異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第三十話(三)「ウソに決まってるでしょう」
「お、おい白河、『怪物警報』だ。ど、どうするんだっけ」
「……校内にいる生徒は、各クラスの教室に集まることになっている。校舎に戻ろう」
すぐ現地に向かいたいが、下関が側にいては下手に動けない。校庭にいた運動部員の生徒たちと共に、ぼくたちは一般教室棟の昇降口へと歩き出した。
「あっ、速人君。まだ校内にいてくれてよかったです」
校舎に入り、二階へと上る階段の踊り場で、ぼくは名前を呼ばれて足を止めた。上からスポーツバッグとアーチェリー用具入れを肩にかけた朝倉先輩が駆け下りてこようとしているところだった。
「朝倉先輩。どうしましたか」
「二年生の安否確認に人手が足りないのです。速人君、手伝っていただけませんか」
「分かりました。下関、教室に行ったらぼくは生徒会の手伝いをしていると言っておいてくれ」
「ああ、分かった。がんばれよ」
下関と別れ、ぼくと朝倉先輩は階段を早足で降りて、特別棟へと向かう。
「それで先輩、ぼくは何をすればいいんですか」
「何をおっしゃっているんですか。生徒会の手伝いなんて、ウソに決まってるでしょう」
先輩がニヤリと笑みを浮かべた時、ぼくはようやく意図を察して、あっと声を上げた。
「家庭科室に行きましょう。人気もないですし、裏から校外に出られます」
周囲に人の気配がないことを何度も確かめながら、朝倉先輩は家庭科室へと身を滑らせ、ぼくもその後に続く。
奥の作業台の陰に潜んで、朝倉先輩はバッグから様々なアイテムを引っぱり出した。魔術師の外衣に弓矢、それと六〇センチメートル程度の木製の棒状のものが三本。うちひとつは厚手の布袋がかぶせられている。
「この、木の棒は?」
「あなた様のお役に立つかと、向こうで作ってまいりました。携帯できるよう、このように継いで一本にできるように──」
三本をひとつにつなぎ合わせて、布袋を取り去る。
窓から差す夕日を受けて、鋼の刃が橙色に輝いた。
「これは……槍か! ありがたいな、小剣よりずっと戦いやすい」
「さあ、駅前に向かいましょう。もう『ウィザード』は──独りではありません」
彼女は羽織った外衣の懐から出した、額に術式を刻んだ白い仮面を顔に当てて、微笑んだ。
テレビ画面が映し出す映像は、鳥瞰による街並みだった。
バックグラウンドにローターらしき爆音が響いていおり、ヘリコプターから撮影されたものだろうと想像できる。
画面の隅には「怪物出現 呉武市上空 LIVE」とテロップが表示されており、右端の方にちらりと駅らしき施設が見えた。
「あ、呉武駅の北口か。見慣れてるはずなのに、上から見下ろす構図だとすぐには分からないですね」
「そうですね。現場はここからイヨンの方に少し向かった先でしたから……あ、映りました」
道路上に黒いシミのように映る影が、画面中央に据えられる。ズームで寄ると、人の形をしているように見えたが、周囲に放置された乗用車などと比較すればその身の丈は三メートルを越える隆々とした巨躯であることが分かる。
以前に小型の人型魔物を「ゴブリン」と称したので、これは「オーク」と呼ぶことにする。
オークは巨体をよろめかせながら、悠然と歩いていく。その先にはボディアーマーを着た集団が、銀色の盾を壁のように並べている。レポーターは、彼らを県警の機動隊だと伝えていた。
タタタタッと、軽い破裂音が幾度も聞こえている。サブマシンガンの銃声なのだろう。
「まるで戦争ですね」
「ええ。効かないのは分かっているはずなのに、税金の無駄づかいです」
「彼らも必死に戦っているんですから、そういう言い方はないですよ、先輩」
とはいえ実際、銃弾の雨あられを受けてもオークは意に介さず、ズンズンと歩み寄っていく。
そしてライオットシールドの壁を目がけて、ゲンコツを振り抜く。機動隊員の多くが仰向けに薙ぎ倒された。
「……死んでないですよね?」
「警察官の重軽傷者は合計八名だったそうですが、死者が出たという話は伝えられませんでした。死んではいないと思います。たぶん」
と、不意にレポーターがカメラマンに「あっちを映せ」と興奮気味に叫び出した。カメラが流れ、ビルの狭間の一角を捉える。
建物の陰に潜み大通りの様子をうがう、黒いコート姿に仮面の男が映る。その傍らには、同様の装いをした女の姿もあった。
「うわっ。あんな所から撮られてたんですね」
「はい。防犯カメラだけでなく、ヘリなどの空撮も警戒しないといけません」
レポーターは初登場の女性の『ウィザード』について触れ、二人に増えたことを驚きをもって伝えている。
「このレポーター、少々大げさに言いすぎではないですか」
「そうですか? ネットの方でも新しいウィザードの登場で大騒ぎだったみたいですよ。特に名前をどうするかで。セカンドなので『ビースト』とする意見と女性なので『メイジ』とする意見に分かれているとか」
「実にくだらなくて、実にどうでもいい議論ですね」
「同感です。きっとこの近隣地域以外の人々にとってはショー以外の何物でもないのでしょう」
テレビ画面は再びオークの方を映し出す。蹴散らされて逃げ惑う機動隊を追い込んでいて、被害は甚大に広がるかに見えた。
その時、唐突にフレームインした黒い影がオークの背後から槍の切っ先を突き立てた。かの魔物は身体をのけ反らせて、ダメージがあった様子を見せている。
オークが振り返る。ウィザードは大きく二歩跳び退くと、槍をくるくると振り回したあとにピタッと穂先を相手に向けて構えた。
「カメラが回っているからって、ずいぶんと格好つけていらっしゃいましたね」
「奴の注意を惹きたかっただけで、他意はないですよ。この時はテレビで放送されていたなんて知らなかったし……まぁ、このポーズ自体はカッコイイと思ってやってましたが」
挑発の甲斐があったのか、オークは猛然と躍りかかっていった。ウィザードは後退しつつ、隙を見て敵の腕や膝に槍を打ったり突き込んだりと細かく痛手を負わせていく。
オークは業を煮やしたように、ウィザードにつかみかかろうと勢いよく迫った。繰り出した巨大な手のひらを、魔術師は左にスピンしながらかわすと、背中を向けて逃げ出した。
当然にその背中を追うオークだが、不意に脇の路地から飛び出した弓矢に、ものの見事に右の瞳を射抜かれる。
ウィザードはオークの右側に回り込みながら、手を高くかざすと、その手のひらで槍の穂先をさっとなでつけた。
「カメラを通すと、魔素って見えなくなるんですね。何ででしょう」
「目で見ているものではありますが、目が光を受けて感じているわけではないというのが魔界での通説になっています。この現象はその説を裏づけるものかもしれませんね」
つぶれた右眼の死角に入り、滅法に振り回す腕に近づかぬようにしながら、ウィザードはオークの右膝を深く貫いた。膝が溶けるように崩れて、そこから先の足が霞むように消えていく。
オークが横倒しになったと同時に、路地から飛び出した女ウィザードが構えていたアーチェリーの矢を放って、今度は奴の左眼を穿ち抜いた。
「何度見てもすごい。百発百中だ」
「サイトやスタビライザーのついたアーチェリーの弓だからですよ。昔はもっと粗末な弓で飛ぶ鳥を落としてましたから」
立てない上に視界を完全に奪われて、ただもがくのみのオークへとトドメをさすべく、二人のウィザードは手に魔力の光を蓄えて、術式を浮かび上がらせた。
銀色に輝くビームが二条、魔物の頭部をつんざく。
首から上を無くしたオークの全身が次第に薄らいで、やがて消滅した。
レポーターが絶叫するように、ウィザードの勝利を何度も繰り返し伝えている。
「速人君、どうかしましたか?」
「……今見て気づいたんですが、ぼくが撃った魔力弾が、反対側のビルの壁に穴を開けてしまっているんです。魔物を倒すだけでなく、力余ってモノを壊さないように気をつけなければ」
「今後の課題ですね。私も注意します」
戦闘が終わったあとも、カメラは二人のウィザードを捉え続けていた。寄り添うように立つ二人が再び術式を描き、その身体が空中にすうっと持ち上がると、レポーターの驚愕する叫びが聞こえた。
上昇するウィザードたちはテレビクルーの乗るヘリコプターとほとんど同じ高さで停止し、次の瞬間、パッと消えた。
「消えたみたいに見えますね。成功です」
「魔術で『地球の自転の影響を遮る』ことで、西に時速一七〇〇キロ弱で飛んでいっただけなんですけどね」
右往左往するカメラの映像と半狂乱のレポーターの声に構わず、朝倉先輩はビデオの停止ボタンを押した。
「さすがに生中継だったせいで、世間はウィザードが本当に魔法使いだという声が高まってます。マスコミぐるみのフェイクだと考える意見もまだ根強いですが」
「何にせよ、マズいものは映ってなくてよかったですね。ニュース中継の録画を見せていただいてありがとうございます。では、失礼します」
ぼくはパステルブルーのクッションから腰を上げた。この居心地の悪さから早急に逃れたいのだ──この朝倉先輩の、想像よりずっと女の子らしい色調の家具や雰囲気に彩られた部屋から。
「もう帰られるんですか? もっとゆっくりしていってください。お茶も用意しますし……あ、ご夕食の方はご一緒にいかがですか? 何なら今晩はこちらにお泊りいただいても──」
「できるわけないでしょ!」
このあとメチャクチャ引き止められたが、色々な意味で無事に彼女の家を後にした。
今後はなるべく学校だけで会おう──ぼくは肝に銘じつつ、冬の近づきを思わせる木枯らしが吹く中を小走りに駆けていった。
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