過去に戻り青春を謳歌することは可能だろうか
21話 彼女の“安心”
やっと、俺の質問コーナーは脱衣所で終わった。
「それにしても、あの可憐が3日目の男子とそこまで親密とは…」
夏ノさんは複雑な表情を浮かべている。
俺にとってはそれよりも日が経っているけれど、それを言っても仕方がない。
「まーフレンドリーな人でも泊まりまではしませんからね」
「でも、泊まらせてしまったのは私達のせい。あの子は逃げる場所がなかったからね」
「まあ…」
家出をした可憐は頼れる他人がいなかった。実際、あそこの公園で一夜を過ごそうとしていたのではないのだろうか。
「色々思うところがあるけれど、泊まりに行った相手が直斗君でよかったよ」
「可憐さんになら誰でも優しくしますよ」
夏ノさんは、はははっ、と頭を包んだタオルの中で笑った。
俺は、風呂場の入り口前のブランケット上に立ち、扇風機を駆使して体を乾かしている。
その何も包み隠さない真の男の姿に笑っているのかもしれない。
「そりゃ、そうだろ、何せ可憐は激かわスーパー美少女なのだから」
「親バカってやつですか」
「事実でしょ?」
「まーそうですね、間違いなく長嶺原ではNo.1ですね」
夏ノさんは自分のことかのように誇らしい顔をして頷く。
そして鏡の前に座り、ドライヤーで髪の毛を乾かす。
俺はパンツを履き、隣に座り一緒に髪を乾かす。
「直斗君は、可憐と関わり出した時、どんなことを思った?」
ドライヤーを止めて夏ノさんは俺に聞く。慌てて自分が使っていたドライヤーのスイッチを切る。
俺が初めて可憐と関わり出したのは、中庭で購買のカレーパンを分けた日。
「どうって、んー、腹空かせてるのか…ですかね」
「なるほどね、その時可憐が芸能界の人間ってことを知らなかったんだ」
「え?まぁ、そうですけど、何で今ので分かったんですか?」
この程度の会話で分かってしまうのだから、この人の頭脳はとても高スペックに違いない。
「だって、可憐と最初に関わる子はテレビの中の人とお近づきになれれば俺ってすごい。みたいな人ばっかだもん。だから最初は自分がどうやったら近づけるかってことを考えるよ」
「あー可憐さんもそんなこと言ってました」
「だから、何も知らない直斗君に安心したのかもね」
その“安心”とはテレビの中や雑誌の中の夏ノ可憐を演じなければいけないというプレッシャーが無いからこそ生まれるものだ。だから俺は可憐さんと親密になれたのかもしれない。
夏ノさんは再びドライヤーにスイッチを入れる。
短髪の黒髪を乾かしている横顔はどこかで見たことのあるような…
すげーイケメン
その時はそれくらいしか思わなかった。
脱衣所から出ると目の前の休憩スペースでは可憐と遥希が長椅子に座りながらコーヒー牛乳を飲んでいた。
2人とも旅館の紺色の浴衣を着ている。その姿はまるでCMの撮影現場のようだ。
「おはよう、直斗」
「おはようございます」
露天風呂での会話を一度聞かれているため、俺がいることは当の本人も承知の上だったようで平然と挨拶を交わす。
「何であんたがいるのよ」
「何であんたがいるのよ…なんて挨拶無いぞ、先輩を敬え後輩」
「うざい、帰れ」
「言われなくてももう帰るっての」
遥希は俺がいたことを知らなかったようで、いつも通りの様子だ。
いつも通りといっても遥希からしたら2回目の会話か、過去に戻るってなんか寂しいな
「こら遥希、一応直斗は先輩なんだから」
「こいつ以外の先輩にはちゃんと礼儀正しくしてるから!」
「ならいいけれど」
「いや良くないでしょ可憐さん。」
可憐に感激したが、一瞬のことだった。
「あ、そうだ、可憐さん」
「なにかしら」
「連絡先交換しましょうか」
可憐は瓶に入ったコーヒー牛乳を飲み干す。
「そうね、スマホが旅館の部屋にあるからあとで行きましょうか」
「ちょ、え!?お姉ちゃん!こいつ部屋に連れて行くの!?襲われちゃうよ!」
本当にコイツは!少しはお黙り!
「安心しなさい遥希。直斗は私が一晩泊まったときも1ミリも襲わなかったのだから」
「それはその時気分じゃなかったってだけで、こいつ、隙あらばやりかねない!」
飲み干した瓶を振りながら、遥希は姉を必死に説得しようとしてる。
いや、説得ってなんだよ…てかそんな性欲モンスターちゃうわ
「お前も着いて来ればいいだけの話だろ、俺は早めに電車に乗らなきゃいけないんだ。だから襲ってる暇なんてない」
ため息を吐き首を振りながら両手を挙げ、何もしないことを体でアピールする。
「………」
「可憐さん、どうしました?」
可憐は下を俯いて空の瓶を眺めていた。その表情の意味を思い出し、聞いた自分を悔やむ。
「あ、いえ、何でもないわよ」
「何でお姉ちゃん顔赤いの?」
「え…?なんでかしら…」
顔が赤い。もしかしたら違うことを考えていたのだろうか。
「とりあえず、行きましょう」
「そうですね」
可憐は立ち上がり、部屋に案内してくれた。その後ろを遥希が睨みながら着いてくる。本当にこいつはシスコン。
「そういえばお母さんは?」
「んー、まだお風呂じゃないかしら」
「え、まだ?」
「あの人、お風呂大好き人間だからね」
可憐に続いて遥希が母のお風呂事情を教えてくれる。
部屋に夏ノ母がいないということに俺はホッとする。
部屋に着き、可憐が鞄を漁っていると隣にいた遥希のスマホが鳴る。
「お父さんからだ、何だろ」
画面を親指でスライドしてから右耳に当てる。
「え?何で私が…まー確かにそうかもね…分かった行くわ」
「どうかしたか」
「なんか部活の先輩のために少しはお土産買ってあげればだって、観光できたんじゃないのにね」
「一応練習休んでるからってことで持って行ってやるのもアリだぞ」
「そうね…とりあえず私は行くわ。直斗!お姉ちゃんに手出さないでね!」
「はいはい」
遥希が部屋から出て可憐と2人きりになる。夏ノさんはもしかしたらこの状況を狙ったのかもしれない。
「あったわ」
「あ、じゃーお願いします」
俺のスマホが可憐のQRコードを読み取り軽快な通知音とともに画面の上部には“夏ノ可憐”と表示されている。
やっと交換できた、これからは空梅雨のところにいちいち行かなくていい。
「ねえ、直斗…」
「なに?」
「これでまた、連絡するわ」
「はい、待ってます」
可憐は顔を赤く染めて、スマホの画面を見つめている。その顔はどこか幼く、寂しげな表情だった。
少しの沈黙が流れる。
「あのね、やっぱり…」
「うん」
「やっぱり…いなくなっちゃった…」
「うん…」
その言葉の意味は分かってる。だから、そっと可憐の隣に腰を下ろす。
可憐の顔は必死に涙を堪えていた。
俺は可憐の背中を手で優しくさする。
やがて可憐の瞳は潤み、次第に雫が頬を伝っていった。
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