才能ゼロのサキュバスは世界最強の弟子となりやがて魔王となる

蒼凍 柊一

第四話 転移を終えると、そこは『魔導図書館』だった。

 グレンとシオンが転移を終えると、最初に目に入ったのは広い聖堂のような場所だった。
 壁際にはシオンの背の何倍もある本棚にびっしりと魔導所と思しきものが並べてあり、正面には幾重にも重ねられた魔導陣が展開されて淡く光を放っている。

(おとぎ話に出てくる神殿みたい……)

 神秘的でありながらもどこか論理的なその魔導陣は、グレンと同じく美しい魔力を放っている。
 その魔導構成から直感的にシオンは理解していた。
 ここは、グレンだけの秘密の場所なのだと。

「驚いたか? 驚いただろう! ここには八千六百七十八万九千八百九十七冊の魔導書があるんだ。ほとんどが俺の自筆だけどな」

「まっ――魔導書!? 魔力がないのに魔導書が書けるの!? それに八千六百万冊って……」

 シオンが驚くのも無理はないだろう。
 『魔導書』というのは存在自体が幻と言われている書物だ。
 一冊ずつに膨大な魔力と魔導が込められており、一度読むとそこに書かれている魔導を使えるようになるのだ。

 何の知識もなくても、本を読むだけで魔導が使える。

 王都の方でも国宝として扱われており、魔導学院でも魔導書を書ける人物は存在しないはずなのだ。

「はっはっはっはっは! どうだすごいだろぅっ! これが俺の実力にして実績だ! っと、自慢してる場合じゃないな。時間は有限だ。魔力が無くても魔導を操るには――ああ探すの面倒だな。おら起きろ、『魔導図書館』!」

 そこでシオンは信じられないものを目にする。
 明らかに朝の段階ではグレンの魔力は無かった。

 基本的に魔導術というのは自分の魔力をもって詠唱し、発現させる術なのに対し――今、グレンは体内に魔力を生成して無詠唱で魔導術を使ったのだ。

 神殿全体が淡く光を帯びて魔導の力を感じた。
 そしてその数秒もしないうちに光が集まり、一人の女性が現れた。

 金髪碧眼の女性でシオンの目から見てもかなりの美人なのだが、どこか作り物めいた美貌を備えている。
 まるで神話の天使のようだ。

「ハァイ! 呼ばれて飛び出てババ~ンってね☆ ヴィオラちゃんだよ! ……あら? この娘はなに!? グレンちゃんのお嫁さん!? すごいわっ、これは今日はお祝いね!? いやぁ、あの朴念仁のグレンちゃんについにいい人ができるなんて――しかもサキュバスちゃんじゃない! あらぁ~これはもうあれね、グレンちゃんは毎晩やりまくりなのねっ!? お姉さんうれしいわぁ~!」

 女性は微笑みながらシオンの体を抱きしめてくるくると回る。
 息もつかせぬ怒涛の勢いにシオンはされるがままだ。

「えっ、あっ、ひぃ」

 なんという快活な女性なのだとシオンは思う。
 テンションが高すぎて着いていけないのが実情だ。

「こらこら早とちりするんじゃない。シオンは俺の弟子だ。魔導戦士になるそうだ。というかなって貰わないと俺が死ぬんだが」

「グレンちゃんまさかこの娘と『誓約』したの?」

 そこで正体不明の女性はシオンをさらに抱きしめる。

「……うぐぅ」

 シオンより女性の方が背が高いため、逃げようとするシオンを女性は難なく抱えた。
 すごい怪力だが、シオンをつぶさぬよう配慮してくれているようだ。
 まるで洗濯物の布団のように抱えられてしまった。

「まぁな。でも問題はないさ。さて、シオン。こいつはこの魔導図書館の精霊、ヴィオラだ。君の魔導習得を手助けしてくれる。ヴィオラ、シオンを解放してやってくれ」

 やっと解放される、とシオンが思ったとき。

「いやよ! この娘ったら抱き心地がいいんだもん」

「えぇ……」

 まさかの否定の言葉にシオンが声を上げる。

「ははっ、やっぱりか。よかったなシオン。君は精霊に好かれる体質のようだ。ヴィオラ、放したくないのは非常に良く分かるが、今は時間がない。シオンに一通りの魔導検査を頼む」

 そう言いながらグレンは神殿の床に手をかざす。
 すると、大きいテーブルと椅子が三脚出てきた。無から有を生み出す魔導なんて聞いたこともなかったので、シオンは再び驚いた。

「検査ね。分かったわ。シオンちゃん、グレンちゃんは気難しくて馬鹿でクソプライド高いけど、めげずに頑張るのよ! お姉さん応援してるからねっ」

「あ、ありがと、ございます?」

「馬鹿は余計だろう。馬鹿は」

(プライド高いのは否定しないの……?)

 疑問に思うシオンをグレンが出した椅子に座らせ、ヴィオラが目の前に立つ。
 シオンは緊張で体が固まるが、やさしく頭をなでられた。

「それじゃ、いくわね? びっくりすると思うけど全然痛くないから安心してね☆」

 ウィンクしながら言うヴィオラに一抹の不安を覚えるも、シオンは静かに頷いた。
 まさか取って食われはしないだろうから大丈夫だろうと思ったのだが――

「えぃ☆」

 間の抜けた掛け声と反し、現れたのは外見が完璧に拷問器具の『鉄の処女アイアン・メイデン』だった。
 ところどころ血がついてどす黒くなっているようだ。

 完璧に、拷問器具にしか見えない。

「ぇええっ!? た、たすけっ」

 思わず叫び声をあげて逃げようとするも、ふわりと体が浮かび、先に進めなくなった。

「逃げちゃダメよっ」

「無理、無理無理無理ぃい、拷問はやめてっ――!」

 パニック状態に陥るシオンにすかさずグレンがフォローに入る。

「こらヴィオラ。あまりシオンを驚かせるんじゃない。シオン、落ち着け。これは検査器具で拷問器具じゃない。中に針はついてないし、全身を魔導検査するにはこのくらいの大きさじゃないと精緻な結果が出てこないんだよ」

「形、形はなんとかならなかったの!?」

 必死にシオンが叫ぶと、グレンはぺろ、と舌を出した。

「完全に俺の趣味さ☆」

 初めてシオンはグレンを殴りたくなった。
 当然の権利だろうと思うが、有無を言わさずシオンの体は『鉄の処女アイアン・メイデン』へと吸い込まれる。

 そして閉じ込められると、一気に『鉄の処女アイアン・メイデン』の中が魔導の力で満たされた。

(本当に魔導検査だった……)

 害がないことを確認したシオンは胸を撫で下ろした。

 そんな『鉄の処女アイアン・メイデン』の外で、次々と空中に表示されていくシオンの魔導検査結果ウィンドウをくまなくグレンは目を通す。

(ふむふむ。……魔導才能:0 魔力:0 魔導感応:0 概ね予想通りか。だが彼女の様子を見るに魔導がどんなものかは『視えて』いるようだな。魔族だからか。うらやましいな……俺はそれすらもなかったから、自前で用意するしかなかったんだが……手間が省けて何よりだ)

 魔導を視るには才能は必要ない。
 人間はもとより、ほかの魔族にだって視えるものではないからだ。
 これはひとえに彼女がサキュバスであったことが起因しているだろう。

「よし。大体のシオンの能力は把握した。ヴィオラ、シオンを出してやってくれ」

「らじゃー☆」

 パチン、とヴィオラが指を鳴らすと『鉄の処女アイアン・メイデン』からシオンが飛び出し、見事に椅子へと着地した。

「もう、終わり?」

 安堵したのもつかの間、次のグレンの言葉にシオンは三度目の驚愕を覚える。

「ああ。さぁ、次は実戦訓練に移るぞ。こっちだ」

 いきなり実戦訓練と言われて頭の処理が追い付かない。
 今まで剣もまともに握ったことのない自分にできるはずがないと思い、反射的にシオンはグレンに対して声を上げていた。

「じ、実戦……魔導の扱いとかは――」

 そこまで言いかけてヴィオラに人差し指を口に当てられる。

「最初はグレンの言うとおりにするの。守破離って言ってね。言われたことを守って充分に鍛錬を積んで知識をつけてから、自分なりにアレンジしたりするといいわよ? なにせ、彼はプライド高いから、拗ねちゃうわよ?」

 小声で、しっかりと言い聞かせるようにヴィオラが言う。

「聞こえてるぞ。プライド高くてもそれくらいの疑問になら答えるさ。――シオン、君は机の上でああだこうだと講釈を垂れて教えるよりも、圧倒的に実戦向きだ。自分じゃ気付いてないのかもしれないが」

「そう、なんですか?」

「ああ。そんなに心配しなくても魔導戦士になるには実戦は避けては通れない道だからな。君は幸運に恵まれているぞ。俺なんかより余程『こっち』の素質があるな。――さあ来てくれ。訓練室はこっちだからな」

 うんうん、と頷きながら一人で納得してしまったグレンは、いつの間にか備え付けられていた転移魔導陣を起動しており、シオンを待っていた。

「は、はい!」

 頑張るぞ、と意気込んだシオンは颯爽とグレンの元へと駆け寄った。

「ふふっ、グレンちゃんったら、シオンちゃんの事、かなり気に入ってるじゃないの♡」

 残されたヴィオラの声が、図書館に響いた。

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