隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

雷の勇者

おいおい、俺は勇者にでも転生したのか?


目蓋を開いた透の瞳が写した物は、2列の厳かな柱に囲まれており、3つの玉座から真っ直ぐにレッドカーペットが敷かれている、まるでRPGの王の間のような部屋だった。


「おお! 目覚めたか小僧!」
左端の玉座に落雷が落ちる激しい爆音と共に、野太い男の声が部屋の中で反響する。


あまりの眩しさに目を腕で覆った透の、再び開けた視界に写ったのは、ボサボサの長い金髪と、胸まで伸ばした絡み合った長い髭が特徴的な革鎧に身を包んだ大男だった。


「小僧! お前の事を儂は気に入ったぞ! 不敗を誓い、友の目標であり続けるというお前の姿勢、実に見事!! さすがは我が分身、感服したっ!!」
玉座に掛けた大男は、ガハハハと大声で笑う。


「お前が王様だな、ひのきの棒と金でもくれるのか? 言っとくが、そんなんで俺は旅に出るほど甘くねえぞ?」
透は起き上がり、額に汗を浮かべながら目の前の男に言い放つ。


「そうさなあ… 生憎と持ち合わせも無ければ、その様な下等な武器なども持たぬ。まあ、儂が小僧に与えてやれるのは、命と力くらいかのぉ…」
大男は少し残念そうに目を伏せて髭をいじりはじめる。


「命!?  命ってなんだよ!? 生き返れんのか!??」


「うむ、儂と1つ約束を交わすというのであれば我が力を与えると共に、お前に新たな命を与えようぞ」


「……約束ってどんなだよ?」


「うーむ、父を探して欲しい、と言うつもりだったが、それよりも叶えたい望みが出来てしまったからなぁ」
男は歯をむき出しに口角を上げ、玉座から立ち上がると透へ向かって歩き出す。


「小僧! もう負けるでない! 不敗であり続けろ! 誰よりも強く、ただ強くあり続け、改めて友との誓いを果たすと儂に約束をしろ!」
男は屈み、透の肩にポンと手を置くと笑みを浮かべる。


「……俺はあんたには約束できない。 それはあんたに誓う事じゃねえ……俺が誓うのは隼人にだ!!! 俺が裏切っちまった親友にだ!! 」


透は大男の手を払いのけ、真っ直ぐにピュアブラウンの瞳を見つめて慟哭する。


「がははははははは!!!  気に入った!! 心底気に入ったぞ小僧!! ならば友との誓い、存分に果たすがよい!!」
心の底から嬉しそうに、顔をくしゃくしゃにさせながら笑った男は、透の頭に再び手を置くと声高々に叫ぶ。


「我が名はトール! 力と雷の化身たる我が権能、御主に託すとしよう!」


辺りを眩しい光が包み、透は気を失った。




__________


暗闇に覆われた街並みに、甲高い金属音と灼けた鉄に水を掛けた様な破裂音が木霊する。


「どうした… 俺を潰すんじゃなかったのかよ、変質者が……」
両手に握った曲剣を同時に振り下ろしながらマットを挑発する。


「女神の騎士たる私を愚弄するとは…!!愚か愚か愚か愚かァア!!」
マットは振り下ろされた剣を長剣で受け止め、弾くと、隼人の身体は横に倒れこむ。


隼人に残された手は、注意をこちらに向けると同時に、相手の攻撃を読む事ができなくなったと悟らせないようにひたすら攻撃し続けることだった。


だが、隼人の受けたダメージは想像以上に大きく、動くたびに折れた骨が肉を貫く激痛が全身を襲っていた。


痛ぇ…腹ん中ミキサーで掻き回されてるみてえだ…
でも、手を止めたら確実に殺される。
俺も、ハトホルも。 


隼人は必死に立ち上がろうとするが、身体は言うことを聞かず、何度も崩れ落ちる。


立てよ俺! ホルスの奴と守るって約束しただろうが!! なんで立ち上がらねえんだよ!!


「これはこれは、虫には相応しい最期ですねぇ!」


涙を流しながら必死に足に力を込める隼人をマットは嘲笑うと、喉元に剣を突きつける。


「案ずることは何もありません。すぐにあちらの魔女も、貴方の元に送って差しあげますから」


隼人の首に長剣の切っ先が食い込む。


すまねえ、ハトホル……ホルス。
約束、守れなかった……


隼人が死を受け入れたその瞬間、大きな爆音が轟き、悪友の身体に落雷が落ち、閃光が走る。


マットは手を止め、隼人の命を奪おうとした凶刃を両手に握り、構えると、苦々しげに口を開く。


「忌々《いまいま》しい、忌々しい忌々しい忌々しい!!! どこまで私を愚弄するのですか!! いいでしょう!! もう一度、冥府に叩き込んで差しあげます!!」


「こっちも親友が世話になったみてえだしな。 俺がお前をぶち込んでやるよ。 冥府って奴に」


眩い光が晴れ、稲妻が落ちた場所に立っていたのは、怒りに歪ませた表情の悪友の姿だった。

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