異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十二話(三)「一糸まとわぬ姿のヘザがいるのだ」
「どうだブンゴン、使えそうか」
「ええ、色も匂いも味も──毒はないですねぇ。飲み水として問題はなさそうですが、一応煮沸して──って、もうしてますねぇ、湖ごと」
「よし」
手鍋にすくい取り、水精霊術でさっと粗熱を取ってから水袋に移し替える。五つの袋をパンパンに膨らませて、全員に分担して回った。
「水も補給できたし、この湖をどう渡るか考えないと。このまま蒸発させ切って干上がらせてしまおうか?」
「ハイアート、その前にせっかくこれだけの湯を作ったんだ……ちょっと浸かっていかねぇか? 疲れも取れると思うぜ」
「えっ、こんな所でか?」
ナホイの提言に反射的に答えたが、確かにお風呂には入りたい。日本と往復するようになって、向こうでは普通に毎日入浴しているとなれば、なおさらそう強く感じる。
「お湯に浸かるだと? 何の意味があるのだ」
グークが、恒例の馬鹿を見るようなあの顔で言った。ヘザとブンゴンも同様に怪訝な表情を浮かべている。
ダーン・ダイマでは入浴の風習はダーン・ガロデの南方の一部にしかなく、森林族はその文化圏にあるが、グークやヘザ、ブンゴンの出自である魔界やミムン・ガロデではせいぜい温くした水を身体にかけて布拭きするという形での湯浴みしか行わないからだ。
「そっか、あんたら湯に浸かったことねぇか。実際、北方に戦に行くと全然入浴できなくてつまんねぇんだよな……湯に入って身体をあっためるとよ、生き返ったみてぇに楽になって、とにかく気持ちイイのさ」
「へぇ、そりゃあ興味ありやすねぇ。その入浴とやら、旦那もご存じなんですかねぇ」
ブンゴンが興味深げに訊いてきて、ぼくは大いにうなずいた。
「そうだね、間違いなく疲労回復には最適だ。日本では『風呂』というんだが、そちらの世界にいる時は毎日入ってるよ」
「毎日! そりゃさすがに贅沢が過ぎるだろ。見栄っ張りはよくないぜ、ハイアート」
ヒュウと口笛を鳴らし、ナホイが半笑いをたたえて言う。誇張したわけではないが、冗談だと思われていた方が都合が良さそうなので、ぼくは苦笑いで応えた。
「なるほど、日本でも行なっているものならば、確かな話なのだろうが……我らには時間が……」
「固えこと言うなよ、王子様。こんな機会は滅多にないんだぜ?」
「何事も経験じゃないですかねぇ。旦那、どうですかねぇ」
「ぼくは賛成だ。疲れを取るのは、効率や士気の向上に大いにつながる。決して無駄な時間ではないよ」
「し、しかし……そうだ、ヘザ殿は、先を急ぐべきだと思うだろう?」
グークは、ヘザに哀願するような視線を向ける。彼女は困惑げに目を逸らした。
「殿下、私は、その……申し訳ないですが、ハイアート様の思し召しのままに……」
「……言うと思った。仕方ない、そなたらの好きにするといい」
満面に苦渋をたたえて、グークはため息と共につぶやきをもらした。
そのグークが、今や満面に脱力感をたたえて、ため息と共にスライムのように溶けてしまいそうなほど弛みきっていた。
思考能力を失ったかのように、どこか遠くをみつめて、ただただ呆けている。
こんなにも威厳のカケラもないグークは今の今まで見た試しがなかった。むしろ見たくなかった。
「……な、グーク。入浴してよかっただろう?」
「ん? あー……今、何か言ったか、ハイアート──」
ダメだこりゃ。このままだと一生お湯から出てこられないぞ、この男。
「おーい、ヘザ。そっちはどうだ? こっちはすごいぞ、グークがダメ人間になってる」
ぼくは厚い帆布の向こう側に声をかけた。
いざ入浴という時に、当然のことながらヘザは一人でその場から離れようとしていた。ぼくたちと一緒に入るわけにもいかないが、一人だけ蚊帳の外にするのは気が引けるし、何より彼女にもお風呂の良さを味わってもらいたい。
苦肉の策として、数枚のテントを垂れ幕にして間仕切りを作ってみた。こんな心許ないもので目隠しをしたところで、不安がって入浴につき合ってくれはしないだろうと思っていたが、「そこまでしていただいたのであれば……」と言ってくれたので、逆に少々面食らってしまった。
というわけで今、ぼくの背後の布一枚向こうには、一糸まとわぬ姿のヘザがいるのだ。
それを意識してしまうと、ちょっと気まずい。
「それはとても貴重ですね。私も、とても心地がよくて……ダメになってしまいそうです」
返ってきたヘザの声は愉快そうに弾んでいて、心が軽くなった。ぼくが断りにくくしたのではないかと心配していたからだ。
「おい、おいハイアート」
すっと、ぼくの脇に寄って、ナホイが小声で話しかけてきた。
「何だよ、変にひそひそ声になって」
「これもまた、滅多にない機会だぜ──見たくねぇか? この幕の向こう側をよぉ」
急に、湯あたりしたかのようなのぼせを覚えた。
意識していないわけではなかったぼくの心境を見透かされたかのようで、途端に全身がムズムズしてくる。
「馬鹿! ナホイ、一体何を考えているんだ。そんなことできるわけ──」
「何でぇ、あんたも男だろ。やせ我慢はよくないぜ。まぁ、それなら俺だけでも──」
ぼくを迂回して、ナホイが垂れ幕に手を伸ばそうとしたので、ぼくは間に割り込んでその右手首をつかんだ。
「やめろ。ヘザはぼくを信用して、入浴につき合ってくれているんだ。ぼくにはおまえを止める責任がある」
「相変わらずマジメだなぁ、ハイアート。だがそう簡単には引き下がれねぇぜ」
ニヤニヤ笑って、ナホイはぼくの手を振り払おうとする。
彼の腕力ならぼくの抵抗などあっさりねじ伏せられるはずだが、それをしないのは本気でない証拠だ。もちろん本気だとしても、ぼくにもいつでも魔術を使う用意はできているわけだが……。
だがその時、ナホイの左手に人影が近づいた。
「ナホイ、ちょいとハメを外しすぎだねぇ。旦那を困らせちゃあいけないねぇ」
「むしろ、貴殿の不真面目さが過ぎるのだ。こちらに来たまえ」
ブンゴン、そしてグークが同時にナホイの左腕を捕らえて、ぐいと引き寄せた。
「おい、ちょっと待て……うおっ」
左に引っ張られてバランスを崩したナホイは、右手を振ってこらえようとした。
その右腕は、ぼくがつかんでいる。
なので当然にぼく自身も振り回されて、後方に投げ出されてしまった。
背中に帆布を押しのける感覚が伝わった直後、お湯の中に倒れこむ。
「ハイアート様! 大丈夫ですか」
水上に顔を上げた瞬間に耳にしたヘザの声に、うっかり振り返ってしまった。
彼女のものと思われる膝頭が、水面と同じ高さに見える。
しまった、そっちを見てはいけない──頭ではそう考えたものの、ぼくの目線は、つい反射的に上へと流れた。
まぶしいくらいに真っ白な太ももが視界に入り、そして──
パッチン!
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