異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
最終話(三)「撃て────!」
ヘッドライトが放つ光の輪の中へと入ると、それはキュッと音を立てて急停止する。
八輪のタイヤの上に強固な装甲を載せ、見るからに高威力の主砲を携えた──陸上自衛隊の機動戦闘車だった。
ぼくは立ちつくしたまま、相手の出方をじっと待った。やがて上部ハッチから、迷彩服を着た男が上半身を出した。
「あ、あなたは……あの『ウィザード』なのか?」
「本人以外に、コスプレしてこんなガチの『戦場』に来る奴がいたら正気の沙汰じゃねぇな。安心しろ、正真正銘のウィザード本人だ」
不敵に笑みを浮かべてみせる。自衛隊員の男はヘッドライトの逆光で顔が見えないが、会話をしてくれる気はあるようだ。
「怪物を……倒しに来たのか」
「そういうお仕事なんでな。だが、我々の力だけでは、奴をどうすることもできなかった……日本人には極力ご面倒をかけたくなかったんだが、そうも言ってられなくなったのさ。──頼む。あの魔物を倒すために、我々に協力してほしい」
ぼく胸の前で両手を交差させて、その場にひざまずいた。隣のヘザもそれに倣う。
沈黙はわずかな時間だったが、ずいぶん長く感じた。
「……私は、陸上自衛隊対未確認生物戦闘団、機動戦闘車隊に所属する、車長の橋石だ。現状、あの怪物を倒せているのがあなた方だけなので、協力はやぶさかではないが──私たちはあなた方のことも、怪物のことも分かってはおらず、信用できるほどの情報がない。しかるに聞かせてほしい──あなた方の素性を」
ぼくは立ち上がり、耳たぶをいじりながら、橋石に向けて言った。
「ふーむ、そりゃそうだな。いいだろう……我々のことを教えてやる」
「ハイアート様! よろしいのですか」
「ヘザ、仕方ないだろう。もう選択肢は他にないんだ。──橋石さん、今から話すことはすべて真実だがこれといった証拠もねぇし、聞いてもあんたら日本人にはちょっと受け入れがたいと思う。信用するしないは勝手だが、聞いたなら協力の件は前向きに頼むぜ」
「分かった。聞いた話も含めて連隊長に報告し、その結果次第だが、こちらとしても怪物に唯一対抗できるウィザードに頼る他にない。協力はできるはずだ」
「ありがたいね。それじゃ、簡単に説明するが──ここ日本とは時間も空間もまったく隔てた場所に、ダーン・ダイマという異世界がある。我々は、その世界の魔術師だ」
橋石が戸惑いながらもうなずきを返すのを待って、ぼくは話を続けた。
「そんでもって、魔物は──こっちじゃ怪物って呼ばれてるアレな──ダーン・ダイマからこちらの世界に流れてきた、魔素と呼ばれるエネルギー体が凝固して生まれたものだ。魔物は、魔力を直接ぶつけるか……魔力を帯びた武器でしか傷つかねえ。だから、魔力を操れる術を持つ我々だけが魔物を退治できる、ってわけさ──ちょっと駆け足な説明になったが、分かったか?」
「……異世界、魔術師……それが全部、本当のことだというのか」
「言ったろ? 日本人には受け入れがたいと。ただこっちも魔物については責任があるから、ウソはつかねぇぜ。……さ、早いとこ上の人に判断してもらってくれ。日本全土がアイツに廃墟にされちまわねぇうちにな」
肩をすくめて、ぼくはへらっと笑った。
「ウィザード。ヘリが標的を発見し、誘導を開始した。こちらに来る」
「そっか。せいぜい撃墜されねぇように、気をつけてもらいてぇな」
戦闘車上の橋石を見上げ、ぼくは薄笑いで答える。やがてヘリコプターのローターの唸りがぐっと近づき、そして上空をさっと通過していった。
それを追いかけてくる、翼を広げた黒い影が、月に映えて浮かぶ。
ドラゴンの姿が瞬く間に迫り、そして──
辺り一帯が一気に、昼間のようにまぶしく光った。
警察、消防からありったけの投光車をかき集めて、戦闘車の前に仕掛けたのだ。
オオン……と、どんな獣のものとも似ていない、おぞましい哮りがビルとビルの間にこだました。
身をくねらせながら、ドラゴンが地面に勢いよく転がる。地上に墜ちた後も、投光器はずっと魔物の動きに合わせて強力な光線を浴びせ続け、それはひたすらに悶え苦しんでいた。
「よし、魔力を込めるぞ──『撃て』と言ったらブッ放せ!」
ぼくは急いで戦闘車の砲塔に這い登り、事前に教えてもらっていた、装填された砲弾のある位置に装甲の上から手をかざした。
とは言え、魔力の源はもう、例によってぼく自身の中にしかない。
そう──二度とやるまいと思っていた、アレをやる他にないのだ。
「があああぁぁぁ……!」
全身に灼けるような痛みが走り、あっという間に鮮血にまみれていく。
死ぬ気で手に集めた銀色の光を、朦朧としながらも、砲弾のあるべき場所へと注ぎ──
その手にそっと、別の手が寄り添った。
「……ヘザ?」
「ハイアート様、私が代わります……と申しましても、ご自分に責任があるからと、交代するおつもりはないのでしょう」
ヘザが、困ったような微笑を口元にたたえる。
「ならばそのお辛さ、私にも分け与えてください。私は──あなた様の苦しみに何もさせてもらえないことの方が、どんな苦痛よりも辛いです」
ぼくは顔をしかめながら、ふっとため息をついた。
「……しょうがないな。だが、嫁入り前の娘さんになるべく傷はつけたくない。魔力を採るのは腕だけにしてくれるか」
「了解しました。私は、いくら傷がついても構わないのですが──ハイアート様にお嫁にもらっていただけるなら」
「……絶対に腕だけだからな。それじゃ行くぞ」
二人がかりで、苦痛にうめき声を上げながら、砲弾に魔力をまとわせる。ヘザの外衣の袖口から流血が手の甲を伝い、迷彩色の装甲板に広がるのを、ぼくは痛々しい心持ちで見ていた。
その間に、ドラゴンは長い首をもたげ、魔力弾を放つ──
投光器のひとつが、真っ二つに砕けた。
「おい、魔物が反撃を始めた。まだかかるのか」
「悪いな、こっちも命がけでやってるが……もう少しだけ時間がほしい」
橋石が焦ったように問い、ぼくは小さく頭を横に振った。
その後も二つ、三つと、投光器が次々に破壊されていく。そして──残った最後の投光器に向けて、ツノの間に魔力がたぎった。
「ハイアート様、こちらは……十分です」
「よし、もう行くしかない──一か八かだ、撃て!」
本当に砲弾に魔力が着いたかははっきりしない。だが、ドラゴンを自由にさせてしまっては手遅れになる。ぼくは上部ハッチから顔を出している橋石に向けて、血まみれの手を振りながら叫んだ。
「的未確認生物! 弾種徹甲、正面射!
撃て────!」
ズドン!
すべての投光器がカチ割られ、周囲が再び闇に包まれたのと同時だった。耳をつんざく轟音と衝撃に、ぼくは戦闘車から放り出され、地面にごろりと転がる。
「ぐっ……うう……あ、当たったのか……?」
「橋石さん! ヘッドライトを点けて!」
耳がキーンと鳴る中、かすかに戦闘車の反対側からヘザの声がして、すぐに車両の前方から光の帯が放たれる。
まるで彫像のように、竜魔物の姿が照らし出された。
腹部のド真ん中に、徹甲弾らしき鉄塊が突き刺さっている。
その弾がドラゴンの身体から剥がれて、アスファルトの上にごとんと落ちる様が、スローモーションのように見えた。
直後。
砲弾でえぐれたドラゴンのどてっ腹から、血が飛沫くように、霧状の濃密な魔素がドロドロと流れ出していく──
背筋が凍るような魔物の断末魔の咆哮が、ビルの谷間に響き渡った。
「──やったぞ! ヘザ、トドメだ!」
「了解しました!」
全身の痛みも忘れ、ぼくは戦闘車の前に躍り出てヘザと合流し、魔力の残りカスを袖口の吸引術式に注入する。魔素が渦を巻いて、二人の手の中に集まってきた。
「全力で魔力弾を──被害が他に出ないよう、下から上に撃つんだ」
「仰せのままに」
魔力を直線上に放つ術式を描く。ぼくとヘザはほぼ同時にその魔術式を、フリスビーを投じるかのように、ドラゴンの足元に入るように送り込んだ。
ぼくの術式は、奴の左下から右上へ。
ヘザの術式は、右下から左上へ。
交差するように、太く長い、極大威力のビームを放つ。
死闘を決する二つの魔力弾は、強烈な炸裂音を轟かせ、魔物の体躯を千々に引き裂いた。
その後、宇宙から地球の表面を捉えた一枚の衛星写真が、世間で大きな話題となった。
そこには銀の光線が二つ、Vの字を描くように閃いており、この写真を掲載したニュースサイトでは『地球に輝く勝利のVサイン』とキャプションがつけられていた。
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