異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十一話(一)「またぼくに二つ名がついてしまった」
呉武駅。
約十五万人の人口を抱える呉武市の玄関口は、ここに来れば買う物にはほとんど困らないぐらいには充実した街だ。
街の都会度を示すのに駅周辺にあるスターボックス・コーヒーの店舗数が目安になるらしいが、呉武駅は北口に二つ、南口に一つ。国道に出るまで多少の距離を歩けば、朝倉先輩の通うアーチェリーレンジの真向かいにもう一店舗存在する。
合計四店舗。これが、果たして多いのか少ないのか、呉武の都会レベルが高いのか低いのか、他の街に住んだことのないぼくには判断できない。
そんな駅前の一角、北口から徒歩一分のビルにある『カラオケの超人』の前にぼくとハム子が到着すると、店の自動ドアから一歩離れて立つ下関がぼくたちに気づいて小さく手を振ってきた。
「おはよう、白河──小牧さん。き、今日は大変、お日柄もよく……」
ハム子に対する下関の言葉の端々に、今までにないほどの緊張がうかがえる。
今日のハム子は以前にドッグランで会った時のような、ジャージの上下という女の子らしさのかけらもない姿ではない。落ち着いた黄系のカットソーにライトブラウンと黒のチェック柄のミニスカート、黒のショートブーツにえんじ色のベレー帽という秋色コーディネートでキめている。
「中身はともかく外見は可愛い」ハム子の可愛さも五割増し(当社比)にはなっていると思われるため、きっと下関のトキメキも五割増し(当社比)に違いない。
ちなみに今日の下関は、以前もかぶっていた例のNとYを組み合わせたロゴの帽子と、同じロゴが胸に入ったスタジアムジャンパーだった。こいつ、ガチでそのチームのファンだったのか。オッサンくさいと揶揄したことを詫びねばなるまい。
「おはようなのだ。急に来てごめんね」
「とんでもない、大歓迎です! さ、早速入りましょうか」
二人が先にカラオケ店の自動ドアをくぐり、やや躊躇しながらその後を追う──カラオケ店なんてリア充の巣窟に入るのはいつ以来だったか、よく憶えていない。むしろあまり思い出したくない、苦手な場所のひとつだ。
少人数用の小部屋に入り、ぼくと下関はソファに腰を下ろした。ハム子は小さなバッグを置いただけでまだドアの前に立っている。
「ドリンク取ってくるのだ。ハヤ君、何がいい?」
「えっと、烏龍茶。下関は?」
「コーラでお願いします。それじゃ白河、小牧さんが戻ってくる前に曲を選んでおいて──」
「歌いに来たんじゃねぇよ」
選曲パッドを渡そうとしてきた下関の眉間を貫手で一撃する。ハム子はくすっと笑って、ドアから出ていった。
「はー。小牧さん、今日は特にカワイイなぁ……」
下関は呆けた表情でそれを見送りながらも、手元はテキパキと、カバンから出したノートパソコンのセッティングを進めている。
ハム子が三人分の飲み物を揃えて戻ってきた時には、再生ボタンを押すだけの状態まで準備が整っていた。
「よ、よし。それじゃ再生するぜ」
下関がプレイヤーの再生ボタンをクリックすると、体育館の舞台をフレームに収めた動画が表示される。
先に上演されていたいくつかの出し物を早送りして、一年三組の『美女と野獣』が舞台上で始まると、額を集めて画面に見入る三人の顔に緊張が走った。
「客席の方から自分の出ている劇を観るのって、ちょっと恥ずかしいのだ」
「分かる。でもハム子、堂々とした演技でカッコいいじゃないか」
「えへへ、ありがと。たくさん練習したから、ね……」
ハム子は頬を染めながら微笑むも、少し寂しげだった。
最後まで演らせてやれなくて、ごめんな。
そう思っても、声に出して謝れないことが、一層辛く感じる。
「このシーンの後ぐらいかな、あの事件が起こるのは」
真剣な面持ちで動画を見つめながら、下関がつぶやいた。
確かこの場面の辺りで、ぼくと朝倉先輩が舞台下の倉庫に向かったはずだ。
だが映像は舞台だけが映し出されていて、体育館の端の方にある扉も、そこから侵入したぼくたちも見ることはできない。
これなら、この場にぼくがいたことは誰にも分からないだろう。
朝倉先輩さえ黙っていてくれたら、だが──
『──生徒会だ! ここは危険だ、すぐ劇を中止して、全員外へ避難しろ!』
そう思っていたら、出し抜けに朝倉先輩の声が聞こえたので、心臓が飛び出そうになった。
舞台上の演者の動きが止まり、客席がざわめくが、すぐに逃げ出そうとする者はいない。
『急げ! 早く外へ──』
先輩の言葉が、魔力弾の炸裂音で途切れた。
舞台に閃いた光が、何かが爆発したようにも見える。途端、体育館内が多数の悲鳴で満たされた。
『早く逃げろ! 早く、早く! 一番近い出口から外へ!』
なおも先輩は叫び続け、カメラの下端に、逃げ惑う人の頭がちらちらと映り始めた。
舞台上では、魔力弾には誰も巻き込まれていなかったが、生徒たちは轟音と閃光に驚き身を縮こませて震えている。
「さて、俺はこの時に観客に流されて外に逃げたから、ここから先は知らないんだが──うっ?」
下関が一時停止を押して、画面の舞台の床に空いた穴を、穴が空くほど凝視した。
その穴からするりと這い出てきた、黒い影を見つめている。
「小牧さん、これを……現場で見たかい? どうだった?」
「見たのだ。ワンコみたいだけど、何か違ってて、よく分からないものだった。生きているみたいに自然に動いてうなり声を上げてて、作り物とかには見えなかったのだ」
ハム子は首を傾ぐ。下関は逆側に座るぼくに目を向けた。
「どう思う、白河──あの発陳に出た、黒い怪物に雰囲気が似ていないか」
「似ている……と、思う」
何が「思う」だ白河速人。おまえはこの地球上で一番コレについて熟知しているだろうが──と密かに心の中で自分自身にツッコむ。
「とりあえず、続きを観るぞ。再生っと」
動画が再び動き出す。犬魔物が辺りをキョロキョロしているうちに、穴からもうひとつ、人影がニョキっと飛び出してきた。
「あっ、これは──『ウィザード』じゃないか!」
下関が素っ頓狂な大声を出した。
「……『ウィザード』ぉ?」
「あ。実はな、文化祭が中止になったんで、うちのクラスのビデオを観られなかった人がたくさんいたんだよ。だから昨日、撮影班が改めて完全版を動画サイトにアップしたんだ」
うわぁ。
撮影班め、ぼくの許可もなしに、ぼくの画像を勝手にネット上にアップロードするなよ。肖像権の侵害だ。
「──そしたら結構な話題になってて、大量についたコメントの中でこの人物の名前が『ウィザード』で定着していたんだよね」
なんてこった。いつの間にやら、またぼくに二つ名がついてしまった。
これで「無垢なるもの」「六行の大魔術師」「救世の英雄」「七英傑」に続いて五つめだ。
「……な、何でウィザードなんて名前になったんですか?」
「最初の方のコメントで、剣で戦って魔法っぽい攻撃をするし、似たような黒いコートに仮面を着けているんで『ウィザードっぽい』と言われたのがきっかけみたい」
ライダー的な意味でだった。
だったら、誰か「ビースト」になってくれよ。独りだけで戦うのは辛すぎる。
「ああー、逃げてなければ直に見られたのに! でも何でウィザードがこんな所に現れたんだろう?」
「──人類の敵の現れる場所にどこからともなく参上する、正義のヒーローだから……かな?」
あえて茶化してみるが、何だか二人の視線が痛い。
特にハム子から来るそれが、じっとりと重く感じる。
正直、自分で自分を「正義のヒーロー」とか言っちゃって内心恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
「……はは、スベったか。下関、続きを観よう」
「おう」
再び、再生ボタンを押す。
画面上はやがて舞台から三組の生徒が去り、ウィザードと魔物の一騎打ちに変わった。
「小牧さん、ここでウィザードと何か話してたけど──」
「えっと……ただ『逃げろ』って言われただけ……なのだ」
ハム子は時折、ぼくの顔をチラチラ見ながら答える。
あれだけガッツリ言いくるめておいたのに、まだ疑っているのだろうか……気にはなるが、そのことを下手にぼくから触れるわけにもいかない。
パソコンに視線を戻すと、両者が決死の戦いを繰り広げつつ、舞台袖の幕の後ろに隠れていく場面だった。
直後の男の悲鳴にハム子たちがびくりと身を震わせると、ハム子が横目で見てくる頻度が上がった。仮に疑っていたとしても、今はこうして元気にピンピンしているんだから、そんなに心配そうに見てこないでほしい。
魔物とのバトルは決着目前だ。スポットライトの光を浴びて魔物が錯乱し、ウィザードが咬まれた足を引きずって姿を現した。
流れる血の量がおびただしいせいか、ハム子が口元を押さえて、顔を真っ青にしている。
「ひどいケガだ……小牧さん、気分が悪そうだけど大丈夫?」
下関が訊ね、ハム子はそれに無言でうなずく。
最後に魔力弾を反射して魔物を討ち滅ぼし、ウィザードが勝利すると、二人は今まで呼吸を忘れていたかのように深く息をついた。
「見ろ、白河……ウィザードの足が、光っている……」
動画はちょうど、治癒魔術をかけているところだ。ほどなく立ち上がって、小さく飛び跳ねるさまを見た二人の瞳に驚きの色が浮かんだ。
「ケガが、治っている……? すごいな、本当に魔法みたいだ」
「……あんな風にすぐ治せるんだ、ワンコに咬まれたケガ……」
モニターに食いつく下関をよそに、ハム子が小難しい顔をして、ぼそりとつぶやく。
「いやハム子、アレはどう見ても犬じゃ──」
ぼくは途中で言葉を呑んだ。
ハム子が言う「ワンコ」は、この犬魔物のことじゃないかもしれないと、ふと考えたからだ。
だとすれば──ぼくが思うより、ハム子はおバカな娘ではないのかもしれない。
その後、ウィザードが舞台中央の大穴に飛び込んで消え、画面上には何の変化も見られなくなった。
「終わったようだね」
ぼくはほっと吐息を漏らした。ウィザードの正体は、この動画だけでは分からないはずだ。
「し、しかし、すごい映像を手に入れてしまったなぁ。どうしようコレ、ネットに上げたらまたすごく話題になりそう」
「待て下関、この動画は警察が捜査に使うって持っていったんだよな。下手なことをすると、公務執行妨害とかになるんじゃないか」
「う、確かにそうかもしれない。じゃあこの動画を観たのは、俺らだけの秘密な?」
ぼくらが首を縦に振ると、下関はご法度ものでも扱うかのように、そそくさとノートパソコンをしまい始めた。
「ねぇ、まだ時間あるけどどうする? せっかくだから──歌っていかない?」
ハム子から、カラオケボックスという場所においては至極真っ当な、しかしぼくにとってはとんでもない提案が出された。
「お、いいね。そうしようか」
下関がパソコンを収めたカバンを脇に寄せて、代わりに選曲パッドに手を伸ばす。
「……じゃあ、ぼくは帰るよ。カラオケをしに来たわけじゃないし」
ぼくはソファから腰を持ち上げた。
「えー、歌っていこうよ? 二人っきりじゃつまんないのだ」
ハム子は困ったような顔をした。彼女の言うことがそのままの意味なのか、何かの含みがあるのかは判断できない。
ただ「二人っきり」という言葉に、何か心がざらつくような不快感を覚えて、ぼくは上げた腰をそのまま下ろした。
「……仕方ないな。言っとくが、流行りの曲とか知らないからね」
「へへ、知ってる。ハヤ君はカラオケでF.O.D.しか歌わないもんねー」
「へえ、F.O.D.いいじゃん。俺も『サラ』とか好きだし。じゃ、まず白河から歌ってくれよ」
下関の食いつきのよさに、少し驚く。
F.O.D.は解散こそしていないが、十年以上前に各メンバーのソロ活動が中心になったため今は目立った活動がほとんどないバンドで、ぼくもこのバンドが昔の三国志のドラマの主題歌を歌っていなかったら知る由もなかった。
「え、えっとー……」
「ハヤ君、『リバー・オブ・タイムズ』にしようよ。私、この曲好き。本物聞いたことないけど」
「分かったよ。下関、リモコン貸して」
その後しばらく三人で歌に興じたが、カラオケボックスにいる時間が苦痛に感じなかったのは、これが初めてだった。
「異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
1,391
-
1,159
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
14
-
8
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
2,534
-
6,825
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
398
-
3,087
-
-
6,681
-
2.9万
-
-
265
-
1,847
-
-
213
-
937
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
29
-
52
-
-
65
-
390
-
-
3
-
2
-
-
10
-
46
-
-
47
-
515
-
-
6,237
-
3.1万
-
-
187
-
610
-
-
83
-
250
-
-
10
-
72
-
-
86
-
893
-
-
477
-
3,004
-
-
8,191
-
5.5万
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
6,199
-
2.6万
-
-
6
-
45
-
-
7
-
10
-
-
17
-
14
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
9
-
23
-
-
18
-
60
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
9,545
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,173
-
2.3万
コメント