異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第三十一話(一)「リーサルウェポンでしたよね」
呉武駅前徒歩二分。
ハンバーガーチェーン店「ラデンズバーガー」の店内の二人席に、ぼくとハム子は向かい合わせに座っていた。
珍しいことだが、今回はぼくがハム子を誘った。
先週末の春高バレーの県予選で、夏まではレギュラー確実と言われていたハム子は試合に出場できず、また呉武高女子バレーボール部も初戦であっさり敗退した。その労をねぎらうという名目でここのハンバーガーを食べに来たというわけだ。
実のところは、何かしらで償いたいと思ってのことだ。
彼女が入院するなどして部活に出られない日が多かったり、それ以前に体育館が壊されてバレーボール部が満足に練習できなかったのは、間違いなくぼくに責任がある。
無論、ハンバーガーをおごる程度で果たせる責任ではないが、何もしないよりはマシだろう。
「ラデンズでよかったのか。もうちょい贅沢なモノでもよかったんだが──」
「いいのだ。私、ここの北海道ホタテコロッケバーガーが一番好きなのだ」
そう言うと、ハム子はトレイに載せたハンバーガーを手に取り包装を剥いて、大口を開けてそれにかぶりついた。彼女の口の中に隙間がなくなるまでモノを入れる食べ方は、カレーライスでもそれ以外でも変わらない。
時折みっともないと説教はするが、ぼく自身はそれを不快には思っていない。ともすればこのハム子のハム子らしいなと思える所に多少心がほっこりするぐらいなのだ。
しばらく夢中で食べ続けるハム子をぼんやりと眺めていたが、ふっとぼくの視線に気づいたようで、彼女は顔中を赤くしてうつむき、それからハンバーガーをちびちびとおちょぼ口で食べ始めた。
個人的には変に飾らない、自然なままのハム子でいてほしいが──彼女にもオトメ心なんてものが存在していたのかと思うと、心臓の辺りがギュッと苦しくなるのを感じる。
この感情は、きっと、愛おしさなのだ。
しかし同じ想いを、ぼくはヘザにも──朝倉先輩にも覚えている。
だから、そういう意味で愛しているのとは、違うのだろう。恋しさというものはただ独りに強く惹かれ、全身全霊を焦がすような想いなのであって、複数の異性に感じるものではないはずだ。
逆に、こんな感情でも本物の恋と呼べるものならば、ぼくは人を好きになってはいけない類いのダメ人間だ。
なのでどの道、ぼくは女子からの好意に、真摯に応えることなどできない。ハム子にも、朝倉先輩にも。
「……結局、ぼくは君に、何もしてやれないのか」
ため息と共に、思わず言葉が口からもれ出した。ハム子は驚いた風に目をパチパチとさせる。
「そ、そんなことないのだ。ハンバーガー、美味しいし……それに私、本当はレギュラーになれなかったこととか、そんなガッカリって感じじゃないのだ」
「そうなのか? 夏休み中もずっと、部活がんばってたのに……」
怪訝そうに言うと、ハム子は少し困惑げに、首をわずかに傾いだ。
「うん。バレーがイヤになったとかじゃないんだけど……たぶんね、バレーより大事なものを見つけちゃったからだと思うのだ。今は、それで頭がいっぱいだから、あんまり落ち込む感じがないんじゃないかな、って……」
「バレーより大事って、何だ」
流れで訊いてしまってから、ヤブヘビになるかもしれないと内心焦る。ハム子は顔を耳まで真っ赤にして、恥ずかしげにはにかんだ。
「それは、まだ内緒なのだ。ハヤ君の『大事なコト』が終わるまで──」
そう言うと、彼女は急に神妙な面持ちに変わった。
心配げな目線を、こちらに向けてくる。
「──ね、ハヤ君。ハヤ君のやらなきゃいけない大事なコトって……も、もしかして、副会長さんも、一緒……なの?」
どう答えるべきか一瞬迷ったが、上手くごまかせる自信もないので、正直にうなずきを返した。
「……やっぱり、アレって──ね、ねえ、それ私も手伝えない、のかな……?」
それが異世界で戦争だとは夢にも思わないだろうから、気楽に言ってくるのは仕方ない。気持ちはありがたいが、ダーン・ダイマで五年間ばかり修業したか、転生した術師以外はお断り差し上げる他にない。
「悪いが、君にまでそんな面倒ごとを背負わせたくない。もうすぐ終わるから、そんなに心配しなくてもいい」
「心配は、心配なんだけど……わ、私は、ハヤ君が副会長さんと、どういう関係なのかって方が気になるのだ……」
こわごわと話すハム子は、先輩と男女の関係かどうかを気にしているのだろうが──ぼくは鼻でため息を小さくついてから、おもむろに口を開いた。
「朝倉先輩は、ぼくの抱えた面倒ごとに対処できる資質のある唯一の人物で……非常に協力的で頼りにしているが、それ以上でのつき合いはないよ。変に勘繰らないでほしいな」
「……ごめんなさい。私、最近変だよね。ハヤ君を困らせたいわけじゃないのに──」
「あ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」
「うん。え、ハヤ君? おトイレに行くのに何でスポーツバッグを持っていくのだ?」
それには答えず、ぼくは身体の陰にキラキラと輝く腕時計を隠しながら席を立つと、早歩きで店内の隅にあるトイレへと向かった。
ついに、時が来たのだ。
魔界防衛大隊が劣勢を覆し、一大反攻に打って出るその時が──
薄暗い城の地下に、黒衣をまとった女性の姿が突如として現れた。
「ヘザ様、今回もお疲れ様っス」
「毎回思うが、ヘザの方は準備万端で来られるからいいよなぁ。まぁ、風呂に入ってたりとかしてたら困るから、それでいいんだが」
モエドさんと一緒にヘザを出迎え、ぼくは苦笑いをしながら言った。ヘザもまた、困ったように笑みを浮かべている。
「ええ。私もお風呂から呼ばれたりしたら、少し恥ずかしいです。……ヘザの時の身体だったらまだよかったのですが、今は──」
両の手のひらを左右の胸に当てて、内臓がまろび出そうな深い深いため息をつく。
「待て待て。ヘザ、その羞恥の方向はおかしい」
「おかしいですか? 自信のない部分を見られるのは得てして恥ずかしいものだと思うのですが──当時は特に意識してなかったですが、今思えば、昔の私のおっぱいは何というか……リーサルウェポンでしたよね、ハイアート様?」
「いや、知らないよそんなの! サラッと同意を求めないでくれ」
ぼくは背中の忘れがたい感触を如実に思い出しながら、サラッとウソをついた。アレは確かに破壊力抜群だった。
「えー。ハイアート様、ホントに知らないっスか? 長年連れ添った間柄なんスから、ちょっとは見たり触ったりしたことぐらいあるっスよね?」
「ないない。ヘザをそんな目で見たことなど一度もなかった」
斜に構えた視線を向けて、モエドさんがニヤニヤしながら訊ねてくる。ウソをつき続けるのも少し罪悪感が出てきた。
「 ──ヘザ様、もしかしたらあの方は、いわゆる貧乳系の方が好みなんじゃないっスか? そしたら今の方が──」
「ないない。それだったら今のヘザの前に、モエドさんを好きじゃなきゃおかしい──」
思わずそう漏らし、はっと言葉を呑み込んだが、遅かった。
尻を蹴り上げる小気味のいい音が地下室に響き渡った。
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