みかんのきもち

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2.不安定なアンバランス

 今日はいい天気だ。その分、気温も高く、夏の始まりを感じさせるに十分な気候きこうだと言える。

 夏と冬、どちらが好きかと聞かれれば、私は迷わずこう答える。別にどちらも好きではない。

 じゃあ、春か秋が好きなんだ? そう聞かれれば、迷わずこう答える。別に春も秋も好きではない。

 人は何故、何でもかんでも順位を付けたがるのだろう?
 なにも四季しきに限った事ではない。

 何色が好き? どの科目が好き? 好きな芸能人げいのうじんは誰? 食べ物の中で何が一番好き? どのキャラクターが一番好き? 

 ……あなたの好きな人は誰?

 私にはよく分かんないや。ま、もう少し大人になれば自然と理解できる様になるだろう。はなのJ K。なにもあせることなんかない。

美柑みかん! その卵焼き頂戴ちょうだい!」
「別にいいけど、ほんとうちの卵焼き好きだね。はい、あーん」
「もぐもぐ……う、うまーい!」

 差し出した卵焼きを躊躇ちゅうちょすることなく頬張るほおばる修斗しゅうと。彼の羞恥心しゅうちしんはどうなっているんだろうか。
 私と修斗しゅうとは昔からお昼ご飯は一緒に食べている。高校生になってまで男女二人で食事するのは如何いかがなものか……と思う部分が無いわけではないけど、流れというか、惰性だせいというか。
 慣性かんせいの法則と同じで、今まで動いていたものを急に止めるのは、それはそれでまた別のエネルギーが必要になる。それが面倒だと思うのは、怠惰たいだだろうか。

「相変わらずお似合いだなー、日比谷夫婦ひびやふうふ
七尾ななお……夫婦じゃ無いからね?」
「いいじゃん夫婦で! 連れないなー。てかなんで俺が婿むこに入ってるの?!」

 茶化ちゃかすように話しかけてきたのは、五六  七尾ふのぼり  ななお
 出会ったのは中学生の時だけど、思った事をズバズバ言う裏表うらおもての無い性格なので、一緒にいて楽だった事もあってすぐに友達になれたのを覚えている。
 基本的に私は、一緒にいて楽かどうか、が友達になる基準になっているみたいだ。
 修斗然りしゅうとしかり、七尾然りななおしか

「そりゃ、あんた二人が結婚したら、正木まさきが尻にかれて日比谷ひびやの後ろをくっついて歩いてるのが目に見えてるじゃん」

 少し毛先けさきの痛んだ茶色でセミロングの髪を、右手でふわりと整えながら、ニヤニヤと笑っている。

 身長は小さいくせに胸はあるし度胸どきょうもある。
 可愛らしい童顔どうがんの割には、物怖じものおせず言いたいことを言う。
 勉強も出来るしどちらかというと真面目な部類ぶるいなのに髪の毛は染めている。
 ギャップの宝庫ほうこというか何というか……。
 たまにひどく不安定ふあんていで、アンバランスなつなの上にギリギリ立っているように見える事があるけど、本人は大して気にしていないみたいだ。たぶん、私の考えすぎだろう。
 ……不安定ふあんていとアンバランスは同じ意味だな。ほんと馬鹿だな、私。頭痛ずつうが痛いぜ。

「ところで日比谷ひびや、入り口でたたずんでいるあの美少女は、あんたのお客さん?」

 七尾ななお指差ゆびさす方向に振り向く。と、同時に修斗しゅうともそちらに目をやる。

「あ、あの時の……」

 そこにたのは、昨日帰りがけに修斗しゅうとが助けた女の子だった。確か名前は……名前……
えっと、高林たかばやしさん。

「あー! 高橋たかはしさんだ! どしたのー?」

 こほん。
 そう言いながら高橋たかはしさんの元へ小走りで修斗しゅうと人懐ひとなつこいと言うか、なんか犬みたいな奴だなあ。
 何やらボソボソと会話をし ているが、こちらからはよく聞こえない。
 手を顔の前で遠慮がちに横に振り、何かを拒絶する仕草を見せる高橋たかはしさんの手を、やや強引に引っ張りこちらに連れてくる。

「ねー、皆んなで食べた方が絶対美味しいって!」
「い、いえ……私はお借りしたハンカチをお返ししに来ただけで……」

 あー、成る程。あざやかな手口だな。このナンパ野郎め。普段街角ふだんまちかどでやってるんじゃないだろうな。てか、まちかどって何処どこだろ?

高橋たかはしさん。折角だし一緒に食べよ? 七尾ななお達も」
「あー、うちらはいいよ。机狭つくえせまくなっちゃうし」
「そう? じゃあ、また今度ね」

 うちら? 七尾ななおは一人じゃなかったのかって? 実は七尾ななおの後ろにひっそりとうように立っているのは、十葉  千愛とわ  ちあい
 身長の高くない七尾ななおと並んでも更に一回り小さく見えるのは、体の線が細い事もあるけど、無口で自己主張じこしゅちょうほとんどしないタイプだからかもしれない。
 普段はあまり喋らないので何を考えているのかよく分からないけど、七尾ななおしたっている事だけははたから見ていて分かる。
 気の強い七尾ななおの後ろを、三歩下がって付いていく千愛ちあい。ほのぼのすると言うか、ほっこりした気持ちにさせてくれる。

 二人が私たちの机を後にし、一人取り残される形になった高橋たかはしさん。
 修斗しゅうとの押しに負けて空いている椅子いすに腰掛け、質素しっそな和柄のハンカチに包まれた小柄こがらな弁当箱を取り出す。

「頂きます」
「頂いてまーす!」
「お約束だなあ……」
「相変わらず厳しいなー美柑みかんは。あ、それより昨日はあの後、大丈夫だったの?」
「はい。お陰様かげさまで……無事家に辿り着けました。本当に助かりました」
「それは良かった!」

 手を後頭部こうとうぶのあたりで軽く組み、ニシシとれたように笑う。困った人を放っておけず、人助けばかりしているくせに、お礼や感謝を向けられることにあまり慣れていない。
 こういう所も修斗しゅうとの魅力の一つなんだろうなと、私は思うわけで。

「それと……ハンカチ、ありがとうございました。これ……」

 そう言いながら、汚れ一つなく洗われて、綺麗に折り畳まれアイロンがけされたハンカチを手渡される。

「別に良かったのに。てかめっちゃ綺麗! 渡した時より綺麗になってるよ」
「いえ、そんな事は……」
「使いにくかった?」

 あとから思えば、少し意地悪いじわるな質問だったかもしれない。
 いつもはそんな突っ込んだ事を聞いたりはしない。面倒だし、表面上ひょうめんじょう仲良くやれてればそれでいいと考えているから。

「そ、そんな事は無いです。ただ、汚しては悪いと思って……でも、お気持ちが本当に嬉しかったんです」
「そっか。それなら良かったよ」

 少し慌てた様子で弁明べんめいする彼女を、にっこりと微笑ほほえみみながら見る私はこう思った。

 ああ、この子とは仲良くなれそうに無いなあ。残念だ、と。

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