隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

隼との誓い

痛みでどうにかなりそうだ。
隼人の胸を穿った槍は心臓を貫き、その先端は辺りを包む炎に照らされ妖しく紅に光り輝いていた。


呼吸をする度に耳障りな風音がヒューヒューと音を立て、全身に激痛が走る。


寒い、寒い…さっきまでは狂いそうなくらい暑かったのになんで今はこんなに寒いんだ…?
そんなことをボーッと考えていると胸を貫いていた槍に力が込められ引き抜かれる。


自らの身体からほとばしる鮮血を目にすると、隼人の視界には幼き頃の自分の姿が浮かび上がる。


父に見せてもらった石版を、小さな腕で抱き抱える5歳頃の自分。


和奏に手を引かれ、不機嫌そうな顔で野原をかける小学生の頃の自分。


透と肩を組み、互いに満面の笑みを浮かべる中学生の自分。


そして、自らに美しい紫水晶の瞳を真っ直ぐに向けてくる最近出会ったばかりの女性に、笑いかける高2の今の自分。


助けられなくてごめん、和奏。
旦那を見つけてやれなくてすまなかったな、ハトホル。


閉じられた瞳から涙を流すと。隼人の意識は虚空へと消えていった。


「はぁー、なんか後味悪いや……さっさと働いて帰って寝よーっと……」


來花は、先ほどよりも勢いを増す炎の勢いに顔を引きつらせながら、隼人の身体から引き抜いた槍から鮮血を滴らせ、気怠そうに出口へと歩みを進めていると、唐突に地面が揺れる。


近くの棚に掴まってバランスを取ろうとした來花だったが、妙な気配を感じたため、大きく後ろに飛び退いた。


來花が先ほどまで立っていた場所には先端を尖らせた植物のツタのような物が地面から伸び、床に落ちていたCDケースを貫いていた。


「不可解ですね……その槍は認められた者以外が握ると、耐え難い程の痛みが全身を駆け巡るはず。握っていられる者など私は一人しか知らないのですが。」


燃え上がる瓦礫と瓦礫の合間から現れた、ウェーブのかかった深い紫の髪を揺らしながら、女性は冷淡な顔で言い放つ。


「よかった。こっちから迎えに行こうと思ってたんだよ……ネッ!!!」


少女は手に持った金色の槍を突き立てると雷撃が地面を這い、一直線にハトホルを襲う。


「ははは! 神様の割に大した事ないじゃん!! 死なない程度に加減して上げたのに!!」


バリバリと音を立て、煙に包まれたハトホルを見て高笑いを上げる來花。


「貴女には2つほど質問があります」


酷く冷たい声が響き渡る。


ハトホルを包んだ煙が晴れると、無数の木の根が重なり合った球体が黒く煤け、プスプスと音を立てていた。


球体は、まるで蕾が花開くかのように優しくゆっくりと地面に落ちると、中からは、傷ひとつない先ほどと変わらず酷く冷たい表情を貼り付けた女性が姿を現わす。


「一つ目は、なぜ貴女がインドラと同じ権能を扱い、【ヴァジュラ】を振るうことができるのか。」


自らに向かってくるハトホルに、苦々しく舌打ちをすると槍を構える來花。


「そしてもう一つは…」


声を怒りに震わせ、目を見開いて少女をギロリと睨みながらハトホルは紡ぐ。


「その槍を染め上げる鮮血は、誰の物か。」


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隼人は目を覚まし、ゆっくりと起き上がると、そこは見慣れない建物の一室だった。


一面は白亜の壁で覆われ、壁の所々には今にも動き出しそうな動物や人のレリーフが彫り込まれていた。


また、部屋の中央には金細工で作られた豪勢な椅子が二つと、その横には玉座を護るかのように猛禽を模した石像が4体。


更に奥側には白色のレンガで囲われた空洞がぽっかりと口を開けていた。


大気には砂が混じり、口の中には不愉快なジャリジャリとした感覚が広がる。


天国にしちゃ汚ねえし、地獄にしては随分とエキゾチックだな。


そんなことを考えていた隼人は、自身の身体に訪れた違和感を思い出すと胸に手を当てる。


心臓は脈動を完全に失っているが、貫かれた際の傷もなければ痛みもない。


「やっぱ俺、死んだんだな……」


夕空のように紅く、澄んだ瞳に涙を溜め虚空を見つめる。


和奏を、守ってやれなかった。


避難はほとんど完了していた。
おまけに和奏が気絶していた位置は倒れた棚やCDケースの山で覆われていたため、発見は遅れてしまうだろう。


隼人は声にならない雄叫びを上げ、膝から崩れ落ち、砂で作られたレンガの床を何度も拳で叩きつける。


「おうおう、荒れてるねえ。我が愚息様は。」


砂塵が舞うレンガ造りの空間に突如として若い男の薄ら笑いを含んだ声が響き渡る。


隼人は顔を上げ、男の声がした空洞の方へ視線を向ける。
金属の擦れるカシャカシャという音を反響させながら、紅蓮のプレートメイルに身を包んだ優男が姿を現す。


隼人はこの男に面識はない。だがこの顔はよく知っている。


揺れる長髪はまるで紅蓮の焔が揺らぐような真紅。切れ長の瞳にはめ込まれたルビー。高くはないが、通った鼻筋。
いつも洗面台の鏡に映る自分自身の顔だった。


「……あんたは……あんたは誰なんだよ!!!」


隼人は恐怖のあまり、体全体を震わせながら目の前の男に問いかける。


「お前の親?  まあ合ってるけどなんか違うな……まあいいや。 本題に入ろう。」


男は気だるそうに頭を掻きながら続ける。


「お前、生き返って見る気はあるか?」


男は金細工の椅子にドンと座り込み肘掛に頬杖を付きながら問う。


「生き返る!? 出来るわけ無いだろ!? ふざけてんのか!!」


隼人は食い気味に男に詰め寄る。


「いーや!出来るねえ!インドラんとこのガキと同条件で喧嘩が出来るおまけ付きでな」


まあ条件付きだがな。と付け加えた男の言葉に対して、隼人は二つ返事で返す。


「わかった、生き返らせてくれ。なんでも言うことは聞く」


男はニィっと口角をあげると真剣な表情に変わり、口を開く。


「妻を、ハトホルの奴を、守ってやってくれ。そして伝えて欲しい。俺はもう戻ることはない、と」


「まさか……あんたがホルスか……?」


驚愕とした表情で緋色の瞳を見開いた隼人の頭に手を当てると目の前の男は声高々に名乗りをあげる。


「ああそうよ! 天空と炎を司る武神、ホルス様だ!! 俺様の力をくれてやるんだからよ!! 守れませんでしたなんて言葉、何があっても絶対言うんじゃねえぞ!!!」


辺りを眩い光が包み込むと、再び隼人は気を失った。


_________________________


「はははははは!!!!随分と反応が遅いんだねええ!!!僕の攻撃、ちゃんと見えてんのおばさん!!!!」


業火に包まれる店内で、槍を高速で突き出す來花の笑い声が響き渡る。


來花の突きを受けるべく、地面から木の根を突き出して攻撃を弾き続けていたハトホルであったが、元々戦い慣れしていない彼女に全てを捌ききることなど不可能だった。


白のワンピースは所々ほつれ、頰や手足に付けられた無数の切り傷からは出血が絶えず流れ出し、息も絶え絶えになり、立っているのが限界だった。


「さすがにもう終わらせないと先にこっちが焼け死んじゃうからさあ!!!これで終わらせたげるよ!!!おばさん!!!」


來花はヴァジュラを風車のようにクルクルと回し始めると、バチバチと音を立て、來花の手元に電撃が走る。


さすがにこれ以上は耐えきれませんね…ごめんなさいホルス。そして、かたきを討てなくてごめんなさい、隼人。


ハトホルは死を覚悟する。
が、その時ハトホルは何か懐かしい物を感じた。
ヴァジュラを振るっていた來花も異変に気付いたのか、少年の死体が眠るテナントの中に視線を移す。


燃え盛る炎が二つに割けた。
まるで旧約聖書のモーセように左右に生まれた炎の壁の間を、黒髪の少女を抱きかかえた少年がゆっくりと進む。


「そっかあああ!!! そっかそっかそっかあああああ!!! 隼人さんも僕と同じだったんだねえええ!!!!」


來花は標的を隼人に移すと、ヴァジュラを地面に突き立てる。


ヴァジュラに生み出された電撃は3つに分かれ隼人の左右と頭上を襲うが、付近の炎が隼人を包むと、雷撃は何事もなかったかのようにかき消された。


「嘘……なんで……」


唖然とした表情で立ち尽くす來花を無視し、ハトホルの前に立つと隼人は和奏を下ろす。


「和奏を任せたぞ。」


「ええ、でも何があったか、あとで聞かせくださいね?」


ハトホルは瞳に涙を溜め、えづきながら和奏を抱きかかえると、下の階まで木の根をおろし、スロープのようにして滑り下りていった。


ハトホルの背中を見送ると隼人は來花に向き直る。


「パフォーマンスにしちゃ少しやりすぎだろ。お兄さんが説教してやる。」


隼人がパキパキと指を鳴らすと、背後の炎が音を上げ、勢いを増した。

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