異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第十九話(二)「君はぼっち道一直線か」
数日後、いよいよ文化祭本番の朝がやってきた。
「おわっ……?」
設営を終えて教室を出たぼくは、入口の前から並ぶ長蛇の列に驚いて変な声を上げてしまった。
先日、宣伝のために動画投稿サイトに「予告篇」と題して、上映ビデオの冒頭の数十秒間をアップロードしたという話だったが、効果は抜群だ。
動画についたコメントを見ると、大半はトリックだと懐疑的だったが、フェイクだとしても続きが気になる者はたくさんいたようだ。
「ハヤ君ー! 見てー!」
廊下の奥から呼ぶ声がした。見ると、ハム子が手を振っている。
ベルの衣装をまとっており、手には上演時間などを記したプラカード。宣伝で校内を回るつもりなのだろう。
「へぇ。それで舞台に出るのか。かわいいじゃないか、衣装が」
「かわいいのは衣装だけ? ハヤ君は相変わらずイジワルなのだ」
ハム子がむっとして口をとがらせる。
「すまんすまん、冗談だ。よく似合ってる」
「えへへ、よかった。──それにしても、一組のお客さん、始まる前からすごい行列なのだ」
「ああ。動画サイトに予告篇が上がったせいなんだろうけど。上映班は二人しかいないんだけど、大丈夫かな」
ハム子はあっと叫んで、ネックストラップで吊るしていたスマートフォンをいじり出した。
「どうした、ハム子」
「その予告、私も観たのだ。それで訊きたかったんだけど……」
画像を表示させて、ぼくに向ける。例の「魔術師」の姿をアップにした画像だ。
それを指差して、ハム子は訊いた。
「これ、ハヤ君?」
「」
「やっぱりそうなのか、ハヤ君なのか」
数秒、頭の中が真っ白になった隙を、ハム子が猛然とチャージしてきた。
「……い、いや、あまりに突拍子もないことを言ってきたから、おまえがどれほどバカかをレポートする論文を頭の中で原稿用紙三枚分にまとめる作業をしていた。どうしてそういう結論に至ったのか聞かせてくれるか」
「だって、この格好のハヤ君、見たことあったもん」
「ど、どこで?」
「えーと、体育倉庫の事件の時。頭がぼーっとしてきたあと、これとまったく同じコートを着たハヤ君が一瞬だけ見えて……そのあとまた頭がボンヤリしたら、病院にいたんだけど──」
やっぱりあの時か。でも、それならまだ言いわけも立つ。
「……な、なーんだ。おまえの夢の話かよ。驚かすな」
ぼくは苦笑いを浮かべてみせた。ハム子は口をへの字にして憤慨する。
「ホントに見たんだから、私──」
「ハム子はあの時、ずっと気を失っていたんだ。夢で見た以外に考えようがない。同じ服と言っても、この画像を見て、夢の記憶の方がすり替わったんだよ。人の記憶ってのは思い込みで変化する曖昧なものなんだから」
一気にまくしたてると、ハム子はぐうの音も出なくなったように沈黙した。
「それにさ、ぼくはこの動画を最後まで観たけど、最後は手からビーム出すんだぞ、ビーム。実際にそんなの出るわけないし、フェイクだとしても、ぼくはそこまで特撮マニアじゃない」
「むー。そ、そうかも……」
ハム子は意気消沈して、肩を落とした。
まぁ、出るけどね。魔力さえあれば。
「さて、これから宣伝に回るんだろ? ぼくも暇だからつき合うよ。ついでに模擬店ものぞいて回ろうか」
ぼくはハム子の手から看板をひったくった。ハム子はきょとんとした顔を見せて、それからおもむろに破顔した。
「ありがとう、ハヤ君。あのね、バレー部の先輩のクラスでおでん屋さんやってて、そこは必ず行こうと思ってるんだけど……」
ハム子は文化祭用の校内案内図を広げながら歩き出す。ぼくはその後ろを、安堵のため息をつきながら、ゆっくりとついて行った。
やがて、ハム子は劇の最終準備の時間がきたと言ってクラスに帰っていった。
数々の催しで賑わう教室棟の廊下で、ぼくは、唐突にぽつんとひとりぼっちになってしまった。
別に、さみしくなんてない。
ないけど、下関とかも特に今日何かの作業があるわけじゃないし、きっと暇を持て余しているに違いない。
しょうがないな、親切なぼくが奴を誘ってやるとしようか。
ETの通話ボタンを押して、下関の応答をしばし待つ。
「おう、どうした白河」
「いや、おまえも暇かなと思ってな。一緒に──」
「悪いな、中学の時の友だちが文化祭委員やっててな、そいつが部活の方の出し物に出なきゃいけないってんで、仕事を代わってやってるんだ」
「え。どこで何してんの」
「体育館イベントのビデオ撮影だよ。代わってくれたらお礼に録ったビデオをコピーさせてくれるって言われてさ。もちろんお目当ては一年三組の演劇で──」
「そうか。邪魔して悪かったな、仕事がんばれよ」
通話を切り、ぼくはふーっと息をついて天を仰いだ。
別に、さみしくなんてない。
第一他人に気を遣うとか、面倒でしかないだろう。ぼっちは最強にして最高なのだ。決して負け惜しみとか、くやし紛れに言っているのではない。
おお、勇気がわいてきた。今こそぼっち文化祭を貫き、心ゆくまで満喫するのだ……!
「……白河君?」
肩を叩かれて、ぼくはドキっとした。
宇宙刑事のコンバットスーツ転送よりも速く振り返ると、ぼくを見上げる朝倉先輩の顔がすぐそこにあった。校門で初めて逢った時のように「呉武高生徒会」の腕章を左腕につけている。
「君、廊下の真ん中でぼーっと突っ立って往来をじゃましてはダメじゃないか。こんなところで何をしていたんだ」
「あ、いえ、ぼっち……」
そのまま言いかけて、あわてて口を閉じる。しかし朝倉先輩はニヤ~っと歯を見せて笑った。
「そうかそうか。文化祭だというのに、君はぼっち道一直線か」
「せ、先輩には、関係ないでしょう……」
「おやおや。私は生徒会の業務で各部各クラスの出し物が適正に執行されているか、問題が起きていないかの巡回中でね……君がよければ、私と一緒に『見回り』してほしいと考えていたんだが──まぁ、そういうなら無理にとは言わないよ」
ぐっ。
ぼっち文化祭を貫くと心を決めた直後にそう来るとは、卑怯なり。
「会長には、巡回中に少しなら遊んでもよいと、言われているんだがなー。白河君とは一緒に遊べないのかー。いやはや、残念無念」
「……し、仕方ないな。文化祭の秩序と平和のために、ぼくもひと肌脱ぎましょうか……」
「お? でも、ご迷惑ではないかなぁ」
先輩はニヤニヤを崩さず、横目で見据えてくる。
「か、勘違いしないでくださいよ? 先輩が大変だろうからってだけで、ぼっちが寂しいとかそんなんじゃないんですからね?」
「ああ、助かるよ。巡回だから好きなものから回るってわけにはいかないが、それなりには楽しめるだろう。さ、行こうか」
再びぼくの肩を叩きながら、朝倉先輩は言った。
三年生のフロアに足を踏み入れる。
「先輩。一組の出し物は『カジノ』だそうですよ」
「ふむ。本当に現金で賭博をやっていたりすれば大問題だな。視察せねばなるまい」
一組の教室は、赤いカーテンと間接照明で豪華な雰囲気を醸していた。三つの遊技台が置かれていて、席はほぼ埋まっており、人気のほどをうかがわせる。
「ほら、君の分」
「え?」
入口近くに設けられた受付カウンターで事情聴取を行っていた朝倉先輩から、手に押しつけられたそれがジャラっと音を立てた。
十枚程度のコインだ。
「え、これって……」
「遊ぶ際にタダでもらえるそうだ。実際の金銭は絡んでいないようだな」
「そうでなくて。先輩、遊んでいくんですか」
「実際にやってみないと、シロと判断できないからな──ここは、カジノでは定番でも日本ではあまり馴染みのないゲームを知ってもらうというコンセプトらしいぞ。白河君、何からやろうか」
「ええと……」
それぞれの遊技台には、ゲームの名称らしき看板が立っている。
テキサス・ホールデム。
バカラ。
クラップス。
うん。名前を聞いてもさっぱりルールが想像できない。
「バカラって、たまに違法賭博のニュースで聞きますね」
「そうだな。トランプを使ったゲームらしいのは知っているが──じゃ、まずはそれにしよう」
ぼくたちはバカラの遊技台に歩み寄って、半円形で表面にラシャを張ったテーブルを覗き込んだ。テーブル上のそこかしこに「プレイヤー」と「バンカー」という文字が書かれている。
なるほど、分からん。
「ルールをご説明しましょうか?」
ぼくの神妙な表情に気づいたのか、黒ベストに赤い蝶ネクタイを着けたディーラー役の生徒が笑顔で声をかけてきた。ぼくはおずおずと頭を下げる。
「このバカラというゲームは、賭け方が単純で……このプレイヤーとバンカーという二つのエリアに配られるカードのどちらが強いかを予想して賭けるだけです。引き分けに賭けることもできます。実際に賭けてみてください」
他の参加者がコインを手元の方にあるプレイヤー、あるいはバンカーの文字の上に置いていく。カードも配られていないこの時点でどちらか、あるいは引き分けに賭けなければいけないようだ。
「考えても意味がないな。とりあえず、プレイヤーに賭けよう」
「では、ぼくはバンカーの方に」
ぼくと朝倉先輩がそれぞれ一枚ずつ、違う場所にベットする。全員のベットが終わったのを見て、ディーラーはそれぞれの文字が書かれたエリアにカードを二枚ずつ配っていった。
「この場札の合計で強弱を決めます。絵札はゼロ、エースは一と勘定し、合計した数の下ひと桁だけが有効な数字となり、9に近い方が勝ちです。まずプレイヤー側の数字が……」
細かい説明を聞き流しながら、カードの行く末を眺める。結局両方にもう一枚カードを足して、プレイヤー側が勝ったと告げられた。
「これは、完全に運ゲーだな」
配当のコインを取りながら、先輩がぼそりとつぶやいた。
「そうですね。ただ運がいいか悪いだけの、半丁バクチに近いゲームだと思います。でも……」
「でも?」
「ただの運だけだと分かっているのに、負けるとくやしいですよね~」
「……君は、ギャンブルに手を染めると破滅するタイプかもな」
ぼくの苦渋の表情に対して、先輩はクスッと笑った。
「異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
1,389
-
1,152
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
14
-
8
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
2,534
-
6,825
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
397
-
3,087
-
-
6,680
-
2.9万
-
-
265
-
1,847
-
-
213
-
937
-
-
9,709
-
1.6万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
29
-
52
-
-
65
-
390
-
-
3
-
2
-
-
10
-
46
-
-
47
-
515
-
-
6,236
-
3.1万
-
-
187
-
610
-
-
83
-
250
-
-
10
-
72
-
-
86
-
893
-
-
477
-
3,004
-
-
8,189
-
5.5万
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
6,198
-
2.6万
-
-
6
-
45
-
-
7
-
10
-
-
17
-
14
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
9
-
23
-
-
18
-
60
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,709
-
1.6万
-
-
9,544
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,171
-
2.3万
コメント