【コミカライズ配信中!】消しゴムで始まる制御不能彼女との日常-さっちゃんなんしよ~と?(原題:ボクの彼女は頭がおかしい。)
ムラムラデー
突如として鳴り響く携帯の着信音。
眠い目をこすりながら枕元にある携帯を手に取る。
あぁもう、せっかく気持ちよく寝てたのに。
画面を見て、電話に出る前に時刻を確認する。
深夜1時。
うん、着信相手は確認するまでもなく五月です。
「もしもし」
『あなたからの電話に無理やり起こされたんです。直前まで私は熟睡していたんです。大した用事じゃなかったら怒りますからね』という真剣な思いを込める。
「あ、早瀬くんこんばんは。いきなりで悪いんだけど、ちょっと家に来てくれない?」
「…何かあったの?」
「うん、暇すぎて電子辞書食べちゃいそう」
「美味しいかもよ。おやすみ五月」
僕は電話を切った。
2秒後。
「…もしもし」
仕方なく電話に出てあげる。
「やっぱり家まで来なくていいから、その代わり朝までお喋りしよ?ね、お願い!」
「何の話するの?」
朝までトーキングする気なんてさらさらなかったけど、一応聞いてみた。
「恋人同士が深夜の電話で話すことといったら、そりゃあ愛――」
「一人でやってなさい。明日たっぷり聞いてあげるから。じゃあおやすみ」
僕は電話を切った。
そのままマナーモードに設定し、夢の世界へと沈んでいく。
朝。
起きて携帯を確認すると、2件ラインが来ていた。
1件目。
時間 01:23
from 五月
本文 ダーリン起きて。
(1件目と2件目の間に一度着信あり)
2件目。
時間 01:30
from 五月
本文 もう、早瀬くんなんか大ッ嫌い!
怒った顔の絵文字とその隣にハートマークが使われていた。
彼女はハートマークぐらいしか絵文字を使わないので、怒った絵文字は新鮮だった。
内容に関しては特に気にせず、ご飯を食べたり顔を洗ったりの準備を済ませ、五月の家に向かった。
わざわざ迎えに行ってあげる僕、優しい。
「あら、おはよう早瀬くん」
五月母が出迎えてくれた。
いつ見てもほわほわ感が可愛らしいです。
「五月ならもう学校行ったみたいよ」
…え。
結局一人で登校した。
学校。
昇降口で上履きに履き替えようとすると何か白いものが見えたため、下駄箱を覗き込む。
1通の手紙が入っていた。見るからにラブレターであるそれ。
周りの人たちもビックリしてたけど、僕のほうがもっとビックリ。
(今どき靴箱にラブレターなんて粋なことするなぁ)
とりあえずカバンに突っ込んで教室に向かった。
1時間目、生物。
腎臓や肝臓の働きについての授業で、予習をばっちりこなし過ぎて退屈していた僕はラブレターの中身でも確認することにした。
無造作にカバンに押し込められていた手紙を取り出し、開封する。
(――なんて淡々と描写してますけど、本当は心臓バクバクしてました)
真っ白の用紙に繊細かつ豪快な形容しがたいほどの美しい文字で、『大好きです』とだけ書かれていた。
どう見ても五月の字だった。
「あれから早瀬くんのこと色々考えたんだけど、考えすぎて結局その一言にまとまっちゃった」
いきなり隣の席の人から話かけられた。
セリフから察するにもう皆さんもお分かりでしょうが、声をかけてきた相手は五月です。
彼女は時々、僕のクラスにまぎれて授業を受けることがある。
上手くとけ込んでいるためか、誰もツッコんだりしない。
僕もなんだか慣れてしまった感じです。
「え、ホントに朝まで起きてたの?」
彼女の先ほどのセリフ、『あれから』というのはつまり、僕が昨晩(というか今日の午前1時頃)無理やり電話を切った後のことだろう。
「起きてたよ」
「何でわざわざ?」
「わたしが君を求めていない時などないのだよ早瀬くん!」
馬鹿でかい声を出す五月。
いや、もう会話が噛み合ってないしみんなの迷惑だしこっちは恥ずかしいし。
「落ちついてください五月さん」
「もしかしてあなた、わたしのこと求めてないの?」
「…意味が分かりません。ちゃんと会話してください」
「そうなんだ。五月、ショックです」
「ぶりっ子するのやめなさい」
「先生!早瀬くんが何かおかしいです。保健室に連れて行ってもいいですか?」
「おぉ、そうか。じゃあよろしく」
成り立たない会話。
目がトロンとしている五月。
そして僕は、保健室に連れ込まれた。
保健室の先生は僕たちを見るなり、ニヤニヤしながら部屋から出て行った。
「あの、五月――」
「黙って」
ベッドに押し倒される。
え、うそ?
本気なの?
「うっはぁー」
目をギラギラさせている五月。
頼むから落ち着いてください。
「ちょっ!やめっ」
「動かないでよ早瀬くん」
まさか今日は、巷で噂の『ムラムラデー』なのか?
それとも、彼女は昨晩無理やり電話を切ったことを怒っているのか?
確かに対応の仕方はちょっとヒドかったかもしれないけど、いやでもその仕返しに保健室で襲うなんていくらなんでも間違ってるでしょう?
ねぇ、そうでしょう?
「じっとしてなさい」
優しくなだめるように言い、僕の上に覆いかぶさってくる五月。
(怒っている雰囲気ではない。つまりはムラムラデー?)
あぁ、マジですか。
そうなんですね、マジなんですね。
やるしかないんですね。
…覚悟できました。
「分かったよ。逃げないからそんなにきつく抱き締めないで」
僕は彼女の背中をポンポンと軽く叩きながら言った。
しかし、返事がない。
あれ?
もしかして……
寝ちゃった?
覆いかぶさっている五月をそっと横にずらし、彼女の顔を覗き込む。
はい、安心しきった表情でスヤスヤ眠っていらっしゃいますね。
肩の力がフッと抜ける。
どうやらムラムラしていたわけではなく、ただ寝不足でおかしくなっていただけらしい。
あぁ良かった。
(実を言うとちょっと残念だったりもする)
さて、どうしましょう。
僕は一体、どうすればいいのでしょうか。
うん。
授業に戻りますか。
「行かないで」
僕がベッドから置きあがろうとすると、彼女はそうつぶやいた。
あ、まだ起きてたんだ五月。
「あぁうん。分かった」
僕は小さく返事をして、再び横になった。
そりゃあね、無精ひげ生やしたカエル大好きのおじさんか(生物の先生)、超絶美少女のどちらか選べって言われたら間違いなく後者を取るよね。
彼女が眠たそうにあくびをしながらこちらにすり寄って来る。
そうして僕の腰に腕を回すと、そのままスヤスヤと寝息をたて始めた。
僕は特に何をするでもなく、彼女の寝顔(僕にだけ見せてくれる寝顔。ここ大事)を見つめながらただただ時の流れに身を任せる。
…正直、ムラムラ感がハンパじゃないです。
(中略。別にやらしいことなんかしてません。多分)
彼女は昼休みになってようやく目を覚ました。
それはつまり、2時間目と3時間目と4時間目の授業をサボッたことを意味する。
まぁでも気にしない。
五月に捕まってましたって言えば先生たちも許してくれるだろう。
「あーよく寝た。わざわざありがとね」
スカートから飛び出た長い足の美しい太ももを僕の体に巻きつけてくる彼女。
もう少しでパンツが見えそうだということに、彼女は気付いているのでしょうか。
(たぶん気付いていた。見えそうで見えない限界ギリギリのチラリズムを、彼女はよく心得ている)
「お腹も減ったし、戻ろうか」
「そうだね、でもその前に髪の毛整えなきゃ」
「あぁ、どうぞ」
「…いや、先行っててよ」
「トイレ?」
「わざわざ聞く必要ある?」
ないです。
教室に戻ると、何やらクラスメートたちが熱狂的に盛り上がっていた。
何だろう。
「1000円!」
「1500円!」
「1700円!」
「2300円!」
「2400円!」
「2450円!」
「2600円!」
「…3300円!」
「オォー」「スゲー」「オー」
「…く…………3400!」
「3800!」
「3820!」
「4000円!!」
「オォー!!」「うわお!」「ヒューヒュー」
「……負けた」
「えぇ、他に入札希望の方はいらっしゃいませんか?はい、では4000円で真鍋くんが――」
「ちょっと待ったぁ!!」
「はい、待ちます。いくらで入札しますか?」
「…………5000円で!!」
「なんだと!?」「おぉー!!」「金持ち!」「ピーピー!」「ヒューヒュー!」「オレも金さえあれば!」「すげぇ!」
「他に入札希望の方は…………いないようですね。それでは、5000円で落札者は平井さんに決まりました」
ものすごい拍手が沸き起こる。
平井さんは財布から5000円札を取り出し、司会(っぽい人)に手渡した。
代わりに何か紙切れのようなものを受け取り、それを天高く掲げる。
再び熱狂の渦に包まれる教室。
…。
見た感じオークションしてたっぽいけど、何が落札されたのだろう。
「何やってたの?」
そばにいた人に尋ねる。
「あ、早瀬!?いつからそこに?」
彼の驚きようが尋常じゃなかった。
たまらなく嫌な予感がする。
僕は平井さんのもとに走っていき、落札物である紙切れを奪い取った。
手の中にあるそれを確認する。
――今朝、僕が貰った五月からのラブレター。
「みなさん、一体これはどういうことなのでしょうか」と、不特定多数の誰かに尋ねる。
尋ねるというより咎める感じの口調で。
とたんにクラスメートたちは散り散りになり、思い思いの行動を取り始めた。
弁当を食べたり、友達とおしゃべりしたり、小テストの勉強をしたり。
これこそがいつもの教室風景。
とりあえず司会をしていた人に5000円を返上させ、それを平井さんに返還した。
手紙は僕の物です。
ってか落札者女の子ですよね、はい。
凄いよね五月って。
男はともかく女の子からもモテてるって。
「あたい、これを機に商売を始めようかと思う」
いつの間にか隣に五月がいた。
バカなことを考えている時の顔をしている。
どうやら先ほどのオークション騒ぎを目撃していたらしい。
「ねぇ、早瀬くん」
「はい」
「直筆サインなんか販売したら飛ぶように売れるんじゃないかな、なんて思うんだけど。どうだろう?」
「あなた何言ってるんですか」
「……ううん。『大好き』っていうメッセージが入っているからこそ価値がつくんだ、多分」
この会話を盗み聞きしているクラスの連中。
熱心にうなずいている。
「よし、ラブレターを数量限定で明日にでも売り出そう」
はぁ、もうどうでもいいや。
ツッコむ気にもならない。
僕は自分の席について鞄から弁当箱を取り出した。
お腹減った、ご飯食べようっと。
「早瀬くん!!」
いきなり大声で呼ばれる。
え、なに?
「ちゃんとツッコんでよ!」
え、ここで?
……そういう意味じゃないですよねすみません。
「早瀬くん以外の人にわたしがラブレターなんか書くわけないでしょ!」
「君がそんなバカなこと本気でやろうと思ってないことぐらい、僕は最初から分かってた」
上手い事切り返した。
「な、生意気な!」とか何とか言いながら顔を真っ赤にする彼女。
可愛いなぁ。
可愛いけど、ころころキャラ変えすぎじゃないですか。
「ほら、弁当持っておいで。昼休み終わっちゃうよ」
「あ、うん。10秒で戻ってくる!」
彼女は教室を出て行った。
「マジでうらやましいぜ」
五月を見送った直後、クラスメートから声をかけられる。
「なにがですか?」
「お前が。あんな可愛い彼女がいてホントいいよな」
「なんかごめんなさい」
「そこ謝るか!?……まぁいいや。それよりさ、6000円払ってくれない?」
「はい?」
「落札者、結局お前だから。」
ふざけんな。
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