みかんのきもち
15.B組の渡辺という男
「日比谷、大丈夫?」
「えっ? あ、うん。ごめんちょっとぼーっとしてただけ。平気」
「本当かよ」
七尾が心配そうに顔を覗き込む。
「いや、ちょっと色々思い出しちゃった」
「そっか」
七尾はそれ以上深く聞いてこなかった。
聞かないでくれた。
七尾とは中学一年生からの付き合いで、お母さんが入院するまで同じグループにいた。
グループの中では仲が良い方だったのは確かだけど、七尾は何故か、私がグループを抜けた後も気にかけてくれた。
当時の七尾の立場からすれば、私と仲良くするのは周囲の目という意味手間はあまり良くない事だったはずだ。下手をすればグループの他の子達と軋轢を生みかねない。
一度、その事を話して、遠回しに[私のことは放っておいていいよ]と伝えたけど、「は? 別に関係なくない?」と、本人は全く気にしていなかった。
その後も変わらず私と仲良くしてくれていたけど、本人のカラッとした性格のお陰か、七尾がグループ内で立場を悪くする様な事はなかったみたいだ。あくまで私の知る限りではあるけど。
「七尾はさあ、私がグループ抜けた後も私と仲良くしてくれたじゃん? あれってなんでなの?」
長年疑問に思っていたことを、唐突に確認したい気持ちになったのは、ほんの少し私の心が弱っていたからかも知れない。
「なんでって、友達を放っておけるわけないだろ」
「七尾……」
「てか、グループ抜ける感じになったのって、日比谷にも責任あるからな! おばさんが入院した事、みんなにちゃんと言ってれば、結果は変わってたかもしれないじゃん」
「まあそうなんだけどさ、でも周りに気を遣わせながら一緒にいるのも申し訳ないじゃん? それならいっそ抜けた方がお互いのためだと思って」
「んー、一理ある」
「ま、私には七尾ちゃんがいるからいいのさー」
そう言いながら、隣を歩く七尾に、わざとらしく肩をぶつける。
「え? そ、そう?」
「あれ? 照れてるの?」
ニヤニヤしながら今度は脇腹を指でつつく。
「ば、バカ言ってないで帰るぞ」
「はーい」
七尾はほんと素直で可愛い。
でも高校に入ってからは、千愛にぞっこんみたいだからちょっとだけ寂しいかも。
何をするにもいつも一緒って感じだもんな。まるで恋人みた……い。 って、ん?
待てよ……さっきの七尾の話って、まさか千愛の事じゃないよね?
いや……まさかね。
「七尾ってさ、今好きな人とかいるの?」
「え? 何? 急に……」
「いや、なんとなく」
「まさかこの流れ、愛の告白?」
「いやいや、それはない」
「ふ、ふーん」
「で、どうなの?」
「それは……まあ、いるけど……」
「そうなんだ! だれだれ?」
「内緒!」
「もしかして、修斗?」
「はあ? ないない。いい奴なのは認めるけどさ」
「うーん、だったらB組の渡辺とか?」
「……誰それ?」
顎に手を当てながら首を傾げて否定する。本気で誰だか分かってないみたいだ。渡辺……すまん。
「じゃあ……千愛だったりして」
「…………え?」
「ん?」
「な、な、な……なんで?」
七尾の声は不自然なまでに上ずっていた。
「えっと……すごく仲良しさんだから」
「ち、千愛は女の子だよ?もー、何言っちゃってるんだよまったくバカだなー日比谷は! は、ははは!」
七尾……分かりやすすぎ。動揺なんてレベルではなかった。もはや挙動不審と言っても過言ではない。私が警官だったら確実に職務質問をするレベルだ。
「そっか、違ったか。お似合いだと思ったのに残念」
「え?! うちと千愛、お似合いだと思う?! どんな所が?!」
食いつきが半端では無かった。ただ、これは事実確認と言うよりは、素直に私の思った感想を口にしただけだ。他意はない。
「思うよ。なんて言うのかな、二人だけの世界を持ってると言うか……誰にも邪魔されない、他人には踏み込めない何かを二人は共有してる感じかな? 抽象的で申し訳ないけど」
「二人だけの世界……そ、そうだよな! うんうん」
七尾は一人で頷きながら、納得しているみたいだけど、結局七尾の好きな人、つまりは先程ファミレスで話題となった人は、千愛だったという事で良いのだろうか。
普通なら確信を持てるだけの反応だったけど、七尾の言う通り千愛は女の子だ。
それも飛びっきり可愛らしい、小さくて儚い、ラブリーチャーミーな、ザ・女子。
そして七尾も女の子だ。こちらも負けず劣らずの美少女。容姿端麗、成績優秀、温厚篤実、すんばらしいザ・女子。
女子×女子。その事自体に強い偏見を表に出す人は今時少ないかもしれないけど、すんなりと受け入れる事は、私の知識と経験では些か難しかった。
「また今度、気が向いたらでいいから教えてよ」
「え? 何を?」
「七尾の好きは人」
「あ、ああ! そうだね。また今度な!」
取り敢えず今日のところは気付かないフリをする事にした。ずるいかもしれないけど。
でも人には踏み込んで欲しくない領域というものがどうしても存在する。
隠そうとする(全然隠せてないんだけど)という事は、話したくないという事だ。
ならばこちらからも根掘り葉掘り聞かないのが礼儀だろう。
いくら七尾とはいえ、距離の詰め方を間違えると、お互い取り返しのつかない傷を負うことになる。
もう、人を……これ以上嫌いになりたくない。
私自身を嫌いになりたくない。
なんて、悲劇のヒロイン気取りとか、ちょっと恥ずかしいよね。
要は、自分が傷つくのが怖いだけなんだ。
「えっ? あ、うん。ごめんちょっとぼーっとしてただけ。平気」
「本当かよ」
七尾が心配そうに顔を覗き込む。
「いや、ちょっと色々思い出しちゃった」
「そっか」
七尾はそれ以上深く聞いてこなかった。
聞かないでくれた。
七尾とは中学一年生からの付き合いで、お母さんが入院するまで同じグループにいた。
グループの中では仲が良い方だったのは確かだけど、七尾は何故か、私がグループを抜けた後も気にかけてくれた。
当時の七尾の立場からすれば、私と仲良くするのは周囲の目という意味手間はあまり良くない事だったはずだ。下手をすればグループの他の子達と軋轢を生みかねない。
一度、その事を話して、遠回しに[私のことは放っておいていいよ]と伝えたけど、「は? 別に関係なくない?」と、本人は全く気にしていなかった。
その後も変わらず私と仲良くしてくれていたけど、本人のカラッとした性格のお陰か、七尾がグループ内で立場を悪くする様な事はなかったみたいだ。あくまで私の知る限りではあるけど。
「七尾はさあ、私がグループ抜けた後も私と仲良くしてくれたじゃん? あれってなんでなの?」
長年疑問に思っていたことを、唐突に確認したい気持ちになったのは、ほんの少し私の心が弱っていたからかも知れない。
「なんでって、友達を放っておけるわけないだろ」
「七尾……」
「てか、グループ抜ける感じになったのって、日比谷にも責任あるからな! おばさんが入院した事、みんなにちゃんと言ってれば、結果は変わってたかもしれないじゃん」
「まあそうなんだけどさ、でも周りに気を遣わせながら一緒にいるのも申し訳ないじゃん? それならいっそ抜けた方がお互いのためだと思って」
「んー、一理ある」
「ま、私には七尾ちゃんがいるからいいのさー」
そう言いながら、隣を歩く七尾に、わざとらしく肩をぶつける。
「え? そ、そう?」
「あれ? 照れてるの?」
ニヤニヤしながら今度は脇腹を指でつつく。
「ば、バカ言ってないで帰るぞ」
「はーい」
七尾はほんと素直で可愛い。
でも高校に入ってからは、千愛にぞっこんみたいだからちょっとだけ寂しいかも。
何をするにもいつも一緒って感じだもんな。まるで恋人みた……い。 って、ん?
待てよ……さっきの七尾の話って、まさか千愛の事じゃないよね?
いや……まさかね。
「七尾ってさ、今好きな人とかいるの?」
「え? 何? 急に……」
「いや、なんとなく」
「まさかこの流れ、愛の告白?」
「いやいや、それはない」
「ふ、ふーん」
「で、どうなの?」
「それは……まあ、いるけど……」
「そうなんだ! だれだれ?」
「内緒!」
「もしかして、修斗?」
「はあ? ないない。いい奴なのは認めるけどさ」
「うーん、だったらB組の渡辺とか?」
「……誰それ?」
顎に手を当てながら首を傾げて否定する。本気で誰だか分かってないみたいだ。渡辺……すまん。
「じゃあ……千愛だったりして」
「…………え?」
「ん?」
「な、な、な……なんで?」
七尾の声は不自然なまでに上ずっていた。
「えっと……すごく仲良しさんだから」
「ち、千愛は女の子だよ?もー、何言っちゃってるんだよまったくバカだなー日比谷は! は、ははは!」
七尾……分かりやすすぎ。動揺なんてレベルではなかった。もはや挙動不審と言っても過言ではない。私が警官だったら確実に職務質問をするレベルだ。
「そっか、違ったか。お似合いだと思ったのに残念」
「え?! うちと千愛、お似合いだと思う?! どんな所が?!」
食いつきが半端では無かった。ただ、これは事実確認と言うよりは、素直に私の思った感想を口にしただけだ。他意はない。
「思うよ。なんて言うのかな、二人だけの世界を持ってると言うか……誰にも邪魔されない、他人には踏み込めない何かを二人は共有してる感じかな? 抽象的で申し訳ないけど」
「二人だけの世界……そ、そうだよな! うんうん」
七尾は一人で頷きながら、納得しているみたいだけど、結局七尾の好きな人、つまりは先程ファミレスで話題となった人は、千愛だったという事で良いのだろうか。
普通なら確信を持てるだけの反応だったけど、七尾の言う通り千愛は女の子だ。
それも飛びっきり可愛らしい、小さくて儚い、ラブリーチャーミーな、ザ・女子。
そして七尾も女の子だ。こちらも負けず劣らずの美少女。容姿端麗、成績優秀、温厚篤実、すんばらしいザ・女子。
女子×女子。その事自体に強い偏見を表に出す人は今時少ないかもしれないけど、すんなりと受け入れる事は、私の知識と経験では些か難しかった。
「また今度、気が向いたらでいいから教えてよ」
「え? 何を?」
「七尾の好きは人」
「あ、ああ! そうだね。また今度な!」
取り敢えず今日のところは気付かないフリをする事にした。ずるいかもしれないけど。
でも人には踏み込んで欲しくない領域というものがどうしても存在する。
隠そうとする(全然隠せてないんだけど)という事は、話したくないという事だ。
ならばこちらからも根掘り葉掘り聞かないのが礼儀だろう。
いくら七尾とはいえ、距離の詰め方を間違えると、お互い取り返しのつかない傷を負うことになる。
もう、人を……これ以上嫌いになりたくない。
私自身を嫌いになりたくない。
なんて、悲劇のヒロイン気取りとか、ちょっと恥ずかしいよね。
要は、自分が傷つくのが怖いだけなんだ。
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