異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第十七話(一)「ホントに言われてんのかよ」
映像はずっと、発陳市街の暗い裏路地を俯瞰で撮影していた。どうやら数ある雑居ビルの高層階から撮られたもののようだ。
まさか、あのビル群の一角から見ていた者がいたとは、まったく気づかなかった……念のため仮面をつけていて正解だったな。
客観的に見るゴブリンと「魔術師」との戦いは、世間一般が共通認識として持っている、いわゆる正義のヒーローのものとはほど遠い。
泥臭くて必死すぎて、それが逆に、命がけの緊迫感というリアルさを醸している。
最後に「魔術師」の手元から銀色のビームが放たれてゴブリンが撃たれると、テレビ前の人だかりからオオッと感嘆が上がった。
何だこの状況は。公開処刑か。膝がガクガクするほど恥ずかしい。
ぼくは心の中で「アレは自分じゃない。自分じゃない。ぼくの知らない赤の他人だ」と自分に暗示をかけ続け、顔を両手で覆って床をゴロゴロと転がりたくなる衝動をじっとこらえていた。
最後まで観て、正体がバレるほどの情報がなかったことに、ぼくは少しだけ安堵する。
しかし──
「何これ、魔法? 本物なの?……」
「特撮ファンの趣味にしては、格好悪いな……」
周囲のざわめきから切れ切れに聴こえてくる、このバトルショーへの忌憚のない「感想」が、ぼくに追い討ちをかけてくる。
あまりのいたたまれなさに、自分の席に戻るふりをして、その場を離れようとした。
その時。
「ハヤ君、ハヤ君」
呼ぶ声がして、教室の出口を見やると、廊下から顔を覗かせたハム子がぼくに向かって手招きをしている。
これ幸いと、ぼくは廊下に出て、教室の引き戸を後ろ手に閉めた。
「どうした、ハム子」
「……ハヤ君のクラス、何だか騒がしいのだ。何があったのだ?」
「文化祭の企画のことで、ちょっとね。それより、何か急ぎの用なのか」
話を逸らしたくてハム子に話を急っつくと、彼女は、悲しげな表情で言った。
「ハヤ君、聞いて。うちのクラスで大事件が起きたのだ」
上手いこと逃げたつもりが、また変なことに巻き込まれそうだ。
「……分かった、一応話を聞こうか」
嫌な予感しかしないが、今の教室に戻るよりはずっとマシだろう。
ぼくはうんざりした顔を隠さず、今日だけで四度目の、深い深いため息をついた。
「えっとね……うちのクラス、文化祭で演劇やるのは前に言ったと思うけど」
「ああ、『美女と野獣』だよな。どうした、ベルがガストンより強そうだとでも言われたか」
「そっちじゃないのだ。もっと大変なのだ」
「ホントに言われてんのかよ。まぁいいや、何があったんだ」
「昨日完成したお城の背景がね、今朝見たら、メチャメチャに壊されてたのだ!」
ハム子の言うことだからとタカをくくっていたが、思った以上に大事件だった。
「壊されてたって、故意に壊されたのかどうか……不慮の事故かもしれないだろう」
「ううん、あれは絶対に誰かが壊したのだ! せっかくクラスのみんなが頑張って作ったのに……もう絶対に絶対に許さないのだ!」
ハム子は涙目で憤慨している。つき合いが長いせいか、彼女が次に何を言わんとしているかが容易に想像できた。
「そうかそうか。それは残念だったな。じゃ、もうすぐ授業が始まるから──」
「待って、ハヤ君。一緒に犯人捕まえてほしいのだ」
教室に戻ろうとするぼくの手首を、ハム子ががっしりと捕まえる。
なんて握力だ。ハム子からゴリ子に改名してやろうか。
「痛てて、そんなに強くつかむな。そんなこと言われても、ぼくにはそんな責任負えないよ」
「犯行現場を見て、何か分かったことがあったら教えてくれるだけでいいのだ。お願い」
「……しょうがないな。見るだけだぞ」
ぼくは本日五回目のため息をついた。
「これなのだ。捜査のために、現場はそのまま保存してあるのだ」
一年三組の教室。
生徒たちの席の後ろのスペースに集まる人垣に分け入り、ハム子は西洋の城内部の背景らしき書き割りを指差した。
城の絵を描いた紙は破れ、木枠はそこかしこが折れ曲がり、一度や二度何かにぶつけたような壊れ方ではない。
「なるほど。確かにこれは、誰かが何度も叩いて壊したものに違いないな」
「でしょー? ね、何か手がかりになるもの、ないかな?」
「まぁ、そう急くな。まずは凶器の特定といこうか……見ろハム子、この絵にできたシワは、細長い何かがぶつかった跡だ」
シワの形を指でなぞってみせる。ハム子は感心したように、うなずきを返した。
「犯人は棒のようなもので叩いて壊した、ってことなのかな」
「そのようだな。例えば──」
ぼくは教室の隅の掃除用具入れから、ほうきを取り出した。T字型をした、一般に自在ほうきと呼ばれるものだ。
柄の先を、シワの形に当ててみる。
「……このほうきより、少し太いみたい」
「ふーむ。机や椅子の脚では先の形が違うようだし、教室内にあるものではないな」
「ということは……どういうことなのだ、ハヤ君」
「ハム子、少しは頭を使おうぜ。つまり犯人は教室の外からわざわざ凶器を準備してきて、これを壊したことになるんだ。最初から、破壊が目的だった可能性が高い」
「そっか! おのれ犯人め、ますます許せないのだ!」
ハム子が鼻を膨らませて、怒りをあらわにする。
「で、次は動機だな。計画的犯行でもあるようだし、よっぽどクラスの誰かに恨みのある人物とか……ハム子はその辺の心当たりはないよな?」
「ないのだ。クラスのみんなも、そこまで恨みを買うような悪い人はいないと思う」
基本的に人の悪い所を見ないハム子の言うことは当てにならないが、それにしても夜遅くに学校に侵入するかまだ誰も来ていないような早朝を見計らって破壊しに来るなんて、そんなヒマなことは相当な怨恨や怒りがなければ普通はやらない。
普通はやらないことをやってしまうほどの、怨恨や怒り……。
ぼくは、人をそのような精神状態にさせる要因に、心当たりがひとつある。
それを調べて、もしクロだったら……。
しかし避けて通るわけにもいかない。ぼくは、被害に遭った書き割りの周囲を、じっと注意深くにらんだ。
思わず、舌打ちがもれた。
ところどころに、薄いもやに似たものがこびりついている。不自然な量の魔素だ。
くそっ、大当たりか──
「……ハヤ君、どうしたのだ? 怖い顔して……」
心配そうに、ハム子が覗き込んでくる。ぼくはかぶりを振って、嘆息混じりにつぶやいた。
「ハム子。犯人はおそらく危険な奴だ……この事件はぼくが預かるから、君は関わらないようにするんだ。──ぼくには、これを解決する責任がある」
放課後になって、ぼくは生徒会室の戸を叩いた。
「どうぞ」
「失礼します」
新城会長の声が中から聞こえ、ぼくは引き戸を開けて室内に入る。
テーブルの奥の席に、会長だけが座っていた。
毎回ここに来て思うのだが、この部屋で会長と副会長以外の役員を見たことがないのは、みんな外回りの仕事で忙しいのか、単にサボりまくっているだけなのか、一体どちらなのだろう。
「白河君ですか。ようこそ、こちらにお掛けになってください」
表情や声に穏やかさをたたえて、新城会長は言った。ぼくは軽く会釈して、彼から少し離れた席に腰を下ろす。
「……彼女と和解していただけたんですね。白河君、ありがとうございます」
「いえ、ぼくは大したことはしていないので……朝倉先輩に、ぼくに歩み寄ってくれる気があったから話せただけです。朝倉先輩は、その後どうですか」
「ええ、とても嬉しそうにしていました。ただ……パワフルさというか、恐れ知らずな勢いというか、そのようなものが控えめになったようには感じます。誤解を恐れずに言えば、おしとやかになった……という印象です」
ぼくは思わず、あからさまに怪訝な表情をした。
朝倉先輩が、何だって?
「すみません、言っている意味がよく分かりません」
「失礼ですよ、白河君。朝倉君も一応は女の子ですし、おしとやかなことは歓迎されるべきではありませんか」
そう言っておいて、新城会長は失笑する。ぼくもそれにつられたように、苦笑いを浮かべた。
「──それに、彼女が淑女でありたいと考えるのは、君によく思われたい気持ちがあるからでしょうし、であれば君もその健気さを、愛おしく思ってほしいものです。これからも朝倉君と仲良くしてください」
「は、はぁ……」
「あ、仲良くと申しましても、行きすぎた行為はいけませんよ。高校生のうちは清い交際を──」
「ちょ、ちょっと待ってください。交際って、朝倉先輩とは──」
ガラリと引き戸の開け放たれる音がした。
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