王子が死んだから俺も一緒に生き埋めかよ
5 余命
「息子の葬儀は今日中に行う。明日は国を挙げて式典を行い、その後埋葬する。各自準備に取り掛かってくれ」
大広間では、王とその側近だけを残して皆が解散した。
俺は王子の部屋に、彼の服を取りに行くよう命じられた。
彼が一番好んでいた服を遺体に着せて葬儀を行うらしい。
俺はただ言われるがまま、王子の部屋へと向かった。
奴隷の寝室の側を通るときに、いつもの3段ベッドが目に入った。
昔ここで一緒に寝た奴らは、もうここにはいない。
俺も結局はただの奴隷の一人だったってわけか……
見ないように、考えないようにしていた。
心の奥底ではきっと気づいていたはずなのに……
俺はなんて馬鹿なんだ……
昨日の夜、俺は未来のことを考えて心躍った。
だが、今は全てが灰色に見える。
残酷で無慈悲な空が、窓から俺を見下ろす。
神様……私は何か罪を犯しましたか……
……
……
あぁ……
ふざけるな、なにが神だ……肝心な時にあんたはいないんだな……
神などいない……
死神よ、もしいるなら俺を今ここで連れて行ってくれ。
そっちまで歩く気力も無い。
俺はただ、この世界にポツンと置物みたいに立っているような、そんな感覚がする。
アウィヤが言っていた生き埋めという言葉を考えると指先が震えてくる。
死神よ、もしあんたに情のかけらでもあるならば、いっそ首を刎ねてくれ。
あぁそうだった。神などいないのか……
いや……
違う……
きっと神はいるんだ……
一体誰がこんな残酷な仕打ちを考え付く?
そうだ。そんなことが出来るのは神しかいない。
神よ、もしお前が俺の死を決めたのなら、
次は貴族に生まれ変わらせてくれよ。
頼むよ。本当に……
俺は最後まで俺の務めを果たすからさ……
王子が死後の世界で喜ぶ顔を想像すれば、まだ歩ける気がした。
早く服を取りに行こう。
王子の部屋はここの最上階にある。
階段を踏むたびに、いつものように王子が上で待っているんじゃないか、という感覚が強くなっては消えていった。
ん……?
俺が階段を上り終えた時だった。
右足の裏に違和感を覚え、サンダルから足を引き抜くと、砂が入っていた。
いつ入ったのだろうか……
俺は靴をひっくり返し砂を掻き出して、王子の部屋に入った。
タンスを開けると、俺が綺麗に折りたたんだ色とりどりの服が出てきた。
深い青色の生地に、3本の銀色の角が装飾された一着。
間違いない、これが王子のお気に入りだった。
確か王子はこれは、海の色だと言っていた。
死後の世界にも海があるなら、一体それはどんな色をしているんだろう。
結局この世界では、王子と海へ行く事は叶わなかったな……
▲
▲ ▲
俺は服を持って大広間に到着した。
そこでは、他の奴隷達も既に葬儀の準備に取り掛かっていた。
王子の側ではアウィヤが奴隷達に指示を出している。
「ほれ、もっとしっかりと詰めんかい。そんなちっとばかりでは冥界の番犬は黙っておらんぞ」
奴隷達は、王子の口に白い小麦粉のケーキを詰め込んでいた。
死者が冥界の番犬を黙らせておくために必要らしい。
俺はアウィヤに王子の服を渡した。
「よし、これが王子の服じゃな……ああ、お前さんか。埋葬までによく体を洗って清めておきなさい」
アウィヤはそう言うと、王子の服のポケットに金銀の貨幣を詰め込んだ。
俺がじっと見つめていると、彼女は勝手に話し始めた。
「これか?このお金は王子が冥界で必要とするものじゃよ。冥界は案内人無しには渡り歩けぬ。案内人を雇うには金が要るのじゃ……」
そうなのか……冥界というのはそんなに危険な所なのだろうか。
「何か他に必要な物はありますか」
「ふむ……王子の思い出の品を持って来れば、きっと王子は喜ぶじゃろうな」
思い出の品か……
「探してきます」
俺はそう言って大広間から出た。
廊下に出た時に、砂の樽を担いだ体型ふくよかな文官とぶつかりそうになった。
「すみません……」
「ああ、王子の奴隷ですか。こんなところで一体何を?」
てっきり怒鳴られるかと思ったが、この人は奴隷に対しても割と温和らしい。
「王子の思い出の品を探しています」
「そうですか。立派ですね。私があなたならもうとっくに逃げてます」
体型ふくよかな文官は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「私は逃げたりしません」
「そう、あなたは逃げられない。他に道はないです。逃げてもどうせすぐ捕まります。でも、命が無くなったら逃げることさえできない」
「……」
「私はあなたよりも小さい頃、遠い国で奴隷をしていました。奴隷は皆酷い扱いでした。私はその国から逃れ、名前を変え、体型を変え、知恵を学び、教養を積み、今の地位を手に入れました……」
「この国からは誰も逃げられません」
「そうですね。では、ご冥福を……王子を頼みましたよ」
文官はそう言い残して行ってしまった。
俺は中庭の方へ出て、その先の稽古場に向かった。
稽古場は誰もいなかった。
思い出の品ではないが、思い出の場所として一番に思い浮かんだのがここだった。
王子と毎日、汗でびっしょりになりながら、剣の訓練をした場所……
俺は王子が語ってくれた夢を思い出していた。
もっと自由に……か。
自由に好きなことができるなんて思いもしなかった。
でも俺は知ってしまった。あのクソ王子のせいで……
知ってしまった……
それがたとえ、妄想だったとしても、どれだけワクワクすることなのかを……
どれだけ心臓が高鳴るかを……
冥界というものがあるのなら、王子は1人で旅をすることを寂しがるだろう。
でも、俺の信じた王子なら、俺が自由になることを、きっと笑顔で冥界から見ててくれるはずだ。
すまない王子……俺は自由になる。
俺は道具箱から木刀を1本取り出して、腰に差した。
あれ……靴の中に……
いつの間にか、サンダルの中にまた砂が入っていた。
大広間では、王とその側近だけを残して皆が解散した。
俺は王子の部屋に、彼の服を取りに行くよう命じられた。
彼が一番好んでいた服を遺体に着せて葬儀を行うらしい。
俺はただ言われるがまま、王子の部屋へと向かった。
奴隷の寝室の側を通るときに、いつもの3段ベッドが目に入った。
昔ここで一緒に寝た奴らは、もうここにはいない。
俺も結局はただの奴隷の一人だったってわけか……
見ないように、考えないようにしていた。
心の奥底ではきっと気づいていたはずなのに……
俺はなんて馬鹿なんだ……
昨日の夜、俺は未来のことを考えて心躍った。
だが、今は全てが灰色に見える。
残酷で無慈悲な空が、窓から俺を見下ろす。
神様……私は何か罪を犯しましたか……
……
……
あぁ……
ふざけるな、なにが神だ……肝心な時にあんたはいないんだな……
神などいない……
死神よ、もしいるなら俺を今ここで連れて行ってくれ。
そっちまで歩く気力も無い。
俺はただ、この世界にポツンと置物みたいに立っているような、そんな感覚がする。
アウィヤが言っていた生き埋めという言葉を考えると指先が震えてくる。
死神よ、もしあんたに情のかけらでもあるならば、いっそ首を刎ねてくれ。
あぁそうだった。神などいないのか……
いや……
違う……
きっと神はいるんだ……
一体誰がこんな残酷な仕打ちを考え付く?
そうだ。そんなことが出来るのは神しかいない。
神よ、もしお前が俺の死を決めたのなら、
次は貴族に生まれ変わらせてくれよ。
頼むよ。本当に……
俺は最後まで俺の務めを果たすからさ……
王子が死後の世界で喜ぶ顔を想像すれば、まだ歩ける気がした。
早く服を取りに行こう。
王子の部屋はここの最上階にある。
階段を踏むたびに、いつものように王子が上で待っているんじゃないか、という感覚が強くなっては消えていった。
ん……?
俺が階段を上り終えた時だった。
右足の裏に違和感を覚え、サンダルから足を引き抜くと、砂が入っていた。
いつ入ったのだろうか……
俺は靴をひっくり返し砂を掻き出して、王子の部屋に入った。
タンスを開けると、俺が綺麗に折りたたんだ色とりどりの服が出てきた。
深い青色の生地に、3本の銀色の角が装飾された一着。
間違いない、これが王子のお気に入りだった。
確か王子はこれは、海の色だと言っていた。
死後の世界にも海があるなら、一体それはどんな色をしているんだろう。
結局この世界では、王子と海へ行く事は叶わなかったな……
▲
▲ ▲
俺は服を持って大広間に到着した。
そこでは、他の奴隷達も既に葬儀の準備に取り掛かっていた。
王子の側ではアウィヤが奴隷達に指示を出している。
「ほれ、もっとしっかりと詰めんかい。そんなちっとばかりでは冥界の番犬は黙っておらんぞ」
奴隷達は、王子の口に白い小麦粉のケーキを詰め込んでいた。
死者が冥界の番犬を黙らせておくために必要らしい。
俺はアウィヤに王子の服を渡した。
「よし、これが王子の服じゃな……ああ、お前さんか。埋葬までによく体を洗って清めておきなさい」
アウィヤはそう言うと、王子の服のポケットに金銀の貨幣を詰め込んだ。
俺がじっと見つめていると、彼女は勝手に話し始めた。
「これか?このお金は王子が冥界で必要とするものじゃよ。冥界は案内人無しには渡り歩けぬ。案内人を雇うには金が要るのじゃ……」
そうなのか……冥界というのはそんなに危険な所なのだろうか。
「何か他に必要な物はありますか」
「ふむ……王子の思い出の品を持って来れば、きっと王子は喜ぶじゃろうな」
思い出の品か……
「探してきます」
俺はそう言って大広間から出た。
廊下に出た時に、砂の樽を担いだ体型ふくよかな文官とぶつかりそうになった。
「すみません……」
「ああ、王子の奴隷ですか。こんなところで一体何を?」
てっきり怒鳴られるかと思ったが、この人は奴隷に対しても割と温和らしい。
「王子の思い出の品を探しています」
「そうですか。立派ですね。私があなたならもうとっくに逃げてます」
体型ふくよかな文官は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「私は逃げたりしません」
「そう、あなたは逃げられない。他に道はないです。逃げてもどうせすぐ捕まります。でも、命が無くなったら逃げることさえできない」
「……」
「私はあなたよりも小さい頃、遠い国で奴隷をしていました。奴隷は皆酷い扱いでした。私はその国から逃れ、名前を変え、体型を変え、知恵を学び、教養を積み、今の地位を手に入れました……」
「この国からは誰も逃げられません」
「そうですね。では、ご冥福を……王子を頼みましたよ」
文官はそう言い残して行ってしまった。
俺は中庭の方へ出て、その先の稽古場に向かった。
稽古場は誰もいなかった。
思い出の品ではないが、思い出の場所として一番に思い浮かんだのがここだった。
王子と毎日、汗でびっしょりになりながら、剣の訓練をした場所……
俺は王子が語ってくれた夢を思い出していた。
もっと自由に……か。
自由に好きなことができるなんて思いもしなかった。
でも俺は知ってしまった。あのクソ王子のせいで……
知ってしまった……
それがたとえ、妄想だったとしても、どれだけワクワクすることなのかを……
どれだけ心臓が高鳴るかを……
冥界というものがあるのなら、王子は1人で旅をすることを寂しがるだろう。
でも、俺の信じた王子なら、俺が自由になることを、きっと笑顔で冥界から見ててくれるはずだ。
すまない王子……俺は自由になる。
俺は道具箱から木刀を1本取り出して、腰に差した。
あれ……靴の中に……
いつの間にか、サンダルの中にまた砂が入っていた。
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