回復職が足りません!

栗塩

07 モーニングコーヒーと依頼

翌日、部屋の扉をノックされる音で目が覚めた。
ルシオはあくびを噛み締めながら戸を開ける。そこには昨日にフォードと派手に喧嘩していたメルルが少し不機嫌そうに立っていた。その手にはマグカップが二つ。

『おはよう。ほらよ、コーヒー飲め』

『え?ありがとうってか、くれるの?』

『俺んとこは、客にはモーニングコーヒーを出すって決まってんだよ。いらないなら、いいけど』

『いりますいります』

ずいっと差し出された二つのマグカップをルシオは素早く受け取った。受け取ったことで、メルルの表情も少し緩んだように見えた。

『わざわざありがとう。えーと、メルル』

『その名前で呼ばれるの、あんまり好きじゃねーんだよ。皆ルーって呼んでる、そう読んでくれよ。あー、ルシオ』

『わかった。ありがとう、ルー』

頭に血が上っていない時は、メルルはいたって普通の青年に思えた。早速もらった片方のマグカップを口へ運ぶ。コーヒーの香しい匂いがする。眠気を醒ます苦味がいい。

おいしいよ、と伝えるべくメルルを見ると、背後にフォードが仏頂面で仁王立ちしているのが見えた。

『おい、メル野郎。このコーヒーのことなんだけどよ』

おいおい、朝から喧嘩だけはやめてくれ。

『あ?なんだよ、文句でもあんのかコーヒーに。だったらテメエは飲むんじゃ──』

『これお前が作ったのかよ』

『だったらなんだよ』

『めちゃくちゃ美味い。これ毎日飲めんの?豆なに使ってんの?』

『は、はぁ?』

フォードのマグカップを見ると、中身は既に空で。詰め寄るように質問をぶつけるフォードに、逃げるようにメルルが後ずさる。

『うるせぇ!ルネスマウンテン豆だよ馬鹿野郎!!』

何故かキレ気味にメルルは叫び、するりとフォードの横を通って廊下を足早に去っていってしまった。そういえば、フォードは毎朝、というか飲み物はコーヒーを飲んでいることが多かった。彼はもしかしたらコーヒーが好物なのかもしれない。メルルが去っていった方向を見つめながら、ふふん、と鼻で笑う声が聞こえた。

『メル野郎にも特技がありやがるんだな。ほんの一ミリ程度、好感を持てた気がするぜ』

『メルルって呼ばれるの、好きじゃないみたいだよフォード。ルーって呼んでほしいってさ』

『ほほう、なるほど。死んでも呼ばねぇ』

なんて器の小さい男なのか、と白い目でフォードを見つめるが、ふと何かを思い出したように自室へと向かったフォードが、一時間後に宿屋の前で集合!と叫んで扉の奥へ消えた。

コロにコーヒーをあげたら、苦くて飲めない、と突き返された。






時間よりも早く、ルシオはコロと宿屋の入り口へと出てきた。今日はよく晴れていて、風も無く気温も適温に感じる。ふと背中越しに、入り口の扉が開いて、フォードたちが来たのかと思い振り返ると、そこにはシャルルが箒を片手に立っていた。掃除だろうか、さすがは経営者だ。

『おはよう。よく寝れたかしら』

『ぐっすり寝れたよ、コロなんか秒で寝ましたよ』

『ふふ、よかった。…そうだ、今日は何をする予定なのかしら』

『まだ決めてません、フォードが集まれって言ってきたくらいで。たぶん、依頼を物色しにいくんじゃないかな?』

『そう、なら昨日の書類に住所を記入するところがあったでしょう、そこをこの宿屋に変更してきたらどう?もし、指名の依頼なんかがあれば、ここに届くようにしてもらえばいいわ。昨日のままじゃ、村に届いちゃうわよ』

『ああ、確かに!て、いやいや、指名の依頼なんか来るわけないですよ』

『そんなことないわ。だって、ヒーラーがいるパーティなんだから。噂なんて、すぐに広まるものよ』

にこり、とシャルルが微笑む。なんだか誉められているような、期待されているような、むず痒い感覚に襲われる。そうだ、彼女の言う通り、住所変更をして、ついでに依頼を見てみよう。自分達の実力に合った低めのやつを。そこでふと、ルシオはシャルルに問いかける。

『シャルルさん達は依頼を見に行かないの?』

『え?そうねぇ……腕試し程度には行ってみてもいいかもしれないけど、目的は違うから。でもルーはそちらのリーダーと張り合うつもりみたいだから、適度には付き合わされるかもね』

『目的ですか?』

『ふふ、誰にでも秘密はあるものよ』

その口ぶりだと、そこまでは教えてはくれないつもりらしい。
話を終えると、シャルルは手を小さく振りながら、裏庭の掃除へ行ってしまった。それから少しして、フォードとグリスがやってきた。集合時間から、10分遅れだ。











『おし、今日は依頼探しだ!金になって、強くなれて、目立ちそうな、そんな依頼を探せ!野郎共!!』

宿屋から冒険者組合までは歩いて10分もかからない、あの宿屋はわりと好条件の物件だったみたいだ。
フォードたち三人が依頼が貼られている壁を物色している間に、ルシオは受付で住所変更を行った。フォードは自分の段級以外の物も見てしまっているし、グリスは棒立ちでとても探しているようには見えない。コロについては、字が読めないのでちょろちょろと歩いている。やる気があるのかこいつらは。

ルシオも自分の段級の範囲を物色してみる。薬草摘み、はフォードが地味だと駄々をこねそうだし、かと言って中級ドラゴン退治なんてのがあるが、とてもじゃないが段級に合っていない。依頼主の手違いだろうか。だとすれば、下級モンスターの依頼を…

『あ、これなんてどう?』

ルシオが一枚の依頼書を、壁から剥がしてフォードへと差し出した。受け取ったフォードが、じっとその内容を読み、顔を上げて唸る。

『下級モンスターのオーク退治か。悪くねぇな、ただ情報が少ない。出現範囲も広いし、目撃情報が何だかバラバラだ。オークだと思う影が見えただとか、数匹居たように見えたが群れかは不明だとか、明確じゃあない。けど、報酬はいいな。それに、期限が長い…』

『オークなら、相手をしたことがある。魔法に耐久がないから、いけるんじゃないか、フォード』

フォードが手にしている依頼書を、グリスが覗き込む。それでもフォードは考え込んでいる様子だった。多分、以前のような予想外の討伐になってしまうことを、恐れているのかもしれない。

『俺たちには壁役が居ない。前衛になるのは俺とコロ助だが、後衛を守りながら戦えるかと言われたら約束はできない』

『無謀な奴だと思っていたが、意外に冷静に考えられるんだな』

くすりとグリスが笑う。が、表情は変わらない。何故笑う、とつっかかろうとするフォードの頭をぽんぽん、というよりはばんばん、とグリスが叩く。

『安心しろ。俺がいればこの依頼は遂行できる。断言してもいい。オークの群れならなおのこといい』

自信満々に言い切ったこの男も、確か同じ段級だったはずだが……ルシオの冷たい視線はグリスに注がれるが、本人は気づきもしない。
フォードも少し考えた後に、その依頼を受けることにしたらしく、受付へと向かい受理してもらってからグリスの背をバシッと叩いた。

『おう、グリス、信じてるぞ。んでも、危なくなったらやめだぜ。でもやらないのも男が廃るだろ!後悔は後から、が、このパーティの信念だ』

『なんだそれは?』

『ルシオの受け売りだ』

『僕はコロからの受け売りだねどね』

『ウケ、ウリ…?』

『人の言葉を自分の言葉みたく言っちゃうってことだよコロ』

『ならオレもウケウリだ』

つい四人で声を出して笑った。四人、と言ってもグリスは表情一つ変えずにふむふむ、と頷いているだけであったが。それでも、少し団結のようなものが生まれたのではないかと、ルシオは思った。

『そうと決まれば、シャルルさんに数日部屋を空けるって伝えねーとな!』

『え?』

『だってこの依頼、微妙に国境越えてるし、一日じゃ帰ってこれねぇだろ』

『うそ!そこまで見てなかった!ごめん!』

『野宿も視野に入れておかないとな、安心しろ、ルシオの寝袋に俺はなる』

『こわっ……』

何故自分は攻撃魔法を習得していないんだろう、習得していればこの場でグリスの思考を正気に戻してやれるのに。いつか覚えてみせるとルシオは静かに誓った。

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