【コミカライズ配信中!】消しゴムで始まる制御不能彼女との日常-さっちゃんなんしよ~と?(原題:ボクの彼女は頭がおかしい。)

来世ピッチャー

緊張を強いられる②


ステージに駆け上がり、それぞれの位置につく。


まだ演奏は何も始まっていないのに観客からは大きな歓声が湧く。

「可愛い!」
「すっげぇ美人!」とかそんな類のやつ。

さすが五月姫。



観客の声が収まらぬうちに、大雪くんの合図で一曲目がスタートした。


キャッチのよい軽快なサウンド。

『全力アンライプ』

大雪くんが作詞・作曲を担当した。

前奏部分。

おぉーという小さな歓声があがる。

よし、観客の心はしっかり掴めた。
出だしとしては悪くない。

そしていよいよAメロ。

ここからは五月のボーカルが入る。


『電車に揺られ考える 
これが本当にやりたかったこと?』

観客がドッと湧いた。
五月はその見た目からの期待を軽々と飛び越える、最高の歌唱力を披露した。

『遠い昔に夢見てたモノ
今じゃ何1つ思い出せない』


『答えを探し続け
繰り返す日々の無駄遣い
たまには丸腰で明日へ
滑り込んでもいいんじゃない?』



素人とは思えない堂々とした五月の後姿。

無駄に激しくのた打ち回っている牛くん。

静かに、しかしどこか強靭にベースを操る仙人くん。

的確にリズムを刻む大雪くん。

存在感はないけれど難易度は高いキーボードの僕。


…なんだかんだ良い感じである。

そしてここからサビに突入する。


『伸ばした手 確かに見える
貴方の笑顔や過ぎ去っていく景色
今という時を駆け抜けろ
まだ見ぬ未来のその先へ』


五月の美しい高音がどこまでも純粋に響き渡る。

早くも会場のボルテージは、最高潮に達していた。


その後、二番も演奏しきり、全力アンライプは大成功した。

牛くんがマイクを手に取り、平成開化のメンバーを紹介していく。

それぞれがちょっとした技を披露し、ここも盛り上がった。



そして二曲目。

五月が作詞・作曲をした『彼岸花』
妖しい音色が特徴的な和風ロック。

決して大衆ウケはよくないはずなのだけれど、この日は観客のノリのおかげもあってか思いのほか上手くいった。






長いようで短い十五分間が終了し、僕たちは盛大な拍手を受けながらステージを降りた。

正直、この時のことは緊張しすぎていたためにあまり記憶に残っていない……。
ただ、確実に覚えていることと言えば、それはこのライブ後に打ち上げ会である。
食べて飲んで(炭酸ジュース)の大騒ぎとなり、とにかく楽しかった。




帰り道。

街頭だけが頼りという真っ暗な道を五月と並んで歩く。

虫の音が夏独特の雰囲気を醸し出している。


射的で獲ったクマのぬいぐるみを大事そうに抱えている五月。

その姿がなんとも幼く、ライブ時とのギャップに思わず笑ってしまった。

「なに?どうしたの?」
彼女は首をかしげている。

「そのぬいぐるみ。気に入ってるんだなぁって思って」

「よく分かったね」

「うん、大事そうに抱えてるから」

「そうでしょ?なんか、早瀬くんに似てるんだよねこのクマさん」

抱きかかえられている茶色い毛皮のクマ。
その顔は、五月の胸に埋もれてしまっているのでこちらからは確認できない。
だけどきっと、真っ赤になってニヤニヤしてるんだろうなぁ。

うらやましい。

だけど、と僕は思う。
クマのぬいぐるみと違って、僕には自分から抱きしめにいくことが可能だ。

「おいで五月」
そう言って彼女の小さな肩を抱き寄せる。

あぁ柔らかい。

「もっとギュッてしてよ」
彼女の方も、ピタリと僕に寄り添ってくる。


不思議と暑さは感じないというご都合主義はさておき、こうして五月と並んで歩けることに大きな幸せを感じていた僕。

なんだかこう、ニヤニヤが止まらない。


「五月」

「んー?」

「好きだよ」

「……」

「……」

「……」

「…えっと…五月……?」

「クマくん良かったね。早瀬くんが『好き』だって」



照れ隠しですね、はい。
もう言いません。

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