異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十五話(一)「君の幼なじみ力は五三万です」
何の話だよ!」
「……いや、それは俺が聞きたいんだけど。話したいことって何だ?」
きょとんとした表情の下関を前にして、ぼくは目をパチパチとさせた。
しまった。変なタイミングで戻されてしまった──
「あ、ええと、実はな……」
「──あれ? その衣装……そんな感じだったっけ? 何だか雰囲気が……」
下関が『ウィザード』の衣装(本物)をジロジロとねめつけてくる。
ヤバいな、意外に観察眼が鋭いぞ。
「……そ、そう! 話ってのは、この衣装がとても出来がよくてすごく気に入っちゃったから、ぼくにくれないかと思って! 材料費は後で払うから!」
苦しまぎれに出まかせを言ったが、下関は頬をゆるませた。
「そう言ってくれると、俺も嬉しいな。うん、それは白河にあげる。お金はいらないよ──不良たちの件とか、ジュリのこととか、ずっと何かお礼がしたいと思ってたんだ」
「そうか、悪いな。ありがとう──じゃ、ハム子を待たせてるから、ぼくはこれで。あわただしくてすまないな」
「ああ。気をつけて」
手を振る下関を尻目に、急いで玄関を出る。
何とかごまかせたが、少しばかり罪悪感がつのる。借りを作っているのは、どちらかといえばぼくの方だな……。
「ハヤ君……用事、終わったの?」
門の前で待っていたハム子が訊いてきて、ぼくはうなずいた。本当に話そうと思っていたことは、また今度でいいか。
ぼくは門をくぐって、ハム子と並んで歩き出した。当たり前だが、帰り道は家に着くまでずっと一緒だ。
駅前を過ぎて、ぼくたちの生活圏内である見慣れた街並みに差しかかる。その間、珍しいことに何の会話もなかった。
「……ハム子、今日は……楽しかったか?」
沈黙するハム子に薄気味悪さを感じて、これまた珍しく、ぼくの方から話しかけた。口角の上がった、俗に言うアヒル口のため基本的に笑顔に見える彼女の表情が今は冷ややかに感じるのは、フランケンメイクのせいとも思えない。
「うん。楽しかったよ……パレードは、この間の文化祭みたいにまた中止になっちゃったのは残念だったけど……」
「……」
ぼくは渋い顔をしてうつむいた。ハム子や、多くの市民の楽しみだったハロウィン仮装パレードもダメにしてしまったのだ──ぼくのせいで。
不幸な目に遭う人々を増やさないためにも、一刻も早く魔界戦争を終結させなければならない──それが、ヘザや異世界のみんなとの、今生の別れを意味することだとしても。
「……その、パレードで逮捕された人の話、ニュースに出てたのだ。人を叩いたこと、全然憶えてないって言ってるんだって」
「……ウソをついて、容疑を否認したいだけなんだろう?」
「私も普通はそう思うんだけど……これって、荒岩先生の時とまったく同じなのだ」
いくらハム子でも、そこは気づくか……。
「たまたま似たような事件になっただけで、関係はないんじゃないか」
「偶然っていうには、この辺りだけで変なことが起こりすぎなのだ。でもって、その全部に『ウィザード』が関わってる……」
「いや、ガンテツの件は違う──」
言いかけて、ぼくは、ハム子が何を言いたいのかを理解した。
「──あー、ハム子。つまり、ガンテツの件も『ウィザード』が解決した──そういうことなんだな」
ハム子は答えなかった。ただ黙って、普段見せないようなひどく困った顔をしていた。
「前に説明して、疑いは晴れたんじゃなかったかな。君の勘違いだと──」
「私が、ハヤ君の声を聞き間違えると思うの?」
あな恐ろしや、幼なじみパワー。
確かにぼくも、多少声色を作ったところで九年間耳にし続けて記憶にしっかり刻みつけられたハム子の声は、聞き間違えない自信がある。
仕方がない。ハム子を侮ってしまったのは、ぼくの落ち度だ。
「……分かったよ、ハム子。ぼくは『ウィザード』だ」
ぼくは、目を細めて、微笑んだ。
ハム子は黙ったまま、真剣なまなざしで、ぼくを見つめ返している──が、シリアスな空気とフランケンシュタインの怪物の仮装が、壊滅的にマッチしていない。
「──で、それを確かめてどうする? ぼくをどうしたいんだ」
「そ、それはもちろん……変な生き物とか、危ない人とかと、ケンカとか──」
「ぼくのような面倒くさがりが、そんなことをわざわざ好きこのんでやってると思うのか? ぼくの性格は、君が一番よく知ってるだろう」
「……う、うん、そうだけど──」
「じゃあ、何でぼくが戦ってるか、分かる?」
「責任がある、から……?」
さすがハム子。一瞬で的確に読んでくる。
「では、責任があるものとは?」
白河速人の幼なじみ力検定準一級の問題だ。ハム子は二秒だけ考えて答えた。
「自分に原因があるものと、自分にしかできないもの、の二つ」
おめでとう。検定の結果、君の幼なじみ力は五三万です。
「それだけ分かってるなら、それが可能かどうか。ハム子にも理解できるはずだな?」
「……」
ハム子が口をとがらせて泣きそうな顔をしたので、ぼくはもう一度微笑んでみせた。
「安心してよ。ぼくが『ウィザード』だったら、の前提での問答であって、本当はぼくはウィザードじゃない。声だって、本当にたまたまぼくに似ていただけなんだろう」
「へ?」
急なちゃぶ台返しに、ハム子は目を瞬かせて戸惑いを見せた。
「……でも、ウィザードだってきっと同じさ。自分だけができることだから、自分だけで必死で戦っているんだと思う。だったらこれ以上、口出しできるようなことは何もないんじゃないかな。違う?」
ハム子は眉間にしわを寄せて、しばらく真剣に考えごとをしていたが、やがて、
「分かったのだ」
一言だけつぶやいて、その後はずっと、黙り込んでしまった。
「……意地の悪い言い方をして、悪かったよ。ゴメンな」
沈黙したままたどる帰路に耐えかねて、ぼくは言った。ハム子はムスッとした表情を崩さず──
「木曜日」
「え?」
「今度の木曜日、部活休みだから……放課後に発陳までつき合ってほしいのだ」
お願いを聞いて詫びを入れろ、ということか。
「──分かった。何でもつき合うよ」
ぼくはふうと吐息をもらした。
「へえ。こんな店がオープンしてたんだ」
木曜日の放課後は、あっという間にやってきた。
その間も朝倉先輩にグイグイ来られたり、ハム子にカレーライスをつき合わされたり、そのたびに下関にコブラツイストを浴びせられたりと忙しい毎日だったからだが、詳細を振り返るとどっと疲れがぶり返すので割愛させていただく。
「うん。開店して二ヶ月経つから、そろそろ混雑も落ち着いたかなーって。一度来てみたかったのだ」
ぼくたちは発陳の街中に最近できたという、北欧系の雑貨店を訪れていた。ざっと見渡してもぼく以外の男が目に入らないほど女子たちで賑わう店内には、日本人にはなかなかできないユニークでぶっ飛んだセンスの色彩とデザインにあふれている。
あくまで個人の感想だが、日々の生活で普段使いできるような雑貨とは思えない。たぶん、「無印妙品」とかの方が、ぼくには似つかわしい。
「にゃーっ! ねぇハヤ君、このペン立てここがカエルさんの形になってて超カワイイのだ!」
しかし、ハム子は大絶賛の模様。すっかりご機嫌が直っていて何よりだ。
というか、彼女は週明けからゴキゲン全開だった。フランケンの仮装といい、この子は自分がどんなキャラか自分で分かっている──むしろ、自分らしく振る舞うことに努めている、そんな印象すらある。
もしかしたら、彼女は無理して、分厚い仮面をかぶっている時もあるのかもしれない。
「ペン立て欲しいの?」
「ううん、うちにペン立てがないわけじゃないし……でもこういうので揃えたいなぁ」
残念ながら、ぼくもハム子もお財布の中は非常に寂しい。子どもは気楽でいいけれど、お金の不自由さが最大の難点だなぁと、一度オトナになった身からすれば思う。
「あはっ、見て見て! ちっちゃいバケツー」
「何に使うんだ、そんなもん。潮干狩りにでも行くのか」
「使い道とかじゃなくてー。可愛いね? って」
使いたいものでもないのに、興味を持つ女の子の理屈は理解しがたい。
いや、分かっている。そこを感覚で捉えられるか否かが、モテる男かそうでないかの境界線なのだろうということは。
そして、そのことからぼくが決してモテることなどないという歴然たる事実についても、悲しいほどによく分かっているのだ。
きっとぼくは、普通の恋愛沙汰には縁のない人生を送るだろうし、それで何の問題もないと考えている。世の女性陣に余計な迷惑をかけないためにも、それが最善だとしか思えない。
こんなダメな男のそのまんま丸ごとを好きになるような、特別天然記念物級の変人でも存在しない限りは──
一瞬、脳裏に揺れるポニーテイルの影がちらついて、胸をギュッと締めつける感覚に息をつまらせた。
違う違う。彼女は何か勘違いしているのだ。そのうちきっと気づくはずだ、ぼくは興味を傾けるほどの大した人間ではないと──
「──!」
その時、背筋がぞくりとして、なぜそうしたのか自分でも分からないが、道路に面した店のガラス張りの出入口に視線を向けた。
そこに、十トントラックの前面がスローモーションのように迫るのが見えた。
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