みかんのきもち

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16.みかんセンチメンタル

 七尾ななおと別れた後、残っていた家事とシャワーを済ませ、自室のベッドに横たわる。
 
 真っ暗な天井に向かって右手を伸ばす。いつも通りそこには何もない。私は、何を掴もうとしているんだろう。

 それにしてもなんだか今日は長い1日だったなと一人、物思いにふける。

 部活に入ったのはほんの気まぐれ。嫌になったら辞めればいいくらいの感覚だ。

 相手に期待だけさせて裏切るくらいなら、始めからキッパリと断った方が良いのかも知れない。
 ただ、逆説的に言えば、一度も期待する事すら無く、最初から最後まで絶望感を感じ続けて終わるよりは、幾分マシでは無いだろうかと自分自身を正当化してみる。

 それに自分が入った部活がたまたま部員が少なかっただけで、それによって辞めにくさが変化するのは納得はできない。
 元々の部員が少ないのは、私が悪いわけではないのだから。って発想は、少し性格が悪いよね。

 そしてなんでやめる前提で考え込んでいるのだろう。楽しく部活をして、そのまま続けていければなんの問題もない事じゃないか。
 どちらにしても相手がどう感じるかなんて私には分からないのだから
と、考えるのをやめるてしまった。

 部活はともかくとして、高橋たかはしさんってどんな人なんだろう。
 学年トップの成績に加えてあの容姿。それに詳しくは分からないけどお金持ちのお嬢様ときたもんだ。
 ちょっとスペックに差がありすぎじゃあないですかね。神様に文句を言ってやらなければ。

 勉強については本人は謙遜していたけど、実際のところは努力の賜物たまものなのだからとやかく言うのはやめておく。
 遺伝子レベルの話は一旦置いておくと言う意味合いだ。

 他の生まれ持ったものや、家柄については、妬みの対象になり得るだろうな。
 どこの世界でも出すぎた杭は打たれる運命にあるものなのか。

 それに加えて、ぱっと見の印象だけど、彼女はお世辞にも人付き合いが上手そうには見えない。
 周りの人から勝手に一線を引かれてしまうタイプだろう。

 そもそも進学組であるE組の雰囲気は、はたから見ていても分かるぐらい良くない。
 ライバルとして互いに切磋琢磨していると言えば聞こえは良いけど、テストのたびに順位が上がった下がったの凌ぎ合い。
 相手の足を引っ張って、なんとかして蹴落としてでも……と言う過激な人が出てきても、全くおかしくない状況だ。

 なんでそこまで? と、思うのは、自分が何かに必死になって取り組んだことが無いからだろうな。
 生活の大半をそれに注ぎ、人生の
全てを賭ける。
 そのくらいの覚悟を決めていれば、ライバルとなるクラスメイトと仲良しこよしとはとてもいかないだろう。
 
 そんな環境の中で、トップを走り続ける高橋たかはしさんは、一番の憧れの対象であると同時に、一番の厄介者でもある。目の上のたんこぶ。
 人間の気持ちは複雑なのだ。
 高橋たかはしさんは、一体どんな気持ちで毎日学校へ通っているのだろう。

 あとは神高かみたか先輩。あの人は、一言で言うとパワフルな人だった。
 今まで付き合ったことのないタイプ。
 ある程度の強引さを持ちながらも、礼儀や相手への敬意は欠かさない。
 だからだろうか。神高かみたか先輩は自分の思い通りに盤面を進めているのに、相手に不快な思いはさせていない。むしろ掌の上で転がるのが心地よいくらいだった。

 キャラと言ってしまえばそれで終わりなのだけど、カリスマ性が抜群と噂されるのも頷けた。たったの数十分と言う短い時間を一緒に過ごしただけでそう思わせるのだから、本物だろう。

 生徒会と部活の両立がどれくらい出来ているのか分からないんだけど、どちらかといえば生徒会に比重を置いている様に感じた。
 となると、高橋たかはしさんは、普段あの部室で一人で読書に励んでいるのだろうか?
 それとも、部室に行くのは感想会を開く時だけなのかな?
 家に帰っても読書してるのかな?この間メールした時も読書していたみたいだし。

 そんな事を考えながら、ふとある事に気付く。

「……こんなに人に興味を持ったのは久しぶりかも」

 なんでだろう? 正直言って現時点で私にとって高橋たかはしさんは別に特別な存在ではない。
 ただの同級生くらいにしか思っていないはずだけど……

 まあ、お母さんの命日が近づいているから色々と考えるところがあるのかも知れない。……みかんセンチメンタル。なんちゃって。

 お母さんが死んでから、お父さんは私に対して弱音や涙を一度も見せた事がない。
 お母さんを愛していなかった、という意味ではなく。

 大人は大変だ。大切な人を失っても悲しみに暮れる暇もない。お葬式などの手配や親戚関係への連絡、病院や役所との手続きなどなど。
 全てお父さんが一人で済ませてくれた。たぶん私の知らない他の事柄についても。
 一番心に深い傷を負っていたはずのお父さんが。ひっそりと誰に文句を言うでもなく。

 そして一通りの形式を済ませ、やっとひと段落ついたと思っても、お父さんは会社に仕事をしに行かなくてはいけない。

 辛いから、悲しいからと言っていつまでも会社を休む訳にはいかないんだ。
 当然のことと言えば当然なんだけど、そんなのあまりにも酷じゃないか? と、当時は思ったものだ。

 お父さんは「忙しいくらいが丁度いいさ」と、笑っていたけど、誰がどう考えても強がりだって今ならわかる。
 強いふりをする? 強いを何処かから借りてくる? 強借つよがり

 父一人、子一人で歩んでいかなければならなくなった訳だけど、入院費やらなんやらで諸々出費が重なって、我が家の家計は火の車だったみたい。
 借金まではしてなかったのが不幸中の幸いといったところだ。

 父は寂しさを紛らわせる様に、一層仕事に励む様になった。
 周りからは逆に心配されていたみたいだけど、父にとっては言葉通り、忙しいくらいが丁度良かったんだ。痛みを一時だけでも忘れられるから。

 そんな父を見て、思春期真っ只中である私でも、さすがに反抗期を迎える気にはなれなった。
 周りのみんなより、ほんの少し早く大人になったのかも知れない。
 社会の厳しさ、現実の救いのなさ。大人にならなければ気付けないこの世界の不条理に触れる事で、一段飛ばしで大人の階段を上がった様な気がした。

 そして私は何度目か分からない、あのセリフを呟く。

「大人になりたくないなあ」

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