異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第三十話(二)「沈黙は肯定と見なすぞ」
「……ハム子」
つぶやくと、彼女は顔を上げて──赤らんだ顔を硬直させた。
「あ、お、おお……おはよう、なのだ」
張りのない声、歯切れの悪い喋り方、消え入りそうな語尾。
もう、明らかにいつもと様子が違いすぎる。
ハム子に何があったのか、などと疑問に思うことはないが──
「……おはよう。どうしたハム子、今日は──元気がないな」
「へ? ううん、そんなことない。私は、元気、なのだ……」
「と、言うか……最近見なかったよな。部活、忙しかったか」
ハム子はかぶりを振った。いつもなら、鬱陶しいぐらい人の顔を真正面からじっと見て話す彼女が、ずっと視線をぼくの顔から逸らそうとしている。
あえてそのことに触れるつもりはないが、少しは普通にできないものかと。正直、こんなハム子は薄気味が悪い。
「あ、あのね。ハヤ君に話したいことがあって来たのだ」
ぼくは口元をぎゅっと引き締めた。
まさか……もう来るのか?
まだ心の準備とか、どう返事するかとか、その他モロモロが何ひとつ出来ていないぞ。
どうする。どうすればいい。
「な、何だ急に改まって──何の用だ?」
「え、えっとね。昨日の夜、副会長から聞いたのだ。……ハヤ君は今、とっても大事な、やらなきゃいけないことがあって──副会長さんは、それが終わるのを待っているんだ、って」
「え? あ、ああ……」
ぼくは目をパチパチさせた。魔界戦争を優先して、彼女への対応を後回しにしたことを、多少ボカしてハム子にも言ったってことか……。
「副会長さんはね、私には関係のないことだから、自由にしていいって言ってたけど……私、副会長さんにはズルをしたくないのだ。だからね、そのことが終わったら……わ、私、ハヤ君に言いたいことがあるから、その時に、き、聞いてほしい、のだ」
「う、うん。分かった」
「は、話ってそれだけだから! またね!」
パッと身体を返して、ハム子はロケットスタートで瞬く間に砂塵を巻き上げつつ走り去ってしまった。
「え? あ、おい、一緒に登校するんじゃないのかよ……」
遠くなっていくハム子の背姿を見送って、ぼくは呆然としながらつぶやいた、その時。
「では私とご一緒に登校いたしましょう、速人君」
ぼくはその声ではじめて、道向かいのいつもの電柱の陰からいつものポニーテイルがはみ出していることに気がついた。
例によってまったく隠れているつもりのなさそうな彼女にまったく気づかないとは、今日のぼくは致命的なレベルでボーッとしている。
「いたんですか、朝倉先輩」
「いました。小牧君が今から十六分前に来た時の三十八分前からここにいました」
「待ちすぎ! 何だってそんなに早く来てるんですか」
「それは……その、待ち切れなくて……もう、言わせないでください。恥ずかしいです」
ポニーテイルの先が、そわそわするように揺れた。
「あ、あー、えーと……早く来てしまったのなら、そんな所ではなく家の中でお待ちいただいても構わないんですよ。母さんも、先輩にまた来てほしいって言ってますし──」
「それでは小牧君と鉢合わせて、気まずくなりそうではないですか。現にこうして隠れていなかったら、玄関先でバッタリでした」
ハム子以外の人間だったら、普通に見つかってバッタリだったと思うが。
「先輩にも気まずいって感覚があったんですね。意外でした」
「速人君は、私が石でできているとでもお考えですか。ヘザから数えて地球時間で約六六年生きてきましたが、今更ながら殿方に恋をするのも恋敵というものがいるのも、初めてなのです。私にも不安は人並みにあります──怖れも、心細い気持ちも」
電柱の後ろから顔だけをのぞかせた先輩は、眉根を寄せて、目を細めた。
「すみません、それが普通だと思います。失礼なことを言いました」
「謝らないでください。『朝倉映美』として初めて逢った頃から速人君には不思議と親近感があって、いきなり調子に乗ってイジり倒してしまいましたもの──実際は不思議でも何でもなく、本当に親しい間柄だったわけですが、速人君からすれば厚顔で大胆不敵な奴と思われたでしょう。お恥ずかしい限りです」
電柱の後ろに顔を半分だけ隠し、朝倉先輩は頬を赤らめつつ困った顔を見せた。
「……もうそんな風には思いませんから、そろそろそこから出てきてください。学校に遅刻してしまいますよ」
そう呼びかけて、ぼくはおもむろに歩き出した。間もなく左側に並んで歩く人の気配がして、ぼくはわずかに口の端を持ち上げた。
「先輩。そちら側は危ないので、右側に来ていただきたいのですが……?」
「いえ。そこはまだ、小牧君の場所です……私も、小牧君にはズルをしたくないですから。それに──速人君を守るのは、陛下より仰せつかった私の大事な役目です。逆に私が速人君に守られてどうするのですか」
「え。いや、さすがにこっちの世界でまで、ゲイバム王の命令に従わなくても──わっ」
「いいから、右側に、お寄りくださいっ」
肩口でぐいぐいと二の腕辺りを押され、ぼくは道路の右端へとよろめく。
「もう。かなわないな、先輩には」
苦笑して頭をかくと、朝倉先輩は頬を染めながらも、歯を見せてニヤリと笑った。
四限終了のチャイムが鳴り響き、教室は昼休みの和やかムードに包まれた。
「白河ー、小牧さんの方は、どうなったんだ」
不安そうな顔で訊いてきた下関に、ぼくは頬杖をついた格好のまま物憂げな目を向けた。
「ああ、その……朝倉先輩に話をしてもらって、一応は解決した、みたいな」
「何か煮え切らない言い方だな。結局、原因は何だったのさ」
ハム子がぼくを好きで、朝倉先輩にヤキモチを焼いた。
正直に言うと、間違いなく四の字固め案件だ。
「……いや、詳しいことは聞いてない。でもそのうち、普通に来るんじゃないか。一緒に学食に行くのだ! って──」
ちょうどその時、教室の引き戸がバンと開いて、大柄な人影がそこに現れた。
「は、ハヤ君! 一緒に学食に、行くの、だ……」
「──ほらな。ハム子、すぐ行くからちょっと待ってろ」
カバンから弁当箱を出して、椅子から立ち上がりざまにハム子の方を見やると、目が合った途端に彼女は上気したように顔を赤くした。
「えあ、や……やっぱり一人で食べる!」
瞬間、戸口からハム子の姿がかき消えた。あっという間もなく走り去ってしまったのだ。
「……あ、あはは。まだ、普通じゃない、ねぇ」
「……白河。放課後に二人だけでゆっくり話そうか」
肩に手をかけてじっとりした視線を向ける下関に、ぼくはしかめ面でうなずいた。
「──もしかしたらさ、副会長は小牧さんに『白河が好き』って伝えた上で、『ただの幼なじみなら私が白河とつき合ってもいいよな』とか言ったんじゃないかと」
放課後の校庭は、部活動に勤しむ生徒たちでにぎやかな雰囲気だった。
グラウンドの中央では、県内ではそこそこ強いと聞くラグビー部が実戦形式の練習をしているようだが、デカい図体の男が集団でもみくちゃになっているだけで、あの楕円形のボールがどこにあるかすら分からない。
「──そう言われて、小牧さんは気づいたんだよ。白河がただの幼なじみじゃなくて、恋愛としての『好き』だった、ってことにさ」
どこからか金属バットの甲高い響きが聞こえる。
校庭の外周を整列して走る一団が前を通り過ぎていく。ほぼ女子だが男も数人混じっており、見覚えのあるタンクトップ姿のマッチョマンがその先頭に立っていた。
とすると、アレは合唱部なのか。何で文化部が校庭をランニングなんかしてるんだ?
「──それから小牧さんは、白河に普通に接しようと思っても意識してしまい目も合わせられなくなって──って、聞いてるのか白河?」
下関に背中をバンとはたかれて、ぼくは咳き込んだ。
「聞いてるよ。まともに耳に入れると脳ミソがかゆくなるから適当に聞き流してただけだ。一体何なんだ、その少女漫画趣味全開の妄想はっ」
「おかしいか? 割といい線行ってると思うんだがなー」
本当にいい線行っているから始末が悪い。
「それだと朝倉先輩までぼくが好きって話になるだろう。本当にそう思ってるのか」
「なくはないと思うな、俺は。少なくとも、小牧さんがガチでラブだってのは、さすがに分かったんだろう?」
「……」
「沈黙は肯定と見なすぞ」
「……だから、逆に納得できないんだ。ぼくは、取り立てて長所のない──つまらない人間なのに」
もう一発、下関の張り手を背中に受けて、ぼくはまた咳き込んだ。
「白河、おまえなぁ。人の好きなものを、自分が理解できないからってけなすのは、良くないことだぜ」
「えっ。……それは、一般的にはそのとおりだが……」
「どんな場合でも道理は同じだよ。人の好きなものを侮辱したら、その人の好きな気持ちまで侮辱するのと同じだ。それに──俺はおまえが人に愛される人間だと思ってる。小牧さんも副会長もおまえが好きになったって、何の不思議もない」
そう言われても、にわかには呑み込めない。
ハム子や朝倉先輩や、下関を信用していないわけではない。彼らに嫌われたくはないが、分不相応な好かれ方をされるのも息苦しい──
「……おまえ、また小難しく考えてるな? あんま気負うなよ、こっちは白河のことが、勝手に好きになってるだけなんだからさ。おまえも少しは自分勝手に──」
唐突に、ぼくの胸元からギュンギュンとけたたましい警告音が鳴り響いた。
ぼくのスマートフォンだけではない。下関のカバンからも、校庭のあちこちからも、激しく耳障りな音が一斉に轟いている。
地震や弾道ミサイル発射といった事態に発せられる緊急警報の音だ。だが最近では、新たな国民保護情報の伝達にこのシステムが利用されている──
『怪物出現情報:呉武市比茂一丁目付近に目撃情報。付近の住民は直ちに避難してください』
取り出したスマートフォンの画面に浮かぶ文面に、ぼくは顔を険しくこわばらせた。
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