才能ゼロのサキュバスは世界最強の弟子となりやがて魔王となる

蒼凍 柊一

第七話 魔導訓練……それは圧倒的『力』を見せつけるもの?

「模擬戦といっても、俺は素手でやるから安心してくれ。最初は魔導魂剣ソウル・デバイスを使って、俺の守護魔導を割るところからだな」

 そう言いながらグレンは両手をだらりと下げて自然体で立つ。
 対するシオンは【白銀の討滅剣シルヴァ・リンドヴルム】を構えた。

 そこでシオンは戸惑ってしまった。
 グレンが何かアクションを起こすのかと思えば、何もしてこないのだ。
 両手は何も持っておらず、隙だらけだ。

「……どうすればいい?」

「だから、そのまま切りかかってこい。さっき覚えた魔導は使いながら教えるから」

 グレンの指導方法――というよりは、シオンにとってはこの方法が一番効果的なのだ。
 彼女は論理的に話を組み立てて教えても伸びる人材だが、やはり実戦に勝る経験はないという体質だからだ。

 シオンはグレンの目が本気だという事を読み取り、右足で踏み込んで思い切り袈裟懸けに【白銀の討滅剣シルヴァ・リンドヴルム】を振り下ろした。

 体を動かした瞬間にシオンは驚いた。

 威力、速さともに今までの自分が出せる質の斬撃ではなかったからだ。
 音の速さを超えるスピードで体が自然に動き、一瞬にして白銀の刀身がグレンの首へと吸い込まれていく。

「いい振り抜きだ――だが、百点満点中の五点だな」

 対するグレンの行動にもシオンの心臓が飛び出しそうになる。

 何も、しないのだ。

 いや、何もしないのに鋼鉄の剣で思い切り岩を打ったように両手が痺れた。

「……!?」

「シオン、君は説明を聞いてなかったのか? いや、やさしい君のことだ。俺の事を案じてくれたんだろうが、その心配はないぞ。なんたって俺は君の師匠だからな。どんな攻撃を受けても俺に傷がつくことはあり得ないぞ? くくくっ」

 芝居がかった演技で両手を広げて見せるグレン。
 今の斬撃を受けても本当に傷一つついていない。
 
「あり得ない……」

「現に今あり得てる。さぁさぁ続きを。魔導すら使ってない斬撃で俺の防御は砕けないぞ。……あー、それかなんだ? お前の理想はこの程度の防御結界も破れないのか?」

 挑発的な態度をとるグレンに、少しシオンはムっとした。
 いくらシオンの目指す到達点とはいえ言っていいことと悪いことがある。
 グレンの狙い通り、シオンの瞳には闘争の炎が宿る。

「ケガしても、しらないっ!」

 魔導書を読み取って覚えたての魔導を展開する。
 背表紙には『撃滅の輝ける闇アーク・ブラッド』と書いてあった魔導陣だ。

「怪我させてみろ!」

 体内で魔導が描かれ、一瞬で陣が自動的に構築された。
 無詠唱での魔導行使を見て、満足そうに口の端を釣り上げて笑うグレン。

「はぁああっ!!」

 シオンはその強化された身体能力を存分に活かし、力の限りでグレンを斬った。
 同時に魔導をグレンの足元から噴出させながら、だ。

 猛り狂う死の炎がせりあがってくる感触と、愛弟子の女の子が必死に自分に挑んでくる光景を見てグレンは思う。

(『撃滅の輝ける闇アーク・ブラッド』か! キタキタキタ……! これだよコレ! 俺が求めていた、戦いってやつは!!)

 グレンは滾る血を抑えながら、まだ未熟な弟子の攻撃を完封するべく魔導を練る。

「魔導の仕込みが甘い。それじゃ消さちまうぞ? こんな風に――な」

「っ!? ……魔導を無力化した?」

 再びシオンの腕に岩を打ったような衝撃が走る。
 初めて発動させた魔導はいつの間にか霧散していた。

「流石に眼がいいな。そう。シオンの魔導は完璧に、俺を殺すために十分な威力を秘めてた。だが、甘い。斬撃で気をそらして魔導で結界を破ろうとしたのだろうが、そんな手で殺せるのは一般の魔導戦士だけだ。俺の目はそんな小細工は通用しない。――いいか、もっと上手く立ち回れ。これ以上アドバイスはしない。デバイスの振り方は魂に刻み込まれてるし、基礎的な俺を殺すための魔導は既に教えてある。さぁ、後五日間、思考を巡らせて俺の結界を壊せ。君の理想、見せてみろ」

 悠然とふるまうその姿に、シオンは神話の魔王を重ねてしまう。
 どう見ても悪役だ。それ以上でもそれ以下でもなく、ただ単に最終的に立ちはだかる最強の敵。

 そう認識せざるを得なかった。

「……絶対に、魔導戦士になる。だから、あなたを……超えたい」

「その意気やよし。かかってこい。夜は座学の勉強をするからな」

 雰囲気に似合わぬことを言い放つグレンに少し吹き出しそうになるも、シオンはしっかりと標的を見据える。

 こちらの手持ちの魔導は二十三。相手の力は未知数。
 だからこそ燃えるというものだ。

 相も変わらず自然体で立ったままのグレンにシオンは敢えて切りかからずに、魔導を展開する。
 一つ、二つ、三つ。

 三方向から不規則に『撃滅の輝ける闇アーク・ブラッド』を放つ魔導を発動させてみるも、グレンは何もせずに魔導が消えた。

「くくっ……」

 不敵に嗤うグレン。この攻撃でシオンは活路を見つける。
 どうやら死角から攻撃すると数舜だけ反応が遅れるようなのだ。

 それはそうだ。人間というものは死角から現れてすぐに対応できるようにはできていない。

「はぁああっ」

 グレンの周囲に新たな魔導を発動させる。
 『討滅の原罪(グレイヴ・シン)』という魔導で、神の国から無数の槍を召喚し地面から突き出させ、獲物を貫くという魔導だ。

「ふっ」

 槍の先が出た瞬間に魔導が無効化されるが、それはもう学習している。
 本命はすでに展開を終えている『撃滅の輝ける闇アーク・ブラッド』五連射だ。
 だがそれも瞬時に消される。
 しかしそれでもシオンの攻撃の手は緩まない。
 『撃滅の輝ける闇アーク・ブラッド』を無効化される前に仕掛けて置いたもう一つの『討滅の原罪(グレイヴ・シン)』が発動し、全方向からグレンを狙い槍が飛び出す。

「十点」

 余裕の笑みでグレンは何もしなかった。
 いや――わざと魔導を受けたのだ。

 無数の槍が体に到達するも、そのすべてが結界に阻まれている。
 同時に振り抜いていた魂の剣も、やっとその刀身が結界に届いたものの、さらに強い結界の力で押し返された。

 この間、僅か一秒にも満たない。

「今のはいい攻撃だった。だが、魔導の練り方が足りない――まあ当然、魔導書からそのまま引っ張ってきただけでは、その魔導本来の力は十全には発揮できないのは当たり前だがな。まだ時間はたっぷりとある。さぁ、挑んで来いシオン。俺の結界を壊してみせろ」

 果てしない、本当に果てしない一歩を、シオンは歩き出す。
 持てるすべての力と知恵を駆使し、その後三時間にわたる濃密な戦闘訓練を続けるが……結果は振るわず。
 十点の評価のまま本日の戦闘訓練は幕を下ろした。


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