異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十三話(二)「魔改造というヤツか」
一年一組の教室に入った途端、下関にヘッドロックをかけられた。
「貴様という奴は、また両手に花で登校か! 万死に値するぞコンチクショー」
おまえの情報網は一体どうなってるんだ。
「こら、放せ下関。でないと、その両手の花から発陳のハロウィン仮装パレードにエントリーしたからおまえも誘えと頼まれてるが、『下関は持病のイボ痔が悪化したので来られません』と言うぞ」
「大変失礼しました白河様。何とぞご容赦ください」
下関が三つ指ついてひれ伏したので、ぼくは腕組みしてふんぞり返りながら自分の席についた。
「うむ、くるしゅうない。後でジュースをおごるなら許してやろう」
「ははー、ありがたき幸せ」
「……ま、そんなわけで。今度の土曜、おまえも仮装パレードに参加でいいな。ハム子も楽しみにしているから、気合い入れて来るように」
「ああ、任せとけ。──で、何の仮装をするか決めてるのか?」
「いや、今朝急に決まった話だし、まだ何も」
ぼくが肩をすくめて言うと、下関は不敵に笑みを浮かべた。
「じゃあ、衣装は俺が用意してやるよ。母さんに相談してみる」
「……母さんに?」
「洋裁が趣味でね。妹の服なんかは、大体母さんの自作なんだ」
「へぇ、すごいな。というか下関って、妹がいるんだ。いくつなんだ?」
「六歳。身内びいきと言われそうだが、最近妙にその頃の俺に似てきて可愛いんだぜ」
「身内びいきとかいうレベルじゃねぇ。おまえに似てたら一二〇パーセント可愛いわけないだろ」
下関のどてっ腹に水平チョップを浴びせ、脂肪のかたまりにポヨンと押し返された。
「いや、信じられないだろうけどな、その頃は俺は──」
テテテレ、テテテテ、テテテテテー♪
恒例の鉄道唱歌が流れ、始業五分前が告げられた。
「……もうそんな時間か。じゃあ衣装は準備しておくから、期待しててくれ」
「待て待て。一体何の仮装にするつもりなんだ」
「丁度アイデアがあるんだ。最近、この辺じゃ人気沸騰中のヤツさ──後は当日の楽しみにしとこうぜ」
それだけ言い残して、下関はさっさと自分の席に戻っていってしまった。
その後、下関に何の仮装をするのかと何度も問うも、当日のお楽しみだと言い張って教えてはくれなかった。
そして、仮装パレード当日。
パレードの出発地点である発陳市役所前の駐車場に設けられた特設会場には、大勢の人だかりができていた。あまり人ごみが好きではなく、こういったイベントを避けて通ってきた人生だったので、少し気分がよくない。
そもそもハロウィンというものは、キリスト教圏のお盆みたいなもので、死者の霊が戻ってくる時期のお祭りだと記憶している。その際悪霊も一緒にやって来て人に災いをなすので、お化けのふりをして悪霊の目をごまかし、災いを避けるのが仮装の目的だったはずだ(諸説あり)。
そう考えると、今ここに集まっている参加者たちの仮装には違和感がある。魔女やモンスターに扮した人もそれなりにいるが、漫画やアニメのキャラクターの格好をした参加者も多く、ハロウィンというよりはコスプレ会場みたいになってしまっている。
日本人お得意の、魔改造というヤツか。
外国の風習がそれぞれの国の文化や風俗に合わせて変化して取り入れられることはよくあるが……正直、これが日本の文化かと思うとモヤモヤする。
そういえば、ゲイバム王国の年越しの風習も変だったな。大晦日の夕食にチーズを載せたパンを半分だけ食べて、年が明けた日の朝に残りを全部食べるのだが、その起源や理由を聞いてみても誰も知らないという……まぁ、伝統行事なんてあながちそんなものなのかもしれない。
「おーい、白河君。こっちだ」
不意に、人ごみの中から朝倉先輩の呼ぶ声がした。
そちらを見やると、紺のドレスにとんがり帽子をかぶり、青白い顔に真っ赤な口紅を引いた先輩が大きく手を振っている。
「先輩、こんにちは。それは魔女ですか、変なコスプレじゃなくて安心しました」
「うむ。最近のキャラものに走った日本のハロウィンは、どうも好かない。やはりホラーやミスティックな扮装をしてこそのハロウィンだろう」
「同感です。いやー、先輩とは本当に気が合いますねぇ。……ハム子と下関は?」
「小牧君は今着替えに行っている。下関君は、まだ到着していない」
「……あの、先輩。下関が用意してくる仮装って、何か聞いてます?」
「ああ。主催者側に参加者と仮装のリストを渡す都合で聞いているが……そう心配するな、君にぴったりの奴だ。楽しみに待っているといい」
真紅に彩られた口元に、ニヤリと笑みが浮かんだ。朝倉先輩にそう言われると、逆に心配でたまらない。
「あっ、ハヤ君! もう来てたんだ」
ぼくの右斜め後ろからハム子の声が聴こえて、振り返った。
ハム子は顔中に縫い目のメイクをして、首からボルトを生やしていた。あちこちほつれてくたびれた黒い男物のスーツを着ている。
「オッス、ハム子……って、フランケンシュタインの怪物かよ」
身体のデカさをフル活用か。自分のキャラをわきまえ過ぎだろ、そのチョイスは。
「うん。フランケンシュタインの……『怪物』?」
「さすが白河君、よくものを知っているな。俗にフランケンと呼ばれているが、実はフランケンシュタインは人造人間を創り出した博士の名前で、人造人間自体に名前はなくただ『怪物』と呼ばれているのだ」
朝倉先輩も、よくご存じでいらっしゃる。他人はどうあれ、自分自身が使う語句にはなるべく正確さを重んじたいというこだわりがある──まぁ、面倒な性格だなぁと、自分でも思う。
「そっかぁ。でもさ、フランケンさんが作ったのなら、フランケンさんの子どもみたいなものなんだから、やっぱりフランケンさんでよくない?」
「うーん……それもそうだな」
ぼくは苦笑した。ハム子の割といい加減で柔軟な発想も、実は嫌いではない。
「やっと見つけた。おーい、白河ー」
パレードに参加する行列の先頭の方から、リュックサックを背負った下関が近づいてきていた。これでようやく全員集合か。
「うわー、副会長は妖艶な感じでいいですねぇ。小牧さんは……何というか……」
「イメージぴったりだよな? さて下関、ぼくの仮装は用意できてるのか」
「ああ、バッチリだぜ。早速着てみてくれ」
サックを開いて、下関は畳まれた黒い布を取り出す。それを受け取り、ぼくは襟首らしき部分をつかんで、その衣装をバッと広げてみた。
究極に見慣れた感じの衣服の、満を持してのご登場に、ぼくは顔を固くこわばらせた。
「バッ……! なっ、おっ……!」
バカじゃないのか、何考えているんだ、おまえは。
口をついて出そうな言葉を、必死に呑み込みながら、ぼくは変なあえぎ声を上げた。
材質こそペラッペラのポリエステルだが、結構再現度の高い──『魔術師の外衣』だった。
わざわざこんなものを、ぼくのために、イチから作ったというのか。
ぼくの押入れには、皮革と毛織でできた本物が、何着もあるというのに!
というか、当の本人がニセ衣装を着て仮装って……笑えない冗談だ。
「おっと、もちろんコレもあるぞ。額の所に何か模様があるのは見えるんだけど、ビデオじゃアップにしてもボヤけてて分からないんだよなぁ」
さらにサックの底から、対精神攻撃用魔器によく似たヴェネチアン・マスクが出てきて、ぼくは頭を抱えてわめき出したい気持ちを必死に抑えつけた。
「……えーと、待て待て待て。下関、これはいわゆる……『ウィザード』の衣装、だよな?」
「おう。白河はほら、背格好が似てるからさ。発陳界隈で今まさに人気急上昇中、一番ホットなこの仮装で決まりだろ!」
似てるどころか、寸分違わないっての。
「というか人気急上昇中って何だ。どこでそんな話が──」
「あれ、おまえテレビでニュースとか観てないの? SNSとかはやってないだろうが……」
下関がテキパキとスマートフォンをいじって、画面をぼくに向けてみせる。
ニュースサイトの記事らしきその文章に、ぼくは目を丸くして、ただ絶句した。
「呉武市の高校爆発事件・
仮面の男『ウィザード』とは
県立呉武高等学校(呉武市)で文化祭中に発生した体育館の爆発事件で、県警呉武署は現場となった同校体育館で撮影されたとする動画を公開し、爆破テロ事件の疑いもあるとみて捜査中であることを発表した。
公開された動画は、白い仮面を着けた黒いコート姿の男が、正体不明の黒い生物と戦っている姿が映されている。この事件以前に、同県発陳市で撮影されたとする、同様の男が同様の黒い生物と戦っている動画がネット上に投稿されており、黒いコート姿の男は魔法使いを意味する『ウィザード』という名称で当時から注目されていた。
県警はウィザードと呼ばれるこの人物が何らかの事情を知っているものとして、行方を追っている。」
「な、何じゃこりゃあ……!」
最後まで読み終えたぼくは、思わずかすれた声を出した。自分が国家権力に追われる身となってしまっていたとは……!
「まー納得いかない話だよな。でも警察からしたら、怪物だの魔法だのと非現実的なことを受け入れられるわけがないだろうし、そういう疑いをかけるのもしょうがないと思う」
下関はため息をひとつ挟んで、再び口を開いた。
「……でも、俺は本物だと確信してるし、怪物からみんなを守ってくれてるのだと信じてるから、警察にウィザードのじゃまになるようなことはしてほしくないな。正体は知りたいけど──」
「ああ。余計な詮索はしない方が、ウィザードの、ひいては皆のためなのだ。あれを見たまえ」
朝倉先輩が指を差す方を見やり、ぼくは本日三回目の驚愕に目の前がクラクラした。
パレードを形成する行列の一画に、ぱっと見ただけで数十人。
黒いコートに白い仮面の仮装をした大集団がそこにあったのだ。
「──彼がそう望んで魔物と戦ったのかどうかは知る由もないが──あのとおり、彼はもはや、多くの人々の関心と人望を集める、この街の英雄なのだ。彼については、警察の介入は正直望ましくないと私も思う。……そういえば、下関君の方の仮装は準備できてるのか」
先輩に訊かれると、下関はにっこり笑って、サックからもう一着黒いコートを取り出した。
……魔物退治は、このぼくに責任があるから、ぼくがやっているだけなのに。どうしてこんなことになるんだ……?
発陳市に起きている謎のムーブメントに憔悴するぼくを、隣のフランケンシュタインの怪物が、なぜか不安げに見つめていた。
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