異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十四話(三)「永遠にお別れだ」
「記録──何か、重要な情報は?」
「それが……用紙は二種類ありまして、そのほとんどかこの素材でできた紙でして──」
ヘザはぼくに紙片を手渡す。何かの繊維が縦横に編み込まれているもので、その表面はひどく黒ずみ、何かが書いてあったかどうかすら分からない。
「これは……たぶんパピルスだ」
「パピ……何だって? 聞いたこともねぇな」
「いやナホイ、ぼくの元の世界ではそう呼ばれてるものであって、ここでの名前じゃない。薄く削いだ植物でできていて、作るのが容易だが、保存に向かない」
「そのようですね。ですが、重要なものはちゃんとした羊皮紙に記したようで、そちらは今殿下にご覧いただいております」
横目でグークをちらりと見ると、古びて赤茶けた数枚の紙面をにらみ、時折首を傾げている。
魔界語、それも古代のものとなると、この場にはグーク以外に解読できそうな者はいないが、彼でも難航しているのが明らかに見て取れた。
「こんだけ記録らしいものがあって、無事なものがあれっぽっちしかねぇんですかねぇ。探せばパピ何とかの中にも、一つや二つは読めるものが──」
ブンゴンが高く積まれた紙束を乱雑にかき分けると、それが一気にドサっと崩れ落ちた。
ぼくは目を丸くして、あっと声を上げた。
紙束は大量に積み上がっていたのではなく──その下にある、ミイラ化した遺体に覆いかぶさっていたために盛り上がって見えていたのだ。
思えばこれほど危険な場所にも関わらず、洞穴内では人間や動物の死骸は一つも見かけることはなかった。なので大昔に死んだ人間とはいえ、不意に目の当たりにした死の影に、ぼくは冷ややかな汗がじっとりとにじむのを感じていた。
ぼくが声を上げたせいで、グークが気づいてこちらに近づき、遺体のそばにひざまずいた。衣服の胸に縫いつけられた、紋章に手を添える。
「形が少し変わっているが、意匠が近衛兵団のそれによく似ている。彼は王族護衛の騎士だったのだろう。……手に、何か握っているな」
指の隙間から、くしゃくしゃに丸まった羊皮紙を抜き取る。広げた紙面には、やはり古代魔界語で何らかの文章がつづられていた。
「……何て書いてあるか、分かるか」
「筆致の乱れで非常に読み取りづらいが……分かる範囲では、クモを模した姿の──強大な魔物に……王が崩御し……」
そこまで読み上げて、グークは首を横に振った。
「……ハイアート様。つまりは、この大洞穴には古代の魔王をも討ち倒した凶悪な魔物がいた──いえ、今もまだ、ここにいるかもしれないのですね」
不安そうに、ヘザがつぶやいた。
遺された書物には、まだ他に重要な事柄が記されているかもしれない。
宿泊所の先にも扉があり、その先はおそらく第十四出口へと伸びているはずだが、これを持ち帰り学術官に研究させることを優先すべきだと考え、ぼくたちは第十二出口へと来た道をたどった。
そこから航空舟で、一気に魔王城を目指す。
「旦那、ふと思ったんですがねぇ……もしこいつで空を飛んでいる最中に、旦那が元の世界に戻っちまったら、ど、どうなるんですかねぇ……?」
いつまで経っても、舟に乗る時は始終カタカタと震えっぱなしのブンゴンが訊いた。それを聞いて、グークとナホイがぎょっとした表情を浮かべる。
「あー、それは考えたことがなかったな……まず大前提として航空舟は魔器だから、ぼくが発動時に込めた精霊力が失われるまで、いきなり落下することはない」
ナホイがほーっと胸をなで下ろした。
「だから精霊力が切れる前に、帆を操作して自然の風を使って着陸すれば問題ない。誰か、この中で帆船を操縦できる者は?」
全員の目が、ブンゴンに注がれる。彼はここに来るまでは漁業を営んでいたはずだ。
「……え! いや、あっしは無理ですぜ! 確かに船には乗ってやしたが、毎回これに乗ることすら怖くてたまらねぇのに、操縦なんて──」
「いや、何としてもやってもらうぞ。私たちの命がかかっているのだ」
「そうだな。今のうちに、ちっとばかり訓練しといてもらうぜ。ほらブンゴン、こっちに来るんだ」
船尾で縮こまっていたブンゴンが悲鳴を上げながらヘザとナホイに引きずられていき、ぼくは苦笑いを浮かべてそれを見送った。
とりあえず今回は魔王城までのフライト中に『パッチン』することもなく、無事にいつもの中庭へと降り立った。
あの後熱を出して寝込んでしまったかわいそうなブンゴン以外は一旦会議室へと集合し、モエドさんを加えての簡潔なミーティングを行った。
「……と、いうわけで、これが遺跡で発見された古文書だ」
テーブルの上に数枚の羊皮紙が広げられると、あからさまにモエドさんの目の色が変わった。
「こ、こちら、拝見させていただいても……?」
「もちろん。モエド魔術官にはこの古文書を解読してもらい、平易な言葉……できればダーン・ガロデ語への翻訳を願いたい──って、聞いているのかモエド魔術官?」
瞳をらんらんと輝かせて、モエドさんは紙面を穴が空きそうなほどに見入っている。グークが言葉を荒げると、彼女は目を瞬かせて顔を上げた。
「へっ? あ、ハイ、お任せくださいっス。この紙の組成と劣化具合から使われた時代を推定し、それから──」
「まずは翻訳だけでいいよ、モエドさん。考古学的研究はまた今度ね」
ぼくがやんわりと言うと、モエドさんはほんのり頬を赤らめて、こくりとうなずいた。
「よし、では会合は以上だ。それとナホイ殿、念のため繰り返すが、魔物から受けた二の腕の傷を治療魔術師に診せてくるように」
グークが渋い顔で言うと、ナホイは面倒くさそうに表情を曇らせた。
「だから、平気だって。ハイアートに治してもらったし、何も問題は──」
「ダメだナホイ、あの時のケガは相当深かったはずだ。ぼくができるのはただの応急手当で、専門の治療師でないと異状は見つけられない」
「……チッ、ハイアートにそう言われちゃ仕方ねぇな。おいヘザ、治療院はここを出て右でよかったんだっけか」
「違う。左に出て階段を降りて……ああもう、連れていってやるからついてこい」
「へいへい」
ナホイはヘザと共にドアを出て、会議室内はグークとぼくだけになった。いつのまにかモエドさんもいなくなっていたが、ナホイと話している間に史料室へと飛び出していったのだろう。
「……まったく。モエド魔術官もナホイ殿も、君の言うことならちゃんと聞くんだな」
グークが、ため息交じりにつぶやいた。
「まぁ、こう見えてもぼくは一応年長者だし……グークは王子だといっても、どこか若輩に見られてる部分があるのかもな」
「……今はまだ、それでも構わないが……俺が魔王に即位したその時に、王として若すぎるが故の求心力のなさがあっては困る……」
グークが、悩ましげに額に手を当ててうつむく。
少しの間沈黙が続き、おもむろに、グークが再び口を開いた。
「……ハイアート。この戦争に勝てたなら、その後君はどうするつもりだ」
「……」
ぼくは口を閉じて、小さくうなった。考えていないわけではないが、はっきり言及するには抵抗がある。
「……正直、俺は君に、ここにいてほしいと願っている。この国の宰相となってはくれぬか、と……」
「い、いやグーク、それは……」
「分かっている。君にも、日本での人生があるだろう──だが、俺にはやはり君が必要だ。俺の即位後も、未熟者の俺を──この国を支えてほしいのだ……!」
胸をつく衝動に、息がつまりそうだ。
ぼくが苦しげに嘆息をつくと、グークは椅子から腰を上げ、身を乗り出してきた。
「ハイアート、日本は……とても素晴らしい世界だ。だが魔界も、ダーン・ダイマも決して悪くない。召喚魔術も研究を続けて、永く留まれるようにする。領地も君の望みのままに与える。そこに立派な宮殿を建てて住み、ヘザ殿と結婚して、平和な魔界と暖かい家庭を築いて安寧に暮らす──そんな人生だっていいじゃないか……!」
「グーク! ぼくは……!」
強めの語気で言い放つと、グークははっと言葉を途切らせて、それからトンと椅子に座り直した。
「……申し訳ない、どう生きようと君の人生だ、俺が口を挟むべきことでは──」
「そうじゃない。正直に話すよ、ぼくは──魔界はもちろん、このダーン・ダイマという世界を愛している。叶うものなら、ずっとずっと、この世界と共に生きていきたいと思う……」
「……では、何をためらうことがあるというのか」
ぼくはかぶりを振り、重々しく言葉をつむいだ。
「グーク。これから話すことは、モエドさんや他のみんなには秘密にしてくれるか。実は……日本では大変なことが起こっている」
「日本で……何が?」
「──日本に、こちらの世界に今までほとんど存在していなかった『魔素』が異常に増えている。そのため魔素に耐性のない日本の人々が精神を侵され正気を失う事件がたびたび発生しており、あげくに魔物まで生じているのだ」
グークの浅黒い顔が、青ざめていくのが見て取れた。
「その原因は……召喚魔術以外にあり得ない。ぼくが召喚されればされるほど、日本はより危険な状況に陥っていく」
「でっ、では──」
「召喚魔術はもう使わない、なんてのはダメだ。ぼくは君を王にすると誓った──やるべきことをやり遂げるためには、召喚してもらわなければ困る。日本の方はぼくがどうにかするから、君が冠を戴くのを見届けるまでは召喚を続けて……その後は……」
ぼくはしばし、言葉にするのをためらった。それからおもむろに、腹の底から絞り出すように、かすれた声を出す。
「……その後は、日本にこれ以上の災いを招かぬよう、召喚魔術を使ってはいけない。この世界と、君たちとも……永遠にお別れだ」
ショックを隠せないといった風に、彼は憮然としている。ぼくはため息をひとつついて、無理やり笑顔を作ってみせた。
「そんなにしょげるなよ。ぼくだって、お別れなんてしたくない──君がぼくを必要としてくれて、豊かに幸せに生きていけることを望んでくれることは、本当に嬉しいんだ。君の言うとおりに生きていけたなら、どんなによかったか。領地を賜って、立派なお屋敷建てて、ヘザと──」
ん?
「ちょい待て。ヘザと結婚って一体
パッチン!
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