過去に戻り青春を謳歌することは可能だろうか
26話 小悪魔は守られる
両親が離婚する前の苗字は“町”ではなく“冬森”だった。
離婚したあと、母親の旧姓の“町”になった。
母親が再婚したとき、苗字を再び変えるのは学校のみんなにも気を使わせてしまうし、何より色々聞かれることが辛かった。
だから、変更したことは隠している。つまり、俺の今の本当の名前は“東山直斗”
“冬森直斗”は、今の俺とは打って変わって、自然と周りに人が集まってくるような人間だった。
“町直斗”は、今現在の俺であり、逃げてきた人間だ。
“東山直斗”は、隠れた存在…なのだろうか。いや、“町直斗”と何ら変わらないのかもしれない。けれど、俺は“東山直斗”が嫌いだ。
人の家庭を壊した元凶の男の苗字。
思い出すだけで口元に力が入る。
そしてその後に、こう思う。
どれが本当の直斗なのだろうか…
「私情にズケズケと踏み込まないで…か…」
遥希の放った言葉を復唱した。
その声は、誰もいない夜遅くの公園の中で蟠り、風で飛ばされた。
「めっちゃわかるわ…」
遥希の気持ちは痛いほど分かる。分かるはずなのに俺は遥希の私情に踏み込もうとした。
それは、どこか似ていたから。
となれば、どんなことに苦しんでいるのか…苦しみの内容は分からないかもしれないが検討は着く。
遥希が抱えている問題。それが停滞期の鍵になっていることは間違いない。
その問題は…
—ぴぴぴぴっ
軽快なリズムと振動とともにポケットの中のスマホが鳴った。
画面をスライドさせ、スマホの上部を耳に当てた。
「どうしました、可憐さん」
『直斗…遥希に何したのよ』
やっぱりか。
可憐の電話がかかったときにはそんなことを聞かれるのではないかと予想はしていた。見事的中。
「まー少し心を掻き乱させた的な?」
『はぁ…よく分からないけど、乱暴なことをしたとかじゃないわよね?』
「してませんよ」
電話越しでも分かるように、可憐は肩を落とした。
『あの子、毎日家に帰ってくると疲れた顔をしているから、今日はちょっと色々爆発しちゃったのかも』
「さすが姉ちゃんですね」
『当たり前じゃないの』
「その爆発した理由って…」
土曜日と日曜日の夜も練習をする約束をしていたので、本来ならこのコートには遥希と俺がいるはずなのだが、遥希は来なかった。
「ま、予想通りだわ」
あんな表情を見した相手に合わせる顔がないのだろう。
月曜日、可憐の電話から得た情報で確信した。
やっぱりあいつは“冬森直斗”と同じだ。
となれば確認しておくことがある。
お昼休み、1年のある教室まで行き、遥希を探す。
遥希のクラスを知らないため、迂闊に教室に入っていけない。変な目で見られるの嫌だし…
というか、今も廊下で立っている俺は変な目で見られている…
休み時間の騒がしい廊下でも「あの人ちょっとカッコよくない?」何ていう素晴らしい意見はしっかりと拾い上げた。
待つこと数分、2組の教室から女子の団体が出てきた。
その中に、遥希はいた。
そして予想通り。グループの中心人物ということが一目で分かる。
つまり、俺の知っている遥希と周りの人間の知っている遥希では大きな違いがある。
菜月と直斗、そして可憐には見せている生意気な姿。あれは遥希にとっての素の姿だ。
けれど、今俺の目に写っている遥希の姿は、正しく八方美人。
しかもスーパー八方美人。
つまり、みんなの意見に同調するだけでなく、たまにツッコミを入れるようなポジション。
そんな遥希の姿を見て、ムカムカする。
遥希を囲んだ人たちは、まるで遥希の心や立場をガチガチに固めている城壁にしか見えない。
時期に遥希のグループはどこかに行ってしまった。
その日は何度か遥希の教室に行ったが無視を決め込まれ、次第に遥希の周りの女子たちが憐れみの目を向けるようになったのに胸が痛んだ。
いつもの放課後の小体育館ならばバトミントン部の掛け声が聞こえるのだが、今のここはバスケットボールが跳ねる音しかしなかった。
「おい、遥…」
「あ、直斗先輩、こんにちは」
遥希の姿はなく、菜月がそこにいた。
「おう」
軽く右手を上げ、掌を菜月に向ける。
「遥希は来てないのか」
入り口で靴を脱ぎ、靴下のまま中に入る。
「遥希ちゃんは何というか」
「まーあいつ俺から逃げてるもんな」
今日は公園に行ったかどっか他の体育館でも借りて自主練でもしてるのでは
「いえ、そうじゃ無いんですよ」
「どういうこと?」
「遥希ちゃんは…辞めたんです」
「は?」
混乱した。
この前までやる気に満ちて、俺を引っ張り回った遥希が部活をやめた…?
「ど、どうしてだよ」
「えっとですね、本当は言わないほうがいいと思うんですけど…」
「教えられる範囲で構わない」
「遥希ちゃんは2年生の先輩とあまりいい関係じゃ無いんです」
その言葉だけで、話の尾ひれが分かった気がした。
それだけ、単純なくらい、現代の高校生の考えることはつまらない。
「2年生が試合に出れてない中、私と遥希ちゃんは試合に出ていました。特に遥希ちゃんは。だからそれをよく思わない先輩たちが遥希ちゃんに嫌がらせをするようになったんです」
「それで、色々考え込んでシュートに支障が出たと」
「はい…多分そうだと思います。それで練習や試合でシュートが入らなくなった遥希ちゃんは何とかその状況から抜け出そうとしてたんです」
胸が苦しくなった。
「直斗先輩…」
「ああ、わかってる」
「遥希ちゃんを助けてあげて…」
コメント
ノベルバユーザー267389
待ってます!頑張ってください!