異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十一話(三)「徹底してジェントルマンたれば不正解であることはまずないのだ」
明日の準備のために、ぼくはヘザを伴って城の武器庫に来ていた。
「珍しいですね。武具を備えていくなんて」
「ああ。大洞穴内部は未知の領域だから、大気の精霊の組成も定かでない。精霊量が少なくて精霊術がまともに使えない時のための備えだ」
話をしながら、ぼくは三メートル程度の長さの槍をいくつか手に取り、構えたり、穂先を多少振って具合を確かめる。
「ふーむ。これなんか、軽くて割と使いやすそうだが──」
「ハイアート様、それでは長すぎます。洞窟のような狭あいな場所では壁や天井につかえてしまいますよ」
「あっ、そうか。色々と冒険はしてきたが、洞窟ってのは初めてだからなぁ」
改めて半分ほどの柄のものを探し始めるが、ここに置かれている武器は野戦や守城に使用する目的が主なので、そんな短い得物はそうそう見つからない。
「ヘザ。君も一応、何かしら武器を持っていった方がいいな。何か得意なものはあるのか?」
都合のよい槍を探すのに飽きてきた頃、ぼくはヘザに訊いた。
「弓には多少の心得があります。丘陵族は弓の業を幼少より学ぶのがごく普通のことでして、私は兄弟の中では上手な方でしたよ」
「へぇ。初めて聞いた」
「矢をつがえて撃つより、火炎弾の方が速くて正確で威力がありますから、もう何十年も弓を構えたことすらなかったですし……今はウサギを狩ることすら怪しいでしょう」
ヘザが眉根を寄せて、肩をすくめる。
「そうかな。実際にやってみれば、割とすぐ感覚が戻るものだよ。それにしても……ぼくは思ったより、君のことを知らないものだな。もうずいぶんと長いつき合いになるのに」
「お訊ねになられませんでしたので……ハイアート様は私に、何の興味もないものかと」
「嫌味な言い方をしないでくれよ。決して興味がないわけじゃなくて……その、女性のことをあまり根掘り葉掘りするのは、失礼じゃないかと……」
ヘザはわざとらしく、口に手を当てて大げさに驚いたそぶりを見せた。
「まあ、ハイアート様。私を女性と思っていただいていたのですか?」
「あ、当たり前だろ。最近言うようになったね、君」
あえて女性を意識して接していないのは確かだが、女性とも思わぬような雑な扱いをした覚えもない。むしろ……。
背中に受けたあの感触をつい思い出してしまい、身体が熱くなるのを感じた。
ああ、ダメだ。長年にわたって献身的に仕えてくれている彼女を、そんなふしだらな目で見るなんてどうかしている。
ぼくは女性と深い関係になったことがないからよく分かっていないのだろうが、総じて女性というものに対しては、徹底してジェントルマンたれば不正解であることはまずないのだ。たぶん。
「──それじゃ、これからは君のことを、もっと教えてほしい。何を、というのはすぐには思いつかないけれど……お。ヘザ、この弓は結構いいものじゃないか」
ぼくは一八〇センチほど長さのある弓を掲げ、二、三度弦を爪弾いてみせる。ヘザはあからさまに苦い顔をした。
「だから長すぎるんですって、ハイアート様。洞窟のような狭あいな場所では射程は必要ないのですから、取り回しのよい短弓でいいんですよ」
「あっ、そうか。やれやれ……君の前じゃ格好がつかないことばかりで、恥ずかしいな」
ぼくが照れ隠しに頭を掻くと、彼女は、目を細めてクスリと微笑んだ。
明くる日の魔王城、中庭にはすっかり旅支度の整ったかつての「魔王討伐隊」の面々が勢揃いしていた。
「旦那。そりゃ一体、何ですかい?」
各員に分担された食糧などの荷物をぼくから受け取る際に、ブンゴンはぼくの手に携えたものを指差して訊ねた。
幅一メートル弱の板と、一五〇センチ程度の長さの棒を組み合わせた丁字型の物体だ。今背負っている短槍を、昨日王都の鍛治師らにこしらえてもらった際に一緒に作ってもらったものだ。
「これは、ぼくの世界では俗に『トンボ』と呼ばれている道具でね。地面を平らにならすのに使うものなんだけど……何に使うのかは、後で分かるよ」
「地面を、平らにねぇ……何だかピンと来ませんが、それは向こうに着くまであっしがお持ちしやすよ。救世の英雄様のお手に、重い物を持たせっ放しにゃできませんからねぇ」
「そうかい? じゃあ、任せようか」
ぼくはトンボをブンゴンに差し出したが、それを脇から、ヘザが奪い取るようにして手に取った。
「ヘザ。てめぇ、何すんだ」
「出しゃばるな、ブンゴン。ハイアート様の身の回りのことは、私の仕事だ」
「旦那はあっしに任せてくれるって言ったんでさぁ。そっちこそ勝手に横から割り込んでくるんじゃねぇ」
言い争う二人は、やがてぼくが聞き取れない言葉で口ゲンカを始めた。
エキサイトしてくると、あの二人はミムン・ガロデ語でしゃべり出すのだ。途中でブンゴンがバカにしたような笑いを浮かべて何言かを発し、ヘザが顔を真っ赤にして言い返したが、その内容はちっとも理解できない。
面倒だが、そろそろ止めた方がよさそうだ。ぼくはヘザの手から、トンボをひったくり返した。
「あっ、ハイアート様……」
「もう! 二人ともケンカするなら、自分で持っていくよ!」
ぼくはむっとした表情を隠さず、ずんずんと航空舟の方へ歩いていく。
「そんな、待ってくだせぇ旦那……てめぇのせいだぞ、ヘザ」
「ブンゴン、ケンカはもう止めだ。またハイアート様に叱られたいのか」
ぼくの背後で、二人がついてくる足音が聞こえてくる。
ぼくは早くも舟の上にいて、こちらに手を振るナホイに小さく手を振り返した。その時。
「……あれ?」
ぼくは目をパチパチとさせた。以前の航空舟と、何かが違う。
その正体はすぐに分かった。船底にやや小さめの、四つの車輪が取り付けられているのだ。
「モエドさん、この車輪は──」
「申し訳ないっスが、勝手に改造させてもらったっスよ。ハイアート様がいないと動かせない代物なので、いつでもどこでも馬や人の手で牽引できるようにと──空を飛ぶのには支障のない大きさだと思うっス」
ぼくは船の舳先の下に立っていたモエドさんに訊ね、彼女は肩をすくめながら答えた。
なるほど。大洞穴は魔界のあちこちに口を開けているため、そこまでの移動は航空舟を使うことになったのだが……ぼくが洞穴内で「パッチン」した場合に備え、これを陸路で輸送するための改修というわけだ。
以前にも話したが、ぼくは常々、ぼくの身に起こっていることがとある大昔のアニメみたいだな、と感じていた。
題名はよく憶えていないが、主人公が現実世界と異世界を行ったり来たりする話で、異世界ではぬいぐるみや飼い犬が二本足で歩いてしゃべるようになるメルヘンな世界で……異世界に行く時期も帰る時間もままならないという点でも、ぼくの今の境遇とよく似ていた。
何が言いたいかというと、実はその主人公が異世界で使う乗り物は、ヨットに車輪がついたような形をしているのだ。
まさかそんな所まで似てくるなんて……もしかしたら、そろそろぼくは金髪になって、ヨーヨーを武器にツノの生えた巨大な悪魔と戦うことになるんじゃないだろうか──
「おいハイアート! 何をグズグズしているんだ、早く乗れよ!」
ナホイに大声で呼びかけられて、ぼくはふと我に返った。
「すまん、少し考えごとをしていた。すぐ行く」
ぼくは術式を描き、ひと跳びで舟のへりを越える。
航空舟にモエドさんを除く五人が全員乗り込んだのを確認すると、精霊力を注入し、船体を宙へと浮かび上がらせた。
「行ってらっしゃいっス! お気をつけて!」
手を振るモエドさんに見送られながら、航空舟は帆に風をはらみ、大空へと勢いよく駆けていった。
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