隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

世界創生

遥か昔、宇宙も星も何一つない空間。


そんな空間を退屈に思っていた神々は、最高神の一人、オーディンを中心として、この空間に世界を作ることにした。


様々な力を持った神々は、一人ひとりが世界の一部分を担当し、長い年月を得て世界の創造に成功した。


完成した世界を見た神々は、自らが創り出した世界の美しさに心奪われ、驚愕した。


どこまで続いているかもわからないほど、広々として青く澄み渡った空。その空の蒼を映し出す透き通った鏡のような海。
地平線を新緑に染め上げる木々、そして木々に実る色鮮やかな果実。
神々が産まれたばかりの世界に唖然としている中、オーディンは声高らかに演説した。


「この広大で、美しい世界を我らだけの物にするのは実に惜しい。我らのように自ら考え、自ら動き、そして自らの手でこの世界を生き抜いていける。そのような物を作れば、この世界は賑やかで更に美しいものとなるだろう。」


オーディンの演説に耳を傾けていた神々は、土を捏ね、自らの化身に似せた人形と、己の姿に似せた人形の2つの種類を作り命を与えた。


神々はいくつもの人形を作成したが、中でも自分が気に入った人形には自らの血を吸わせ、身体の一部を埋め込み、力を与えた。


賑やかになった世界に満足したオーディンは、人形の中でも神々に似せて作られた人形である「ヒト」に世界の統治を任せると、神々を束ねて世界の片隅に姿を消した。


これが後の悲劇となることも知らずに…


「はいっ! 今日の授業はここまでっ!」


海のように深い青色の髪を束ねていた黒いレースのシュシュを解きながら神学の教師は授業の終了を告げる。
30人弱の生徒達は一斉に教科書を木目の机の中に入れ始める。


ん…なんだ…朝か…朝なんか来なけりゃいいのに…
真紅のアシンメトリーの髪をかき上げ、髪の色に似た切れ長の目をゆっくりと開きながらそんなことを考えていると、突然、万力で圧迫されているような鋭い痛みがバキバキという音とともに頭部を襲った。


「いっでえぇえええ!! 今の頭から聞こえちゃいけない音がしたぞ!! 絶対頭蓋骨逝ったって!!!」


腹の底からの絶叫と共に、赤髪の少年、善知鳥うとう 隼人はやとは立ち上がる勢いで身体を起こすと、先ほどまで黒板の前で教鞭を取っていた青髮の女教師、さざなみ 涼子りょうこの満面の笑みが眼前に飛び込んできた。
通った鼻筋に、薄い桜色の唇、アーモンドを形どった美しく輝くエメラルドの瞳。
端正な容姿の彼女は笑みを浮かべたまま口を開く。


「残念ね、善知鳥くん。もう少し起きるのが遅かったら一生寝ていられたのに。」


やっぱり女は顔じゃねえな、うん。 顔がよくても握力ゴリラはパスだわ。


そう脳内で呟くと、思ったことを言葉にできない歯痒さから、ため息が漏れる。


「そっかあ…先生の授業はため息が出るぐらいつまらなかったかあ…ごめんね〜」


先ほどの笑みを引きつらせながら涼子は言うと、改めて手に力を込めた。


「無理無理無理無理!!!マジでもう無理ですってえええ!!!」


潰れたカエルのような叫びをあげる隼人を見て、先ほどからコロコロと鈴を鳴らすように穏やかに笑っている幼馴染、天ヶ瀬あまがせ 和奏わかなは肩までかかる艶やかな黒髪を横に流しながら口を開いた。


「先生、もうそのくらいにしてあげて下さい。チャイム、なっちゃいますよ??」


涼子は、引きつっていた顔を和やかな表情に戻し、隼人の頭を砕こうとしていた手を引っ込めると口を開いた。


「そうね、天ヶ瀬さんに免じて今日は許してあげるわ。 その代わり、授業の感想を今日中にレポートとして提出すること。できなかったら、わかってるわよね?」


涼子の言葉の終わりと同時に、授業と学校の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「ありがとな、和奏!!もう少しでクラッシュトマトになるところだったぜ……」


頭を撫りながら、隼人は礼を言うと、和奏はコハク色の瞳を細めながら呆れた様に言い放つ。


「全く、隼人のマイペースは昔から変わらないんだから…お世話してあげてる私の身にもなってよね?」


「はぁ!?? お前がいつ俺のお世話をした!?  レベルカンスト間近で寝落ちしたゲームをコンセントごと引っこ抜いたり、掃除と称して、俺の秘蔵のコレクションを玄関に縛って積んで、晒し者にしたりしてることをお世話って言ってんじゃないよなあ!!!」


隼人は、和奏の身に覚えのない発言に、少し顔を赤らめながら声を上げると、窓際から白を基調とした教室全体に響き渡り、沈黙をもたらす。


一瞬の静寂の後、クラスメイト達がざわめき始める。


「玄関に同人誌はちょっと…」


「あたしなら外歩けないわーまじうけるー」


「あいつ…天ヶ瀬さんを家に呼んでるとか…許せねえ。」


「あの腐れヤンキーかぶれに鉄槌を…。」


和奏は男子に人気がある。


サラサラと流れる黒髪を引き立てるシルクのように真っ白な肌、それにはめ込まれた二つの大きな琥珀と薄く潤った唇。


おそらく先ほどの発言により、今後夜道には気をつけなければならないだろう。


軽蔑の視線と、嫉妬の視線を一身に浴び、我に返った隼人は、顔を赤らめて俯いている和奏にこっそりと耳打ちした。


「悪りぃ…ちょっと言いすぎた。」


和奏はリンゴのように赤らめた顔を上げると、頰をプクーと膨らませ呟いた。


「もう、ほんと隼人は空気読めないよね。そういうとこ私がフォローしてるから、お世話してるって言ってるの。」


「ホントに悪かったって…お前にはいつも感謝してるよ。」


「へぇ〜そっかあ、感謝してるんだぁ〜ふぅ〜ん」


和奏は頰をまた赤らめ、にやにやと笑いながら満足げに呟く。


「はいはい、感謝してるから今日の授業はどこまで進んだか教えてくれ。」


「そっかあ〜、聞きたいなら教えてあげよっかなあ〜えへへ……   えっとね、オーディンが世界を作ったあと、人間に世界を任せて消えちゃったとこ!」


隼人は軽く頷く。


「ああ、世界創生か…その辺りの話は小さい頃から親父に死ぬほど聞かされたからな、覚えてるよ。」


「おじさん、今どこの国だっけ?」


「インド。新しい遺跡が見つかったから調査に行ってるよ。早く親父に追いつかないとな……」


隼人は天井を見上げ、遠い目で呟く。


「隼人ならきっと立派な考古学者になれるよ! おじさんと隼人が一緒に新しい発見をして、私はそれを1番最初に見にいくの!」


鼻息荒く和奏は言うと続けて口を開く。


「だから、今はおじさんに追いつくために頑張ってレポート書かなきゃね」


「そうだな」


隼人は薄く笑みを浮かべ返事を返す。


レポート用紙を机から取り出しながら隼人は呟く。


「しかしまあ、ひでえ話だよなあ…… 世界を好き放題に荒らしまくった人間に神様は腹を立てて敵対。 オーディンは人間を作った罰として、ギリシャの最高神、ゼウスに力を奪われて追放。そのゼウスも人間に沢山の神様達とともに封印される。……報われねえな」


「ふふっ、でも最後、オーディンは力を失った今でも人間として楽しく暮らしてるってオチでしょ? 少なくともオーディンは報われてるよ」


和奏は窓の外の風景を見ながら呟くと、勢いよく振り返る。


「さ、レポート仕上げちゃいなよ!」


「おう!」


二人の作業は、放課後の教室をオレンジに染め上げるまで続いた。









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