隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

訪れる死

時刻は12時55分。


先ほど來花が降りた、ピンクの看板が目印のショッピングモールにバスが大きな音を立て停止する。


二つ折りのドアが開くと、二人の男女が姿を現わす。


「なんとか間に合ったなぁ…」


「全く。 あのような失礼な赤子との約束など果たす必要があるのでしょうかねぇ…」


ハトホルは不機嫌そうに毒を吐くと、隼人は嬉々とした表情で笑い、返事を返す。


「いいじゃねえか!ライブなんて久々だぜ!!」


「やれやれ、貴方もまだ子供なのですね…」


くすくすと笑うハトホルと共に自動ドアをくぐると、焼きたてのパンの匂いや、お好み焼きのソースが焦げる匂いなど様々な食べ物の匂いが二人を包み込んだ。


先程までの大人びた態度は、一瞬のうちに消し飛ばし、目をキラキラと輝かせながらあたりを見渡すハトホル。


「隼人隼人!!お腹が空きませんか!?私、あのパンケーキに目玉焼きを乗せたようなあれが!あれが気になります!!」


フードコートの入り口にある、鉄板の上でジュウジュウと音を立てるお好み焼きをぴょんぴょんと飛び跳ねながら指を指す。


「腹減ってるに決まってんだろ。昨日誰かさんに晩飯掻っ攫われたからな…帰りに買ってやるから先にライブに行くぞ。」


隼人は、ハトホルの細腕をガシッと掴むとエスカレーターに向かう。


「隼人!! 待ってください!! あれも、あれも気になります! あの真っ白で涼しげなパスタも! あれも帰りに食べても良いでしょうか!!?」


「わかったわかった!!ほら早く乗れ!」


ハトホルは心底悲しそうに、どんどん小さくなっていくフードコートを名残惜しげに見つめながら口を開く。


「…会場の場所、聞いてないのにわかるのですか?」


「3階のCDショップだろ、そこしかライブやれる場所なんてないからな。 ほら、あと1つ登るぞ。」


「ああ…私のパンケーキが……パスタが遠のいていく……」


隼人が3階に登るエスカレーターに足をかけたその刹那、辺りが漆黒に包まれる。




ーー  同時刻  警備員室  ーー
 



無造作に放り出された空のギターケースと、横たわった中年男性が二人。


金色に輝く、身の丈ほどの槍を配電盤に突き立てた少女の、特徴的な八重歯がキラリと光る。


配電盤は黒煙を上げ、プスプスと音を立てながら火を噴くと、みるみるうちに辺りに燃え移っていった。


「さあて、 ゲリラライブと行きますか」


少女は稲妻を体現したかのような雄々しい金色の槍を肩に担ぐと、警備員室からそのまま売り場の方へ出て行った。


__________________________


漆黒の闇に包まれた隼人の手元をスマホの画面が照らすと、和奏からのメッセージが届く。


「今、モール凄いよ! CD見てたら停電しちゃった! こんなの初めてだよ!」


メッセージを読み終えると、隼人は呆れ顔を浮かべる。


「小学生かよ…」


隼人の呟きは壁から吹き出した炎が上げる爆音にかき消された。


「隼人、今、インドラの権能の残渣を感じました。 それも博物館の時よりもかなり強い物を…… この炎もおそらくは…!!  早く外へ!!!」 


ハトホルは動転した様子で、隼人の腕を強引に掴もうとするがその手は振り払われた。


「和奏が…… 和奏が上の階にいるんだよ! お前は先に外で待ってろ!!!」


隼人は止まったエスカレーターを駆け上がり上の階を目指す。


「隼人、待ちなさい!!  見えないのですか!  辺りを包む炎が!  貴方が上へ向かって何ができるというのですか!?」


ハトホルは隼人の背を目掛け、エスカレーターを駆け上がろうとするが、エスカレーターから吹き上がる火柱によって拒まれる。


とっさに両腕で身体を庇うも、体制を崩したハトホルはそのままエスカレーターを転がり落ちる。


「私は…また同じ過ちを…」


ハトホルは倒れたまま、地面に拳を振り下ろすと、瞳から流れ出た清水を頰に伝せた。


壁や天井が焼け落ちる轟きと、広い店内に響き渡る人々の絶叫、バチバチと音を立て暗闇を赤く染め上げる業火。


人々が我先にと出口を目指す中、少年スマートフォンを耳に当て、辺りを覆う焔のような髪をなびかせながら群衆とは逆の方向へ駆けていく。


「くそ! 全然繋がらねえ!! てか、あまりにも火の周りが早すぎるぞ! スプリンクラーも防火シャッターも死んでんのかよ!?」


隼人は苦々しげに吠えると、真っ直ぐにエスカレーターから対角の片隅に位置するCDショップへと一直線に向かう。


轟音を立て揺れる地面に足を絡ませ、顔から倒れこむと、鼻腔からスッと鮮血が流し、隼人は一瞬目を瞑る。


ねーねー善知鳥くんの目って気持ち悪いよね、病気なの?移ったらやだし、学校来るのやめて欲しいなー。
お前ほんと勉強ばっかしてんのな。面白くないやつ。
は?だれがお前なんかと遊ぶかよ!おい、早く行こうぜ!


隼人を取り囲むように現れた黒い影は、次々に罵声を浴びせ彼を嘲る。


ほんと、俺の周りにいるやつは皆、腐ってやがった。見た目が人と少し違うだけ。それだけでお前らと何も変わらないんだよ。何で拒絶する?何で受け入れてくれないんだよ。


「すごいね善知鳥くん! また100点だったんだ! 今度勉強教えてよ!」


隼人を囲む幻影を眩い光が包む。
幻影達を消し去った光は、屈託ない笑顔を浮かべる小さな少女へと姿を変える。


「善知鳥くん、また同じクラスだね!よかった!」


「隼人! 私、ヴァル校受かったよ! 隼人が勉強教えてくれたからだよ! 本当にありがとう!」


腫れ物扱いされていた俺を受け入れてくれてありがとな、和奏。


隼人はふらふらと身体を揺らしながら立ち上がると、ジャケットの裾で鼻をぬぐい、再び走り出す。


「無事でいてくれよ、和奏。」


真っ赤に燃える瓦礫の間を縫って、ただ一直線に走り抜ける隼人の瞳に、崩れ落ち、ダイヤ模様に象られたカーペットの上で炎を上げる、黄色と赤のCDショップの看板が写る。
「和奏ー!!いるなら返事をしてくれ!!」


隼人は、プラスチックの破片が散らばる床をザクザクと音を立て進んで行きながら、右手に握るスマートフォンから再度電話をかける。
すると、店の奥側のほうから聞き慣れた着信音が流れ出す。
音がなる方向へと駆け出すと、床に散らばったクラシックのCDの上にうつ伏せに倒れこみ、煤けた白いブラウスと黒のフレアスカートに身を包んだ和奏の姿があった。


 隼人は彼女の横に片膝を付き、白雪のように白く細い腕を優しく掴む。


脈はある。怪我も無さそうだし気絶してるだけだな…
隼人はホッと胸をなで下ろすと、明るく弾んだ無邪気な声が背後から響く。


「なんだよー! 二人で来てくれるっていったじゃん! 隼人さんの嘘つき!!」


振り向いた隼人の前に現れたのは先ほど出合った、まだ幼さが残る芽吹きたての若葉のような初々しい新緑の瞳を輝かせ、淡い黄色の髪の毛を携えた少女だった。


声のトーンも間違いなくバスで話した時のままだったが、少女が手に持つ、金色に輝く百合の蕾の様な槍頭を両端に遇する少女の身の丈ほどの槍のせいか、隼人の背には悪寒が走る。


「まあいーやー!おばさん、まだ店にはいるんでしょー?せっかく用意したステージが無駄になっちゃうしぃー、今から追いかけたら間に合うっしょ!」


うんうんと頷きながら少女はテナントの出口へ向かって歩き出すが、怒りに震えた男の声が彼女を呼び止める。


「おい來花!お前が…お前が火をつけたのか!!何のために!!」


「んー?」


來花は淡黄色の短い髪を揺らし、顔だけゆっくりと振り向く。


「こいつのチューニングしたかったんだよねー! 僕、こじんまりとしたのも好きだけどさ! やっぱりライブはドッカンドッカン盛り上げたほうがいいじゃん!!」


今回はやりすぎちゃったけどねー!と付け加え、八重歯を露出し、きししと笑うが、一瞬にして表情を冷ややかな能面に切り替えて問う。


「てか、おばさんはどこに置いて来たのー? 今から探すのはさすがにダルいんだよねー。…教えてくんない?」


辺りの空気がバチバチと音を立て、弾ける。


「教えたら、お前はどうするんだよ…!?」


隼人は力強く拳を握ると、少女に向かって一歩ずつゆっくりと踏みしめながら歩みを進める。


「んー、とりあえずー、バイト先に連れてくんだけどその後どうなるかはぁー……わかんないやっ!!!」


來花が無邪気な表情を浮かべて答えると同時に、隼人は拳を振りかぶり雄叫びを上げると、彼女に向かって駆け出した。


來花は瞳を伏せ、大きなため息を吐くと隼人の方に体ごと向き直る。


隼人の拳が、彼女の顔面を捉えたかに見えたその刹那、彼は胸に産まれてこの方受けた事もないような鈍い痛みを感じた。 


「隼人さんとなら、きっと仲良くなれそうな気がしたんだけどなあ……ごめんね。」


來花は、憂に帯びた表情で、彼の左胸を貫いた槍を紅に染めながら引き抜くと、引き抜かれた胸からは壊れた蛇口のように止めどなく真っ赤な血潮を吹き出しながら、隼人はゆっくりと後ろへ倒れこんだ。

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