぞ」
「あ、ああ。それは構わないが……」

 エイザムが道場の惨憺さんたんたる有様を見回して、苦笑する。

「見てのとおり、だいぶやられているからな。変なところにぶつけて怪我しないように気を付けてくれ」
「大丈夫大丈夫」

 軽く請け負いつつ、誰にも聞こえない声で呟いた。

「たぶん一瞬で終わるから」



 道場の中央。
 互いに数メートル離れた位置に立たせてから、俺がルールを説明する。

「武器の使用は禁止。チートと魔法はあり。さっきも言ったけど、相手を殺すような攻撃は問答無用でダメだ」
「はーい!」

 いっちに、さんしーと準備運動に余念がないイツナ。
 一方、余裕しゃくしゃくのシアンヌは構えすら取らない。

「おい、小娘。降参しておくなら、今のうちだぞ」
「なんでー? 大丈夫だよ!」

 と、ここで。
 イツナが余計な一言を漏らしてしまう。

「もう手加減の仕方も覚えたし」
「なんだと……?」

 シアンヌの眉がピクリと跳ねた。

「言うにこと欠いて、手加減だと? 私の聞き間違いか?」
「え? ううん、手加減で合ってるよ!」

 シアンヌの顔から笑みが消えた。
 隠そうともしない怒気にかすかな殺気が混ざる。

「その言葉の代償は高くつくぞ、小娘」
「なんで怒ってるの?」

 本気でわかっていないらしく、イツナが助けを求めるように俺を見る。
 ダーメ、と手でバッテンを作って合図すると、ぷくーっとむくれた。

「もー、サカハギさんのイジワル」

 かわいい。
 なんなのこの子なんなの。
 いかんいかん、萌えてたら試合が始まらん。

「よし、始め!」

 俺の号令一下、シアンヌが一気に距離を詰めた。
 縮地で正面から攻める気らしい。
 鉤爪を伸ばしての白兵突撃だ。

 初速からトップスピードを出せる縮地の使い方としては、正しい。
 だけど、相手が悪かった。

 イツナのおさげから雷光がほとばしる。

「が……!」

 まともに雷撃を受けたシアンヌは縮地の勢いを維持したまま、前のめりに倒れそうになった。

「よっと」

 前後不覚に陥ったシアンヌを、イツナが難なく受け止める。

「それまで」

 試合終了だ。

「ま、待て……私はまだ戦え……うっ」
「わっとと、無茶しないでシアンヌさん」

 無理に動こうとするシアンヌをイツナが優しく床に横たえる。
 俺も近づいてしゃがみこみ、シアンヌの症状をざっと診た。

「イツナ。エイゼムに聞いて救急箱を持ってきてやれ。火傷がある」
「え、本当に!? ごめんなさい、シアンヌさん! まだコントロールが下手だから……」

 イツナが俺の指示に従って隣の母屋へ向かった。

「救急箱ぐらい、お前のアイテムボックスにもあるだろうに……」

 シアンヌが余計な事を言う。
 とはいえ、口を動かすのも億劫そうだ。

「意識を失わなかったのは立派だけど、体は指一本動かせないはずだ」

 目だけを動かして、倒れたまま俺を見上げるシアンヌ。

「なんだ……なんなのだ、さっき光は」
「イツナのチート能力。電流操作さ」

 シアンヌが俺の説明に得心したように目を瞑る。

「そういうことか。あの娘に私よりも強力なチート能力を与えていたわけだな」
「ちげーよ? アレは元々イツナのだ」

 今度こそシアンヌの目が驚きに見開かれた。

「つまみ食いしてるお前と違うんだよ。イツナにはあのチート能力に特化した才能があるんだ。しかも訓練を積んでる」

 実のところ、電流操作のチート能力自体はせいぜい静電気を起こしたり、触れた相手に電流を流す程度のものだ。
 俺の持っている同名の能力でも、他のチートを使って出力を上げればイツナの真似はできる。
 だけどイツナの持っているチート能力は電流操作と翻訳の、たったふたつだけ。
 他の能力や魔法での底上げなんて一切してない。

 電流操作に関してのみなら、イツナは俺を遥かに凌ぐ天才なのだ。
 いや……荷電粒子や電磁場に作用し、プラズマまで発生させている時点で別の能力に進化している。
 既に電流操作なんて生易しいものじゃない。

 雷霆らいていとでも呼ぶべきイツナ固有の能力だ。

「エイゼム。魔戦大会はいつからやるんだ?」
「え? あ、ああ……2日後だ。だけどエントリーは今日済ませないと」

 ああ、しまった。
 そうなると、4日のロスになるのか。

 まあ、それぐらいなら誤差の範囲だし、大会までにやっておくべきことも見えた。
 ゆっくり立ち上がる俺に向かって、シアンヌが何か言いたげに首を動かそうとする。
 しばらく待ったけど、シアンヌは口を開かなかった。

「屈辱か? イツナみたいな子供に負けたことが」

 そうだろうとも。
 だけどこんなのは、俺だって通った道。
 チート能力の前では、歳の差も種族も関係ない。

「甘ったれるなよシアンヌ。本気で強くなりたいならもっとがむしゃらになれ。もし俺を殺すつもりなら、最低でも今持ってるチート能力だけでイツナから一本取れるようになれないと話にならないぞ」

 シアンヌが俺から顔を背けたそうにしていたので、俺が背を向ける。

「まだ少し時間がある。イツナと練習試合を続けてみたらどうだ?」

 返事がない。
 まあ、これで心折られるようならシアンヌもその程度の戦士だったというだけの話だ。

「エイゼム、受付に案内してくれ。エントリーしにいく」
「ああ。参加費はひとりあたり金貨1枚だがこちらで用意する」
「2枚用意してくれ」

 ちょうどそこでぱたぱたと音を立てながら、イツナが戻ってきた。

「持ってきたよ! ごめんねシアンヌさん、ちょっとしみるかも」
「小娘」

 背中を向けているから、俺にはシアンヌがどんな目でイツナを見ているかはわからない。
 ただ、声から怒りや憎悪は感じられなかった。 

「いや、イツナ。私が回復したら、もう一戦、練習試合を頼む」
「うん、もちろん! 喜んで!」

 肩越しに覗き見ると、満面の笑みを浮かべたイツナがシアンヌにがっつり抱きいていた。
 シアンヌの方は微妙な顔をしているが、まだ動けないのか抵抗してない。

 ふと、シアンヌと目が合う。
 何かを訴えるように、瞳を揺らしていた。
 そうか、いいんだな? わかったよ。

「エイゼム」
「ああ、何だ?」

 肩を竦め、道場の出口へ向かう。
 何故だか気分が良くなって笑みがこぼれた。

「訂正だ。金貨は3枚で頼む」

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