みかんのきもち

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5.8時45分ジャスト

 時刻じこくは、朝の8時半。私、パジャマ。ベットの上。
 何故なぜこんな事になったのか、思い出してみてほしい。

 皆さん、お気付きになっただろうか。夜更よふかしをしたからだって? いえいえ、問題はそこじゃ無いんだよね。もっと前。
 もうお分かりですね。はい。スマホの充電器抜いたままでしたね私。電池切れ。あるあるだよねー。

「うちの学校って始業時間、8時45分だったよね……」

 まあ、皆勤賞かいきんしょうを目指している優等生ゆうとうせいでもあるまいし、遅刻の一つや二つであわてふためいたりしない。
 出席日数しゅっせきにっすうを計算しなくてはいけない程、学校を休んでいるわけでもない。
 こういう日もあるさと割り切って、いつもよりのんびりした時間を過ごそうと決めた。
 ベットの上で上半身じょうはんしんを起こし、「んっ」とびをする。
 「ふあぁ」と大欠伸おおあくびをしながら、水色のカーテンを開けての光を浴びる。

「ま、まぶしいぃ……これがスペシウム光線こうせんかあ……」

 なんて、誰も聞いていないのをいい事に、おじさんくさい事を口にしながら、両目を左手でおおう。

 「おろ? あれは……」

 やっと薄眼うすめを開けれた時に、飛び込んできたいつもの見慣れた風景ふうけいの中に、朝っぱらからブンブンと腕を振る、なんともユニークな青年せいねんが……いや、少年か……。

 外側にくるんっと跳ねた薄めの茶色い髪を、手で軽く抑えながら、カラカラと窓を開け、その青年せいねんに手を振り返す。

「おはよー修斗しゅうと。朝から元気いいね〜」
「元気いいねじゃないよー! 遅刻するよ?!」
「あー、ごめん。寝坊ねぼうしたから、先に行ってて?」
「えー! 急げば間に合うって!ハリーハリー!」
「えぇー……zzZ」
「こ、こら! 美柑みかん、寝るなー!」
「あはは。冗談だってー。えず着替えるから上がっててよ」
「急げば間に合うからね?!」
「はいはーい」

 寝惚ねぼけまなこで、着ていた長袖のパジャマのボタンを上から一つづつ外し、ベットの上にパサリと投げ捨てる。
 あ、カーテン閉めるの忘れてた。両手を腰に当てて振り返り、修斗しゅうとの姿を確認するけど、もう玄関げんかんを通ってうちの一階に入っていたみたいだ。
 そっとカーテンを閉めて、パジャマのズボンも脱ぎ捨てる。
 ああ、やっぱり着ているの物を脱ぐと涼しいなあ。特に寝起ねおききはいつもと違う独特どくとく解放感かいほうかんがある。

「とてもいい事を思いついた。このまま二度寝しよう」

 再びこの身体をベットの上に……

美柑みかんー?! まさか二度寝しようとしてないよね?!」
 突然階下かいかから声がひびく。
「ちっ。勘のいいガキは嫌いだよ」

 仕方しかたなく、チェックのスカートを履き、真っ白な夏用のカッターシャツにそでを通す。その上に薄手うすでのベストを重ねる。
 髪をミストでらし軽くととのえ、メイクは……今日はいっか。
 紺色こんいろのソックスをき、首に赤いりぼんをたずさえて……準備完了!
 修斗しゅうとの待つリビングへと向かう。

「時間は……8時45分ジャストか。よし」
「よし、じゃないでしょ?! 普通に遅刻ちこくじゃん!!」
「女の子はねー、色々準備が大変なの。てか私、めちゃくちゃ早い方だと思うけどなー。はい、お茶」
「わあ、ありがとう。じゃなくて、起きるのが遅いんだよー! 電話してもつながらないしさあ」
「そうそう、昨日充電するの忘れちゃっててさー。たまにあるよね?」
「そりゃあるけどさあ、目覚まし時計は使ってないの?」
「え? 修斗しゅうと目覚まし時計とか使ってるの? まじ?」
「普通使うでしょ! え? みんな使わないの?」
「いや、知らないけど。と言うか、前にも言ったけど、私が寝坊した時まで律儀りちぎに待ってなくていいよ? 普通に置いて行ってもらった方がこっちも気が楽なんだけど」
「そんなさみしい事言うなってー。ま、一限いちげんあきらめるとして、二限にげんからはちゃんと出るからね?」
「えっ?」
「えっ? じゃなーい! 何その『折角せっかくなんだから昼までゆっくりすればいいのに正気かコイツ……』みたいな顔!」
「人の心を読まないでよ! えっち!」
「いや俺はエスパーじゃない! はぁはぁ……」
 ちょっとからかい過ぎたかね。修斗しゅうとで遊ぶのは楽しいから割と好きだ。
 なんでこんな私とずっと仲良くしてくれるんだろーなーって疑問ぎもんがないでもないけど、少ししてすぐに考えるのをやめた事を思い出した。
 人の気持ちなんて、じつところその人にしか分からないのだから、考えるだけ時間の無駄だ。
 それでも、修斗しゅうとには多くの事で助けられているのは間違いない。本当に色々いろいろな意味で。
 勢いよく飲み干されからになった修斗しゅうとのコップにお茶をコポコポと補充する。
「ふぅ。あ、ありがとう」
「ううん、こちらこそ」
「こちらこそ? 何が?」
「ふふ。何でもない」
「?」

 差し出されたお茶を再び飲みながら、不思議そうにこちらを見ている。
 無意識で人に善意を与えられるって凄いなあ。ある意味才能さいのうだと思う。

「あ、そー言えばさ、高橋たかはしさん。お昼ご飯をこれからも一緒に食べたいんだって。どうする?」

 私の不意ふいの一言に、お茶を飲んでいた修斗しゅうとの動きがピタリと止まる。
 そのまま静かにコップを机に置き、おそおそ様子ようすうかが仕草しぐさを見せる。

「そ、そうなんだ! えっと……ごめん。美柑みかんこういうのいやだったよね?! 怒ってる……?」
「怒ってないよ? 私が修斗しゅうとに怒るわけないじゃん」
「ほ、ほんと?」
「ほんと」
「良かったー。でも意外だったなあ。高橋たかはしさん、そんなに積極的せっきょくてきなタイプに見えなかったんだけど……」
「そうだね。修斗しゅうと狙いかもよ?」
「ま、まさかぁ! まあ、美柑みかんが良いなら俺は全然オッケー!」
「そっか。じゃ、しばらくは三人で食べよっか。てか、私もよく使うけど、全然のあとに、肯定文こうていぶんを持ってくる事に違和感いわかんを感じなくなっている自分が少しいやだね」
美柑みかんってさ、たまにオヤジっぽい事言うよね!」
「……怒るよ?」
「あ、あれぇ? 話が違うなあ……」
朝令暮改ちょうれいぼかいって言葉、知ってる?」
「まだ日がのぼったばかりなんですが……」
「お前をライジング・サンしてやろうか?」
無駄むだにカッコいい! けど意味不明いみふめい!!」
「で、どうするの? 結局、学校行くの?」
「……ま、美柑みかんがそこまで言うならもうちょっとゆっくりしても良いけどー」
「まじ? やった」
「まったく、美柑みかんにはかなわないよ……」

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