異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十八話(一)「あなた様が超のつくニブチンだからですよ」
「どうぞ」
生徒会室のドアをノックし、朝倉先輩の声が返ってくると、ぼくはほっと小さく息をついた。
「失礼します」
「速人様……あ、いえ、速人君。お疲れさまです」
部屋に入ると、長机の奥に朝倉先輩がただひとり、ぽつんと座っていた。
「……会長とかは、いないんですか」
「先週まで業務が停止してましたので、皆たまった仕事に追われていまして。私は留守番当番でここに待機しているだけです」
「そうですか。では、少々お話をさせていただいてよろしいでしょうか」
「もちろんです。速人君から話がある時は、いつも困りごとなのが残念ですが……たまには嬉しいお知らせも耳にしたいものですね。デートのお誘いとか」
蠱惑的な笑みを浮かべてパチっと目配せをしてきたので、ぼくは心臓を小さく躍らせた。
「そ、それはまた、前向きに検討させていただきますので……それで本題ですが、実はハム子のことでご相談が──」
※※※ 説明中 ※※※
ぼくが事情を話し終わった時、朝倉先輩は机に顔を突っ伏していた。
「……もう……それをどうして私に相談しに来るんですか~~」
「え、ダメでしたか」
「いえ……速人君らしいといえばらしいです、その無神経さ」
先輩は顔を上げて、げんなりした表情を見せる。ぼくは頭を掻きながら眉根を寄せた。
「分かってますよ、ぼくが女子のことにドン臭いことぐらい。ですから同じ女子として気持ちが分かるかと思って、先輩にご相談を──」
朝倉先輩が、ドンと両こぶしを机に叩きつけた。
「あのですね、ハイアート様! 私も同じ女子だからこそ、あなた様の無神経さは私にも結構キツいんですよ。その辺り、お分かりいただけませんか?」
彼女はダーン・ガロデ語で勢いよくまくしたててくる。うっかりヘザに戻ってしまうほどのお怒りを買ってしまったようだ。
「……ごめんなさい」
シュンとなって頭を下げると、先輩は腕組みをして困ったような笑顔を見せた。
「……もう、その顔はずるいです。分かりました、私が小牧君と話してみましょう。ところで今、小牧君は──」
「バレー部の練習中です。今日はグラウンドの方だったと思います」
「そうですか。では、体育館の裏庭にでもお越しいただいて、じっくり話し合うこととしましょう」
「……先輩に体育館裏へ呼び出されるって、何だか『一年のくせに生意気だ』とか言われてシメられるシチュエーションに思われませんか」
「速人君はヤンキー漫画の読みすぎです。それで──速人君にもその場で話を聞いてもらった方がよいと思いますが、小牧君が話しにくくならないよう、隠れていてください。焼却炉の裏にでも」
「えっ。盗み聞きしろっていうんですか」
ここ最近の経験からして、他人の会話をこっそり聞くのはろくな結果にならない。ぼくが警戒を露わにすると、朝倉先輩はふんと鼻息を荒くついた。
「あなた様が超のつくニブチンだからですよ。彼女の本音を直接聞いて、あなた様にもこの問題について真剣に考えていただくべきかと存じます」
「……そう言われると、返す言葉がないです。分かりました、先に行って待ってます」
ぼくは席を立ち、深く頭を垂れた。
ということで、ぼくは朝倉先輩に言われるがまま、体育館裏の小庭にある焼却炉の裏に身をかがめて二人が訪れるのを待っている。
ハム子の本音、か──
ぼくが勝手に思う彼女のイメージは、よく言えば明るく竹を割ったように素直で、悪く言えば悩みもなく何も考えてなさそうな、そんな姿をしていた。
しかし最近、彼女は自身がそういうキャラであるべきだと考えていて、どんな時もそう装っているだけなのかも、とも思うようになった。
朝倉先輩が引き出してくれるだろうハム子の本音を、しっかりと聞き届けなければいけない。そしていつも明るく振る舞ってくれていた彼女に、ぼくにできることを考えたい──
近づいてくる人の気配を感じ、ぼくは焼却炉の影から、そっと様子をうかがった。
「──さて、ここなら誰も来ない。君と私の二人だけで、腹を割って話そうじゃないか」
朝倉先輩は腕組みをして、仁王立ちのように堂々としていた。部活を抜けてきたらしくTシャツ短パン姿のハム子は、彼女の前でいたたまれなさそうに大きな身体を窮屈そうに縮こめている。
「単刀直入に訊こう──小牧君は、私が嫌いか?」
え?
託した以上は、朝倉先輩に任せる他にないが──先輩の質問の意図が読めず、ぼくは目をぱちくりとさせた。
ハム子は先輩に正鵠を得られたといった風にはっと顔を上げ、それから間を置いて、首を横に振った。
「……そ、そんなことないのだ。副会長さんは、嫌いじゃない……ステキな人で、尊敬できて……私は、好き、なのだ」
「ありがとう。私も、いつも元気で人懐こくて、ワンコで好きモフモフ好きな小牧君が好きだ」
そう言って、先輩は歯を見せて笑った。
二人の関係は、一応良好だと見てよいのだろう。ハム子の心の乱れの原因がここにあって、これで無事解決となればいいが──
「──では、嫌いなのは……速人君の方か?」
ええ?
さすがに、それはないと思いたい。
思いたいが、ないとも言い切れない。人の心ほど、よくも悪くもたやすく移ろうものはない──それが長年のつき合いがある幼なじみであっても。
正直に言えば……ぼく自身は昔から、そして今でも、彼女が好きだ。
恋とはちょっと違うものだと思うが、一番気の置けない存在であり、大切にしたい絆なのだ。
「そんなの──あるわけないのだ。ハヤ君は……ずっと一緒だったのだ。これからも……ずっと、一緒に……いてほしいのだ……」
ぼくは小さく安堵した。ハム子の気持ちは、変わっていない。
であれば、一体何が彼女の心を乱しているのか。
「……一緒にいてほしい? では、彼はそうしてくれないのか」
すいぶんと意地悪な言い方をするものだ。先輩は、わざとそうしてハム子の本音を引き出そうと考えているのだろうか……。
だが確かに、ぼくがぼくの責任においてやるべき務めが命の危険をはらんでいるために、ぼくはたびたびハム子を自分から遠ざけていた。それが嫌だとも、言っていた。
反省はすべき点だが、だからといって、責任を果たさぬわけにもいかないし、彼女を危険に近づけるわけにもいかない──
「……ううん。ハヤ君は、私が望むだけ、一緒にいてくれる。私が願っても、一緒にいてくれない時もあるけど……その時は、私を守ってくれてるからなのは、分かってるのだ……」
──いや、そのことは彼女の中で整理がついているようだ。
彼女の本音はどこにあるんだ。もう、ぼくがどう考えても答えは出そうにないし、先輩に上手くやってもらうしかない。
「……なら、この先も一緒にいてほしい、と願うのは──この先、一緒にいてくれなくなると思っているからか……?」
朝倉先輩が、やや表情を曇らせる。ハム子はしばらく沈黙したあと、切れ切れに、言葉を絞り出した。
「だって……だっていつも、副会長さんが……いるから……!」
……これを、どう解釈すればいいのか。
何というか、ぼくの理解力のキャパシティを完全に超えている。
「……副会長さんは、いい人で、好きな人……なのに、すごく嫌な気持ちになるのだ……副会長さんが、ハヤ君と……どんどん仲良くなってるの……! そのうち、ハヤ君はきっと、副会長さんのこと好きになって……カレシになっちゃうんだって、思っただけで、お腹がムカムカして……すごく、すごく、カーッてなるのだ……!」
あの時のように、声が震えている。身体も震えている。
「ふ、副会長さん……副会長さんは、ハヤ君のこと──好き、だよね? ハヤ君と、恋人として──おつき合いしたいって、思ってるよ、ね……?」
朝倉先輩は目を閉じて、ふーっと長い息をついた。
「……腹を割って話すと言ったからな。私は、速人君を──『運命の人』だと思っている。彼にかしずくことに喜びを感じ、命を賭して守りたくあり、そして……一生彼の側に寄り添い、共にありたい──そう願っている」
重い。重いよ。
正直な想いなのだろうが、とても現代日本の十七歳の女子高生の口から出る恋愛観じゃない。
「……は、ハヤ君は、副会長さんと……もう──」
「いや。速人君のお心は、私にはない。私もあえてそれを求めることはしない──だから、ただ一度。一度だけ、私と体を重ねていただければ、それでよいと──小牧君?」
ハム子の様子がおかしい。
身体をくの字に曲げてガタガタと震わせ、かすれたうめき声を上げている。
「う、うう……だ、ダメ……気持ち、悪い……私、『悪い子』に……なっちゃ……う……! わ、わ、私ト……ハヤクン、ハ、ワタシト……ズット……ユ……ユルサナイ……!」
ぼくは、何とうかつだったのだろう。
誰よりもぼくと長い時間接している彼女が、誰よりも──魔素に汚染されていないはずがないのだ。
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