隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

牛と悪友

ここ、ヴァルハラ学園は広大な敷地を有しており、気品あふれる白をメインカラーに添え、丸い球体を持ったカラスをあしらった校章を掲げた厳かな外相に敷地のあちらこちらに花壇を設け、様々な種類の花々が色付き芳しい香りを放っている。言わば中世のヨーロッパの城のような建造物である。


だが、この学園の異色な所は見た目ではなく、他校にはない学部の設立である。
ヴァルハラ学園は普通科の他に、軍学部 神学部 古学部の3つの学部がある、


神学部は、隼人のように将来考古学者を目指す者や、歴史評論家などの知識を身につけるための授業を行う学部。


軍学部は、軍隊や警察、SPなど戦闘に特化した知識や、実戦による鍛錬を積まなければなれない職業に進む者が通う学部。


古学部は、現在科学とは違い、ロストテクノロジーの研究をする学部であり、現在科学を覆すような発見が期待されているが、この学部に関しては先があまりにも見えないため博打学部などと保護者の間では呼ばれている。


隼人達が属する神学部は教師達が待機している教員棟とは真反対にあるため、移動はちょっとした遠足である。
教師達は学園内での車やバイクの利用が許可されているため移動は楽だが、生徒達はもちろん認められるはずもないため、移動は原則徒歩になる。


「はあ…こんなクソだだっ広い学校の片隅に神学部なんて作るんだよ…さすがに頭おかしいだろ…」


隼人は校章の入った濃紺のブレザーを脱ぎ、脇に抱えて更には青と白のストライプが入ったネクタイを外しワイシャツの襟をパタパタと仰ぎながら気だるそうに言う。


「うん、さすがに今回は私も隼人に賛成かなあ…リボン外したいよぉ…」


目の上で切りそろえられた前髪を額に貼り付け、胸元に着いている赤と白のストライプが入ったリボンを憎々しげに見つめながら和奏も同意する。


あれから隼人は、日が暮れるまでにレポートを書き終え、意気揚々と提出に向かったのだが、先ほどから目に見える景色は果てし無く続く花壇を両脇に添え、まっすぐ伸びる教員用の道路に吐き気を覚えていた。


「お!建物見えてきたぜ!」
隼人がスキップしながら駆けていくと背後から隼人の希望を打ち砕くように和奏が呟く。


「そこ、軍学部だよ…?」


隼人はマジかよ…とつぶやき、アスファルトに膝を折ってへたり込んだ。
「でもほら、もうちょっとだから!がんばろ!」


和奏は隼人に手を差し出した。
隼人が手を取ろうとした時、軍学部の方から「ふもおお!ふもふもおおお!」と獣の鳴き声と「待てやタンパク質!!俺の大胸筋がお前を欲してるんだよおおおお!!」という悪友の雄叫びが響き渡る。


悪友の叫びを聞いた隼人はやれやれと言ったように首を左右に振る。


「透のやつ、またバカやってんのか…」


「それよりもさっきの声は動物さんかな?なんで学校にいるんだろ?」


「まあとりあえず行ってみればわかるだろ!なんか楽しそうだしな!」


悪戯っぽく笑うと、隼人は軍学部のドアまで一直線に駆け出し、そのまま勢いよくドアを解放した。


「楽しそうなことやってんじゃん!!俺も混ぜやがれえ!!」
心底ワクワクした声を廊下中に響かせた隼人だったが、その刹那、隼人の視界に、白い毛玉のような何かと鬼の形相で虫あみを振りかぶる金色の短髪を逆立てた修羅が目に飛び込んできた。
一瞬の出来事の後、何か柔らかい物が隼人の顔面にポフッと、小気味の良い音を立てて張り付いた。


「クソ!なんだよ!見えねえし臭えしなんか無駄に柔らけえ!」
隼人が顔に張り付く何かを振り払おうとした時、
「ちょいさあああ!!!」と重低音の叫びが響き渡ると、その何かは、隼人と顔を蹴り上げ上に跳ね上がる。


クリアになった視界が最初に視認した物は、黒の学ランを着た、筋肉隆々の大男が虫あみを自分に向かって振り下ろす姿だった。


隼人の頭に雷に打たれたかのような衝撃と鈍痛が広がる。
隼人がそのまま断末魔を上げて後ろに倒れこむと、後頭部をワシャワシャと掻きつつ、浅黒い額に冷や汗を流しながら大男は隼人を覗き込む。


「さて、どこに埋めるかな…」
大男がボソっと呟いたその時、隼人は緋色の瞳をこれでもかと見開き、学ランの下に着ていた赤のTシャツの胸ぐらに摑みかかる。


「おいゴルァ筋肉ダルマ!!!この前飯奢ってやったよなあ!!!感謝されこそしろ死体遺棄される覚えはねえぞ!!!」


「ははは、すまねえ…お前の顔に牛が張り付いちまったからさ…… 。まあ、仕方なくない…?」


筋肉ダルマこと隼人の悪友、辰巳たつみ とおるはあからさまな愛想笑いを浮かべながら謝罪をする。


「仕方なくねえわ!!!大体、お前牛見たことあんのかよ!?俺の顔に収まるサイズの牛なんかいる訳無いだろうが!!頭まで筋肉で出来てんのかよ腐れコマンドー野郎が!!!」


隼人はがなりたてると、透はやれやれと言わんばかりに首を振り、隼人の左側を指差した。隼人は透が指差した方に顔を向けると


「うわぁ…綺麗な牛さん…すごく真っ白でふかふかでうさぎさんみたい…」


和奏は、ベルベットの絨毯が敷き詰められた床に座り込みとろける様な笑みを浮かべ、人間の乳幼児程度の大きさの柔らかな毛並みに包まれた純白の動物を濃紺のスカートの上に乗せ、程よいサイズの胸元に押し当てワシャワシャと背を撫でていた。頭に二本の角が生えていることから牛であることは間違いないだろう。


「すまない、脳無し腐れオークは言い過ぎた。確かにあれは牛だ。」


「おい隼人、さっきより悪意こもってんじゃねえか…」


「しかしどっから牛なんて拾ってきたんだ?」


「ふわふわ〜、ふかふかだよぉ〜!いや、これはモフモフ、モフモフな気がしてきたよ、うん!」


呪文のように繰り返している和奏を一瞥し、透は先ほどのことを思い出すかのように柔和なピュアブラウンの眼を宙に泳がせ、語り始める。


「いやな、帰る前に走り込みしてたらよお、えらく美人の姉ちゃんが軍学部に入っていくのが見えてな。お近づきになりたくて俺も軍学部に入って行ったら美人さんが消えちまって、代わりにこいつがいたんだよ。」


「筋トレの後は30分以内にタンパク質を取らないといけないっていうこだわりあるんだが、今日はたまたまプロテインを家に忘れちまってたからさ。そいつを丸焼きにでもしようと思ってな。」


大きな口を最大まで広げ、透はガハハと豪快に笑う。それに釣られて隼人も「お前らしいな!」と吹き出した。


「透くん。こんなフカモフの可愛い子を食べようとしてたの…?流石にそれは脳が爛れちゃってるんじゃないかなあ…?私が中身、見てあげようか…??」


瞳孔に光が宿っていない瞳を透に向け、いつもの和奏とは思えない重低音な声色と、ドス黒いオーラに思わずヒェッと隼人と透の口から悲鳴が漏れ、後ずさりする。
和奏は怒りのあまり、牛を胸に押し付ける力が強くなっていたようで牛がジタバタと暴れ始めた。


「あっ!ごめんね!」


いつもの可愛らしい声色に戻った和奏が牛を降ろすと、牛は迷わず隼人の胸元に飛び込んできた。


「ははは、こいつ和奏より俺の方が好きみたいだぜ?」


「いいもん、私の牛さんへの愛は伝わってるもん。」


和奏はふぐのように頰を膨らますと、プイッとそっぽを向く。
愛が重いなあ、と苦笑いすると透は続けた。


「で、こいつどうするよ。」


「ウチで飼う!って言いたいけどウチは厳しいなあ…」
心底残念そうにため息をついた和奏は、閃いたと言わんばかりにハッ!と声を上げると、未だ牛を抱き抱えた隼人に向き直る。


「隼人んちって今おじさんいないよね!?」


「お、おう。」


「じゃあ隼人のウチにけってーい!!よかったね!牛さん!」


「ま、まて!透の家でもいいだろ!!」


隼人は左目にかかった顎の先まで伸びる真紅の前髪を手で掻き上げながら、視線を問題事の種へと向ける。


「俺んちでも別に構わんが、食うぞ?」
透はニヤッと口角を上げると低く唸った。


逃げ場のなくなった隼人は、「はぁ…」と大きくため息をつくと、声を張り上げる。


「わかった!!ウチで飼えばいいんだろ!!?」


「さすが隼人ぉ!!わかってるぅぅう!!」
隼人の言葉に勝利を確信した和奏は奇声を上げる。


その数秒後、背後の扉がギィっと音を経て、開け放たれる。
「貴方達、こんな時間になにを…ッ」


きっと終業後の見回りなのだろう、キッチリ着こなしていた黒のスーツを脱ぎ、純白のシャツの胸元を大きく広げた姿で現れた涼子は、最初に問いかけようとした質問を中断し、再び問いかける。


「…これはあなた達がやったって認識で構わないのよね…?」


質問の意味がよくわからなかった一同は、辺りを見渡しハッとする。
床に倒れこんだ6〜7体の甲冑。
バラバラに砕け散った花瓶。
虫あみがぶら下がった厳かな電灯。


隼人は無言で涼子の前に正座をし、


「すみませんでしたっ!!!!先生にレポートを提出しに向かったのですがその途中にガラの悪いマッチョに絡まれてしまいました!僕は巻き込まれただけです!!!」


ハキハキとした口調で述べると、顔を引きつらせ、指をパキパキと鳴らしている涼子に土下座を披露した。


「おい!!!混ぜろって言ってきたのはお前だろ!!?」
透は汗をだらだらと流しながら声を荒げる。


「先生すみません。私が二人を止めきれなかったばっかりに……」


先ほどの凛々とした声色から一転して、俯き、心底申し訳なさそうに和奏は謝罪した。


「いいのよ、天ヶ瀬さんは何も悪くないから…もう遅いし、帰りは私の車で送るから外で待ってて貰えるかしら?」 


「そう言っていただけると少しホッとします…お言葉に甘えて外でお待ちしてますね。」


和奏は一礼し、涼子の背後にあるドアの前まで進むと立ち止まり振り向くと、唖然として硬直している隼人と透に対しにこやかな笑顔を浮かべながら手を振るとドアを開け放ち、出て行った。


「……なあ透、俺たちも先生のお言葉に甘えて外で待ってないか??」


「そりゃ名案だな…。というわけで先生、俺らも外で待ってますんで!!」


正座からクラウチングの体制に切り替えた隼人と透は全力でドアへ向かうが、涼子に襟首を掴まれ、阻まれる。


「さて、とりあえず色々と言いたいこともあるんだけどさ。天ヶ瀬さんを待たせてるし、手短に拳で語っちゃおうかな?」


二人の絶叫が学校中に響き渡った。

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