隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

再戦

朝食の後、朝ドラを見終わったハトホルは二人の治療をし、隼人宅を根城にしていた6人は小高い山の頂上である一昨日の戦場跡へと向かった。


「どっちかが負けを認めるか、戦闘不能になるまで、てことでいいな?」

巨大な神木が佇む、更地と化した廃寺の跡地。
心地よく頰を撫でる春風に乗って、大男の呟きは辺りに響く。

「いい目だねぇ、この間のビビり上がったうさぎみてぇな目とは大違いだ。 ああ、おじさんもそれで問題ねぇ。殺す気で来なよ、あんちゃん 」

葉巻を咥え、純白のカッターシャツに結んだ対象的な漆黒のネクタイをキュッと締め直し、紫煙を燻らせると、葉巻を投げ捨てて拳を構える。

「言われなくてもそのつもりだっての。 隼人! 開始の合図を頼む!」

ネルガル同様に拳を構えた透は、獅子のような鋭い眼光で目の前の男を睨みつけたまま声を上げる。

「……ハトホル、どっちも無事で終わるような戦いじゃないと思う。 治療は任せたぜ」

「ええ、もちろんです。 ですが、死んでしまわれた場合、さすがの私も治しようがありません。皆さん、 最悪の場合、止めに入ることも視野に入れて置いてくださいね」

隼人は、手のひらを天空に向けると、彼の手から生まれた炎の球体が天高く昇っていく。

赤々と燃え上がる炎を見つめて、來花とエレシュキガルは固唾を飲む。

球体が空中で炸裂する音と共に、二人は咆哮を上げ、振るわれた拳と拳が激突する。

初撃はネルガルが優勢。
押し負けた透に対して、赤黒い霧を纏わせた拳と蹴りの乱打を高速で叩き込むと、透は最低限の動きで躱しながら、連撃で応戦するが、こちらもやはりネルガルの方が一枚上手だった。
お互いに直撃はないが、ネルガルの拳は透の頰を掠め始めている。

こいつ、やっぱりマジで強え。
一発一発が大砲の弾みてえにジンジン響きやがる……
何とかして流れを掴まねぇと、押し切られちまう。

ピュアブラウンの瞳を最大まで見開き、表情一つ変えず、無表情に攻撃を繰り出すネルガルを見据えて舌打ちをすると、透は身体中からバリバリと音を立て、青白い雷を迸らせた。

「ほぉ、同じ権能でも前ん時と何かが違うねぇ。 人間ってのは、成長が早くておじさん羨ましいよ」

薄く口元に笑みを浮かべたネルガルは、攻撃の手を緩めることなく撃ち込み続ける。
雷を纏った透は、宙に青い軌跡を描きながら繰り出される拳を躱し、ネルガルの顔面に拳を撃ち込む。

さっきに比べりゃチィっとばっかり早くなったかねえ……
まあ、だからといって俺に躱せない攻撃じゃぁないねぇ。

ネルガルは特段驚く事もなく、頭を横に振って、眼前に迫る拳を避けようとする。

だが、ネルガルが回避行動に移る直前、放たれた拳は突如速度をあげ、彼の額にめり込むと、ネルガルは錐揉みしながら背後に飛ばされ、背中から木片の散らばる地面へと叩きつけられた。

「……何が起こったというの。私の目にはネルガルが攻撃を避ける方が早かったように見えたのだけれども」

訝しげな表情で二人の戦いを見届けるエレシュキガルは、口元に手を当てて呟く。

それに対して、來花は未だ電撃を纏い、ビリビリと音を立てる右拳から滴り落ちる、真っ赤な液体を見つめ、真剣な表情で答える。

「腕が伸びきる直前、透さんの身体から感じる権能の力がかなり強くなってた。 直前で右腕のリミッターを外したってとこかな…… 無茶するなぁ、見えないくらい速度で打ち込むなんて。 ……ネルガルさん、死んで無いよね?」

前回、彼を権能によって身体にかかるリミッターを解除し、身体能力を向上させたのは來花だ。

早くに現人神《リビングゴッド》に目覚めていたため、権能の扱いに関して卓越した腕を持っている彼女は、身体にかかる負荷を最小限に抑えてリミッターを外す事が出来た。

しかし、現人神《リビングゴッド》として目覚めて間もない上に、瞬間的に権能を発動させた透にはそのような芸当が出来るはずが無い。

來花は、透の右腕が、もう振るうことが出来ないほど、筋肉や骨、神経にダメージを負っている事を確信していた。

ーー でも、今の一撃を食らったんならさすがのネルガルさんも、立ち上がることなんて出来ないはず。

本当に勝っちゃったんだね、透さん……

淡いクリーム色の髪を春風にたなびかせながら、口元を和らげた來花は、息を荒げて血にまみれた右腕を撫でる浅黒い肌の大男に視線をやる。

「あれぐらいで死にはしないわ。 だって彼は、私の心を奪った戦神…… ネルガルなのだから」

透の一撃には驚いたものの、エレシュキガルの態度は堂々とした物だった。

少しも焦った様子を見せず、力強い瞳で自らの夫を見つめると、額から血を流し、倒れ込んだネルガルは脚を曲げ、地面に手を突かず跳ね起きると、袖口で滴る血液を拭い、眼前の大男に向かって、心底嬉しそうに言葉を発する。

「正直ねぇ、初っ端かち合った時に物凄くがっかりしちまったんだ。 昔、俺らをガチで狩りに来てた英雄さん方にも引けを取らねぇいい拳だったけどよぉ。 それでもおじさんには程遠いって悟っちまったからさぁ」

「……そいつは失礼したな」

至る所から流血した右腕をだらんと垂らした透は、憎々しげに懐から葉巻を取り出し、咥えたネルガルを睨みつけて唸る。

ネルガルは、刻印の施されたジッポライターを擦り、葉巻に火をつけると、思い切り紫煙を吸い込み、宙に向かって吹き出すと、透を讃えるべく口を開いた。

「話は最後まで聞いて欲しいねえ…… 今の一撃で俺の考えが正されたっておじさんは言いてぇのさ。 あと少し反応が遅れてたらタダじゃ済まなかっただろうしねえ」

透の拳がネルガルの顔面を捉える刹那、避けることが不可能と判断した彼は、あえて肘が伸びきる前に攻撃に当たりに行くことで威力を殺し、致命傷になり得たはずの渾身の一撃を最低限のダメージに抑えた。

「皮肉にしか聞こえねえけどさ。 一応、褒め言葉として受け取っておくぜ」

透は左腕を前に構え、額に汗掻きながら苦々しげに口を開くと、半分燃え尽きた葉巻を地面に落とし、踏み付けると、ネルガルも戦闘姿勢に入る。

「年上の言葉は素直に受け取るべきだぜぇ…… あんちゃんッ!!」

地面を力強く蹴り、距離を詰めるネルガル。
振りかぶった拳は風を切り、透の腹部を狙う。
自らに迫りくる鉄拳を真っ直ぐに見つめ、透は後ろに大きく飛び、右足をしならせて蹴りを繰り出す。
ネルガルは紙一重で躱し、透の懐に潜り込むと、両拳から再び乱打を繰り出した。



「隼人、もう良いのではないですか!? 透さんは片腕を失っているのです! 万に一つの勝ち目もないのでは無いでしょう!?」

もう見ていられないとばかりに両掌で瞳を覆ったハトホルは、隼人に向き直ると、取り乱した様子で隼人の両肩を掴む。

「いや、止める必要はねぇ。 ヒロインごっこをする暇があるなら、あの二人の戦いを見届けたらどうだ?」

隼人は、身体を揺さぶるハトホルに一切動じず、一心不乱に二人の攻防を見つめる。
ハトホルは、隼人の言葉に納得のいかないと言うような表情で押し黙り、再び彼らの勇姿に目をやると、唖然とした表情で固まった。























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