異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十三話(一)「朝倉先輩がブーっと吹き出した」
ぼくは夜の闇の中で、ベッドの上に横たわっていた。
少しの時間頭が真っ白になっていたが、なぜだか無性にこみ上げてくるくやしさに、握りしめたこぶしをマットレスに叩きつけた。
べちゃっと水気の多いものを打つ音がした。
ああ、そうか──ぼくはびしょびしょにぬれた全裸のままで戻ってきてしまったのだ。
布団を水浸しにしたままでは大ごとだ。
あわてて身に宿した水精霊力をしぼり出して、精霊術で乾燥させようとする──
しかし、直前に風呂の温度調整のために消費してしまっていたせいで、途中でエネルギー切れになってしまった。
そのため、敷布団の中央に直径三十センチメートルほどの水のシミを残してしまう結果となった。
これは、非常にヤバい。
どこからどう見ても、大人になってからやらかすと死ぬほど恥ずかしいヤツにしか見えない。
しばらく思案したのちに、ぼくはとりあえず下着を身につけると、キッチンに向かうため階段を下りていった。
コーヒーを淹れに行くのだ。
夜中に目が覚めて、コーヒーを飲もうとして部屋に持ってきたらこぼしてしまった、というシナリオだ。
両親が信じるかどうかはともかく、このまま何もしないわけにはいかない──あまりの情けなさに、ぼくは少し、涙ぐんだ。
今朝はさわやかな秋晴れとなった。
この小春日和ならば、今、ぼくが庭先で物干し竿にかけている敷布団のシミもきちんと乾くことだろう。
布団の両サイドを大きなピンチではさんで、ほっとひと心地つく。しかし。
「白河君、おはよう! 迎えに来たぞ。母君に庭の方にいると聞いておじゃまさせて──」
にこやかな笑顔と共に、突如として玄関先の方から現れた朝倉先輩に、ぼくは全身を硬直させた。
永劫にも思える、冷ややかな時間が両者の間に流れた。
「せ、先輩? あのですね、これは──」
先輩はにこにことした表情を崩さず、どこからか素早く二つ折りの携帯電話を繰り出してパッと開いた。
カシャ、カシャ、カシャと無機質な合成音が響く。
「イヤあぁぁ! やめて、撮るのやめてえぇぇ!」
澄んだ秋空が広がる最良の朝は、起こりうる限り最悪の状況となった。
「そうかそうか。コーヒーをこぼしたんだねぇ……いや、信じてる。私は信じてるぞ?」
そういう朝倉先輩の声は、時々失笑が混じって、小刻みに震えていた。
「もう、いいですよ。一応言ってみただけで、信じてくれるとは思ってませんから」
ぼくはぶすっとした顔を隠さずに言った。確かにコーヒーは偽装工作なのだが、かといっていい歳してそそうをしたと誤解されるのも困るわけで。
「さて、本題に入ろうか。このたび君を迎えに来たのは、単にこうして並んで登校したかったというだけではないのだ」
「と、おっしゃいますと?」
「今週の土曜日は、発陳市のハロウィン仮装パレードがあるのを知っているか」
「ああ、アレですか。大規模なイベントで毎年ニュースにもなっていますよね」
「うむ。実はあのパレードに、呉武高生徒会もエントリーしていてな。生徒会役員で文化祭のかたわら参加準備を進めていたんだが……」
朝倉先輩が、表情を曇らせる。
「何か、困ったことでもあったんですか」
「……文化祭があのような結果にはなったが、生徒会は予定通り終了後の慰労会として、会長の家で食材を持ち寄っての鍋パーティーを行ったのだ」
「へぇ、楽しそうじゃないですか。先輩は何を持って行ったんですか」
「私の出身地は芋煮が名物なんで、この時期には実家から里芋を送ってくるのだが、それを提供しようかと──」
「ご実家、山形なんですか?」
「……」
明らかにしまったという顔をして、先輩は口をつぐんだ。そういえば以前、北の国とだけしか教えてくれなかったが……。
「田舎者だと思われたくなかったんだよ。悪かったな」
「何も言ってませんよ、先輩。いいですね山形。生まれも育ちも都市近郊のベッドタウンで故郷らしい故郷がないぼくからすれば、ちょっとうらやましいです」
「……君はいい奴だな。どんな事柄にでもいいところを見つけようとしてくれる」
そんな風にしようと思ってしてるわけではないのだが、いいように受け取ってくれることをわざわざ否定することもないので、ぼくはただはにかむだけに留めた。
「──話が少し脱線してしまったな。私も里芋を持って参加する予定だったのだが、例の体育館の魔物騒ぎで私はその現場にいたので、警察の聴取を受けていたため欠席したのだ」
「それは、おつかれさまです。……あの、警察には何と──」
「ああ。かいつまむと、女子生徒から魔物を目撃したと聞き、独りで体育館周辺を捜索したところ、舞台下で魔物を発見し、すぐにその場を離れて体育館内にいる人々を避難させた。仮面の男を見たかと問われ、舞台の上にいるのを見たがその前後には見なかったし誰かもまったく知らない、と答えた。──これでいいかな、白河君」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
朝倉先輩が口の端を持ち上げてニヤリと笑んだ。なんて心強い味方なのだろう。
「また話が脱線したな。そういうわけで私以外の生徒会全員で鍋パーティーを行い……その結果、誰の食材が原因か定かではないが、全員が重い食あたりにかかってしまったのだ」
「うわっ……それは、ご愁傷さまです。まぁ、話の筋が大体読めてきましたが──」
「そう、私を除き生徒会全員がパレードに参加できなくなってしまった。せっかくのエントリーを棒に振るのももったいないので、君がよければ──」
「ハ──ヤ──く──ん! 待って────!」
大声にぼくたちが振り返ると、猛然と迫る人影が見えた。それは勢い余ってぼくたちのすぐ側をオーバーランして、ズザーっと靴底をこすらせて止まった。
「どうした、ハム子。朝から騒々しい奴だな」
「ね、寝坊したのだ! 朝練がないのにいつもどおり起きちゃって、もう一度寝直したら……!」
あるある。二度寝って、思いのほか寝過ごしてしまうんだよな。
「それはそーと……また副会長さんと一緒なのか。ハヤ君はホントに──あっ、そーだ!」
ハム子はじっとりとにらみつけてきたり、急に頓狂な声を上げたりと、目まぐるしく動く。情緒不安定もほどほどにしてほしい。
「こ、今度は一体何だ」
「ハヤ君、副会長さん、おはようなのだ」
ハム子はペコリと頭を下げた。
「そんなことかよ。いや、まぁ、おはよう」
「うむ、おはよう小牧君。あいさつは大事だぞ」
「そーそー、そんなことなどではないのだ。それよりハヤ君、ホントに副会長さんと──」
「あっ先輩、それで、ハロウィン仮装パレードの件なんですけど!」
悪い予感がして、ぼくはハム子の言葉を遮るようにやや大きめの声を上げた。
「ハロウィン仮装パレード? 発陳の?」
「そう。それの参加枠があるので、白河君にも参加してもらうことになってね」
「まだ参加するとは言ってませんよ。でも、先輩にはお世話になってますので、ご恩返しができるのなら……」
「決まりだな。感謝するよ、白河君──というわけだから、小牧君、君も参加したまえ」
「えっ、私も? やるやる! とっても面白そうなのだ!」
ハム子は明るい顔を見せて、二つ返事で了承した。
「よし。もう少し人数が欲しいところだな……白河君、ご友人の下関君も誘ってみてくれないか」
「いいんですか? まぁあいつなら、ハム子が来ると言えばたとえ食中毒にかかっても這って出て来ますよ」
「頼もしいね。では、よろしく」
「んふふ、にぎやかで楽しくなりそうだね! ……あ、そうそう。ハヤ君、ちょっと訊いてもいいかな……?」
「何?」
急に声をひそめて、ハム子は、言った。
「ハヤ君、昨日──オネショしたの?」
朝倉先輩がブーっと吹き出した。
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