異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第三十話(一)「買いかぶりにもほどがある」
「やれやれ。私としては、君にはただの幼なじみのつもりでいてほしかったんだがな」
カーテンの向こう側から、朝倉先輩の残念そうな声が聞こえてきた。
「あ……ごめんなさいなのだ。副会長さんも、ハヤ君を──」
「……嫉妬がないわけではない。あの方との距離感のなさをうらやむ思いはある──だがそれ以上に、あの方に要らぬ心配を抱いてもらいたくない。──嫌な気持ちも併せ呑む覚悟ができたのなら、もう速人君に会わないなどとは言わないな?」
「うん。ていうか──今すごくハヤ君に会いたい。会って──どうしたらいいのかは、分かんないけど」
「ははは、あわてて行動するとし損じるぞ。顧問と部長には直接帰らせると言ってあるから、今日はもうこのまま家に帰って、速人君に会うのは明日にするといい。カバンも持ってきてある」
「あ、ありがとうなのだ。……あの、副会長さんがイヤじゃなきゃだけど、またお話してほしいのだ。副会長さんがハヤ君と一緒の時はちょっとイヤだけど、副会長さんが嫌いなのでは、ないのだ」
「もちろんだ。君は、いわゆる恋敵というものかもしれないが──かわいい後輩であり、友人であることは変わらない……」
保健室の引き戸が開く音がして、廊下で何言か言葉を交わす声が小さく聴こえたあと、戸の閉まる音がした。
とてつもなく居心地の悪い時間が終わったことに、ぼくは静かに息を吐いた、直後。
ジャッと音を立てて、勢いよくカーテンが開いた。
「お聞きになりましたか、速──」
朝倉先輩の目に、驚きの色が宿る。少し目を離した隙に魔術師スタイルに変わっているのだから、そりゃ多少は意表を突かれて当然だ。
「た、ただいま」
「……ふふ、お帰りなさいませ。まさかこんな時に召喚されているなんて思いませんでした。そうしますと──お約束どおり、あちらで私を召喚していただけたのでしょうか」
実に奇妙だが、「異世界召喚ゴムパッチン理論」に基づく法則によれば、ここにいる先輩はダーン・ダイマに召喚される前の先輩だ。
彼女が召喚されるタイミングは、ぼくが召喚されてから召喚するまでの実時間、つまりは──
「ええ。今から五、六時間後に召喚されます」
「そうですか、楽しみですね。グーク王太子殿下に、モエド魔術官……また彼らに逢えるなんて、夢のようです」
ここでどんな再会だったかをしゃべるのは野暮なことだ。ぼくはただ黙って微笑むに留めた。
「おっと、こうしてはいられません。召喚される準備をしないと。速人君、早く帰りましょう」
「え、待ってください。この格好では外に出れませんよ」
「そのバックパックだけでしたら、そこまでおかしな格好にはならないでしょう。他をそれに全部詰め込んで──」
リュックサックというよりは、まるで軍隊の背のうのような革の袋をパンパンに膨らませて背負い、保健室を後にする。
周囲の視線が痛いような気がしたが、気のせいだと思い込みながら帰路を急いだ。
その日の深夜、もうすぐ日付が変わろうとしている頃、スマートフォンに着信があった。
いつもはもう少し早い時間に寝ているのだが、ぼくは待っていたのだ──彼女が異世界から帰還して、連絡が来るのを。
「こんばんは、朝倉先輩。いかがでしたか、初召喚の気分は」
「ハイアート様、夜分遅くまでお疲れさまです。こちらに戻ることを『パッチン』と称した意味がよく分かりました」
「こっちに戻ったら『速人』ですよ先輩。そうそう、アレは『パッチン』以外の何物でもないですよね」
世界にたった独りだった召喚者がふたりになって、その感覚を共有できることが、何だかとても嬉しい。
「それで、ぼくがパッチンした後、どうなりましたか」
「ええ、実は……その後地球時間で、一週間少々残れまして」
「そんなに?」
ぼくは仰天した。モエドさんのその都度の術の完成度に左右されるが、ぼくの滞在期間は大体四日間ぐらいだ。
考えてみれば、ぼくは詠唱を併用せずに、ほぼ完璧な召喚魔術を行使した。逆にそれでこの期間の長さとなると、モエドさんの組んだ魔術式はオド老師のそれと比べて何かしら大きく不足しているものがあるのだろう。だからといって、モエドさんがオド老師に劣らない魔術の超天才であることに変わりはないのだが。
「それで──その間に大洞穴の探索はほぼ完了してしまいました。魔物の掃討もほどなく十分なものとなるでしょう」
「そうですか、それは何よりで……って、えええええ」
「多少、無茶をした感はありますが……早く戦争を終わらせたいという気持ちが先走ってしまいました。もちろん双方の世界平和のためでもありますが、主に個人的な事情の方で」
そんなに早くぼくに結論を迫りたいのか。
いや、その問題から逃げ続けているぼくが悪いのだが……言いわけをさせてもらえるなら、四十二年間もの人生を通して一切なかった恋愛沙汰が、この数日間で怒涛のように湧いてきたわけで。
しかもその人生経験の大半を魔術スキルを磨くために費やして、元々ほぼゼロだった対人スキルはまったく成長していないのだ。ダーン・ダイマで一目置かれる大人物でいられたのは、魔術というステータス込みのぼくであって、ぼく自身には何のカリスマもない。
「えっと、こんなことを訊いてはまた無神経な奴と言われそうですが……その、いつから、ぼくが運命の人だなんて、思ったんですか」
「そう直球で訊かれますと、恥ずかしいですが……私も昔のことで、どの時からというのははっきりしません。ただ……」
「ただ?」
「……私を伴ってゲイバムをご出立なさる際に、ハイアート卿などと呼ばないでほしい、とおっしゃられたでしょう。その時私は、失礼ながら……可愛いお方だ、と思ったのです。振り返ればあの時から私は心を動かされていましたし、いつかこの方を愛することになるのだと、予感していたように思います」
最初からだった。
それにしたって、その時のぼくは生来のコミュ下手が災いしてオロオロとしていただけなのに、どう捉えたら「可愛い」などという感想になるんだ。
「──それからあなた様のお供であるうちに、『六行の大魔術師』の雄々しく偉大な勲しからは思いもよらないハイアート様個人の実像に触れて、いつしか心惹かれていたのです。どのような人にも、どんなに小さな事にも、朴訥としながらも優しく、正直に、温情をもって、親身に、細やかに、何も欲さずに施しを与えていく、そのお姿に……」
買いかぶりにもほどがある。
人と上手くコミュニケーションが取れないから、誰にでもいい顔をしてきただけだ。救世主と言われても何をすべきか分からなかったから、目につくものを手当たり次第に助けていたら、クセになって困っている人を放っておけなくなってしまっただけだ。
やっぱりダメだ。
こんな──人を騙しているみたいな好かれ方をしてはいけない。
かといって、ヘザに……朝倉先輩に失望されるのも、身を割かれるように辛い。
ぼくは、一体どうすれば──
「……ハイアート様?」
「……あ。すいません、少しボーッとしていました。今日はもう遅い時間なので、話はまた今度にしましょう。おやすみなさい」
「分かりました。ハイアート様、お疲れになりませんように。おやすみなさいませ」
通話が切れて、ぼくは低く唸るように、苦々しげな吐息をついた。
少なくとも、魔界戦争が終わるまでは現状維持だ。
だが、そのあとは……。
憂鬱な気分を腹に抱えながら、ぼくはベッドに身を投じた。
翌朝。
学校に出る支度を終えて、階段を降りる。
「おはよう」
「おはよう、速人。朝ご飯できてるわよ」
そうだ。父さんは今日から九州の方に遠征しているんだった。ぼくは母に向けてうなずきを返すと、リビングからのテレビの音に耳を傾けながら食卓についた。
テレビは連日、発陳市を中心に起きている怪物騒動を伝えていた。その過熱ぶりは、日本国民の一番の関心ごとになっているということの表れなのだろう。呉武高校の周りでも、報道レポーターやカメラマンの姿をよく見かける。
国民の知りたいという要望に応えたいというメディアの意欲はうかがえるが……黒く奇怪な姿をした謎の生物で、拳銃で撃たれても傷つかず──唯一『ウィザード』のみがそれを退治できる、ということだけが事実として伝えられるものの限界だった。
そうなると、残りは憶測でものを言うだけしかなくなるわけで、突拍子もない話がいくつか飛び交っていた。新種の生物説、外国の軍事兵器説……「ネット上の噂話」と前置きしてだが、ファンタジーな異世界から来たモンスターと報じる番組もあった。さすがに笑い話として片づけられていたが、それが一番真実に近いというのも、実に皮肉なものだ。
そしてテレビなどが熱心に伝えるもう一つの情報が『ウィザード』の話題だ。
映像や証言などからウィザードの実像に迫ろうとしていたが、一八〇センチメートル以上ある粗野な大男だとか、二十代ぐらいで中肉中背だとか、人の印象というもののあやふやさを実感する内容でしかなかった。
ウィザードに関するもう一つの注目点が「本当に魔法使いなのか?」という部分だ。それについては百家争鳴だったが、ぼくが気に入っているのはある近代兵器の専門家から述べられた意見だ。
体育館での戦闘のビデオを分析した結果、彼はこう言った。「強力な爆発にも関わらず、破壊された物の粉塵がわずかに見られるのみで、硝煙も水蒸気も発生していない。火薬や化学反応やプラズマによる爆発でないとするなら、未知のテクノロジーという他になく、それはもはや魔法と呼んで差し支えないものだ」と。
「ごちそうさま」
ぼくはダイニングを離れ、歯磨きのあと、カバンを下げて玄関へと向かった。
「いってらっしゃい。最近物騒だから、早く帰ってくるのよ」
「はーい。いってきます」
生返事を返して、ローファーに足を入れる。ここしばらく、母さんから「早く帰ってこい」という言葉を何度も聞かされているが、こんなに異変が頻発している状況ではぼくが親でもしつこいぐらいにそう言ってしまうだろう。心配してくれる人がいるというのは本当にありがたいことだ……その原因がぼくなのだとしても。
玄関のドアを開けると、門の前に、人影があった。
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