隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

胎動する闇

「透……透なんだよな……?お前、生きてるんだよな…?」


「おう、正真正銘ホンモノの俺様だ! 約束、果たしに来たからよ、こいつは俺に任せて休んでやがれ」


真っ白な歯をむき出しに笑うと、真っ直ぐに、剣を構えたマットへと歩き出す。


「やれやれ、頭の中も筋肉なんですかねえ… 実にッ!美しくッ!ないッッ!!」


マットは向かって来る大男に対して駆け出し、横薙ぎに首元を切り払おうとする。


透は、体制を低く構え、長剣を躱し、マットの懐へ踏み込むと、右肘を腹に思い切り差し込む。
めり込んだ右肘は、眩い雷光を放ち、バリバリと音を立てながらマットの身体を吹き飛ばす。


「カッ…ぁあ!!」
口と、隼人との戦いで受けた腹部の傷から、大量の血飛沫を吹き出しながら、マットはアスファルトに叩きつけられる。


あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ないッ!!
この一撃は現人神リビングゴッドのそれを遥かに凌駕している…!
エンキ神より賜りし聖なる水も底を尽きましたし、単純な肉弾戦での勝機は… 忌々しい事に、ゼロですね…  ならば… 


「おいおい、一発でお寝んねか? 」


透は、指を鳴らしながら、地面に伏しているマットに歩みを進めると、拳を振り下ろす。しかし振り下ろされた地面にはマットの姿は無く、代わりに人型の水溜りが生まれていた。


「「さすがに今日は疲弊してしまいました。実に、実に実に実にっ!不愉快ですが、今日の所は退きましょう。 次に会う時はあなた方の最期です。ではまた、お会いしましょう!」」


人型の水跡は、道路のサイドにある排水溝に流れて消えていった。




「チッ、逃げやがったか… 隼人、大丈夫か?」
透は、隼人に駆け寄り手を差し伸べる。だが、差し伸べた手は振り払われた。


「透、ごめんな。その手を取っちまうと惨めで仕方なくなる。 俺、情けなくてさ。 お前みたいに強くねえのに、あいつを守るんだ、なんて粋がって、結局負けちまった。 本当にどうしようもないクソ野郎だ」


俯き、自嘲気味に笑う親友の姿に、透は目を伏せると、辺りにパンッと乾いた音が響く。


「……昔のお前なら、俺に毎日毎日懲りもせず喧嘩売って来やがったあいつなら、そんな言葉口にしなかっただろーよ」


頰に手を当てて呆然とする隼人に背を向け、透は歩き出すと、続けた。


「もし俺を目標にするとかほざいてたあいつなら、きっとこう言うだろうよ。『俺は強くなる。何回負けたって、どんなに惨めだって何度でも挑んで最後には勝ってやる』ってな。小鳩さんも無事みたいだし、俺は帰るぞ。じゃあな」


透は気怠そうに右手を挙げると、そのまま闇の中に消えていった。


「…隼人」
背後から、凛としたハトホルの声が響く。


「……お前、怪我はどうしたんだ?」


「神は傷の治りが早いのですよ、特に私は、大地に横になっているだけでも死なない程度の傷であればすぐに癒えます。 まあ、さすがに胸の傷はまだ完治してはいませんし、権能が使えないほど、消耗もしていますが…」


「そうか、なら良かった」
隼人は一切振り向かずに返事をする。


「隼人、貴方がいなければ私の命は間違いなく奪われていました。それは紛れも無い事実です。 貴方は私の英雄です。 誇りこそしろ、決して惨めなんてことはありません。 そして」


ハトホルは隼人の前方に行き、背中に手を回すときゅっと抱きしめ、優しく耳元で呟く。


「涙を流すこともまた、情けない行為ではありません。」
その言葉に、隼人はハトホルの肩を濡らしながら嗚咽をあげる。


「ハトホル、ごめんな…ちゃんと、守れなくて…弱くて、ごめんな、俺、もっと強くなるから…」


「はい、私も、貴方のことを精一杯支えさせていただきますから」
ハトホルは慈愛に満ちた表情を浮かべ、隼人の背を摩る。


闇に染まった街の隅まで届くかのように、隼人の慟哭は木霊した。






ーー同時刻 河川敷ーー


ザバァと水しぶきを上げ、川岸にたどり着いたマットは腹部を抑えながら、憎々しげに叫ぶ。


「虫が! 虫が虫が虫がッ!! 私にこの様な恥辱を与えるなど許されるはずがありません!! 次こそは必ず、必ず殺します!」


マットは噛みちぎらんばかりの勢いで指を食むと青々と茂った草花に鮮血が飛び散らせながら、土手へと向かう。


そして、次の瞬間、マットは歓喜の涙を流すこととなる。


土手に1人の女性が腰掛けていた。
全身を真っ黒なドレスに身を包み、まるでキラキラと輝く星の海のように美しいブロンドの髪を月光の下に煌めかせた20歳前後のその女性の美しさは、マットの脳裏に焼きついたレリーフを彷彿とさせた。


「あ…あぁぁ…あ!! こちらに、こちらにいらっしゃったのですね…イチュタリュしゃまぁぁ!!」
身体の痛みなど忘れ、マットは一心不乱に女性の元へと駆け出す。


マットの存在に気づいた女性はすっと立ち上がる。


女性まで、手を伸ばせば届く距離。
だが、マットの脳内に声が響き渡ると同時に脚が硬直する。


『我が親愛なる器、マット・ゴーマッドよ、この女は危険だ。 なりふり構わず今すぐ逃げろ』


「何をおっしゃいますか、ニンシュブル女史!! 美しくも儚く、そして力強き瞳を持つあの方がイシュタル神でないはずがない!」


「……アルラ、怒ってる。 妹と間違えるな、って。」
金髪の少女は顔をしかめ、マットに向かって手を伸ばすと、周辺にどす黒い霧が発生し、マットの口内へと収束する。


「あっ…あぁぁ…!!」
雄叫びをあげたと同時に、身体は黒く変色し、塵と化す。
先ほどまでマットが立っていた場所にはピンポン玉程度の大きさの翡翠のように光り輝く宝石と、身に纏っていたタキシードが残る。


「ヴィンセント……何で……?アルラ、ちょっと不機嫌。」


残留する、どす黒い霧は人を形どると、全身を漆黒のスーツに包んだ、女性と同じくらいの年頃の男性へと姿を変えた。


「ティナ様、失礼いたしました。 御身が手を下すほどの者だとは思いませんでしたので。 女神エレシュキガルには無礼を働いたこと、猛省している所存です、とお伝え頂けますか?」


「うん……アルラ、許すって。」


「御心に感謝いたします。 しかし、ちょうど良かった。 こうも容易く【神核】を入手出来るとは」


ヴィンセントと呼ばれた男は、新緑に輝く宝石を拾い上げると、タキシードの下に隠れていた大きなラピスラズリのネックレスの存在に気づく。


「どうやら遺物のようですが、こちらは回収されますか?」


「空っぽ……だから、いらない」


「かしこまりました。」
藍色のウルフヘアーを揺らして、ヴィンセントは主君に跪く。


「この街、ものすごく力を感じる。 ここ、閉じてない……みたい」


「それは何よりでございます」


「早く…門、開けたいな」
ティナは、河川に映る半月を見つめ、呟いた。



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