王子が死んだから俺も一緒に生き埋めかよ
3 砂の呪術師
俺は大広間で城の者達の悲嘆のざわめきを聞き、王子の命がもうここには無いということを悟った。
何かの間違いだと思いたかったが、王とブラッキオの真っ暗な表情が全てを物語っていた。
「何があった……」
国王はブラッキオをじっと睨みつけ、かすれた声を腹の底から絞り出した。
「……」
ブラッキオは無言で俯いたままだ。
「私には……」
沈黙の後、ブラッキオは消えていくような小さな声を発した。
「話せ」
「王子は……馬から落ちて死にました。茂みからヘビが飛び出してきて……アルブスが暴れて……」
ブラッキオが話し終える前に、王は彼の胸ぐらを掴んだ。
「ヘビだと……? そんな理由で我が息子が死ぬわけがあるかっ。よくもそんな言い訳を思いついたものだ」
「私はただ事実を……」
「我が騎士達、この男を捕らえよ」
王が命じると騎士達は剣を抜きブラッキオに迫る。
「陛下、落ち着いてください。私は何もしておりませぬ」
「そうだ。私の息子が獣に襲われるところを黙って見ていたのだ。2人きりで、あんな時間に、誰も連れていかなかった。私は腕の立つお前を信頼し、狩りの許可を出した。だが失敗だった」
騎士達はブラッキオを捕らえたが、彼はそれを振りほどき、声を大にして言った。
「陛下、私が王子を殺して一体なんの得があるとおっしゃるのですか。私はこれまでずっと陛下にこの身を捧げ尽くして参りました。そしてこれからも、それが変わることはございませぬ」
ブラッキオが訴えると、官吏達の中から体型ふくよかな文官が歩み出てきた。
「確かに、あれほど陛下に忠実で、王子と仲の良かった彼が裏切るとは思えませぬ」
「お前は黙っておれ……」
「ですが、陛下ご自身も納得されていないのでは?」
体型ふくよかな文官が反論すると、王は大きなため息をついた。
「……呪術師を呼べ。真実を知りたい」
ガウダーは誰とも目を合わせずに険しい表情で言った。
すると体型ふくよかな文官が、手首の宝石類をじゃらじゃらと言わせて外に出て行った。
呪術師……噂には聞いたことがある。
奇妙な術を使って目に見えないものと話すことができるらしい。
でも本当にそんな奴がいるのか?
まさかローリエが死んだ時の真実がわかるっていうのか……
ローリエが台の上に置かれると、王はうつむいたまま彼の亡骸にゆっくりと触れた。
「まだ17だぞ……」
王は消えてしまいそうな声でつぶやくと、ローリエの白い頬に数滴の滴が流れ落ちた。
「息子は皆から好かれていた……私なんかよりもずっと良い王になれる器の男だった……」
俺も本当にそう思う……
彼がもういないのかと思うと、この先どうなるのかという不安が込み上げてきた。
大広間には王の落胆した声、そして皆の沈黙があるだけだった。
泣くのを堪えていた少女の1人が耐えきれずに外に走って行った。
「この子は強かった……武術も、知恵も教養も、他のとは違った。戦で名誉の死を遂げるならまだしも、なぜ狩りなのだ……なぜ狩りなんかで死なねばならんのだ」
ガウダーはブラッキオの方を向いた。
ブラッキオは王に目を合わせることはなく、下を向いたまま黙っていた。
「お前がついていながら、なぜなのだっ。お前はいつだったかローリエに狩りの経験をさせたいと言っていたな。お前が息子に、馬鹿みたいにでかい熊と戦わせたんじゃないのか?」
王は再びブラッキオに詰め寄った。
「大熊と戦わせるつもりなど最初からありませんでした。私が戦う姿を見せるだけ、そういう算段でした。それに今回熊などいなかった……」
ブラッキオの返答に対し、ガウダーが何かを言おうとした時、手首の宝石をじゃらじゃらと言わせながら文官が戻ってきた。
そこに呪術師らしき者の姿はなく、代わりに文官は砂の入った樽を抱えていた。
彼は王を見て、王が頷くと樽を地面に置き、中の砂に指で何かを描きはじめた。
それは、見たこともない記号のようなものだった。
「これで良し、と」
文官が手をはたきながら言った。
その瞬間の出来事だった。
窓から風が強く入ってきて、砂の表面が舞い上がり、樽から溢れ始めた。
溢れた砂は風に乗って反対側の窓の方へ吸い込まれるようにして、細い筋となって外に出て行く。
今のはなんだ……
あれは自然に入ってきた風じゃなかった。
風が意図的に砂を運んだような、あるいは砂が風を呼び込んだかのような感覚だった。
それに今も微かな風が吹いていて、まるで砂が空中を1本の紐のように少しずつ外へ運ばれている。
この砂は一体どこへ運ばれているんだろう。
外はもう明るくなりつつあった。
静寂の中で、陽の光が砂をキラキラと照らし始める。
これは魔法か何かなんだろうか……
俺が感慨に耽っていると、コツン、コツンと砂の行先から音が聞こえてきた。
コツン……コツン……と次第にその音は大きくなる。
何かが来る……
そう思った時、影から杖をついた1人の老婆が姿を現した。
ちっとも手入れをしていないであろうぼさぼさの白髪と首から下げられた大量の数珠や鳥の羽の装飾品が、彼女がただの老婆ではないことを感じさせた。
一体どうなっているんだ……
樽から出た砂は、彼女の服の袖の中へと吸い込まれている。
老婆はゆっくりと樽へ近づき、手をかざすと全ての砂が樽の中へと戻っていった。
「ガウダー様、ただいま参りました」
老婆は王に跪いた。
異様な沈黙が彼女を包み込むと、彼女は辺りを見回し、そして何が起きたかを悟った。
「王子様……あぁなんともお気の毒に。なんとも、なんとも……私めにできることがございましたらなんでもいたしましょう」
「呪術師アウィヤよ、お前には息子の死の真実がわかるのか」
「はい、わかりますとも」
「では早速はじめてくれ」
王の命令に老婆は頭を下げると、数名の文官、奴隷と共に何かの準備を始めた。
「このような怪しい魔女の言う事を聞くのですか」
騎士達に両腕を掴まれているブラッキオが口をはさんだ。
体型ふくよかな文官がそれに答える。
「アウィヤは魔女ではありませんよ。砂の呪術師です。戦地で剣を振るうだけの貴方は、彼女がどれほど役に立つか知らないのでしょうね」
程なくして、砂が撒かれた大広間に木製の小さな馬が2つ用意された。
アウィヤは腰から下げたボロボロの人形と砂の入ったビンを目の前に置き、
「失礼いたします」
そう言って、王子のサラサラな髪を一掴みで引きちぎり人形の頭に埋め込んだかと思うと、それを木馬の上に乗せた。
もう片方の馬には適当にゴミクズのようなものを乗せ、香を焚きながらブツブツと何かを唱え始めた。
コレコォレ コカノ エドノエサ グラク コォルノァ ニロート スィカロ シェルーカ
何を言っているんだ……
アウィヤは俺が全く理解できない言葉で何かを唱えている。
そして、全てを唱え終わった後に杖で地面を軽く突くと、木馬から人形がぽとりと地面に落ちた。
アウィヤはすぐに人形を拾うと、ビンの封を開けて中の砂を馬の周りの撒き散らした。
アルベアルベ コォレ グラク コォル ノァ ニロート ハ マヴェータ シェル  ハ ナミ
白目をむいたアウィヤがさらに呪文を唱えると、さっきアウィヤが撒いた砂が動き始めた。
まるで砂が命を持っているようだ。
砂は木馬の前方に集まっていき、細長いひも状になったかと思うと、うねうねと動き、ピタリと止まった。
その動きはまるでヘビのようであった。
アウィヤの目は元に戻っていた。
「ガウダー様、砂の精霊達が教えてくれました。どうやら王子は落馬してお亡くなりになられたようです……ヘビが原因で」
何かの間違いだと思いたかったが、王とブラッキオの真っ暗な表情が全てを物語っていた。
「何があった……」
国王はブラッキオをじっと睨みつけ、かすれた声を腹の底から絞り出した。
「……」
ブラッキオは無言で俯いたままだ。
「私には……」
沈黙の後、ブラッキオは消えていくような小さな声を発した。
「話せ」
「王子は……馬から落ちて死にました。茂みからヘビが飛び出してきて……アルブスが暴れて……」
ブラッキオが話し終える前に、王は彼の胸ぐらを掴んだ。
「ヘビだと……? そんな理由で我が息子が死ぬわけがあるかっ。よくもそんな言い訳を思いついたものだ」
「私はただ事実を……」
「我が騎士達、この男を捕らえよ」
王が命じると騎士達は剣を抜きブラッキオに迫る。
「陛下、落ち着いてください。私は何もしておりませぬ」
「そうだ。私の息子が獣に襲われるところを黙って見ていたのだ。2人きりで、あんな時間に、誰も連れていかなかった。私は腕の立つお前を信頼し、狩りの許可を出した。だが失敗だった」
騎士達はブラッキオを捕らえたが、彼はそれを振りほどき、声を大にして言った。
「陛下、私が王子を殺して一体なんの得があるとおっしゃるのですか。私はこれまでずっと陛下にこの身を捧げ尽くして参りました。そしてこれからも、それが変わることはございませぬ」
ブラッキオが訴えると、官吏達の中から体型ふくよかな文官が歩み出てきた。
「確かに、あれほど陛下に忠実で、王子と仲の良かった彼が裏切るとは思えませぬ」
「お前は黙っておれ……」
「ですが、陛下ご自身も納得されていないのでは?」
体型ふくよかな文官が反論すると、王は大きなため息をついた。
「……呪術師を呼べ。真実を知りたい」
ガウダーは誰とも目を合わせずに険しい表情で言った。
すると体型ふくよかな文官が、手首の宝石類をじゃらじゃらと言わせて外に出て行った。
呪術師……噂には聞いたことがある。
奇妙な術を使って目に見えないものと話すことができるらしい。
でも本当にそんな奴がいるのか?
まさかローリエが死んだ時の真実がわかるっていうのか……
ローリエが台の上に置かれると、王はうつむいたまま彼の亡骸にゆっくりと触れた。
「まだ17だぞ……」
王は消えてしまいそうな声でつぶやくと、ローリエの白い頬に数滴の滴が流れ落ちた。
「息子は皆から好かれていた……私なんかよりもずっと良い王になれる器の男だった……」
俺も本当にそう思う……
彼がもういないのかと思うと、この先どうなるのかという不安が込み上げてきた。
大広間には王の落胆した声、そして皆の沈黙があるだけだった。
泣くのを堪えていた少女の1人が耐えきれずに外に走って行った。
「この子は強かった……武術も、知恵も教養も、他のとは違った。戦で名誉の死を遂げるならまだしも、なぜ狩りなのだ……なぜ狩りなんかで死なねばならんのだ」
ガウダーはブラッキオの方を向いた。
ブラッキオは王に目を合わせることはなく、下を向いたまま黙っていた。
「お前がついていながら、なぜなのだっ。お前はいつだったかローリエに狩りの経験をさせたいと言っていたな。お前が息子に、馬鹿みたいにでかい熊と戦わせたんじゃないのか?」
王は再びブラッキオに詰め寄った。
「大熊と戦わせるつもりなど最初からありませんでした。私が戦う姿を見せるだけ、そういう算段でした。それに今回熊などいなかった……」
ブラッキオの返答に対し、ガウダーが何かを言おうとした時、手首の宝石をじゃらじゃらと言わせながら文官が戻ってきた。
そこに呪術師らしき者の姿はなく、代わりに文官は砂の入った樽を抱えていた。
彼は王を見て、王が頷くと樽を地面に置き、中の砂に指で何かを描きはじめた。
それは、見たこともない記号のようなものだった。
「これで良し、と」
文官が手をはたきながら言った。
その瞬間の出来事だった。
窓から風が強く入ってきて、砂の表面が舞い上がり、樽から溢れ始めた。
溢れた砂は風に乗って反対側の窓の方へ吸い込まれるようにして、細い筋となって外に出て行く。
今のはなんだ……
あれは自然に入ってきた風じゃなかった。
風が意図的に砂を運んだような、あるいは砂が風を呼び込んだかのような感覚だった。
それに今も微かな風が吹いていて、まるで砂が空中を1本の紐のように少しずつ外へ運ばれている。
この砂は一体どこへ運ばれているんだろう。
外はもう明るくなりつつあった。
静寂の中で、陽の光が砂をキラキラと照らし始める。
これは魔法か何かなんだろうか……
俺が感慨に耽っていると、コツン、コツンと砂の行先から音が聞こえてきた。
コツン……コツン……と次第にその音は大きくなる。
何かが来る……
そう思った時、影から杖をついた1人の老婆が姿を現した。
ちっとも手入れをしていないであろうぼさぼさの白髪と首から下げられた大量の数珠や鳥の羽の装飾品が、彼女がただの老婆ではないことを感じさせた。
一体どうなっているんだ……
樽から出た砂は、彼女の服の袖の中へと吸い込まれている。
老婆はゆっくりと樽へ近づき、手をかざすと全ての砂が樽の中へと戻っていった。
「ガウダー様、ただいま参りました」
老婆は王に跪いた。
異様な沈黙が彼女を包み込むと、彼女は辺りを見回し、そして何が起きたかを悟った。
「王子様……あぁなんともお気の毒に。なんとも、なんとも……私めにできることがございましたらなんでもいたしましょう」
「呪術師アウィヤよ、お前には息子の死の真実がわかるのか」
「はい、わかりますとも」
「では早速はじめてくれ」
王の命令に老婆は頭を下げると、数名の文官、奴隷と共に何かの準備を始めた。
「このような怪しい魔女の言う事を聞くのですか」
騎士達に両腕を掴まれているブラッキオが口をはさんだ。
体型ふくよかな文官がそれに答える。
「アウィヤは魔女ではありませんよ。砂の呪術師です。戦地で剣を振るうだけの貴方は、彼女がどれほど役に立つか知らないのでしょうね」
程なくして、砂が撒かれた大広間に木製の小さな馬が2つ用意された。
アウィヤは腰から下げたボロボロの人形と砂の入ったビンを目の前に置き、
「失礼いたします」
そう言って、王子のサラサラな髪を一掴みで引きちぎり人形の頭に埋め込んだかと思うと、それを木馬の上に乗せた。
もう片方の馬には適当にゴミクズのようなものを乗せ、香を焚きながらブツブツと何かを唱え始めた。
コレコォレ コカノ エドノエサ グラク コォルノァ ニロート スィカロ シェルーカ
何を言っているんだ……
アウィヤは俺が全く理解できない言葉で何かを唱えている。
そして、全てを唱え終わった後に杖で地面を軽く突くと、木馬から人形がぽとりと地面に落ちた。
アウィヤはすぐに人形を拾うと、ビンの封を開けて中の砂を馬の周りの撒き散らした。
アルベアルベ コォレ グラク コォル ノァ ニロート ハ マヴェータ シェル  ハ ナミ
白目をむいたアウィヤがさらに呪文を唱えると、さっきアウィヤが撒いた砂が動き始めた。
まるで砂が命を持っているようだ。
砂は木馬の前方に集まっていき、細長いひも状になったかと思うと、うねうねと動き、ピタリと止まった。
その動きはまるでヘビのようであった。
アウィヤの目は元に戻っていた。
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