異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです

観音寺蔵之介

第二十六話(四)「悲鳴を上げ続けた」


  ──ぼくは、自分の部屋にいた。
  
  夕闇の中、灯りもついていない、部屋の中にいた。
  魔力は、すでにかき消えていた。 手」もなくなっていた。
 手」がつかんでいたものも、もう、どこにいったのか、分からなくなっていた──
 ヘザ……?」
  呼んでも誰も答えるはずがない。
 ヘザ……どこだ、ヘザ……?」
  手で虚空を掻くが、何も触らないし、分からない。分かるわけがない。
  もう、ヘザは、いない。
  いなくなってしまった。
  その事実が、じっとりと、ぼくの心に浸透していく──
 あ……あ……あああ……!」
  本当の悲しみに直面すると、泣くことすらできないのだと、ぼくは知った。
  フローリングの床に突っ伏して、頭を抱えて。
  ただただ、嗚咽のような、悲鳴を上げ続けた。
  
 どうぞ、ヘザとお呼び捨てください。私も、距離を置かれるような呼ばれ方は好みませんので』
  こんな美しく優れた人と仲良くなれるはずがないと思っていた。ぼくが彼女を好んだとしても、その逆は絶対にないと思っていた。
  好かれるように振る舞った憶えはないし、そもそもどう振る舞ったら好かれるのかも分かっていない。
  なぜ彼女は変わったのだろう。なぜ、ぼくは変わらなかったのだろう。
  
 わ、私は……ハイアート様が、お優しいから、お優しいと申し上げているのです。世界中の全ての人があなた様を悪しざまに批判したとしても、私だけは──』
  ぼくは彼女の信頼を疑わなかった。
  でも、彼女の親愛を疑った。
  それを分かっていたから、彼女は、胸の痛みを押し込めてきたのかもしれない。
  勘違いだったら恥ずかしい、なんて思うのではなかった。
  
 ……いけません、ハイアート様……そのように私を……私は…………』
  愛おしさに任せて彼女を抱きしめていたなら、後悔のない関係を築けていたのだろうか。
  過去を思うと、いつも今が恨めしい。
  その時、その時の判断はいつも正しく選択し、いつでも精一杯やってきたはずなのに。
  
 私は……ハイアート様と共に生き、もしもの時は、共に逝きたいのです。叶うものなら、死出の旅路も、生まれ変わったとしても、ずっと……お側に……』
  あの時、戦争が終わったらどうするのか、とは考えられなかった。訊ねたなら、きっとこう答えたのだ。 戦争が終わってもです」と。
  ぼくだけが生き残ってしまったら、ぼくはどうすればいいんだ。せっかく彼女が身を捨てて救ってくれた命なのに、今はもう、生まれ変わってしまいたい。
  
 ハイアート様。はばかりながら申し上げます。私に、夜のお務めをお命じください』
  ぼくの罪は、まだ存在もしていない未来のために、今を生きる彼女に何もしてやれなかったことだ。
  後から言っても何の意味もない言葉だが、それでも言わざるを得ない。
  ぼくは間違っていた。
  
  ……床に突っ伏したまま、どれほどの時間が経ったのだろう。
  玄関から聞こえる呼び出しベルの音で、ぼくはふっと我に返った。玄関先で出迎えた母と客の声が小さく聴こえてくるが、誰の声かすら分からないほどかすかにしか聴こえない。
  やがて玄関のドアが閉じる音がした。この時間に来る客なんて、ハム子のお母さんか、ハム子本人ぐらいしか思い当たらないが、ハム子にはゆっくり休むように言ってあったし──
  突然、階段を駆け上がる音が響いてきて、ぼくはドキリとして立ち上がった。
  まさか、ハム子の奴が……。
  これはまずい。まだぼくは、ダーン・ダイマから戻ってきた格好のまま──
  ダンと音を立てて、引き戸が勢いよく開く。
  戸口に現れたのが意外な人物だったことに、ぼくはまた驚いて、目をまたたかせた。
 ……あ、朝倉先輩……?」
  上ずった声で、彼女の名前を呼ぶ。
  正体がほとんどバレているとはいえ、今の姿を見られてよいものではない。
 せ、先輩、あの、これは……」
  何とか言葉を紡ごうとするぼくを、朝倉先輩は部屋の前で立ち尽くしたまま、ぼうっとした表情でぼくを見つめている。
  そして不意に──彼女の大きく開かれた瞳から、大粒の涙があふれ出した。
  再三、ぎょっとさせられたぼくの懐に、先輩は何も言わずに飛び込んできた。ぼくは勢いに押されて尻もちをつき、まるで押し倒されたような格好になった。
 ……せ、先輩……何を……?」
  朝倉先輩はぼくと至近距離で、目と目を合わせて向かい合う。唇が何かを言わんと、ゆっくりと開く。
  その間も彼女の頬を、涙は、とめどなく流れ続けた。
 今、分かりました。すべて思い出したのです。ハイアート様」

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