過去に戻り青春を謳歌することは可能だろうか
22話 未来と現在のズレ
可憐の祖母は深夜に亡くなったという。
そのことは夏ノさんが気分転換で温泉に来た。と言っていた様子からも分かることだった。
俺は泣いている可憐の背中を摩る。
身近な人を亡くしたことがない俺にとっては慰める言葉が見つからない。
もしかすると、そんなものは要らないのかもしれない。
けれど、俺は可憐の今の姿を見て胸が熱くなる。
「可憐さん…俺の前で泣いてくれてありがとうございます」
「なんでよ…」
可憐は涙を浴衣の裾で拭う。その仕草は寂しげで、様々な感情が混ざっているように見えた。
「未来では、可憐さん、何処にも居なくて毎日ずっと探してたんすけど見つからなかった。すごく不安でした。」
あのときは必死で、睡眠時間を削りに削って街中走り回った。
「あの時、可憐さんは既に手の届かないところに行っていた気がして…だから、そんな顔を見ることはできませんでした。」
俺は今、物凄く不謹慎なことを言っている。可憐の泣き顔を見れて安心したと。そう言っているのだ。
その泣き顔には様々な感情が入り混ざっていて、とても良いものとは言えない。
それを待ち望んでいたかのような自分の口ぶりに後からムカムカして来る。
本当に何を言っているのだろうか。
「不謹慎よ…」
「は、はい。分かってます。失礼しました。」
可憐は目元を左手の裾で拭い、鼻をすすりあげて俺の目を見る。その視線は少し怒っているように見えた。
「でも、ありがと。直斗は私を助けるために頑張ったんだもんね。」
「全然頑張ったって言えないですよ」
俺は可憐の背中から手を離し、あの時を思い出す。
結局あの時は、可憐を助けることができなかった。頑張ったかもしれないが、結果を見ると芳しいものではない。
「直斗は優しいのね…」
まだ潤った瞳だが、それでも精一杯の微笑みを俺に見してくれた。
「そんなことないですよ、可憐さんはまだ知らないだけです。」
「そうなの?ならこれから色々教えてよ直斗のこと」
可憐の蠱惑的な笑みには、しおらしさが相まって俺の心拍数が急に上がった。
そして俺は、可憐の“これから”という言葉に本当の安心を感じることができた。
可憐さんから「必ず帰る」という言葉をもらって俺は岐阜から長野に帰った。
帰りの電車の中で俺は“夢”を思い出す。
茶色がかった長い髪に長嶺原高校の制服…あんな生徒は見たことがない。あれほどのルックスなら学校では有名になるはずだと思う。
そして過去に戻る前のあの声は確かに夢の中の少女と同じ声だった。
「ま、別にいっか」
そのことに俺は追求しようとは思っていない。
高校時代の不思議な体験。
それだけではいいのでないのだろうか。
そう思う理由は、何故かこの現象を俺が体から切り離したくない。と思うからだ。
考えているうちに長野に着き、1日を終える。
可憐とは葬式や忌引きなどで会うことはできなかったがスマホで連絡を取り合っていた。
前回は長野に戻って来ていたが、今回は岐阜に残るらしい。
そのことを考えると、あの時の可憐さんは岐阜にすらいられず、一時的に長野に帰って来ていたのかもしれない。
気分転換のためだろうか…
そういえば遥希も部活に参加していた。普通は参加するのだろうか。
もしかしたら、遥希もかなりのダメージを受けていて、バスケで気を紛らわしていたのかも。
あの時は全く違和感を感じなかった。
普通はすぐに違和感を抱くはずなのに…
よく分からないこの“ズレ”に違和感を覚える…
岐阜から戻り数週間が経過して。6月に突入した。
肌を撫でる空気は暖かさを含んでおり、夏が少しずつ近づいていることを教えてくれる。
6月4日 月曜日 
憂鬱になりながらも自転車を漕ぎ学校に向かう。
あの日から過去に戻る現象は起こらず、可憐は家出をやめ、俺はいつも通りの1人と1匹の生活に戻った。
可憐は、8月に開催される文化祭の準備で毎日多忙な日々を送っている。5月中はたまに学校ですれ違い、少し挨拶を交わしていたが、今は生徒会室にこもってばかりですれ違うことが少なくなった。
モデルの仕事も少しではあるが土日のどちらかに割り込むことがあるらしく、可憐と俺の関係は少し離されてしまった。
とはいえ仕方の無いことだ。
けれど、その多忙さを見ている限り体調の面などが心配になる。
お昼休み開始のチャイムがなり、クラスメイトが続々と席を立つ。
翔は、彼女と食べるようで俺は1人残される。
「中庭でも行くか。」
そのまま真っ直ぐ中庭に向かい、いつも座っているベンチに座る。そのベンチは初めて可憐と話したベンチだ。
中庭は長嶺原では人気のスポットで、時間が経つにつれ人の数は増して、目に入るベンチは見る見るうちに埋まっていった。
俺は気まずい空気が嫌いだ。だからベンチの上で『こっちに来るなオーラ』を放つ。傍目から見ると広いベンチを独り占めするな、と言われるだろうが、気にしない。
だって俺が先だもの。
「そこ座らせて」
俺の目の前には、遥希と菜月がお弁当箱を持って立っていた。
遥希は俺の鉄壁のオーラをぶち破り俺の左隣に座る。
「直斗先輩!こんにちは!」
「こんにちは」
菜月は挨拶をしてから遥希の横に座る。
「なあ、遥希、可憐さん最近どう?」
「お姉ちゃんは最近帰りも遅くて顔も疲れてるから正直心配ね」
「だよなー」
会ってなくても、様子は把握できる。
「ま、直斗が心配することじゃないわ」
「へいへいそーですか」
遥希はお弁当のおかずを口に運び咀嚼してからいつも通りの生意気口調を発揮する。
「あ、あの、直斗先輩は生徒会長さんの…その、彼氏さん?」
菜月は弁当を片手に居心地が悪そうに聞いてくる。
「付き合っていないよ」
「こいつがお姉ちゃんと付き合えるわけないでしょ」
「そっか…」
昼食を食べ終わり、ベンチから立ち「じゃあな」と一言二人に投げかけ教室へ向かう。
歩いている途中後ろから
「直斗先輩!」
と、菜月が俺を呼び止めた。
「どうした?授業遅れるぞ」
菜月は俺に近づき口を開く。
「あの!放課後、体育館に来てください!時間があったらいいので…それでは」
一方的に伝えられ、菜月はそのまま自分の教室に戻って行く。
え、告白てきな??そんなかんじ?
俺は心を躍らせてしまった。
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