異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです

観音寺蔵之介

第二十三話(三)「魔術を使ってしまった」


  パレードが、ゆっくりと動き出した。
  仕方なく『ウィザード』に扮したぼくを含め、この仮装した集団は、参加者の証として運営側から配布された厚紙製の小さなバスケットを手にしている。
  パレードがねり歩く街道の脇には、見物人が列をなし、仮装を楽しむ見返りにバスケットにお菓子を入れていくのだ。
  欲張りな人がたくさんもらっていかないよう、バスケットがいっぱいになったらもう入れてはならず、他のまだ空きのある参加者ともらい手を交換しなければならないルールになっている。パレードの参加者も見物客もその辺はよく心得たもので、大した混乱もなく理路整然とお菓子のやりとりが進むさまは、このパレードの歴史を感じさせる一幕だ。
  ただ、見物人も人の子だ。お菓子を入れる対象が偏るのはいたし方ない。よくできた仮装や、いわゆる美人にはつい入れたくなってしまうものだ。
 白河君、バスケットを交換してくれないか。もういっぱいになってしまった」
  というわけで、何となく忘れがちというか、目を逸らしがちではあるが、朝倉先輩は世間一般的に美人に属する人なのだ。
  普段そう認識できないのは、ハム子やヘザといった綺麗どころがなぜかぼくの周囲に多いせいで感覚がマヒしてるからなのか、それとも外見より中身のアレ加減の印象が優ってしまっているからなのか。
  しかし先入観を持たずに見れば、ホラーなメイクをしているにも関わらず、鮮やかな紅色の唇が少しキツめの顔つきにとてもよく映えて──
 ……白河君?」
 え!  ああ、交換ですね。 どうぞ……」
  彼女の口元から、目が離せなくなっていた自分に驚く。ぼくはバスケットの受け渡しをしながら、目線を彼女の顔から沿道の観客へとわずかに逸らした。
 ……!」
  その時、偶然視界に入った。
  歩道に立つ人垣の中で、パレードを暗い面持ちで見つめている一人の男。
  その男の胸から、目をこらさなくてもはっきりと見えるぐらいに、モヤモヤとした黒い霧のようなそれが漂い出ている。
  ──重度の魔素中毒者だ。
  理性をなくして暴れるぐらいなら、まだマシだ。
  魔素の存在も知らず、精神的に無防備な日本の一般人があの濃さの魔素に取り憑かれたなら……最悪、精神が崩壊してしまうかもしれない。
  一刻を争う事態だ。
 白河君、どうした。何かあったのか」
  ぼくの焦りを感じたのか、朝倉先輩が深刻そうな顔をして訊ねる。短く吐息をもらしながら、ぼくは答えた。
 先輩、すみません──ちょっと、トイレに行かせてください」
 ──ああ、行ってこい。気をつけるんだぞ」
  先輩も毎度のことで、何か悟ったようだ。ぼくはうなずきを返して、行列をそっと離れる。
  男のいた歩道付近をキョロキョロと見回すが、しばらくの間に奴の姿は消えていた。
  まずい。あの男は、一体どこへ──
  そこへ突然に、パレードのかなり後方から悲鳴が発せられて、ぼくは舌打ちして走り出した。
  人の波を逆に進み、騒ぎの元に駆けつけたぼくは、仮面の奥で眉間にしわを寄せた。
  すでに数人の仮装したパレード参加者が、道路に倒れ伏していた。その中心で、あの魔素中毒の男が、あろうことか鉄パイプを振り回して暴れている。辺りは逃げ惑う人たちでパニック状態だ。
 やめろ!  ぼくが相手だ」
  怒鳴りつけると、男の注意がぼくの方に向いた。顔はこちらに直っても、目の焦点が合っていない。
 うぉでいどぅどわ、あばべだでどぅぅ……!」
  これはひどい。言葉すらまともに話せないレベルで理性を失っている。
  しかし、今回の敵は身体もさほど大きくはないし、体捌きも特に戦闘技術があるように見えない。真正面からでも勝負できそうだ。
  ぼくはおもむろに前進し、鉄パイプが振り下ろされる寸前に左足を引いて右前半身になり、わずかな動きでそれを避けた。
  男は得物をもう一度振り上げて、胸がガラ空きになる。ここだ。
  膝の力を抜き、前傾になる勢いで身を滑らせて相手の懐に素早く入り込む。アーエン師匠直伝の縮地法だ。
  同時に掌底を放つように突き出した右手で、胸に触れる。
  ──魔力吸収!
  男は一瞬びくりと硬直したのち、その姿勢のままどうと仰向けに倒れた。
  その手から、凶器がなくなっている。
  どこへ行ったのかと疑問に思う間もなく、再び、群衆から悲鳴が上がった。
  はっと振り見ると、空中をキリキリと舞う鉄パイプが、遠巻きに見ていた人だかりに降りかかろうとしていた。
  誰かの頭に命中すれば大ケガどころではない。
  考える暇もなく、ほぼ反射的に、ぼくは手の先に鉄パイプを引き寄せる魔術式を描いていた。
  物理的にあり得ない角度で反転し、まっすぐぼくのかざした手のひらに飛んできて、銀色の光を放つ術式の直前でピタッと停止する──
  ほっと安堵を感じた次の瞬間、ぼくの全身に鳥肌が立った。
  魔術を使ってしまった。
  この衆目のド真ん中で!
  術式を消し、鉄パイプが自然に落下する。
  それがカランと乾いた金属音を立てる寸前に、ぼくは、きびすを返して走り出していた。
 ……『本物』だ────!」
  背中に誰かの叫び声が追いかけてくる。
  いやいや。これはあくまで仮装であって、決して本物ではないのだが──もうそんなの関係ないか。
  人ごみをすり抜け、かき分け、ひたすらに逃げる。
  ──だが、どこまで逃げればいい?
  急場をしのいでも、このイベントに集まった大勢の人の目を逃れるのはたやすくない。パレードにウィザードがいるとの噂が広がってしまえば、どうにもならなくなるだろう。
  どうすればいいんだ。
  どうすれば──
 ──君、こっちだ!  早く!」
  人波の向こう側から、朝倉先輩の声が聞こえた。
  そちらを見やった時、ぼくはあっと感嘆を上げ、それからニヤっと笑みをこぼした。
  彼女は本当に、本当に頼りになる味方だ。
  少し身を低くしてそっとそこに近づくと、ぼくは何気なく、しれっと並んで行進を始めた──数十人の『ウィザード』と共に。
  
  やがてあの現場にいた者や、噂を聞きつけた者がわらわらと集まってきたが、みんな一様にこの集団を見て、目を丸くして困惑した。
  しかも、何人かのお調子者が、
 俺が本物だ」
 いやいや俺が本物だ」
 じゃあ、俺が本物のウィザードだよ」
 どうぞどうぞ」
  などと即興でコントを始めたりして収拾がつかなくなり、結局うやむやになってしまったのだった。
 あっ来た。白河、どこ行ってたんだよ」
  スタート地点だった駐車場に戻り、そこでやっと下関たちと合流した。暴行事件で警察やら救急やらが出動したため、パレードは予定より早く移動させられ、その後のイベントもほぼ割愛されて終了となっていた。
 ゴメンな。例のウィザードの仮装集団に混じって遊んでたら、なんか本物が出たとかの噂で騒ぎになって戻れなくなった」
  言い訳をしながら、ぼくは横目で朝倉先輩をちらりと見る。先輩は黙って、バチっと音の出るようなウインクを返してきた。
 みんな心配してたのだ。後ろの方で暴行事件があったっていう時に、ハヤ君がいないから──」
 だからゴメンって。ぼくは大丈夫だったよ」
  唇をとがらせてむっとするハム子に頭を下げて、苦笑いをする。
 それで白河、今俺ん家でハロウィンパーティーやってる最中のはずなんだけど、パレードの終わりが早まったんでまだ時間があるし、今から来ないかって話をしていたんだ。よければおまえも来てくれよ」
 えっ。いや、ぼくはその……」
  下関の申し出に、ぼくはあからさまに挙動不審になった。
  他人の家のホームパーティーなんて、ぼくにはあまりにも敷居が高すぎる。おろおろとして返事を言いよどんでいると、下関はぼくの耳元でそっとささやいた。
 頼むよ。小牧さんはハヤ君も一緒になら行く、って言ってるんだ」
 う、うーん……」
  ぼくは悩んだが、パレードが切り上げられてしまったのも、元はといえばぼくの責任だ。下関にもハム子にも迷惑をかけた分を、何らかの形で償えたならと常々思っているので、これはいい機会なのかもしれない。
 ……分かった。ぼくも行くよ」
  ぼくはため息をひとつついて、ぼそりと言った。

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