日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

22.殺され勇者の恋物語

 ゴキゴキと首を鳴らしながら魔法陣から出ると、四方の魔術師が一斉に攻撃魔法を放ってきた。
 炎撃、氷結、石弾、電撃。
 まったく別々の方向から飛んでくる魔法。

「しゃらくせえ」

 そのすべてを、回し蹴り一発で術者に跳ね返した。
 ローブどもが自分自身の魔法で一斉に崩れ落ちる。

 姫さんが「有り得ない!」と叫んだ。

「どうして結界が! あれはすべての力を封じるはず!!」
「そんなこと、俺が知るか!」

 経験則であそこを蹴ったら、結界が壊れる気がしたんだよ。理屈じゃねーんだわ。
 ていうか、結界内ではチートも魔法も使いにくいだけでその気になれば使えただろうし。
 俺の力を封じるつもりなら、フェアリーマートと同格の非暴力領域を持ってこいという話だ。

「命を捨ててはばめ!」

 姫さんが一目散に部屋の外へ駆けだそうとした。
 もちろん、逃げの一手を打つことぐらい読んでいる。

「結界はこう使うんだよ」

 自己領域展開。

「あびゃ!」

 突然現れた不可視の壁にぶつかり、つぶれたカエルみたくなる姫さん。

「ああ、姫様が!」
「なんとしてもお守りしろ!」

 近衛の務めを果たすべく、剣を抜いて向かってくる兵士たち。

「お前ら、さっき勇者の死を笑ったな」

 大事な家族がいても。
 愛する恋人がいても。
 来月結婚する予定があるとしても。
 本当は笑いたくないけど、姫に合わせて笑う役目があったんだとしても。

「つまり全員、自分の死に様も笑われていいってことだよな?」

 脳内で素早く殺し方を算段し、アイテムボックスから武器を取り出そうとしたところで。

「サカハギ。コイツらは私にやらせろ!」

 聞き慣れた美しい女の声とともに、兵士たちの首筋から一斉に血が噴出した。
 バタバタと倒れていく兵士たちの中心には、漆黒の鎌を携えし美女。
 その名を漆黒のシアンヌ。

「いいよ。どうせまだ城にいっぱいいるだろうし」
「フン」

 ちなみにシアンヌはずっと俺の近くに透明化して潜んでいた。
 闇を操る力とやらで、光の屈折をどうちゃらこうちゃら。

「ひ、ぃ。た、助け……」

 ん、死にかけの兵士がいるぞ。
 どうやら偶然急所を外したようだが、この出血だと長くないかな。

「お前らのような豚にかける容赦などない」

 シアンヌが鎌を振るうと、綺麗に首が飛んだ。
 言ってるセリフはきついけど、苦痛を終わらせたという意味では慈悲深いと思うよ。

 とりあえず姫さんの護衛戦力はこれで全滅かな。

「ところで羊角ちゃんは?」
「あそこだ」

 シアンヌの指差した先では、面白い光景が展開されていた。

「あ、あががっ……!」

 姫さんが羊角ちゃんに首根っこを掴まれて宙吊りにされている。
 見事なまでのワンハンド・ネックハンギングツリー。

 シアンヌの能力で一緒に透明化していた羊角ちゃんは、さっきの会話を全部聞いていたはずだ。
 姫さんこそ自分を殺した勇者を差し向けた黒幕……そう理解しただろう。
 勇者の召喚に、俺の召喚。客観的に見て羊角ちゃんの不幸を決定づけた人物である。

 羊角ちゃんの表情は俺の位置からは見えないが、きっと憤怒に赤く染まっていることだろう。
 さて、どんなセリフを言うだろうか。
 よくも勇者を送りつけてくれたな、かな? 
 それとも、シンプルによくもわたしを殺してくれたな、かなぁ。

「なんで……!? なんで勇者を……あの子を殺したりしたのよ!?」

 え、そこなんだ?
 ちょっと意外。

「あの子が好きだって言ってた姫様って、アンタなんでしょ! どうしてあの子の気持ちを踏みにじるような真似をしたのよ! わからないっていうなら聞きなさい。貴女にはその義務があるわ!」

 そこまで一息で叫んでから、姫さんを投げ捨てて解放する。
 喋り方が変わってる気がするけど、どうもこれが羊角ちゃんの素っぽいな。

「……けほ、けほっ! あ、貴女いったい……何なのです!?」

 姫さんの問いに羊角ちゃんが考え込んだのは、ほんの一瞬だった。

「魔王。あの子に倒されたけど復活して、アンタに二度殺されそうになった魔王よ!」

 驚愕に目を見開き睨んでくる姫さんに、俺はわざとらしく肩を竦めた。

「魔王を倒したっていうのは嘘だよバーカ。お前らが俺を殺そうとしてるのは予想してたんだから、手を組んだに決まってるだろ」
「くっ……よくも、わたしをこんな目に!」

 悪態をついた姫さんの頬を魔力の光線が掠めた。
 つー、っと零れたものを姫さんが何事かと華奢な手で掬い取る。

「ひっ……」

 それが自分自身の血と気づき、息を呑んだ。

「次に勝手に喋ったら、アンタを殺すわ」

 羊角ちゃんに指先を向けられた姫さんが絶望に涙を浮かべ、無言で頷く。

「あの子はね、決して強い勇者なんかじゃなかった。仲間もみんな傷ついて、たったひとりで私に立ち向かってきた」

 それは昔語りであり、告白だった。
 羊角ちゃんがまだ殺される前、魔王だったときのお話。
 彼女以外誰も知ることのなかった、ひとりの英雄の物語。

「あたし、安心してたわ。勇者はあたしよりもはるかに弱かった。殺されると思っていたけど、これなら簡単に生き延びられそうだって。あたしは何度も何度も魔法を撃った。たぶん殺すのは簡単だったけど、できれば無力化したかったから弱めの魔法を何発もね。結果としてそれはあの子に途轍もない苦痛を与えていたと思う。
 だけど、立ち上がってきた。あの子は何度でも立ち上がってきた。殴られても、蹴られても、魔法で撃たれても、あの子は全然へこたれなかったわ。正直言って不気味で、すごく怖かった」

 そうだろうな。
 勇者っていうのは魔王を倒すまで何度だって立ち上がってくる。
 死んでいるはずなのに動き続けることさえあるぐらいだ。

「だから聞いたの。なんでそんなに何度も立ち上がってくるのかって。倒れてしまえば楽になれるし、別にあたしも殺すつもりなんてないんだから大人しくしてくれればいいよって。そうしたらあの子、なんて言ったと思う?」



『好きな女の子がいるんだ。大好きなお姫様が魔王を倒してくれって言ってたから、絶対負けられない』



「それを聞いて、なんとなくこの子には勝てないなぁって思ったわ。次の瞬間、あの子がそれまでとは比べ物にならない力を発揮して……あたしはあっさりやられちゃった」

 勇者の謎パワーだな。
 それも、よくあることだ。

「もういいわ。喋っていい」

 語りを終えた羊角ちゃんが構えを解いた。
 すべての話を聞き終えた姫さんは、憤然としながら口を開く。

「……だから何? わたしにどうしろっていうんです?」
「謝って」

 羊角ちゃんの要求は明確だった。

「あの子に謝って」

 静寂が訪れる。
 長い長い沈黙の後、狂ったような笑い声が響いた。

「あは。あははは。じゃあ何ですか? アイツが想ってくれてたから、高貴な身分であるわたしが家畜風情と結婚するのが正解だったとでも? あはは、あはははははは!!!」

 いつまでも続く笑い声。
 それが突然、ピタリと止まる。

「冗談じゃないです」

 ガチリ、と。
 姫さんの口の中で何かを噛み切る音がした。



「……毒だな。まさか、自害するとは」

 目を見開いたまま血を吐いて転がった姫さんの遺体を検分しながら、シアンヌは後味悪そうに吐息を漏らした。

「クズ女だったけど、王族としてのプライドぐらいはあったみたいだなー」

 悪を貫いた姫さんに手を合わせながら、率直な感想を口にする。
 勇者たちを弄んだのは許せんし、どっちみち殺すつもりだったけど。
 お前みたいなタイプは嫌いじゃなかったよ、姫さん。

「あの子の一生はいったいなんだったのかな。あたしを殺してまで好きな人に尽くしたのに裏切られてたなんて」

 俺たちの中で一番ショックを受けているのは羊角ちゃんだった。
 うーん、どう声をかけてあげたらいいかわからん。
 こういうときは普段思ってることを言うことにしている。

「勇者なんてものは徹頭徹尾、世界に利用される道具として喚ばれる。それ以上でも以下でもねえよ」

 たとえ偶発的異世界トリップであろうとも、俺たちが召喚されるのは異世界の都合だ。
 喚ばれる側の事情なんて斟酌しんしゃくされない。
 特に勇者なんてものは異世界救済のために拉致された奴隷……いや装置に過ぎないのだ。

「そんなことない。そんなこと、ない……」

 同じ言葉を繰り返す羊角ちゃんに、これ以上かける言葉が浮かばない。
 まあ、俺がそう思ってるってだけの話だし。
 考え方を押し付けるつもりもない。

「さて、ここまでしたからにはもう引き返さないぞ。代理誓約はアレでいいか?」

 むしろ、ここからが本番なのだ。
 羊角ちゃんには考えておけと伝え、保留になっていたんだけど……。

「ええ。それで構わない……あたしも覚悟を決める」

 羊角ちゃんの目が鋭い光を帯びた。
 あの姫さんの態度で意志を固めたみたいだ。

「誓約」

 俺も応えるべく、高らかにうたう。

「逆萩亮二は『魔王』と手を組み、召喚者の一族郎党を抹殺する」

 ――召喚者の要請を破棄。代理の誓約を受け付けました。

 いつもの代理誓約メッセージが頭の中で流れる。
 俺の要請は弾かれなかった。
 これで達成が完全不可能と判定されない限り代理誓約を破棄することも、別の代理を立てることも不可能になった。

「言っとくけど、この誓約には王国の闇を知らない女子供も含まれる。やりたくないなら、俺とシアンヌが請け負うけど……どうする?」

 罪のない人間も殺すという宣言に、羊角ちゃんがわずかに逡巡しゅんじゅんする。
 つくづく魔王に向いていない。
 まあ……この子の正体を考えたら、当然と言えるが。

「やるわ」

 それでも、羊角ちゃんは頷いた。

「今は何も知らなくても、きっとあのお姫様と同じように……いずれ勇者を利用する。あの子みたいな子を増やさないためなら、あたしは……今この時だけ、魔王に戻る」

 確かにあの姫さんも、王国の伝統に従っただけの被害者と解釈できる。
 悪しきくびきから魂を解放してやるのも、俺の務めだ。

「じゃ、行きますか」

 俺のその宣言から、きっかり3時間後。
 名も知らぬ王国がひとつ、地図から消えた。

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