異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十九話(三)「ちゅどーん。」
ナホイが王宮から姿を現すと、すでに航空舟の甲板上に集合していた一同からほっとため息がもれた。
「遅いですねぇ、ナホイ。何してたんですかねぇ」
「悪ぃ。槍の柄に亀裂があったのをさっき見つけてな。替えを探してた」
ブンゴンが文句を言うと、ナホイは頭をペコペコと下げながら、舟にかかる縄ばしごを伝ってきた。
「いつもギリギリだから、多少何か問題が生じた際に遅れてしまうのだ。以降はもっと早くに準備を始めろ」
「分かったよ。まったく、生まれ変わってもお小言だけは変わらねぇんだな」
「小言が変わらぬのはおまえが変わらぬからだぞ、ナホイ。──さてハイアート様、出発させてもよろしいですか」
ぼくに向き直り、直前までナホイに向けていた怒りの表情をころっと笑顔に変えて、ヘザが訊いた。
「ああ、やってみてくれ。上手くいかなくてもぼくが補助するから、自信を持って」
「了解しました。いきます……」
ヘザは諸手に水と風の精霊力をいっぱいに貯めて、魔力と共に舟の術式へと打ち込んだ。十分な出力だ。
波間にたゆたうように、舟が空中にすうっと浮かぶ。緊張していた彼女の顔がふわりと緩んだ。
「これは……実に素晴らしい。本当にヘザ殿はハイアート殿に並ぶ『六行の大魔術師』となったのだな」
「いや、グーク。ヘザは前から、精霊力の扱いにかけてはぼくより上手かった。だから──彼女はぼくを超える『六行の大・大魔術師』だ」
グークの目を剝くさまに、ぼくは肩をすくめ苦笑いで応えた。
続いてヘザは風精霊術を操って帆を膨らませ、航空舟は悠然と大空を駆け出した。魔界の険しい山々を眼下に望み、舳先は一路、城の北東に位置する大洞穴第四出口へと向けられた。
「どうだ、ブンゴン。まだ慣れないか」
船尾が定位置のブンゴンは、相変わらず身体を縮めて座っている。彼は頭を振り、力なく吐息をもらした。
「毎回我慢して舟に乗ってもらって、すまないな。ただ、舟の上でぼくが『パッチン』しても、もう君の出番はなくなったはずだ。まったくの同時に彼女までいなくなることはないだろうからね」
「そうですねぇ……しかし、驚きでさぁ。救世の英雄さまが、二人に増えちまうなんてねぇ……」
「英雄が一人と決まっているわけではない。百人いたっていいだろう。そしたらあっという間に世界が平和になりそうだ」
「そんなに多いと、英雄さま同士で戦争を始めてしまいそうな気がしますがねぇ……たった二人だけでも、ケンカしたら冗談抜きで世界の危機なんで、ヘザとは仲良くしておいてくだせぇや、旦那」
マストの下にいるヘザを見やる。彼女はぼくの視線に気づくと、手を振りながら歯を見せて笑った。
「……あ、ああ。少なくとも向こうは、仲良くする気満々だしな……」
ぼくは口から魂のまろび出そうなため息をつきながら、世界平和とぼくの貞操観念を天秤にかけさせられる羽目になったならどうしようかと、かなり真剣に悩んでいた。
第四出口から、大洞穴内部へと進む。
ランタンは以前と同じくヘザが携えたが、その光も彼女が生み出したものだ。
「光精霊術は他の四つと比べてクセが強いのに、すぐ扱いを覚えてしまったな」
「恐れ入ります。ですが私の感覚では、光精霊は風よりいい子ちゃんでしたよ」
うきうきした様子のヘザに、ぼくも思わず頬がゆるむ。
元々精霊術師なので当然といえば当然だが、彼女が「無垢なるもの」としての力を得て、六行の術を使いこなせるようになるまでにはまったく時間を要しなかった。ぼくが一人前の術師になるまでに六年を費やしたことを思うと、多少やるせないが……。
「……この二〇〇ネリくらい先に、中程度の魔物反応があります」
ヘザは「魔物感知」役も申し出てきたので、それも任せてあった。ここの魔素の濃さでおよそ二四〇メートル先の魔物に感応できるのなら、地上なら一キロメートルぐらい先は軽く視えるはず。グーク基準に照らせば、彼女もまた「バケモノ」って奴だ。
「よっしゃ、出番だな! 王子様、前に──」
ナホイがトンボから槍に持ち替えたその時、彼のかぶとの上を火炎の球がかすめた。
ちゅどーん。
魔術でコントロールされたそれは、ナホイの頭だけをくにゃりと避けてまっすぐに洞穴の奥へと飛び込み、風精霊の力で急激に膨張した。
平たく言うと、爆発だ。
戦闘態勢に入ろうとしていた者たちは、ぼくを含め、轟音と閃光がはじけて瞬時に消えるさまをただ呆然と見守った。
「反応、消滅しました」
「……あ、ああ。皆、ケガは……」
あるわけない。
「殿下、先を急ぎましょう。あと五週間ですべて踏破しなければならないのですから」
「そうだな。ナホイ殿、作業に戻ってくれ」
納得がいかないといった顔で、ナホイは装備アイテムを再び槍からトンボに戻した。ヘザの元々のセンスに加え高出力高威力の混合精霊術を操られては、ナホイはもちろん誰の出番も回ってはこない──
「あっ」
ぼくは、突飛な感嘆に虚をつかれた表情のグークに向き直り、おそるおそる訊ねた。
「グーク……もしかして今回、ぼくは何もしてなくないか? てか──ぼく、要らなくなくない?」
彼は眉をひそめ、渋面を作る。そこに気づいてしまったか……と言いたげな顔をしていた。
「い、いや。要らなくなくなくなくないぞ。なぁ、ヘザ殿」
急に話を振られて、ヘザが目をパチパチとさせる。
「え? あ、ハイ、そうですね……魔物感知はとても疲れますのでいずれ交代していただけたら助かりますし、魔術に関してはまだ未熟ですので都度ご教授いただきたいと思いますし……」
「と、いうわけだ。それに一応探索隊の隊長だからな、いてもらわなければ……えー、だから、要するに困るんだぞ」
二人とも、必死にぼくの存在意義について考えてくれて、嬉しくて涙が出てくるよ。
「……あっと、お話中に失礼します。前方約二〇〇ネリ先、中程度の魔物が急速に接近しています」
「よっしゃ! 今度こそ俺の出番──」
ちゅどーん。
二日半で目的の第十四出口まで到達してしまった。
「予想より半日以上早いペースですねぇ」
ブンゴンが、地図に出口の形状を書き記しながらつぶやいた。第十四出口は切り立った断崖の中腹に空いていたため、出口自体は使えないと判断して引き返しているところだった。
出口と、古文書でいうところの「第二宿場」とを結ぶ路線のちょうど中央辺りで、ブンゴンがふと足を止める。
「ここですぜ、旦那」
「よし、目印をつけておこう」
地面に手を当てて、土精霊力を込めながら上に持ち上げる。一里塚のような細長い石柱がニョキっと飛び出した。
次に指先に土精霊力を集中させて、柱の表面をなぞり、文字を刻む。
「この上……鹿屍砦、っと。これでよし」
この地点が重要なのは、ここが砦の真下に位置しており、少し掘り進めばすぐに砦内部に侵入することができるからだ。
「これでひとまず、砦の攻略の道のりまでは目処がついたわけだ。あとは時間の許す限り、未踏の地を探索して魔物の排除を──」
パッチン!
……そうは言っても、こっちの方の時間がなかなか許してくれない。
ぼくは保健室のベッドに腰をかけた姿勢で、誰にも聞こえないように小さくため息をついた。
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