異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第十七話(二)「好きって言ってくれないかな」
「会長、ただ今戻りました──あっ、白河君」
戸口に朝倉先輩が姿を現して、不意をつかれたといった風にぼくを見た。
「おじゃましています、先輩」
「じゃまだなんて、無粋なことを言わないでくれ。いつでも歓迎するよ」
先輩はいそいそと部屋に入ってきて、ぼくの真向かいに着席する。今朝見た時より風精霊の数がずっと増えていて、心の安定がうかがえた。
「──それで、何の用でわざわざ足を運んでくれたのかな。ただ私に会いたいというだけで来たわけではないのだろう?」
ずいとテーブルの上に上半身を乗り出してくる朝倉先輩に対して、ぼくはパイプ椅子の背もたれに背中を預けた。
「え、ええ、まぁ。先輩にちょっと訊きたいことがあって……」
「いいとも。何でも訊いてくれ」
「ええと……ここ最近でですね、急に言動が荒々しくなったり、情緒が不安定になったり……いきなり暴力を振るおうとした生徒がいないか、探しているんです」
ぼくは一瞬だけ、横目で新城会長をちらりと見た。
「……ふむ、激情的なことをわめいたり、怒りを隠そうともしなかったり、人を殺しかねない勢いで暴れたりするような生徒、だな」
朝倉先輩も、横目で会長をチラ見する。
こういう時の先輩の勘のよさは、とても頼りになる。魔素中毒のことを説明せずに情報を集めようとするなら、まず彼女を置いて他にないと考えて、ぼくは生徒会室を訪れたのだ。
「……うん。残念だが、そういう生徒は思い当たらない。力になれず申し訳ないな」
先輩は少し落ち込んだような表情を見せた。
「いえ、とんでもないです。では失礼──」
「待ってください、白河君」
席を立ちかけると、新城会長が平手を向けてぼくを押しとどめた。
「……何でしょうか」
「以前はそうではなかったのですが、最近、たびたび怒りっぽさを感じる方がいます。それは、生徒ではないのですが──」
新城会長から重要な情報を入手して、その足で職員室に向かい、そこで得た事実からぼくは犯人をほぼ特定した。凶器の方も、察しがついている。
あとは魔素中毒が発症した際に染み出てくる魔素を見て、どこに「憑いて」いるのかを確認しなければならない。
つまり、犯人が負の感情に襲われ、暴走する現場を押さえる必要があるのだ。
そこで同様の状況が起こる可能性の高い三日後の夜に、ぼくは「魔術師」の装備一式を詰めたスポーツバッグを手に、学校へとやってきた。
一年三組の教室には、完成間近のベルの住む村の背景の書き割りが、以前城の背景のあった場所に置かれているのを夕方に確認している。そこで犯人を待ち伏せる予定だ。
いざ校門をくぐろうとした、その時。
「待つのだ、ハヤ君!」
ぎょっとして振り返ると、自転車にまたがったジャージ姿のハム子がいた。
「ハム子! どうしてここに──」
「さっきハヤ君家に行ったら、文化祭の準備を手伝いに学校へ行ったって、ハヤ君のお母さんに聞いたのだ」
ぼくは動揺を隠すように、にっこりと笑った。
「……そ、そうだよ。当日まで準備が間に合わなさそうだから──」
「ウソなのだ! ハヤ君のクラスの催物の準備はビデオ上映だから、テレビを据えて椅子を並べるだけだって前に言ってたのだ」
しまった。ハム子には確かにそう話した。
くそ、いつもボンヤリしている割によく憶えてるな……。
「だからハヤ君は、学校に犯人を捕まえに来たに違いないのだ! どうだ、私の推理は!」
ハム子は得意げに、ビッと人差し指を突きつけた。
悔しいが、ぐうの音も出ない。
「……そのとおり、ぼくは犯人を捕まえに来た。でも言ったはずだ、犯人は凶暴で危険な奴だから、君には関わらせない、と」
「私もハヤ君に言ったのだ、あんまり危ないことしないで、って……それに私のクラスの問題なのに、ハヤ君にばかり危ないことさせられない。私にも責任があるのだ」
ぼくは顔をしかめた。この事件をぼくだけで解決しようと考えたのは、これが魔素中毒によるものだからだ。
しかし魔素中毒のことを明かせない以上は、部外者のぼくがむやみに足を突っ込んだようにしか見えないし、それをハム子が快く思わないのも無理はない。
それに三組で起こった事件の成り行きについて三組のハム子が責任を感じるのは道理であって、それを頭ごなしにダメだとは、ぼくの信念に照らせば言えることではない。
「……しょうがないな、では君もついてきて、犯行を立証する目撃者になってくれ。ただし、ぼくが逃げろと言ったら逃げるんだ。これが約束できないなら連れていかない」
「……分かった。約束するのだ」
「よし。自転車を置いてきたら、家庭科室の窓のそばに来い。ぼくは先に行ってる」
「ラジャーなのだ」
相変わらず間違っている敬礼を返して、ハム子は校舎の側面にある駐輪場へ向かう。ぼくはこっそり窓の鍵を開けておいた家庭科室のある特別棟へと回り込むべく、校庭の方へと駆け出した。
首尾よく家庭科室に侵入したぼくたちは、持参してきた懐中電灯の光を頼りに校舎を進み、一年三組の教室へとたどり着いた。
「ひゃうっ」
教室の電灯を着けると、ハム子がまぶしそうに手をかざして声を上げた。
「こらハム子、大きな声を出すな」
「ごめん、びっくりしちゃって。でも灯りをつけたら見つかっちゃうよ?」
「見つけてもらうんだよ。この教室に異変があるように見せて、おびき寄せるんだ」
「そっかぁ。ハヤ君、頭いいのだ」
「おだてたってアメ玉ひとつ出やしないよ。じゃ、ぼくは廊下を見張るから、ハム子はその辺で休んでていいぞ」
ぼくは引き戸の陰に隠れて、左右の廊下の奥を交互に見やる。ハム子はぼくのすぐ傍らに腰を下ろした。
「……ね、ハヤ君。こんな時になんだけど、ちょっとお話してもいい?」
ほどなくして、退屈しのぎのつもりか、ハム子は小声で話しかけてきた。
「いいよ。何?」
「えっと……文化祭の日って、ハヤ君はどうするの?」
「そうだな。ぼくの係は当日の設営と片づけだけだから、あてもなくブラブラするだけかも」
「そっか。その日にみんなで一緒にやるものがないのって、つまんなくない?」
「ないから逆に、気楽でいいと思ったがな」
「うーん、面倒くさがりのハヤ君らしいけど……せっかくの文化祭なのに、もったいないなー」
いやいや、上映するビデオの「主演」をやらされているんだぞ。もう十分だよ。
「面倒くさがりで悪かったね。ハム子の方は劇の主役とか、逆にやりがいがありすぎるだろう」
「うん。主役なんて初めてで、ちょっとフクザツな気持ちなのだ。怖いなーとか、緊張するなーとか。でも一番は、ワクワクな感じかな」
このメンタルの強靭さには、本当に恐れ入る。
きっと彼女は、この大胆不敵さで今後の人生も陽の光の当たる道を往く人間なのだろうな、とたびたび思わされる。
なので昔なじみとはいえ、どうしてぼくのようなつまらない陰キャにつきまとってくるのか、さっぱり理解できない。それが嫌だとは思わないが、ぼくにかまけている暇をもっと自分にふさわしい交遊関係に費やすべきだろう。
「そんだけ自信たっぷりなら、舞台の上でも堂々とやってのけそうだ。劇が上手いこといったらまた目立って、もっとモテてしまうかもな」
「もう、その話はやめてほしいのだ。今まで何回も断ってきたけど、毎回ヤな気持ちになるから、もう告白とかって、されたくないのだ……」
やさぐれたような、悲しそうな、そんな感情が入り混じった調子で、ハム子はつぶやく。
……あれ?
「ハム子。ぼくが朝倉先輩から聞いたのは一学期に二回告られたって話だけど、『何回も』ってのはどういうことなんだ」
「え! ええと、あのね。中学の時に……十回以上はあったかなー、なんて?」
ハム子が気まずそうに、上ずった声を上げる。
「何だって? それ、全部断ってきたのか。そこまでするのには、何か理由があるのか?」
意図したわけではないが、前々から気になっていたことを自然な流れで訊く機会に恵まれた。ハム子は眉をハの字にして、困ったような顔を見せる。
「……誰にも言わないでね。えっと、告白してくる男の子がね──気持ち悪いのだ」
「……」
どう、捉えればよいのだろう。
男性恐怖症ってことなのか……いや、クラスの男子とも普通に仲が良さそうだったし、何より過剰なぐらいぼくのすぐ近くに寄ってくるのだから、それはない。
とすれば、レズビアン、とか……ぼくの知る限りではそれを否定できる材料はない。ぼくは性的マイノリティには理解がある方だと思うけど……。
「あ、あっ。ハヤ君、あのね。好きって思われることは嬉しいし、感謝もしてるのだ。でも、変なのだ。気味が悪いのだ。何て言えばいいのかな……例えばね、誕生日でもクリスマスでもない日にプレゼントを無理やり押しつけてくるような感じ、っていうか……」
ハム子はひざを立てて両腕で抱え、そのひざの間に埋めるようにして顔を伏せる。──どうやら、ぼくが思うより単純なことではなかったようだ。
「……私、バカだから上手く言えてないと思うし、好きになってくれた相手に対して自分でもヒドいなって思う。だからこのことは、誰にも言ってない。ハヤ君にだって言うつもりじゃなかったけど……ごめんね。私、悪い子だよね。怒ったかな」
ぼくが黙っていることを、怒っている、と取ったのだろう。ぼくはおもむろにかぶりを振った。
「いや……反省していたのさ。ぼくが軽々に訊ねたことで、君に言いにくいことを言わせてしまった」
「ううん。怖かったけど、ハヤ君には話しても大丈夫な気がしてたのだ。聞いてもらったら、何だか気持ちが軽くなった気がする。ありがとね、ハヤ君」
信頼があるのか、人畜無害だと思われているのか。
どっちでもいいか。この程度でハム子の気が晴れたのなら、悪い気はしない。
「そりゃどーも。まぁ、気に病むことはない。誰にだって生理的に無理だと感じる相手はいるし、ハム子はアウトの範囲がちょっと人より広いってだけさ。そのうち、告られても気持ち悪くない男が現れるかもしれないし、逆にハム子の方から好きな男ができるかもしれないし」
「そう……だといいな。恋愛自体は、してみたいなーって思うから……ワガママかな」
少しの間、二人とも、何も言わない時間が過ぎた。
夜の校舎の静けさが、空気を薄ら寒くしているように感じる。
それから不意に、ハム子が、ぼそりと言った。
「──ハヤ君」
「何?」
「……ウソでもいいから、私のこと……好きって言ってくれないかな」
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