異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十四話(一)「衝撃の事実だな」
発陳の駅前まで戻ってきて、他に予定があるという朝倉先輩と別れたあと、ぼくとハム子、下関の三人で呉武へ向かう電車に乗った。
車内で他の乗客の注目が多少集まっているのを、何となく感じる。
なぜなら、ぼくたちはまだ仮装のままだからだ。パーティーに行くのならむしろこのままの方がいいと、ハム子が提案したためだ。
「ハロウィンの時期でなかったら、通報されてるかもな」
ぼくはつぶやいたが、よく考えたらハロウィンであるかどうかに関わらず『ウィザード』は警察からおたずね者になっているので、本物と思われて通報されるかもしれない。
いやまぁ、本物なんだけど。
「あはは。通報まではされないにしても、職質はされるかな」
ただ、同じ格好をしている下関と並んでいると、奴のパチモン感に引っぱられてこっちも本物っぽく見えなくなっている気がする。
「下関君の家って、どの辺?」
「んー、中央郵便局の辺りだよ。あの大通りから住宅地に入って割とすぐの所。──おっ、もう着いたか」
電車を降り、呉武駅の北口をくぐる。十分ほと歩いて、呉武中央郵便局の手前の入り組んだ住宅街の路地へと入ると──
「あっ、ジュリちゃん!」
ハム子が指を差して叫んだ。似たような住宅が立ち並ぶ中の一角で、柵の隙間から顔をのぞかせるゴールデン・レトリーバーがこちらを見て、激しく尻尾を振っている。
ぼくも犬は好きだが、さすがにジュリエットとそうでない同じ犬種の犬との区別はできない。ハム子に言わせれば「普通に顔が違う」らしいが、もはや犬バカのステージがぼくとは段違いなのだとしか思えない。
下関が迷わずその家に向かい、迎えた犬の喉元をなで上げたので、ハム子の見立てどおりジュリエットで正解だったようだ。下関が彼女に「ごあいさつ」させて、ハム子が発狂したように首すじをかきなでる、前にドッグランで見た光景がきっちりと再現された。
「ただいまー」
「お兄ちゃん、おかえり! お菓子たくさんもらえた?」
玄関の扉をくぐると、奥の部屋から下関の妹と思われる小さな女の子が飛び出してきた。
その瞬間、ぼくとハム子は面食らってアッと声を上げた。
長い髪にかわいらしい丸顔、オーバーオールを着たその子は──
「は、ハヤ君、あの子……」
「昔、よくドッグランで遊んだ──いや、バカな。そんなはずは……」
「……えっ。白河、今何て──ちょ、ちょっと待ってろ」
時間差で仰天した顔を見せると、下関はドタドタと奥の部屋へ駆け込み、間もなくアルバムらしきハードカバーの冊子を持ってとんぼ返りしてきた。
「こ、この二人、もしかして──」
開いたページに並んだ写真のひとつに、まだ子犬のゴールデン・レトリーバーとオーバーオールの子と一緒に写っているのは見間違いようもなく、小さなモグタンを抱きかかえる小学二年生の時のハム子とぼくの姿だった。
誠に信じがたいが、ここから導き出される答えが、たったひとつしかない。
「ええ~~~~~~~っっ?」
なのでぼくとハム子は、下関とお互いの顔を交互に見合わせながら、ただ驚嘆を上げる他になかった。
「まぁ、こんな奇跡みたいな偶然が本当にあるものなのね。ウフフ」
ダイニングに通され、下関の母親に面会したぼくは、ようやく現実と向き合うことができた。彼女は確かにドッグランに幼き日の下関とジュリエットを連れてきてあの写真を撮った、見覚えのある女性だったからだ。
「まったくなのだ。心臓が口から飛び出しそうだったのだ」
ほーっと息をついて、ハム子がつぶやいた。
「と、いうことは。実は俺も白河たちの幼なじみだった……ということなのか。衝撃の事実だな」
下関がちょっと嬉しそうに言う。聞くところには、昔はよく女の子と間違えられるような見た目だったが、父親の仕事の都合で三年間県外で生活し、その後再び呉武に戻った時には現在の姿に近いぽっちゃりな男の子になっていたという。
ハム子もその頃にはもう小学生らしからぬデカ女になっていて同年代と認識できなかっただろうし、ぼくは面倒くさがってあまりドッグランだのの遊びにつき合わなくなっていたので、完全にすれ違ってしまっていたのだ。
「それじゃー、ハロウィン兼、再会パーティーということで……乾杯!」
「カンパーイ」
スパークリングワインを模した飲み物で泡立つグラスを、かち合わせる音が響いた。
昔話に花を咲かせたり、お手製の焼き菓子をいただいたりと、充実した時間を過ごすうちに窓の外は思いのほか暗くなりかけていた。
「少し遅くなっちゃったな。ハム子の親が心配しないうちにお暇しないと」
「うーん。残念だけど、お父さんがすごく心配性なのだ。ゴメンね」
ハム子が席を立って、そのあとをぼくが続いて、玄関へと向かう。
「バイバイお姉ちゃん。また遊びに来てね」
「うん。そうだ、今度ジュリちゃんとお外で遊ぼうよ。うちのモグタンも一緒に」
ハム子は下関妹と妙に仲良くなってしまっていた。その様子を、下関が微笑ましげに──というか、ニヤニヤした笑顔で見つめている。
こいつ、妹を突破口に、あわよくばハム子をオトそうと考えてやしないだろうな。
それはそれで結構だ。下関は決して悪い男じゃない──だが、だからこそ、今までハム子に告った男たちのように奴まで「気持ち悪い」などと思われてほしくないと思う。
ハム子のストライクゾーンの狭さについて、それとなく話しておくべきなのかな。お節介にならない程度に──
「ハム子。先に出ててくれるか、少し下関と話したいことがあるんだ」
「? 分かったのだ。じゃあね、下関君」
ハム子はドアの向こう側に消え、ぼくは下関に向き直った。
「話って、何だ?」
「ああ、実は──」
ぼくはギクリとして、次の句が継げなかった。
左手首の腕時計が、銀色にキラキラと輝き出したのだ。
「えっ、いや、あの……」
頭が混乱してしまい、冷静に言葉を紡げない。
すぐに扉から飛び出そうにも、外にはハム子が待ち構えている。
トイレに逃げ込む例の常套手段も、話があるなどと言っておいて、急にトイレを貸してくれというのは不自然すぎる。
「どうした白河、何をそんなにあわてて──」
これがあわてずにいられるか。
ダメだ、もう、召喚まで時間が──
世界が、すっかり見慣れた魔王城の地下室へと一瞬で転じた。
召喚されてしまった。
戻った時に面倒なことにならないようにしたいが──いつ戻るかはまったく分からないのだ。
どうしたらいいのだろう。
「……ハイアート様? どうしたっスか、ボーッとして……」
モエドさんの呼びかけに、ノロノロと振り返る。少女のような人影の隣に、細長い人物のシルエットが立っているのが見えた。
「ハイアート殿、此度も突然の呼び出しで、誠に申し訳ない。重ねての不しつけな頼みで恐縮だが、すぐに召し替えて出発の支度を行なっていただき──」
召喚の間にグークが迎えに来たのは、これが初めてだ。よっぽど急いで大洞穴の探索を進めたいのだろう。
そのグークが、驚いたように目をパチパチとさせた。
「──何と、すでに外衣を着ているではないか。話が違うぞ、モエド魔術官」
「え、いや、いつもは違うっスよ。向こうでは目立つから普段はお召しになっていないと──」
あ、そうか。
ぼくは『ウィザード』の仮装をしたままだった。
しかも、この衣装の再現度は意外と高い。その証拠に、普段から本物の「魔術師の外衣」を見慣れている彼らも、これが偽物だとは気づいていない。
逆を言えば、本物の外衣を見慣れていない下関には、それを着たまま戻っても気づかないかもしれない──
それに懸けてみよう。
とにかく、召喚された以上はいくら心配してもどうにもならないのだ。
「いやコレね、ニセモノなんだよ。ホラ、術式とか結構いいかげんでしょ」
ぼくは眉をハの字にして、袖口を指差す。
吸引術式は微妙に形が崩れていて、これに魔力を込めたところで、たぶん魔術は発動しない。下手をすると想定外の魔術が暴発するおそれもある。
「ありゃ、本当っスね。でも……何でそんなまがい物を着てるんスか?」
「……うーん、それを説明するのはすごく難しいな……ぼくも、向こうの世界でいろいろとあるんだよ」
まったく腑に落ちないといった表情のモエドさんに、ぼくは苦笑いを浮かべた。
魔術師の外衣(本物)に身を包んだぼくと探索隊のメンバーを乗せて城を発った航空舟は、魔界東側の山脈の中腹に口を空けている第十二出口付近へと降り立った。
古地図によれば、そこからは第九出口へと伸びる通路に東側からアプローチできる道筋がある。第九出口まで密かに軍を移動できれば、馬槽砦を側面から急襲することができるため、この出口へのルートを確保することは最優先事項だ。
三〇キロメートル程度の行程と、立ちふさがる十三体の魔物を乗り越えてようやく、ぼくたちは第九出口への縦糸へと到達した。まずは第一出口からの地図をつなげるため、地底湖のある方へと歩みを進めていく。
ほどなくして、以前に湖を訪れた時とは対岸側の方に着いた。水温は元に戻っていたものの、相変わらず反対側が見通せないほどの水面が広がっている。
「──地底湖の対処についてモエド魔術官や王宮学術官らと話し合ったが、下手に湖をつぶしてしまうと魔界の水源に影響するおそれがあるし、後々に大洞穴を活用する際に給水地として利用できる方がよいとのことだ。ここは通れないものとして、迂回路を検討すべきだろう」
グークが肩をすくめて言い、ぼくは耳たぶを触りながらしばらく思案したのち、おもむろに首を横に振った。
「いや、城から第九出口への最短経路は何としても通したい。湖を残しておくとなれば──橋をかける、というのはどうだ」
「それができれば最善だが……それには多くの資材と工人、加えて何より時間を要する。橋を建築する余裕はないぞ」
「そこはまぁ、ぼくのやり方でやってみるさ」
ぼくは湖岸にひざまずくと、頭の中で慎重に、デザインを魔術式へと置き換えていく。それを地面に描き起こし、土精霊力を込めて起動した。
地面が、不自然な形で急激に隆起する。
幅六メートル、長さ六十メートル、高さ一メートル強。きっちり設計したとおりの直方体と化して、湖のただ中に向かって伸びる足場が形成された。
「……!」
「グーク。対岸まで伸ばしてくるから、今日はここで宿営準備をしておいてくれ。この辺りは土精霊力の濃度がイマイチだから……そうだな、終わるまで半日の半分ぐらいかかると思う。わずかな時間も惜しい時に、申し訳ない」
「……い、いや、橋をかけようなどとすれば数週間はかかるものを、そんな短時間ですませられるのなら願ったり叶ったりだ」
「ありがとう。じゃ、行ってくるよ」
ぼくは鳩が豆鉄砲を食ったような顔のグークに手を振ると、風精霊力で顔の周りに空気を生み出す魔術をかけて、水中へと身を滑らせた。
「異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
1,389
-
1,153
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
14
-
8
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
2,534
-
6,825
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
397
-
3,087
-
-
6,680
-
2.9万
-
-
265
-
1,847
-
-
213
-
937
-
-
9,709
-
1.6万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
29
-
52
-
-
65
-
390
-
-
3
-
2
-
-
10
-
46
-
-
47
-
515
-
-
6,236
-
3.1万
-
-
187
-
610
-
-
83
-
250
-
-
10
-
72
-
-
86
-
893
-
-
477
-
3,004
-
-
8,189
-
5.5万
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
6,198
-
2.6万
-
-
6
-
45
-
-
7
-
10
-
-
17
-
14
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
9
-
23
-
-
18
-
60
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,709
-
1.6万
-
-
9,544
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,171
-
2.3万
コメント