【コミカライズ配信中!】消しゴムで始まる制御不能彼女との日常-さっちゃんなんしよ~と?(原題:ボクの彼女は頭がおかしい。)

来世ピッチャー

不思議ワールド


「次はお化け屋敷に行きましょう」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
「あ、あなた!お弁当忘れてるわよ」
「おぉありがとう――って何これ」




僕もお化け屋敷というものはどちらかと言うと苦手意識を持っているのですが、普段カッコいいところを五月にアピールする機会がなかなか無いので、今日はちょっと頑張ってみようと思います。

~脳内妄想シュミレーション~
五月、超ビビる。
僕、超冷静超クール。
幽霊登場。
五月、ビビって抱きついてくる。
僕、幽霊をモノともせず冷静にカウンターパンチ。
五月、目がハートになる。
もっと怖い幽霊登場。
五月、号泣。
僕、五月の泣き顔を心のフォトアルバムに永久保存し、華麗に幽霊を撃退。
そしてゴール。
「早瀬くんカッコよかった…………だいすき…」
真っ赤な顔でデレデレしてくる五月。
超超超可愛い。
~至上の楽園~


…よし、やるしかない。


寂れた工場をモチーフにしたお化け屋敷。

うーん、この外観。
どこかで見たことあるような。

「非常に入り組んだ構造をしていますので迷わないようにお気を付けください」と、入り口で告げられる。

ふと視界に入った注意書きを見てみると『最短ルートで25分!』と書かれていた。
…長過ぎない?


カーテンの仕切りをくぐると、そこはすでに暗闇の世界。
不気味なコツコツコツといった足音のBGMなんかが流れていたりして、雰囲気が濃厚である。

「腕貸して」
五月が僕の右腕にしがみついてきた。

「何、どうしたの?」

「怖さにやられちゃいそうです」

うん、僕も君の胸にやられちゃいそうです。

「そういうとこ可愛いよね」

「やめてよ、照れ――」



その時、事件は起こった。

いきなり、もうまさにいきなり、横の壁から人の手と思わしき謎の物体が飛び出てきたのだ。

「うわっ」
けっこうびっくり。

隣の五月は……
「あぎゃっ」という奇声を発し、突然の猛ダッシュ。

「落ちつけ五月!」

慌てて彼女を追いかける。
はぐれたりなんかしたら大変だ。
なんてったって最短ルートで25分だからね。

とか何とか頭の中で考えながら走っていると、運動神経があまりよくないためであろうか、僕は凄まじい勢いで分厚い壁に激突した。

跳ね返されて地面に倒れこむ。

いかん、立ち上がらねば。
……しかし体が動かない。

視界は急激にぼんやりしてくるし、五月の背中は小さくなっていく一方。

もしかしてこれ、気絶しようとしてる?

待て待て頼むから今だけは…――


僕の意識はそこで途絶えた。
























目を開けると、僕は地面に倒れこんでいた。

あれ、ここはどこだ?

とりあえず立ち上がる。

びしょびしょの自分、体の諸所に痛みを感じる自分。

目の前には不気味な廃工場。

あたりの風景は、うん、知らない港町って感じです。



――あ、思い出した。













私は、笑いをこらえるのに必死だった。
…すみません間違えました。

私は、涙をこらえるのに必死だった。

知らない男に誘拐され、汚い部屋に閉じ込められ、さらに悪いことに、早瀬くんが男に殴り付けられてしまって……

もしかすると今ごろ早瀬くんは…。

ううん。私は首を振った。

彼に限って、私をおいて死んでいくなんてあるはずがない。
だってぞっこんだからね、私に。

…なんて言ってる場合じゃないか。

この汚い部屋を見回して思う。
信じられない、と。

昨日まで普通に普通の生活を送っていたというのに。
どうしてこんなことになったのだろう。

あ、そうか、全部私のせいだ。
私が知らない男の車に乗ったばっかりに。

ごめん早瀬くん。本当にごめん。
もし無事に帰れたらお詫びにいっぱい可愛がってあげるから許してね。

「お前は外国に売り飛ばす」と、男は言った。
「え、私だけ?早瀬くんは?」
「あいつは男だからダメだ。お前を向こうに引き渡した後で俺が始末する」

ってことは、彼はまだ死んじゃいない?
良かった、と胸をなでおろす。希望はまだあるみたい。

「トイレ」
「あ?」
「トイレに行きたい」
「すりゃいいじゃないか」
「…場所をお聞きしているのですが」
「んなもんここでいいだろ」
「え、もしかしてあなた変態?」

あ、やっちゃった。
いつもの調子で、つい。

「何言ってんだテメェ。立場わきまえろ」
「あなたこそパーフェクト美少女に向かってどんな口きいてるの?」

あ、やっちゃった(2回目)。
怒らせちゃったかな。

「…ハハッ。お前、いい値が付くよ」

男の反応は私の予想と違って、怒ってるどころかなぜか不気味に笑っていた。
めっちゃキモい。

「トイレは隣の部屋だ。水は流れんがな」

急いで男が指し示した部屋に移動した。

何で上手くいったんだろう、本当に私はツいている。
そしてもちろん、ここに来たのはトイレをするためではなく男から逃げるため。
まず工場を出て、それから早瀬くんを見つけて……そこから先はノープラン。

彼が何とかしてくれるはず。
まずはここから脱出しなければ。

部屋を見回し、窓を探す。

はい、探すまでもなく窓はちゃんとありました。







そうして私はいま、走っている。

海沿いのコンクリートの道を、もうすぐそこに見えている黒いバンを目指し、ただただ必死に。

足をもつれさせながらもどうにかたどり着くと、なんとまぁ驚いたことに、早瀬くんの姿はどこにもなかった。

何で?
さっきまでここでのびてたのに。


「トイレはどうした?」

え、うそ。もうバレたの?

背後からあの男の声。
恐る恐る後ろを振り返る。

「客が来るまでお前には寝といてもらうことにしよう」

男は右手に握りこぶしを作り、一歩一歩近づいてくる。

…よし、決めた。
逃げようと思えば逃げられるんだけど、ここは一つ早瀬くんを試してみよう。
彼が本物のヒーローなら、私が捕まる前に助けに来てくれるはず。


ほらほら早く、もう男が半径1メートル以内に近づいて来てるよ?

ねぇ、まだ?

男がもう殴る体勢に入ってるんですけど?

(本当は足がすくんで動けないだけです)


早瀬くん助けて!

いや助けろ!







「何だここにいたのか。お待たせ五月」

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