隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

与えられた命

ヴィンセントの朦朧とする頭の中では、過去の出来事が走馬灯のように巡っていた。


思えば、あの時から俺は、ティナ様に人生を捧げるべくして存在していたのかも知れないな…


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とある途上国のスラム街。
腐臭が漂い、辺りに散らばる廃棄物からは奇妙な液体が漏れ出して地面を汚す劣悪な環境の中、藍色の髪を無造作に流した少年は、必死にゴミ山の中を駆け回っていた。


さっきまで一緒に逃げ回ってた奴らが見当たらない……
あいつらに捕まったのか……


「いたぞ! 囲め囲め!!」


野太い男の声が背後から聞こえ、少年は苦い顔で周囲を見渡すと、ニタニタとほくそ笑む人相の悪い男達に包囲され、逃げ場など一切無い状況に追い込まれる。


「手こずらせやがったなクソガキ。 まあいい、そんだけ動けりゃスリでもさせれば、まあまあ稼せいでくれそうだしな」


顔面が切り傷まみれのスキンヘッドのいかつい男は、空の頭陀袋ずだぶくろの口を開きながら少年へと近づいていく。


下卑な笑みを浮かべた周りの男達の肩に抱えられたパンパンの頭陀袋からはくぐもった子供の声が聞こえ、同じ運命を辿ることを暗示した少年は、諦めから、地面へと崩れ落ちる。


男は、猿轡さるぐつわを少年に噛ませ、袋に押し込もうとしたその時だった。
銃声が轟き、一人、また一人と男達は胸から血を流し、倒れこむ。


「チッ、バリーライフ家の連中か! ズラかるぞ!!」


男達は蜘蛛の子を散らすように四方へと走り去り、姿を消すと、ゴミ山の陰から、顔を隠し、迷彩服に身を包んだ10名ほどの兵士達を連れた、品の良いスーツを纏った初老の男性と、その傍で幼いながらも気丈に胸を張り、こちらをじっと見据える少女の姿が現れた。


少女は長く、美しいブロンドの髪をたなびかせながら、少年に近づく。


「ティナ様! 勝手な行動をされてはー」


兵士の一人が声を上げるが、初老の男は右腕を横に伸ばして静止すると、少女は振り返る事なく歩みを進め、未だ息を荒くしてボサボサの黒髪を揺らす少年に手を差し伸べた。


「貴方、名前は?」


「……そんなんねえよ。 俺たちゴミに名前なんてあるわけねえだろ」


差し伸べられた手を払いのけ、少年は立ち上がり、ティナと呼ばれた少女に背を向けて歩き出す。


「貴方は自分の事をゴミだと思ったまま、この先も生き続けるつもり?」


「それしかねえんだよ!! 俺は産まれた時からゴミなんだ!!! 俺がどう足掻いても変わらないんだよ!!! 」


少年は振り返ると、切れ長の瞳に涙を浮かべ、ティナに向かって慟哭する。


「なら、私が変えてあげる、今の死体同然の貴方に命を与えてあげるわ。 だから、私に仕えなさい。」


少女は再び手を差し伸べ、天使のような笑みを浮かべると、少年は、ティナの口から出た言葉に、驚きのあまり一瞬フリーズすると、狼狽えて声を上げる。


「なんの冗談だ! 俺みたいな小汚ねえガキが貴族に仕えるなんて許されるわけねえだろ!」


「貴方が許すか許さないかなんてどうでもいい事よ。 私が聞いているのは、貴方はそのまま死体で居続けたいのか、それとも1人の人間として生きて行きたいのかを聞いているの。  変わりたければ、手を取りなさい」


ティナの言葉に、少年は恐る恐る手を出し、差し出された手をそっと握る。


「……物好きも居たもんだな。 貴族様の考えなんて産まれた時から死んでる俺にはわかんねえよ」


「はぁ……まずはその考え方を変えてもらわないといけないわね。 貴方は今日からヴィンセント。 ヴィンセント・ル・コープスと名乗りなさい。 死体である今の貴方に打ち勝たなければ、人になんかなれないのだから、ぴったりの名前でしょ」


ティナは小くため息をつくと、ヴィンセントの手を握ったまま、初老の男に向かって駆け出した。
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ティナ様は、俺に人としての人生を与えてくれた。 本当にそれからの俺は幸せだった。 天真爛漫でいつも笑顔を絶やさないティナ様と、スラムに巣食うギャング共を一掃し、俺たちみたいな出来損ないを少しでも減らそうと、身を粉にして働く、ティナ様の父君たるギャレット様。
役立たずだった俺に仕事を教え、指導してくれた使用人の皆さんと、俺を鍛え、ティナ様を護るための力を授けてくれた私兵の方々。


バリーライフの家に属する全ての人達が、俺にとってかけがえの無い家族だった。


だが、後に起こる惨劇は、俺を嘲笑うかのように全てを奪い去って行った。





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